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第十七話:追放される聖女
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私が初めて『魔力障壁』の形を作ることに成功してから、数日が過ぎた。
あの日以来、私はさらに訓練に没頭していた。
一度掴んだ感覚を忘れないように、そして、もっと安定した、強い障壁を作れるように。
カイさんの指導にも、以前にも増して熱が入っているように感じられた。
しかし、そんな私の個人的な進歩とは裏腹に、城の中の空気は、日増しに重く、不穏なものになっていった。
原因は、言うまでもなく、聖女様に関する一連の騒動だ。
儀式用の杖を破損した一件、そして、宰相閣下の息子であるエルンスト様との密会疑惑……。
それらは、瞬く間に城中に知れ渡り、聖女様への風当たりは、決定的に強くなっていた。
そして、ついに、その日が来てしまった。
その日、朝食を運んできたリリアさんの顔色は、普段にも増して青白く、目は怒りか、あるいは別の感情で、微かに赤くなっているように見えた。
「……リリアさん? 何かあったんですか?」
心配になって尋ねると、彼女はギリッと唇を噛み締め、低い声で言った。
「……聖女様の、処遇が決まりました」
「え……?」
「本日付けで、聖女の地位を剥奪。
そして……国外追放、だそうです」
「こ、国外追放……!?」
あまりに衝撃的な言葉に、私は息を呑んだ。
たとえ、問題行動があったとしても、異世界から召喚された聖女を、そんな簡単に追放してしまうなんて……。
「そんな……どうして……!?」
「杖の破損、度重なる素行不良、そして……エルンスト様を唆し、国の機密情報を探ろうとした、という嫌疑までかけられて……。もはや、弁明の機会すら、与えられなかったようです」
リリアさんの声には、抑えきれない怒りが滲んでいる。
「唆した、ですって……? エルンスト様の方こそ、聖女様を利用しようとしていたのでは……?」
私が素朴な疑問を口にすると、リリアさんは、ふっと自嘲的な笑みを浮かべた。
「……それが、この国の貴族社会、というものです。
力のない者は、都合よく利用され、切り捨てられる……。聖女様とて、例外ではなかった、ということでしょう」
普段、感情を表に出さない彼女が、これほどまでに露わな憤りを見せるのは、初めてだった。
彼女自身も、過去に何か、似たような経験をしたことがあるのだろうか。
その日の訓練の時間になっても、カイさんはなかなか現れなかった。
おそらく、聖女様の件で、騎士団も対応に追われているのだろう。
私は、落ち着かない気持ちで、部屋の中を歩き回っていた。
(追放……。私だって、いつ同じ目に遭うか分からない……)
『外れ』の私なんて、聖女様以上に、何の価値もない存在なのだ。
カイさんの庇護がなくなれば、あっという間に……。
恐怖で、体が小さく震える。
ようやく現れたカイさんは、いつも以上に硬い表情をしていた。
やはり、疲労の色は隠せない。
「カイ様……!」
「……話は、リリアから聞いたか」
彼は、私の言葉を遮るように言った。
「はい……。聖女様が、追放されると……」
「……国の決定だ。我々が口を挟むことではない」
カイさんの声は、あくまで冷静だった。
でも、その瞳の奥には、何か割り切れない、複雑な感情が揺らめいているように見えた。
「でも……! あまりにも、一方的すぎませんか……!? 罠だったのかもしれないのに……!」
「……ユキ」
カイさんが、私の名前を呼んだ。
厳しい、しかし、どこか諭すような響き。
「君が、心を痛める必要はない。
君は、彼女とは違う」
「……!」
その言葉に、私はハッとした。
彼は、私が自分の境遇と重ね合わせて、不安になっていることを見抜いていたのだ。
「君は、自分の足で立ち、努力している。
誰かに依存し、流されるだけだった彼女とは、違う」
「……でも……」
「今は、感傷に浸っている時ではないはずだ。
訓練を始めるぞ」
カイさんは、有無を言わせぬ口調で、訓練の開始を告げた。
しかし、その日の私は、全く訓練に集中できなかった。
聖女様のことが頭から離れず、魔力は不安定になり、何度やっても、障壁を形にすることすらできない。
「……集中しろ! 感情に呑まれるな!」
カイさんの叱咤が飛ぶ。
分かっている。分かっているけれど、心が言うことを聞かない。
(怖い……。もし、私も、あんな風になったら……)
「ユキ!」
カイさんの、さらに厳しい声。
そして、彼は私の腕を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「……己を見失うな。
君が恐れるべきは、追放されることではない。
己の弱さに負け、努力を放棄することだ」
真っ直ぐに、私の目を見つめてくる、彼の紫色の瞳。
その強い光に、私は吸い込まれそうになる。
「……君には、力がある。
まだ小さいが、確かに君の中に宿っている力だ。
それを信じろ。そして、磨き続けろ。
それが、君がこの世界で生き抜くための、唯一の道だ」
カイさんの言葉が、私の心に、強く、深く、響いた。
そうだ。
私は、もう無力なだけの存在じゃない。
私の中には、魔力がある。
そして、私には、カイさんがいる。
「……はい……!」
涙をぐっと堪え、私は力強く頷いた。
もう一度、意識を集中させる。
聖女様のことは、悲しい。悔しい。
でも、その感情に呑まれてはいけない。
私は、私のやるべきことをするんだ。
その日の訓練が終わる頃には、私はなんとか、再び魔力障壁を形にすることができるようになっていた。
まだ、不安定で、すぐに消えてしまうけれど、それでも、自分の意志で、力を制御できたという事実が、大きな自信になった。
訓練の後、部屋の窓から外を眺めていると、城門の方から、一台の質素な馬車が出ていくのが見えた。
おそらく、あれに、聖女様が乗せられているのだろう。
付き添うのは、数人の兵士だけで、見送る者は誰もいない。
あまりにも、寂しい旅立ちだった。
(……さようなら、聖女様……。どうか、無事で……)
心の中で、そう呟いた。
彼女の追放劇は、これで終わりではないのかもしれない。
リリアさんの話によれば、聖女様を陥れたエルンスト様は、最近、素行の悪さが国王陛下の耳にも達し、立場が危うくなっているらしい。
そして、聖女様がいなくなったことで、王都の瘴気が、以前よりも濃くなってきているという噂も囁かれ始めていた。
(因果応報……なのかな……)
ざまぁ展開、という言葉が頭をよぎる。
もし、本当にそうなったとしても、それで聖女様の運命が変わるわけではないのだろうけれど。
私は、窓から見える、遠ざかっていく馬車を見つめながら、改めて強く思った。
力が必要だ。
自分の身を、そして、もしかしたら、大切な誰かを守るための力が。
そして、どんな状況でも、自分を見失わない、心の強さが。
三ヶ月後の、双月食。
忘却の森、月の祭壇。
そこへ辿り着くことは、ただ元の世界へ帰るためだけじゃない。
私が、この世界で、本当の意味で自立するための、試練なのかもしれない。
私は、静かに、その決意を胸に刻んだ。
あの日以来、私はさらに訓練に没頭していた。
一度掴んだ感覚を忘れないように、そして、もっと安定した、強い障壁を作れるように。
カイさんの指導にも、以前にも増して熱が入っているように感じられた。
しかし、そんな私の個人的な進歩とは裏腹に、城の中の空気は、日増しに重く、不穏なものになっていった。
原因は、言うまでもなく、聖女様に関する一連の騒動だ。
儀式用の杖を破損した一件、そして、宰相閣下の息子であるエルンスト様との密会疑惑……。
それらは、瞬く間に城中に知れ渡り、聖女様への風当たりは、決定的に強くなっていた。
そして、ついに、その日が来てしまった。
その日、朝食を運んできたリリアさんの顔色は、普段にも増して青白く、目は怒りか、あるいは別の感情で、微かに赤くなっているように見えた。
「……リリアさん? 何かあったんですか?」
心配になって尋ねると、彼女はギリッと唇を噛み締め、低い声で言った。
「……聖女様の、処遇が決まりました」
「え……?」
「本日付けで、聖女の地位を剥奪。
そして……国外追放、だそうです」
「こ、国外追放……!?」
あまりに衝撃的な言葉に、私は息を呑んだ。
たとえ、問題行動があったとしても、異世界から召喚された聖女を、そんな簡単に追放してしまうなんて……。
「そんな……どうして……!?」
「杖の破損、度重なる素行不良、そして……エルンスト様を唆し、国の機密情報を探ろうとした、という嫌疑までかけられて……。もはや、弁明の機会すら、与えられなかったようです」
リリアさんの声には、抑えきれない怒りが滲んでいる。
「唆した、ですって……? エルンスト様の方こそ、聖女様を利用しようとしていたのでは……?」
私が素朴な疑問を口にすると、リリアさんは、ふっと自嘲的な笑みを浮かべた。
「……それが、この国の貴族社会、というものです。
力のない者は、都合よく利用され、切り捨てられる……。聖女様とて、例外ではなかった、ということでしょう」
普段、感情を表に出さない彼女が、これほどまでに露わな憤りを見せるのは、初めてだった。
彼女自身も、過去に何か、似たような経験をしたことがあるのだろうか。
その日の訓練の時間になっても、カイさんはなかなか現れなかった。
おそらく、聖女様の件で、騎士団も対応に追われているのだろう。
私は、落ち着かない気持ちで、部屋の中を歩き回っていた。
(追放……。私だって、いつ同じ目に遭うか分からない……)
『外れ』の私なんて、聖女様以上に、何の価値もない存在なのだ。
カイさんの庇護がなくなれば、あっという間に……。
恐怖で、体が小さく震える。
ようやく現れたカイさんは、いつも以上に硬い表情をしていた。
やはり、疲労の色は隠せない。
「カイ様……!」
「……話は、リリアから聞いたか」
彼は、私の言葉を遮るように言った。
「はい……。聖女様が、追放されると……」
「……国の決定だ。我々が口を挟むことではない」
カイさんの声は、あくまで冷静だった。
でも、その瞳の奥には、何か割り切れない、複雑な感情が揺らめいているように見えた。
「でも……! あまりにも、一方的すぎませんか……!? 罠だったのかもしれないのに……!」
「……ユキ」
カイさんが、私の名前を呼んだ。
厳しい、しかし、どこか諭すような響き。
「君が、心を痛める必要はない。
君は、彼女とは違う」
「……!」
その言葉に、私はハッとした。
彼は、私が自分の境遇と重ね合わせて、不安になっていることを見抜いていたのだ。
「君は、自分の足で立ち、努力している。
誰かに依存し、流されるだけだった彼女とは、違う」
「……でも……」
「今は、感傷に浸っている時ではないはずだ。
訓練を始めるぞ」
カイさんは、有無を言わせぬ口調で、訓練の開始を告げた。
しかし、その日の私は、全く訓練に集中できなかった。
聖女様のことが頭から離れず、魔力は不安定になり、何度やっても、障壁を形にすることすらできない。
「……集中しろ! 感情に呑まれるな!」
カイさんの叱咤が飛ぶ。
分かっている。分かっているけれど、心が言うことを聞かない。
(怖い……。もし、私も、あんな風になったら……)
「ユキ!」
カイさんの、さらに厳しい声。
そして、彼は私の腕を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「……己を見失うな。
君が恐れるべきは、追放されることではない。
己の弱さに負け、努力を放棄することだ」
真っ直ぐに、私の目を見つめてくる、彼の紫色の瞳。
その強い光に、私は吸い込まれそうになる。
「……君には、力がある。
まだ小さいが、確かに君の中に宿っている力だ。
それを信じろ。そして、磨き続けろ。
それが、君がこの世界で生き抜くための、唯一の道だ」
カイさんの言葉が、私の心に、強く、深く、響いた。
そうだ。
私は、もう無力なだけの存在じゃない。
私の中には、魔力がある。
そして、私には、カイさんがいる。
「……はい……!」
涙をぐっと堪え、私は力強く頷いた。
もう一度、意識を集中させる。
聖女様のことは、悲しい。悔しい。
でも、その感情に呑まれてはいけない。
私は、私のやるべきことをするんだ。
その日の訓練が終わる頃には、私はなんとか、再び魔力障壁を形にすることができるようになっていた。
まだ、不安定で、すぐに消えてしまうけれど、それでも、自分の意志で、力を制御できたという事実が、大きな自信になった。
訓練の後、部屋の窓から外を眺めていると、城門の方から、一台の質素な馬車が出ていくのが見えた。
おそらく、あれに、聖女様が乗せられているのだろう。
付き添うのは、数人の兵士だけで、見送る者は誰もいない。
あまりにも、寂しい旅立ちだった。
(……さようなら、聖女様……。どうか、無事で……)
心の中で、そう呟いた。
彼女の追放劇は、これで終わりではないのかもしれない。
リリアさんの話によれば、聖女様を陥れたエルンスト様は、最近、素行の悪さが国王陛下の耳にも達し、立場が危うくなっているらしい。
そして、聖女様がいなくなったことで、王都の瘴気が、以前よりも濃くなってきているという噂も囁かれ始めていた。
(因果応報……なのかな……)
ざまぁ展開、という言葉が頭をよぎる。
もし、本当にそうなったとしても、それで聖女様の運命が変わるわけではないのだろうけれど。
私は、窓から見える、遠ざかっていく馬車を見つめながら、改めて強く思った。
力が必要だ。
自分の身を、そして、もしかしたら、大切な誰かを守るための力が。
そして、どんな状況でも、自分を見失わない、心の強さが。
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