【完結】召喚されたけど役立たず? いいえ、隣国の貴族様とハッピーエンドです!

シマセイ

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第十二話:三ヶ月後の約束

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カイさんが次に私の部屋を訪れたのは、それから数日後のことだった。
扉が開く音に、私は深呼吸を一つして、書き留めておいた羊皮紙を手に、椅子から立ち上がった。
心臓は、早鐘のように打っているけれど、もう迷いはなかった。

「カイ様。ご報告したいことがあります」

私の決意のこもった声に、カイさんは少しだけ意外そうな表情を見せたが、すぐにいつもの冷静な顔つきに戻った。

「……聞こう」

彼は部屋に入り、私が差し出した羊皮紙を受け取る。
そこには、私が解読したメッセージが、震える文字で書き記されていた。

『双月食の夜、月の祭壇にて、真実の扉が開かれん。ただし、道には守り人がいる。心せよ』

カイさんは、そのメッセージに静かに目を通した。
彼の表情からは、何の感情も読み取れない。
まるで、そこに何が書かれていようと、驚きはしない、とでも言うように。

「……月の暦から、解読したのですね」

「はい。カイ様がくださったヒントのおかげです」

「……よく、やった」

カイさんは、短くそう言った。
その言葉は、私の努力を認めてくれているようで、少しだけ胸が熱くなる。
でも、感傷に浸っている場合ではない。
私は、彼に聞かなければならないことがある。

「カイ様。このメッセージについて、教えてください。
『真実の扉』とは、一体何なのですか?
そして、『守り人』とは……?」

私の問いかけに、カイさんはゆっくりと顔を上げた。
その紫色の瞳が、私を真っ直ぐに見据える。

「……君が、それを知る必要はない」

「! そんな……!」

「それは、古代から存在する、危険な言い伝えだ。
興味本位で首を突っ込むべき領域ではない」

彼の声は、冷たく、有無を言わせない響きを持っていた。
でも、私はここで引き下がるわけにはいかなかった。

「興味本位ではありません!
これは、私にとって……もしかしたら、元の世界に帰るための、唯一の手がかりかもしれないんです!」

思わず、声が大きくなる。

「お願いします、カイ様! 教えてください!
双月食は、いつ起こるのですか?
月の祭壇は、どこにあるのですか?」

必死の訴えに、カイさんはしばらくの間、黙っていた。
彼の視線は、私を見ているようで、どこか遠くを見ているようでもあった。
やがて、彼は重い口を開いた。

「……次の双月食は、三ヶ月後だ」

「み、三ヶ月後……」

思ったよりも、近い。
でも、三ヶ月しかない、とも言える。

「だが、言っておくが、だからといって君が行けるわけではない。
忘却の森の奥にある月の祭壇は、王国騎士団ですら容易には近づけない危険地帯だ。
ましてや、君のような非力な娘が行けば、生きては戻れん」

「非力、だから……諦めろ、と……?」

「そうだ。
無謀な望みは捨てることだ。
それが、君のためでもある」

カイさんの言葉は、正論なのかもしれない。
私は、何の力も持たない、異世界に迷い込んだだけの、ただの女の子だ。
危険な森の奥にあるという祭壇へ、行けるはずがない。

でも。

「……嫌です」

私は、はっきりと答えた。

「諦めません。
たとえ、今は非力でも……三ヶ月あれば、何か変われるかもしれない。
いえ、変わってみせます」

真っ直ぐに、カイさんの目を見返す。
もう、俯いているだけの私ではない。

「だから、教えてください。
私に、チャンスをください」

私の強い視線を受けて、カイさんは、初めて少しだけ、その表情を揺らがせたように見えた。
驚き、戸惑い、そして……何か別の、読み取れない感情。

彼は、ふっと息を吐くと、壁に寄りかかった。

「……分からんな、君は」

「……」

「なぜ、そこまでして、危険に飛び込もうとする?」

「……帰りたいからです。
元の世界に、家族のところに……。
でも、それだけじゃありません」

私は、言葉を探す。

「このまま、何もできずに、誰かに守られて生きていくだけなのは、嫌なんです。
自分の運命くらい、自分で切り開きたい……。
たとえ、それがどんなに無謀なことだとしても」

私の言葉を聞き終えると、カイさんはしばらくの間、目を閉じていた。
そして、再び目を開けた時、その瞳には、先ほどとは違う、何か決意のような光が宿っていた。

「……よかろう」

「え……?」

「君の覚悟が、本物かどうか……試させてもらう」

カイさんは、そう言うと、私に向き直った。

「これから、君に新たな課題を与える。
それは、これまでのような知識の習得だけではない。
この世界で生き抜くための、最低限の力……魔力の基礎と、それを扱う術だ」

「ま、魔力の……?」

「ああ。君にどれほどの素質があるかは未知数だが、やらなければ何も始まらん。
俺が、直接指導する」

カイさんが、私に、魔法を……?
信じられない申し出に、私はただ、呆然と彼を見つめることしかできなかった。

「ただし、勘違いするな。
これは、君が月の祭壇へ行くことを許可するという意味ではない。
あくまで、君の生存確率を、ほんの少しでも上げるための措置だ。
そして……」

カイさんの声が、少しだけ低くなる。

「もし、君が俺の指導についてこれなければ……あるいは、途中で音を上げることがあれば、その時は、月の祭壇のことは、きっぱりと忘れろ。
それが、条件だ」

それは、厳しいけれど、今の私にとっては、望外のチャンスだった。

「……はい! 受けます!
絶対に、ついていきます!」

私は、力強く頷いた。

ちょうどその時、城の外から、鐘の音が厳かに鳴り響いてきた。
ゴォン……ゴォン……。
それは、聖女様の浄化の儀式が、いよいよ始まろうとしている合図だった。
城内の空気も、一気に張り詰めたものに変わるのが、部屋の中にいても感じられる。

カイさんも、窓の外に視線を向けた。
その横顔には、儀式の成功を祈るというよりは、何か別の、複雑な憂いのようなものが浮かんでいるように見えた。

「……始まるか」

彼は、小さく呟くと、私に向き直った。

「訓練は、明日からだ。
覚悟しておくことだな」

そう言い残し、カイさんは部屋を出て行った。
おそらく、彼も儀式に立ち会うのだろう。

一人残された部屋で、私は窓に駆け寄り、外の様子を窺った。
遠くに見える神殿の方角が、淡い光に包まれているように見える。
聖女様の儀式は、どうなるのだろうか。
そして、明日から始まる、カイさんとの訓練。
三ヶ月後の、双月食。
月の祭壇。

未来は、まだ霧の中だ。
でも、やるべきことは、はっきりと見えた。
私の、本当の戦いが、これから始まるのだ。
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