【完結】召喚されたけど役立たず? いいえ、隣国の貴族様とハッピーエンドです!

シマセイ

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第十六話:ざわめきと小さな盾

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次の日、リリアさんは約束通り、新しい羊皮紙の束と、小さな籠に入った果物を持ってきてくれた。
籠の中には、見たこともないような、鮮やかな赤い色をした、リンゴくらいの大きさの果物が三つ入っていた。

「わぁ……! ありがとうございます、リリアさん!」

思わず駆け寄って、籠を受け取る。
ずっしりとした重みと、甘酸っぱい、良い香りがした。

「これは……何という果物ですか?」

「『陽蜜果(ようみつか)』です。
今の時期が旬で、とても甘いですよ」

リリアさんは、珍しく少しだけ詳しく教えてくれた。

「皮を剥いて、そのまま食べられます。
どうぞ」

「ありがとうございます!」

早速、一つ手に取ってみる。
表面はツルツルとしていて、太陽の光を浴びて育ったことが分かるような、温かみのある赤色だ。
ナイフがないのでどうしようかと思っていると、リリアさんが小さな果物ナイフを差し出してくれた。

「……お使いください」

「え、いいんですか?」

「構いません。……ただし、扱いには気をつけてください」

彼女なりの気遣いだろうか。
お礼を言ってナイフを受け取り、慣れない手つきで皮を剥く。
現れた果肉は、夕焼けのようなオレンジ色をしていた。
一口かじると、口の中に、濃厚な甘さと爽やかな酸味がじゅわっと広がる。
今まで食べたどんな果物よりも、美味しいかもしれない。

「……美味しい……!」

思わず呟くと、リリアさんが、またほんの一瞬だけ、口元を緩めたように見えた。
このささやかな交流が、今の私にとっては、とても大きな喜びだった。

その日の午後から、カイさんの訓練は新たな段階へと進んだ。
魔力制御の基礎がある程度できるようになったと判断されたのか、いよいよ、具体的な魔法の型を学ぶことになったのだ。

「今日から、『魔力障壁(マナ・シールド)』の基礎を教える」

カイさんは、そう宣言した。

「自分の身を守るための、最も基本的な防御魔法だ。
だが、単純なようで、奥が深い。
魔力を安定して供給し、一定の形と密度を保ち続けなければ、すぐに霧散してしまう」

彼は、自分の手のひらを私の前に差し出した。
そして、静かに目を閉じ、息を吸う。
次の瞬間、彼の掌の上に、淡い青色の光が集まり始め、みるみるうちに、半透明の小さな盾のような形を成した。

「これが、魔力障壁だ。
見ての通り、まだ不完全な形だがな」

目の前で、魔法が形になるのを初めて見た私は、息を呑んだ。
なんて、綺麗なんだろう。
そして、カイさんの魔力が、淀みなく、滑らかに制御されているのが分かる。

「……やってみろ」

カイさんが、光の盾を消して言う。

「は、はい!」

私も、彼に倣って、手のひらに意識を集中させる。
自分の内にある魔力を引き出し、それを手のひらに集める。
そして、盾の形をイメージする……。

(……難しい……!)

魔力を集めることはできても、それを安定した形に保つことが、とてつもなく難しい。
すぐに形が崩れて、光の粒子になって霧散してしまう。

「形をイメージするだけでは足りん。
魔力の密度を高めろ。
盾としての『硬さ』を意識するんだ」

カイさんのアドバイスが飛ぶ。
硬さ……密度……。
言われた通りに、魔力をさらに集中させ、練り上げていくイメージ。
でも、力を入れすぎると、また暴走しかねない。
あの時の、中庭での失敗が頭をよぎる。

(冷静に……落ち着いて……)

何度も、何度も、挑戦する。
汗が流れ落ち、腕がだるくなってくる。
それでも、諦めずに続けた。

一方、図書室では、魔道具に関する調査を進めていた。
特に、日記の書き手が探していた『制御の腕輪』について、何か手がかりがないかと、関連しそうな本を読み漁る。

どうやら、魔道具には、古代文明の遺跡から発掘される『遺物(アーティファクト)』と呼ばれるものと、現代の魔法技術で作られるものがあるらしい。
古代の遺物は、強力な力を持つものが多いけれど、扱いが難しかったり、危険な副作用があったりすることも少なくないようだ。
『制御の腕輪』も、そういった古代の遺物の一つである可能性が高い。
しかし、具体的な形状や、どこにあるのかといった情報は、どの本にも載っていなかった。

(やっぱり、簡単には見つからないか……)

ため息をつきながら、本を閉じようとした時。
ある記述が目に留まった。

『……古代の魔道具の中には、特定の血筋や、あるいは『星の巡り』の下に生まれた者にしか扱えないものも存在する……』

(特定の血筋……星の巡り……?)

それは、どういう意味だろうか。
ただ魔力があれば使える、というわけではないのかもしれない。
謎が、また一つ増えてしまった。

訓練中、私はカイさんに、魔道具について尋ねてみることにした。

「あの、カイ様。魔道具について、お聞きしたいのですが……」

「……魔道具、か」

カイさんは、少しだけ意外そうな顔をした。

「図書室で、そのような本を読んだのか?」

「はい。魔力制御を助ける道具もあると知って……。もし、そういうものがあれば、私でも、もう少しうまく魔法が使えるようになるのかな、と思いまして……」

「……確かに、魔道具の中には、魔力の制御を補助するものもある。
だが、それに頼りすぎるのは良くない。
まずは、己自身の力で、魔力を制御できるようになることが肝心だ」

カイさんは、諭すように言った。

「それに、古代の魔道具……特に、制御に関するような強力なものは、稀少なだけでなく、危険も伴う。
下手に手を出せば、逆に魔力に呑まれ、暴走を招くこともある。
忘れることだ」

彼の口調は、どこか有無を言わせない響きがあった。
日記の書き手のことや、『制御の腕輪』について、何か知っているのかもしれない。
でも、今はそれ以上、踏み込めそうになかった。

そんな中、城の中では、聖女様に関するトラブルが、いよいよ表面化し始めていた。

「聞いた? 聖女様が、神殿の宝物庫にあった、古い儀式用の杖を、勝手に持ち出して、壊してしまったらしいわよ!」

「まあ、大変! あれがないと、次の豊穣祭の儀式が……」

「それに、昨日の夜会でも、宰相閣下の息子さんと二人きりで、庭園で密会していたって……。国王陛下も、かなりお怒りだと……」

侍女たちの噂話は、日に日にエスカレートしていく。
聖女様は、完全に孤立し、追い詰められているようだった。
そして、その状況を利用しようとする、悪意のある者の影もちらつく。

(……やっぱり、何かおかしい)

聖女様が、本当にそんなことをするのだろうか。
何か、罠に嵌められているのではないか……?
そんな疑念が、私の頭をよぎる。
でも、私には何もできない。
ただ、成り行きを見守るしかないのが、もどかしかった。

だからこそ、私は訓練に打ち込んだ。
自分の無力さを痛感するたびに、強くなりたいという思いが、より一層、募っていく。

そして、その日の訓練の終わり際。
何度も失敗を繰り返した後、ついに、その瞬間は訪れた。

(……できた……!?)

私の手のひらの上に、ほんの数秒だけだったけれど、確かに、半透明の、歪ではあるけれど盾の形をした、光の塊が出現したのだ!
すぐに消えてしまったけれど、間違いなく、『魔力障壁』の原型だった。

「……!」

隣で見ていたカイさんの目が、わずかに見開かれた。
そして、部屋の隅にいたリリアさんも、息を呑むのが分かった。

「……今の……」

「……形には、なったな。
まだ、実用には程遠いが」

カイさんは、すぐに冷静さを取り戻し、そう評価した。
でも、その声には、ほんの少しだけ、驚きと……もしかしたら、期待のような響きが混じっていたかもしれない。

初めて、魔法らしい魔法の『形』を作れた。
それは、私にとって、とてつもなく大きな一歩だった。
疲労困憊のはずなのに、体の中から、新たな力が湧き上がってくるのを感じる。

(やれる……私にも、きっと……!)

三ヶ月後の、双月食。
忘却の森、月の祭壇。
そこへ辿り着くために、そして、その先にあるかもしれない『真実』に手を伸ばすために。
私の挑戦は、まだ始まったばかりだ。
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