【完結】召喚されたけど役立たず? いいえ、隣国の貴族様とハッピーエンドです!

シマセイ

文字の大きさ
20 / 33

第二十話:近づく双月食、新たな謎

しおりを挟む
私が初めて攻撃魔法を成功させてから、さらに数週間が過ぎた。
季節は、少しずつ移り変わろうとしているのを感じる。
異世界の季節感はまだよく分からないけれど、窓から見える木々の葉の色が、僅かに変わり始めたような気がした。

カイさんによる魔力訓練は、ますます本格化していた。
魔力弾の精度を上げる訓練はもちろん、『魔力障壁』の強度を高め、持続時間を延ばす訓練、さらには、防御と攻撃を素早く切り替えるための、魔力の流れをコントロールする訓練など、内容はどんどん高度になっていく。

「……よし、障壁の展開速度は上がってきたな。だが、まだ密度にムラがある」

「はい!」

「魔力弾も、もう少し威力を上げたいところだ。魔力の圧縮率を高めろ」

「はい!」

厳しい指摘を受けながらも、私は必死で食らいついていった。
以前はすぐに音を上げていたような難しい訓練も、少しずつこなせるようになってきている。
それは、単に魔力が向上しただけでなく、精神的な部分……集中力や、諦めない気持ちが、鍛えられてきたからかもしれない。

訓練中、カイさんが私の姿勢を直したり、魔力の流れを分かりやすく示したりするために、体に触れる機会も増えた。
その度に、心臓はドキドキと音を立てるけれど、以前のようにパニックになることはなくなった。
今は、彼の指導を少しでも吸収したい、という気持ちの方が強い。
もちろん、彼への特別な感情が消えたわけではないけれど、それは尊敬や信頼という形で、私の心の奥に、大切にしまわれている。

時折、訓練の合間に、カイさんは異世界の様々なことについて話してくれた。
騎士団での過酷な任務の話。
遠い地方に伝わる、珍しい風習の話。
あるいは、かつて彼が旅したという、美しい風景の話。
そんな話を聞いていると、彼のことをもっと知りたくなり、私たちの間の距離も、少しずつ縮まっているように感じられた。

リリアさんのサポートも、ますます心強いものになっていた。
私が図書室で、古代遺跡や魔道具に関する本を探しているのに気づいたのか、ある日、彼女はそっと一枚のメモを差し出してきた。

「……この書庫の、一番奥の棚に、古い文献がいくつかあります。
もしかしたら、あなたがお探しの情報が、見つかるかもしれません」

「えっ……リリアさん……!」

驚いて顔を上げると、彼女は「……あくまで、可能性の話です」とだけ言って、すぐにいつもの無表情に戻ってしまったけれど、その親切は、とてもありがたかった。
彼女は、私の目的を知った上で、それでも、私を助けようとしてくれているのだろうか。

リリアさんに教えてもらった棚には、確かに、これまで見つけられなかったような、古い時代の書物が並んでいた。
その中の一冊、ボロボロになった『古代遺物(アーティファクト)に関する考察』という本の中に、私はついに、『制御の腕輪』に関する記述を見つけたのだ。

『……『制御の腕輪』と呼ばれる古代遺物は、装着者の魔力を増幅し、制御を補助する強力な魔道具であると伝えられる。しかし、その力はあまりにも強大であり、適合しない者が用いれば、逆に魔力に呑まれ、精神を破壊される危険性を持つ。一説によれば、この腕輪は、単なる制御補助具ではなく、特定の場所……『月の祭壇』と呼ばれる聖域への鍵となる機能を持つとも言われているが、詳細は不明である……』

(やっぱり……! 月の祭壇への鍵……!)

日記の書き手が、この腕輪を探していた理由が、少し分かった気がした。
彼は、ただ魔力を制御したかっただけではなく、月の祭壇へ行くために、この腕輪が必要だと考えていたのかもしれない。
でも、『適合しない者が用いれば、精神を破壊される』……?
それは、どういう意味だろうか。
適合者とは、一体……?

そして、その本の別の箇所には、さらに気になる記述があった。

『……過去、ある召喚されし『迷い人』が、この『制御の腕輪』を求めて忘却の森へ足を踏み入れ、消息を絶ったという記録が、断片的に残されている……』

(……!)

背筋が、ぞくりとした。
それは、まさか、あの日記の書き手のことなのだろうか……?
彼は、腕輪を見つけることができず、森で命を落としてしまった……?
それとも、腕輪を見つけたけれど、適合せずに……?
考えたくない可能性が、次々と頭をよぎる。

月の祭壇への道は、私が考えている以上に、危険で、そして謎に満ちているのかもしれない。

そんな中、カイさんから、次の双月食に関する、より具体的な情報がもたらされた。

「……次の双月食は、正確には、今から一ヶ月と二十日後だ」

訓練の休憩中、彼は唐突にそう切り出した。

「い、一ヶ月と……!」

あと、二ヶ月もない。
思ったよりも、時間は迫っていた。

「その夜は、一年で最も、二つの月の力が強まり、重なり合う。
古来より、魔力が活性化し、精霊たちの力も増大すると言われている。
良くも悪くもな」

カイさんの言葉には、重みがあった。
双月食の夜は、特別な力が働くけれど、それは同時に、危険も増すということだろう。

「月の祭壇へ行くには、忘却の森を抜けなければならないのでしょう?
森について、もっと知りたいんです。どんな魔物がいて、どこが危険で……」

焦る気持ちを抑えながら、私は尋ねた。
日記の地図だけでは、あまりにも心許ない。

「……森の魔物は多種多様だ。低級なものから、騎士団でも手を焼くような強力なものまでな。
特に、森の奥へ行けば行くほど、瘴気は濃くなり、危険度は増す。
安全なルートなど、存在しないと考えた方がいい」

カイさんの答えは、厳しいものだった。

「……それでも、私は行きます」

「……だろうな」

カイさんは、小さくため息をついた。

「……分かった。森に関する資料も、いくつか用意しよう。
だが、忘れるな。これは、君の無謀な挑戦を、俺が後押しするという意味ではない。
あくまで、君が生き残る確率を、ほんの少しでも上げるためだ」

「……ありがとうございます」

彼の不器用な優しさが、胸に沁みる。

月の祭壇へ行くために、必要なもの。
それは、鍛え上げた魔力と、それを制御する技術。
森を抜けるための知識と、備え。
そして……もしかしたら、『制御の腕輪』のような、特別なアイテム。

(まだ、足りないものが、たくさんある……)

焦りを感じながらも、私は、改めて日記帳を開いた。
何か、他にも手がかりが隠されていないだろうか。
暗号が書かれていた、あの裏ページ。
数字の羅列の下の部分を、指でそっと撫でてみる。

すると、指先に、何か、紙の表面とは違う、微かな凹凸を感じた。
気のせいかと思って、もう一度、慎重に触れてみる。
やっぱり、何かがある。

目を凝らして、光に透かしたり、角度を変えたりしながら、その部分を観察する。
すると、そこには、肉眼ではほとんど見えないほど微細な、何かで引っ掻いたような、複雑な模様が刻まれていることに気がついた!
それは、文字でも、数字でもない。
まるで、何かの紋章か、あるいは、魔法陣の一部のような……。

(……これは……一体……?)

新たな謎が、またしても私の前に現れた。
この微細な刻印は、一体何を示しているのだろうか。
日記の書き手が残した、最後のメッセージ?
それとも、月の祭壇や、制御の腕輪と、何か関係があるのだろうか。
双月食が刻一刻と近づく中、私の心は、期待と不安、そして、解き明かさなければならない謎への強い好奇心で、満たされていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~

黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」 皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。 悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。 ――最高の農業パラダイスじゃない! 前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる! 美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!? なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど! 「離婚から始まる、最高に輝く人生!」 農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

処理中です...