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第十話:地図が示す先
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日記帳に描かれていた、あの簡単な地図。
それが頭から離れなくて、私は図書室へ通う日々の中で、その謎を解き明かそうと必死になっていた。
地図は本当に簡略的で、まるで子供が描いたような頼りない線だったけれど、それでも、何度も見ているうちに、いくつかの特徴が読み取れるような気がしてきた。
(これが、森の入り口……? 川がこう流れていて……こっちの×印が、多分、日記にあった『月の祭壇』……)
羊皮紙に、何度も地図を模写してみる。
そして、図書室で借りてきた地理書に載っていた『忘却の森』周辺の(これもまた大雑把な)地図と見比べてみる。
完全に一致するわけではないけれど、川の流れや、森の形状など、いくつか共通点が見いだせた。
(やっぱり、これは忘却の森の地図なんだ……)
確信が深まると同時に、疑問も湧いてくる。
なぜ、日記の書き手は、こんな場所に地図を隠すように描いたのだろうか。
そして、『月の祭壇』とは、一体何なのだろう。
図書室での調査対象は、自然と『忘却の森』関連から、『古代遺跡』や『古代文明』、そして『月』に関する伝承や神話へとシフトしていった。
『月の祭壇』というからには、月に関係する場所なのかもしれない。
この世界には月が二つある。それも何か関係しているのだろうか。
本棚の間を行き来し、必死で関連書籍を探す私の姿は、さすがにリリアさんの注意を引いたようだ。
彼女は相変わらず入り口近くで監視しているだけだけれど、以前よりも視線が鋭くなった気がする。
時折、私がどんな本を手に取っているのか、背表紙を確認するような素振りも見せるようになった。
「……最近、随分と熱心ですね」
ある日、図書室からの帰り道、リリアさんがぽつりと言った。
「えっ……?」
「古代遺跡や、古い伝承ばかり……。何か、お探しですか?」
探るような口調。
ドキリとしたけれど、私は平静を装って答えた。
「い、いえ……ただ、歴史書を読んでいたら、昔のことに興味が出てきて……。知らないことばかりなので、面白いなって」
「……そうですか」
リリアさんは、それ以上は何も聞いてこなかった。
でも、疑念を持たれているのは、間違いないだろう。
あまりあからさまに特定のテーマばかりを調べるのは、避けた方がいいのかもしれない。
その数日後、カイさんがいつものように、私の様子を見に部屋を訪れた。
彼は、私が羊皮紙に書き留めているメモや、読みかけの本を一瞥すると、静かに口を開いた。
「……勉強は、進んでいるようだな」
「は、はい。カイ様のおかげで、少しずつですが……」
「そうか」
短い肯定。
彼の前では、まだ緊張してしまう。
私は、この機会に、それとなく探りを入れてみようと考えた。
「あの……カイ様。この国の古い伝承とか、神話について、もっと知りたいのですが……何か、おすすめの本はありますか?」
「……古い伝承、か」
カイさんは、少し考えるような仕草を見せた。
「なぜ、そのようなものに興味を持った?」
「えっと……歴史書にも、少しだけ触れられていましたし、聖女様の力も、精霊とか、古い信仰と関係があるのかな、と思いまして……」
当たり障りのない理由を並べる。
『月の祭壇』や『忘却の森』という言葉は、まだ出せない。
カイさんは、しばらく黙って私を見ていた。
その紫色の瞳は、私の言葉の裏を探っているように見える。
「……いいだろう。いくつか、見繕ってやろう。
ただし、難解なものも多いぞ。今の君に読みこなせるかは、分からんがな」
「! ありがとうございます!」
意外にも、あっさりと了承してくれた。
拍子抜けすると同時に、彼の真意が読めなくて、少し戸惑う。
彼は、私が何を探っているのか、気づいているのだろうか。
それとも、本当に、ただ私の知識欲に応えようとしてくれているだけなのだろうか。
その日の夕食後、リリアさんが約束通り、カイさんが選んだという数冊の本を運んできた。
どれも、ずっしりと重く、装丁も古めかしい。
『星々と月の神話』
『忘れられた古代魔法』
『精霊信仰の変遷』
タイトルを見ただけで、難しそうな内容だと分かる。
でも、同時に、私の知りたいことに繋がっていそうな気もした。
「……カイ様からです。くれぐれも、丁重に扱うように、とのことです」
リリアさんは、そう言って本をテーブルに置くと、さっさと部屋を出て行った。
早速、『星々と月の神話』という本を開いてみる。
そこには、この世界の創世神話と共に、二つの月――銀色の『ルナ・シルヴァ』と青色の『ルナ・アズラ』――にまつわる様々な伝承が書かれていた。
古代の人々は、月には特別な力が宿ると信じ、月光の下で儀式を行っていたらしい。
(月の祭壇……やっぱり、月と関係があるんだ……)
読み進めていくと、ある記述に目が留まった。
『……月の力が最も高まるのは、二つの月が天空で重なる『双月食(そうげつしょく)』の夜であると言われている。その夜、特別な場所で行われる儀式は、奇跡を呼び起こすと信じられていたが、その方法は失われた……』
(双月食……!)
それは、いつ起こるのだろうか。
そして、特別な場所とは……まさか、『月の祭壇』のこと?
胸が高鳴る。
同時に、聖女様に関する噂も、少しずつ耳にするようになっていた。
どうやら、近々、王都に溜まった瘴気を浄化するための、大きな儀式が行われるらしい。
その準備で、神殿や城は慌ただしくなっているようだ。
「聖女様、最近お疲れのご様子で……」
「無理もないわ。あのような大がかりな儀式、お一人でなさるなんて……」
「本当に、大丈夫なのかしら……。失敗したら、大変なことに……」
侍女たちのひそひそ話が、廊下から聞こえてくる。
聖女様は、期待とプレッシャーの中で、大変な役割を担っているらしい。
以前のような、ただ羨ましいという気持ちだけではなく、少しだけ、同情のような気持ちも湧いてくる。
……もちろん、私の境遇の方が、ずっと不安定で危険なことに変わりはないのだけれど。
私は、カイさんから与えられた本と、日記帳の地図、そして図書室で得た知識を繋ぎ合わせようと、必死で頭を働かせた。
『忘却の森』、『月の祭壇』、『双月食』、『帰還の魔法陣』……。
点と点が、少しずつ線で結ばれ始めているような気がする。
(でも、まだ足りない……)
情報が、圧倒的に足りない。
そして、もし仮に『月の祭壇』で『双月食』の夜に何か特別なことが起こるのだとしても、今の私には、そこへ行く手段も、何かを起こす力もない。
(今は、焦る時じゃない……)
自分に言い聞かせる。
今は、知識を蓄え、力をつける時だ。
カイさんの課題をこなし、異世界語をもっと完璧にして、魔法の基礎も学んで……。
いつか来るかもしれない『時』のために、準備をするのだ。
そう決意を新たにした矢先、日記帳を改めて見返していて、また新たな発見をしてしまった。
地図が描かれていたページの裏。
そこに、インクで書かれた文字とは別に、何かで引っ掻いたような、非常に薄い、別の文字が隠されていることに気がついたのだ。
光の角度を変えながら、目を凝らして見てみる。
それは、数字の羅列のようだった。
(……暗号……?)
まるで、誰かに見つからないように、こっそりと書き残されたメッセージ。
この数字は、一体何を表しているのだろうか。
新たな謎が、また一つ、私の前に現れた。
それが頭から離れなくて、私は図書室へ通う日々の中で、その謎を解き明かそうと必死になっていた。
地図は本当に簡略的で、まるで子供が描いたような頼りない線だったけれど、それでも、何度も見ているうちに、いくつかの特徴が読み取れるような気がしてきた。
(これが、森の入り口……? 川がこう流れていて……こっちの×印が、多分、日記にあった『月の祭壇』……)
羊皮紙に、何度も地図を模写してみる。
そして、図書室で借りてきた地理書に載っていた『忘却の森』周辺の(これもまた大雑把な)地図と見比べてみる。
完全に一致するわけではないけれど、川の流れや、森の形状など、いくつか共通点が見いだせた。
(やっぱり、これは忘却の森の地図なんだ……)
確信が深まると同時に、疑問も湧いてくる。
なぜ、日記の書き手は、こんな場所に地図を隠すように描いたのだろうか。
そして、『月の祭壇』とは、一体何なのだろう。
図書室での調査対象は、自然と『忘却の森』関連から、『古代遺跡』や『古代文明』、そして『月』に関する伝承や神話へとシフトしていった。
『月の祭壇』というからには、月に関係する場所なのかもしれない。
この世界には月が二つある。それも何か関係しているのだろうか。
本棚の間を行き来し、必死で関連書籍を探す私の姿は、さすがにリリアさんの注意を引いたようだ。
彼女は相変わらず入り口近くで監視しているだけだけれど、以前よりも視線が鋭くなった気がする。
時折、私がどんな本を手に取っているのか、背表紙を確認するような素振りも見せるようになった。
「……最近、随分と熱心ですね」
ある日、図書室からの帰り道、リリアさんがぽつりと言った。
「えっ……?」
「古代遺跡や、古い伝承ばかり……。何か、お探しですか?」
探るような口調。
ドキリとしたけれど、私は平静を装って答えた。
「い、いえ……ただ、歴史書を読んでいたら、昔のことに興味が出てきて……。知らないことばかりなので、面白いなって」
「……そうですか」
リリアさんは、それ以上は何も聞いてこなかった。
でも、疑念を持たれているのは、間違いないだろう。
あまりあからさまに特定のテーマばかりを調べるのは、避けた方がいいのかもしれない。
その数日後、カイさんがいつものように、私の様子を見に部屋を訪れた。
彼は、私が羊皮紙に書き留めているメモや、読みかけの本を一瞥すると、静かに口を開いた。
「……勉強は、進んでいるようだな」
「は、はい。カイ様のおかげで、少しずつですが……」
「そうか」
短い肯定。
彼の前では、まだ緊張してしまう。
私は、この機会に、それとなく探りを入れてみようと考えた。
「あの……カイ様。この国の古い伝承とか、神話について、もっと知りたいのですが……何か、おすすめの本はありますか?」
「……古い伝承、か」
カイさんは、少し考えるような仕草を見せた。
「なぜ、そのようなものに興味を持った?」
「えっと……歴史書にも、少しだけ触れられていましたし、聖女様の力も、精霊とか、古い信仰と関係があるのかな、と思いまして……」
当たり障りのない理由を並べる。
『月の祭壇』や『忘却の森』という言葉は、まだ出せない。
カイさんは、しばらく黙って私を見ていた。
その紫色の瞳は、私の言葉の裏を探っているように見える。
「……いいだろう。いくつか、見繕ってやろう。
ただし、難解なものも多いぞ。今の君に読みこなせるかは、分からんがな」
「! ありがとうございます!」
意外にも、あっさりと了承してくれた。
拍子抜けすると同時に、彼の真意が読めなくて、少し戸惑う。
彼は、私が何を探っているのか、気づいているのだろうか。
それとも、本当に、ただ私の知識欲に応えようとしてくれているだけなのだろうか。
その日の夕食後、リリアさんが約束通り、カイさんが選んだという数冊の本を運んできた。
どれも、ずっしりと重く、装丁も古めかしい。
『星々と月の神話』
『忘れられた古代魔法』
『精霊信仰の変遷』
タイトルを見ただけで、難しそうな内容だと分かる。
でも、同時に、私の知りたいことに繋がっていそうな気もした。
「……カイ様からです。くれぐれも、丁重に扱うように、とのことです」
リリアさんは、そう言って本をテーブルに置くと、さっさと部屋を出て行った。
早速、『星々と月の神話』という本を開いてみる。
そこには、この世界の創世神話と共に、二つの月――銀色の『ルナ・シルヴァ』と青色の『ルナ・アズラ』――にまつわる様々な伝承が書かれていた。
古代の人々は、月には特別な力が宿ると信じ、月光の下で儀式を行っていたらしい。
(月の祭壇……やっぱり、月と関係があるんだ……)
読み進めていくと、ある記述に目が留まった。
『……月の力が最も高まるのは、二つの月が天空で重なる『双月食(そうげつしょく)』の夜であると言われている。その夜、特別な場所で行われる儀式は、奇跡を呼び起こすと信じられていたが、その方法は失われた……』
(双月食……!)
それは、いつ起こるのだろうか。
そして、特別な場所とは……まさか、『月の祭壇』のこと?
胸が高鳴る。
同時に、聖女様に関する噂も、少しずつ耳にするようになっていた。
どうやら、近々、王都に溜まった瘴気を浄化するための、大きな儀式が行われるらしい。
その準備で、神殿や城は慌ただしくなっているようだ。
「聖女様、最近お疲れのご様子で……」
「無理もないわ。あのような大がかりな儀式、お一人でなさるなんて……」
「本当に、大丈夫なのかしら……。失敗したら、大変なことに……」
侍女たちのひそひそ話が、廊下から聞こえてくる。
聖女様は、期待とプレッシャーの中で、大変な役割を担っているらしい。
以前のような、ただ羨ましいという気持ちだけではなく、少しだけ、同情のような気持ちも湧いてくる。
……もちろん、私の境遇の方が、ずっと不安定で危険なことに変わりはないのだけれど。
私は、カイさんから与えられた本と、日記帳の地図、そして図書室で得た知識を繋ぎ合わせようと、必死で頭を働かせた。
『忘却の森』、『月の祭壇』、『双月食』、『帰還の魔法陣』……。
点と点が、少しずつ線で結ばれ始めているような気がする。
(でも、まだ足りない……)
情報が、圧倒的に足りない。
そして、もし仮に『月の祭壇』で『双月食』の夜に何か特別なことが起こるのだとしても、今の私には、そこへ行く手段も、何かを起こす力もない。
(今は、焦る時じゃない……)
自分に言い聞かせる。
今は、知識を蓄え、力をつける時だ。
カイさんの課題をこなし、異世界語をもっと完璧にして、魔法の基礎も学んで……。
いつか来るかもしれない『時』のために、準備をするのだ。
そう決意を新たにした矢先、日記帳を改めて見返していて、また新たな発見をしてしまった。
地図が描かれていたページの裏。
そこに、インクで書かれた文字とは別に、何かで引っ掻いたような、非常に薄い、別の文字が隠されていることに気がついたのだ。
光の角度を変えながら、目を凝らして見てみる。
それは、数字の羅列のようだった。
(……暗号……?)
まるで、誰かに見つからないように、こっそりと書き残されたメッセージ。
この数字は、一体何を表しているのだろうか。
新たな謎が、また一つ、私の前に現れた。
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