【完結】召喚されたけど役立たず? いいえ、隣国の貴族様とハッピーエンドです!

シマセイ

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第十五話:制御すべきもの

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中庭での一件以来、私の魔力訓練は新たな段階に入っていた。
カイさんの指導のもと、焦点は「感知」から「制御」へと移されたのだ。

「いいか、ユキ。魔力はただ感じているだけでは意味がない。
意のままに操れてこそ、力となる」

訓練場所は、再び私の部屋に戻された。
下手に外で暴走させられては敵わない、ということなのだろう。
少し残念だけど、仕方ない。

最初の課題は、自分の魔力を、一定量だけ、安定して引き出し続けることだった。
多すぎず、少なすぎず。
そして、途切れさせずに。

(……集中……冷静に……)

目を閉じ、自分の内にある魔力の源泉を探る。
あの温かい光。
それを、そっと、糸を紡ぐように、細く長く引き出していくイメージ。
でも、これが想像以上に難しい。
少し力を入れると、ドッと溢れ出しそうになり、逆に意識しすぎると、すぐに消えてしまう。

「……焦るな。呼吸に合わせろ。
吸う息で力を溜め、吐く息と共に、静かに、一定の量を流し出すんだ」

カイさんの声が、的確な指示を与える。
彼は、私がどんな状態にあるのか、まるで自分のことのように把握しているかのようだ。
その鋭い観察眼と、無駄のない指導には、いつも驚かされる。

何度も、何度も繰り返す。
失敗しては、カイさんに鋭く指摘され、それでも、諦めずに挑戦し続ける。
汗が滲み、集中力も限界に近づいてくる。

「……少し、休憩するか」

不意に、カイさんが言った。
見ると、彼は窓際に立ち、外の景色を眺めていた。

「え……? でも、まだ……」

「根を詰めても、効率が落ちるだけだ。
気分転換も、時には必要だ」

そう言って、彼は窓の外を指さした。

「あれを見ろ。
あれは、『風呼び鳥(かぜよびどり)』という鳥だ。
渡り鳥で、ちょうど今くらいの時期に、南からやってくる」

窓の外を見ると、青空を、白い鳥の群れが優雅に飛んでいるのが見えた。
美しい光景だった。

「彼らは、風の精霊の寵愛を受けていると言われていてな。
彼らが現れると、豊作になるという言い伝えもある」

「へぇ……」

カイさんが、こんな風に異世界の豆知識のようなものを話してくれるのは、初めてだった。
訓練中の厳しい表情とは違う、少しだけ穏やかな横顔。
そのギャップに、また心臓がドキリとする。

(……ダメダメ、集中しないと)

慌てて思考を訓練に戻そうとするけれど、一度意識してしまうと、なかなかカイさんのことから目が離せない。
彼の立ち姿、声、時折見せる些細な仕草……その一つ一つが、私の心をざわめかせる。

(これが……恋、なのかな……)

認めたくないけれど、認めざるを得ない。
私は、カイさんに惹かれているのだ。
異世界で、たった一人で不安だった私を、厳しくも導いてくれる、唯一の人。
でも、彼は私の監視役で、師匠のような存在だ。
この気持ちは、絶対に悟られてはいけない。

「……どうした? ぼうっとして」

カイさんの声に、ハッと我に返る。
いけない、考え事をしてしまっていた。

「な、何でもありません! 続けましょう!」

慌ててそう言うと、カイさんは少し訝しげな表情をしたが、それ以上は何も聞かず、「……そうか」とだけ言って、再び訓練に戻った。

訓練は、その後も続いた。
魔力を一定量引き出す訓練の次は、それを手のひらに集める訓練。
さらに、集めた魔力を、小さな光の玉として形作る訓練へと、段階的に難易度が上がっていく。

私は、必死で食らいついた。
カイさんに呆れられたくない。
そして、何より、三ヶ月後の双月食までに、少しでも力をつけたい。
その一心だった。

訓練の様子は、リリアさんも毎日、部屋の隅で見守っていた。
彼女は相変わらず無表情で、口数も少ないけれど、私が訓練で疲労困憊していると、そっと水差しを差し出してくれたり、汗を拭くための布を用意してくれたりすることが、時々あった。
ほんの些細な変化だけど、彼女なりに私を気遣ってくれているのかもしれない、と感じ始めていた。

一方、城の中では、聖女様に関する不穏な噂が、後を絶たなかった。

「聖女様、儀式の後から、ずっとお部屋に籠もりきりらしいわ」

「お食事も、あまり召し上がらないとか……」

「神官の方々も、ほとほと困り果てているって話よ」

「それに……最近、宰相閣下の息子さんと、妙に親しくされているとか……」

「まあ! あの、女癖が悪いと評判の……?」

侍女たちのひそひそ話が、図書室へ行く途中などに、嫌でも耳に入ってくる。
聖女様は、浄化の儀式の負担だけでなく、精神的にも追い詰められているのかもしれない。
そして、そこに怪しげな貴族が近づいている……。
なんだか、典型的な破滅フラグが立っているような気がして、他人事ながら心配になる。

(私に、何かできることはないのかな……。いや、おこがましいか……)

自分のことで精一杯なのに、聖女様の心配をしている場合ではない。
私は、図書室で、魔法制御に関する本を読み漁った。
もっと効率よく、魔力を操る方法はないだろうか。

そんな中で、私は『魔道具』という存在を知った。
特定の魔法を発動させたり、魔力の流れを補助したり、あるいは増幅させたりする、特殊な道具。
その中には、魔力制御を助ける腕輪や指輪のようなものもあるらしい。

(魔道具……!)

あの日記帳にも、似たような記述があった気がする。
慌てて部屋に戻り、日記を確認すると、やはりあった。

『×月△日 古代遺跡で見つかったという『制御の腕輪』を探している。それがあれば、私の不安定な魔力も、少しはマシになるかもしれないのだが……。市場では見かけない。どこか特別な場所に……?』

日記の書き手も、魔力の制御に苦労していたのだろうか。
そして、魔道具を探していた……。
もしかしたら、忘却の森の『月の祭壇』には、そういった古代の魔道具が眠っている可能性もあるのかもしれない。

(制御の腕輪……。もし手に入れば、私でも……)

新たな希望が湧いてくる。
そのためにも、まずは基本的な魔力制御をマスターしなければ。

私は、具体的な目標を立てることにした。
三ヶ月後の双月食までに、最低限、自分の身を守れるくらいの魔法を習得する。
例えば、魔力で小さな盾のようなものを展開する『魔力障壁(マナ・シールド)』。
あるいは、軽い衝撃を放つ『衝撃波(ショック・ウェーブ)』。
今の私には、夢物語のような話だけど、目標があれば、頑張れるはずだ。

その日の訓練が終わり、カイさんが帰った後。
私は、ふと、彼から貰った報酬の銀貨のことを思い出した。
これまで、使う機会がなくて、ずっと袋に入れたままだった。

(……リリアさんに、頼んでみようかな)

意を決して、リリアさんを呼び止める。

「あの、リリアさん」

「……何でしょう」

「これ……カイ様から頂いたお金なのですが……。これで、何か、買ってきていただくことはできますか?」

銀貨の入った袋を差し出す。
リリアさんは、少し驚いたようにそれを受け取ると、私を見た。

「……何が、ご入用ですか?」

「えっと……練習で、羊皮紙をたくさん使ってしまったので、新しいものを少し……。
それと、もし……もし、余るようでしたら……」

少し言い淀む。

「……何か、甘いもの……果物とかでも、いいのですが……」

ずっと質素な食事ばかりだったから、たまには、ほんの少しの贅沢がしてみたかったのだ。
我儘だと思われるかもしれない、とドキドキしながら言うと、リリアさんは、意外にも、ふっと、本当に微かにだけど、口元を緩めたように見えた。

「……承知いたしました。
羊皮紙と……あとは、季節の果物でよろしいですね?」

「は、はい! お願いします!」

予想外の肯定的な返事に、私は嬉しくなって、思わず笑顔になった。
リリアさんは、すぐにいつもの無表情に戻ってしまったけれど、ほんの一瞬だけ、彼女との間に、人間らしい温かい空気が流れたような気がした。

自分の力で得たお金で、自分の欲しいものを手に入れる。
それは、元の世界では当たり前のことだったけれど、今の私にとっては、とても大きな一歩だ。
制御すべき魔力。
制御できない気持ち。
そして、自分の力で掴み取る、ささやかな変化。
私の異世界での日々は、少しずつ、色づき始めているのかもしれない。
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