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第十九話:放たれた光、裁かれる闇
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「……これが、『魔力弾(マナ・ボルト)』だ。
最も基本的で、単純な攻撃魔法だが、それ故に、魔力制御の精度が問われる」
カイさんの説明と共に、彼の指先から、ピンポン玉くらいの大きさの、眩い光の弾が放たれた。
それは、部屋の隅に設置された訓練用の的に向かって、一直線に飛び、パシュン、という軽い音と共に、的の中心に見事に命中した。
「……!」
昨日見た風の刃もすごかったけれど、光の弾が正確に目標を捉える様は、また違った迫力があった。
これが、攻撃魔法……。
「やってみろ」
カイさんに促され、私はゴクリと唾を飲み込んだ。
魔力障壁の訓練とは、明らかに違う緊張感がある。
あれは自分を守るためのものだったけれど、これは、誰か(何か)を傷つけるための力だ。
(……大丈夫。身を守るためにも、必要な力だって、カイ様も言っていた……)
自分に言い聞かせ、的を見据える。
手のひらに魔力を集め、それを光の弾の形に圧縮していくイメージ。
そして、的を狙って、放つ……!
ヒュン……ポスン。
私が放った光の弾は、弱々しく宙を舞い、的のはるか手前で、力なく床に落ちて消えてしまった。
「……」
「……話にならんな」
カイさんが、ため息混じりに言った。
「魔力の圧縮が足りん。それに、放出する際の指向性も甘い。
ただ押し出すだけでは、あんなものだ」
「は、はい……」
分かっているけれど、難しい。
それに、心のどこかで、力を込めて放つことに、無意識のブレーキがかかっているような気もする。
人を傷つけるかもしれない力を使うことへの、漠然とした恐怖。
「……ユキ」
カイさんが、私の内心を見透かしたように、静かに言った。
「力そのものに、善悪はない。
問題は、それを使う者の意志だ。
ナイフが、料理にも使えれば、人を傷つける凶器にもなるのと同じことだ」
「……」
「君が、その力を何のために使うのか。
それが重要だ。
己と、あるいは守りたいものを守るために使うというのなら、その力を使うことを、躊躇う必要はない」
カイさんの言葉は、私の心の中の迷いを、少しだけ晴らしてくれた気がした。
そうだ。
私は、月の祭壇へ行くために、そして、この理不尽な世界で自分の足で立っていくために、力が欲しいんだ。
「……もう一度、やります!」
気持ちを切り替え、再び的に向き合う。
今度は、もっと強く、魔力を練り上げる。
そして、明確な意志を持って、的の中心を狙う。
パシュッ!
今度は、さっきよりは少しだけ勢いのある光弾が放たれた。
的まで届きはしなかったけれど、床に落ちるまでの距離は伸びている。
「……まあ、少しはマシになったか」
カイさんは、まだ厳しい表情だったけれど、完全に見放されたわけではなさそうだ。
それから、何度も何度も、私は魔力弾を放つ練習を繰り返した。
そんな中、城の中では、聖女様追放の後始末とでも言うべき、大きな動きが起こっていた。
エルンスト様と、その父である宰相閣下の悪事が、次々と明るみに出たのだ。
「エルンスト様の屋敷から、不正に蓄財された金品や、他国との密約を示す書簡が大量に見つかったらしいぞ!」
「宰相閣下も、息子の悪事を知りながら黙認していたばかりか、自らも関与していた証拠が出てきたとか……」
「聖女様を陥れたのも、自分たちの悪事を隠蔽するためだったなんて……許せない!」
兵士たちの間でも、貴族たちの間でも、そして侍女たちの間でも、その話題で持ちきりだった。
あれほど権勢を誇っていた宰相親子が、あっという間に断罪され、全ての地位と財産を剥奪された上で、牢獄に送られることが決定したという知らせは、瞬く間に城中に広まった。
まさに、絵に描いたような「ざまぁ展開」。
それを聞いた時、私は正直、「当然の報いだ」と思った。
聖女様をあんな風に追い詰めたのだから。
でも、同時に、どこか後味の悪さも感じていた。
人の不幸を喜ぶような気持ちになりたくない。
それに、彼らが失脚したからといって、聖女様が救われるわけではない。
追放された彼女が、今どこでどうしているのか、知る由もなかった。
その夜、私は訓練の後片付けをしているカイさんに、思い切って尋ねてみた。
「あの……カイ様。エルンスト様たちのこと……これで、良かったのでしょうか……?」
カイさんは、手を止めずに、冷静に答えた。
「……法は、裁きを下した。それだけのことだ」
「でも……」
「だがな、ユキ」
彼は、そこで言葉を切ると、私の方に向き直った。
「力は、使い方を間違えれば、容易に人を破滅させる。
彼らは、己の欲望のために力を使い、その結果、全てを失った。
それは、ある意味、当然の結末だ」
そして、彼は付け加えた。
「……憎しみや、復讐心で力を使えば、たとえそれが正義のためであったとしても、いずれ己自身をも滅ぼすことになる。
力を持つ者は、常にそのことを、肝に銘じておかなければならない」
その言葉は、まるで、私自身に言い聞かせているかのようだった。
力を持つことの責任。
その重さを、改めて考えさせられる。
次の日の訓練。
私の心には、もう迷いはなかった。
私は、この力を、正しく使いたい。
自分の未来を切り開くために。
そして、いつか、誰かを守れるようになるために。
的に向かい、深く息を吸う。
魔力を練り上げ、光の弾を形成する。
狙いを定め、そして――放つ!
パァン!
これまでとは明らかに違う、鋭い音と共に、光の弾が的の中心に命中した!
威力はまだ小さいけれど、確かに、当たったのだ。
「……!」
やった……!
思わず、ガッツポーズをしそうになるのを、必死で堪える。
隣で見ていたカイさんが、小さく、本当に小さくだけれど、頷いたのが見えた。
リリアさんも、部屋の隅で、わずかに目を見開いている。
的の中心に空いた、小さな焦げ跡。
それは、私が初めて、自分の意志で、攻撃魔法を成功させた証しだ。
大きな、大きな一歩。
カイさんは、私の手元に残る魔力の残滓を見つめながら、静かに言った。
「……ようやく、スタートラインに立った、というところか」
彼の言葉は、まだ厳しい。
でも、その奥に、確かな期待を感じ取ることができた。
双月食まで、あと二ヶ月。
残された時間は、決して多くはない。
でも、私は、進み続ける。
月の祭壇へ、そして、その先にあるかもしれない『真実』へと。
自分の手で、未来を掴むために。
最も基本的で、単純な攻撃魔法だが、それ故に、魔力制御の精度が問われる」
カイさんの説明と共に、彼の指先から、ピンポン玉くらいの大きさの、眩い光の弾が放たれた。
それは、部屋の隅に設置された訓練用の的に向かって、一直線に飛び、パシュン、という軽い音と共に、的の中心に見事に命中した。
「……!」
昨日見た風の刃もすごかったけれど、光の弾が正確に目標を捉える様は、また違った迫力があった。
これが、攻撃魔法……。
「やってみろ」
カイさんに促され、私はゴクリと唾を飲み込んだ。
魔力障壁の訓練とは、明らかに違う緊張感がある。
あれは自分を守るためのものだったけれど、これは、誰か(何か)を傷つけるための力だ。
(……大丈夫。身を守るためにも、必要な力だって、カイ様も言っていた……)
自分に言い聞かせ、的を見据える。
手のひらに魔力を集め、それを光の弾の形に圧縮していくイメージ。
そして、的を狙って、放つ……!
ヒュン……ポスン。
私が放った光の弾は、弱々しく宙を舞い、的のはるか手前で、力なく床に落ちて消えてしまった。
「……」
「……話にならんな」
カイさんが、ため息混じりに言った。
「魔力の圧縮が足りん。それに、放出する際の指向性も甘い。
ただ押し出すだけでは、あんなものだ」
「は、はい……」
分かっているけれど、難しい。
それに、心のどこかで、力を込めて放つことに、無意識のブレーキがかかっているような気もする。
人を傷つけるかもしれない力を使うことへの、漠然とした恐怖。
「……ユキ」
カイさんが、私の内心を見透かしたように、静かに言った。
「力そのものに、善悪はない。
問題は、それを使う者の意志だ。
ナイフが、料理にも使えれば、人を傷つける凶器にもなるのと同じことだ」
「……」
「君が、その力を何のために使うのか。
それが重要だ。
己と、あるいは守りたいものを守るために使うというのなら、その力を使うことを、躊躇う必要はない」
カイさんの言葉は、私の心の中の迷いを、少しだけ晴らしてくれた気がした。
そうだ。
私は、月の祭壇へ行くために、そして、この理不尽な世界で自分の足で立っていくために、力が欲しいんだ。
「……もう一度、やります!」
気持ちを切り替え、再び的に向き合う。
今度は、もっと強く、魔力を練り上げる。
そして、明確な意志を持って、的の中心を狙う。
パシュッ!
今度は、さっきよりは少しだけ勢いのある光弾が放たれた。
的まで届きはしなかったけれど、床に落ちるまでの距離は伸びている。
「……まあ、少しはマシになったか」
カイさんは、まだ厳しい表情だったけれど、完全に見放されたわけではなさそうだ。
それから、何度も何度も、私は魔力弾を放つ練習を繰り返した。
そんな中、城の中では、聖女様追放の後始末とでも言うべき、大きな動きが起こっていた。
エルンスト様と、その父である宰相閣下の悪事が、次々と明るみに出たのだ。
「エルンスト様の屋敷から、不正に蓄財された金品や、他国との密約を示す書簡が大量に見つかったらしいぞ!」
「宰相閣下も、息子の悪事を知りながら黙認していたばかりか、自らも関与していた証拠が出てきたとか……」
「聖女様を陥れたのも、自分たちの悪事を隠蔽するためだったなんて……許せない!」
兵士たちの間でも、貴族たちの間でも、そして侍女たちの間でも、その話題で持ちきりだった。
あれほど権勢を誇っていた宰相親子が、あっという間に断罪され、全ての地位と財産を剥奪された上で、牢獄に送られることが決定したという知らせは、瞬く間に城中に広まった。
まさに、絵に描いたような「ざまぁ展開」。
それを聞いた時、私は正直、「当然の報いだ」と思った。
聖女様をあんな風に追い詰めたのだから。
でも、同時に、どこか後味の悪さも感じていた。
人の不幸を喜ぶような気持ちになりたくない。
それに、彼らが失脚したからといって、聖女様が救われるわけではない。
追放された彼女が、今どこでどうしているのか、知る由もなかった。
その夜、私は訓練の後片付けをしているカイさんに、思い切って尋ねてみた。
「あの……カイ様。エルンスト様たちのこと……これで、良かったのでしょうか……?」
カイさんは、手を止めずに、冷静に答えた。
「……法は、裁きを下した。それだけのことだ」
「でも……」
「だがな、ユキ」
彼は、そこで言葉を切ると、私の方に向き直った。
「力は、使い方を間違えれば、容易に人を破滅させる。
彼らは、己の欲望のために力を使い、その結果、全てを失った。
それは、ある意味、当然の結末だ」
そして、彼は付け加えた。
「……憎しみや、復讐心で力を使えば、たとえそれが正義のためであったとしても、いずれ己自身をも滅ぼすことになる。
力を持つ者は、常にそのことを、肝に銘じておかなければならない」
その言葉は、まるで、私自身に言い聞かせているかのようだった。
力を持つことの責任。
その重さを、改めて考えさせられる。
次の日の訓練。
私の心には、もう迷いはなかった。
私は、この力を、正しく使いたい。
自分の未来を切り開くために。
そして、いつか、誰かを守れるようになるために。
的に向かい、深く息を吸う。
魔力を練り上げ、光の弾を形成する。
狙いを定め、そして――放つ!
パァン!
これまでとは明らかに違う、鋭い音と共に、光の弾が的の中心に命中した!
威力はまだ小さいけれど、確かに、当たったのだ。
「……!」
やった……!
思わず、ガッツポーズをしそうになるのを、必死で堪える。
隣で見ていたカイさんが、小さく、本当に小さくだけれど、頷いたのが見えた。
リリアさんも、部屋の隅で、わずかに目を見開いている。
的の中心に空いた、小さな焦げ跡。
それは、私が初めて、自分の意志で、攻撃魔法を成功させた証しだ。
大きな、大きな一歩。
カイさんは、私の手元に残る魔力の残滓を見つめながら、静かに言った。
「……ようやく、スタートラインに立った、というところか」
彼の言葉は、まだ厳しい。
でも、その奥に、確かな期待を感じ取ることができた。
双月食まで、あと二ヶ月。
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