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第二十一話:隠された刻印の囁き
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日記帳の裏ページに隠されていた、微細な刻印。
それは、私の新たな悩みの種となっていた。
肉眼では、複雑な模様にしか見えない。
これが一体何なのか、解き明かさなければ、前に進めない気がした。
図書室へ行くたびに、私は紋章学や古代魔法陣に関する書物を片っ端から調べてみた。
似たような模様がないか、何か手がかりはないか。
でも、膨大な資料の中から、あの小さな刻印と一致するものを見つけ出すのは、至難の業だった。
(もっと、ちゃんと見ることができれば……)
刻印が小さすぎるのだ。
普通の文字を読むのとは訳が違う。
何か、拡大して見られるような道具があれば……。
「……何か、お困りですか?」
ふと、背後からリリアさんの声がした。
いつの間にか、彼女は私のすぐ近くまで来て、私が広げている本を覗き込んでいた。
「あ、リリアさん……。いえ、その……この古い本の挿絵が、小さくてよく見えなくて……」
とっさに嘘をつく。
日記の刻印のことは、まだ誰にも話していない。
すると、リリアさんは少しだけ考えるような仕草を見せた後、自分のポケットから、小さな円盤状の道具を取り出した。
それは、水晶のような透明なレンズが、金属の枠にはめ込まれたものだった。
「……これを、お使いになりますか?
『拡大鏡』です。文字や模様を大きく見ることができます」
「えっ! こ、こんな便利なものが……!」
驚いて、それを受け取る。
レンズを通して本の挿絵を見ると、確かに、細部までくっきりと大きく見えた。
「ありがとうございます、リリアさん! 助かります!」
「……構いません。ですが、あまり根を詰めすぎないように」
彼女はそれだけ言うと、またいつものように、少し離れた場所へと戻っていった。
彼女の親切が、本当にありがたい。
私は、早速、部屋に戻ると、日記帳を取り出し、リリアさんから借りた拡大鏡を使って、あの微細な刻印を覗き込んだ。
「……これは……!」
拡大された刻印は、やはり複雑な模様をしていた。
いくつかの曲線と直線が組み合わさり、中心には、月と星を合わせたような、独特のシンボルが描かれている。
魔法陣の一部にも見えるし、何かの紋章のようにも見える。
もう一度、図書室へ行き、今度は拡大鏡を片手に、紋章や魔法陣に関する本を徹底的に調べ直した。
そして、ついに、ある古い文献の中に、酷似したシンボルを見つけ出したのだ!
それは、『星詠みの民』と呼ばれる、古代に存在したとされる一族の紋章の一部だった。
彼らは、星々の運行を読み解き、未来を予知する力を持っていたと言われている。
そして、月の満ち欠けや精霊とも深い繋がりを持ち、独自の魔法体系を築いていたらしい。
しかし、ある時期を境に、歴史の表舞台から忽然と姿を消してしまった、と……。
(星詠みの民……。この刻印は、その一族のもの……?)
だとしたら、日記の書き手は、その一族と何か関係があったのだろうか?
あるいは、『制御の腕輪』や『月の祭壇』が、彼ら『星詠みの民』によって作られたものなのかもしれない。
『制御の腕輪』の記述にあった、『特定の血筋や、星の巡りの下に生まれた者』という条件。
もしかしたら、それは、『星詠みの民』の血を引く者、あるいは、彼らと同じ星の巡りの下に生まれた者、という意味なのでは……?
(だとしたら、私には、あの腕輪は扱えない……?)
私は、ごく普通の日本の女子高生だ。
異世界の古代民族の血なんて、引いているはずがない。
大きな手がかりを見つけたと同時に、目の前に、絶望的な壁が立ちはだかったような気がした。
そんな私の葛藤を知ってか知らずか、カイさんは約束通り、忘却の森に関する資料をいくつか持ってきてくれた。
それは、古びた羊皮紙に描かれた森の地図(騎士団が偵察した範囲のものらしい)や、森に生息する主な魔物の種類とその弱点、そして、薬草や毒草の見分け方などが記されたものだった。
「……これが、俺が集められる限りの情報だ。
だが、言っておく。森は常に変化する。地図が正確とは限らんし、未知の魔物もいるだろう。
この資料は、気休め程度にしかならんと思え」
カイさんは、いつものように厳しい口調で言った。
「はい……。ありがとうございます」
資料を受け取り、目を通す。
地図には、危険度を示す印がいくつも付けられており、魔物のリストには、見たこともないような恐ろしい姿の絵が描かれている。
薬草や毒草の見分け方も、複雑で難しそうだ。
これを全て頭に入れるだけでも、大変な作業だろう。
忘却の森の恐ろしさを、改めて思い知らされる。
(やっぱり、私一人じゃ、無理かもしれない……)
カイさんに、全てを話すべきだろうか。
刻印のこと、『星詠みの民』のこと、そして、『制御の腕輪』の適合者のこと……。
彼なら、何か知っているかもしれない。
でも、話せばきっと、月の祭壇へ行くことを、今度こそ、本気で止められるだろう。
(どうしたら……)
迷いが、心を蝕む。
そんな私の状態は、訓練にも影響した。
その日の魔力弾の訓練中、私はどうしても集中できず、焦りからか、必要以上に魔力を込めすぎてしまった。
「……っ!」
瞬間、目の前が暗くなり、強い立ちくらみに襲われる。
体が、ぐらりと傾いだ。
(……倒れる……!)
そう思った瞬間、強い力で、腕を掴まれた。
そして、そのまま、逞しい胸の中に、引き寄せられる。
「……!」
目の前には、カイさんの胸元。
彼の鼓動が、規則正しく伝わってくる。
驚きと、混乱と、そして、不覚にも高鳴る自分の心臓の音。
「……無茶をするなと言ったはずだ」
頭の上から、呆れたような、それでいて、心配するような響きを含んだ、カイさんの声が聞こえた。
顔が、カッと熱くなる。
「す、すみません……!」
慌てて身を離そうとするが、彼はまだ私の腕を掴んだまま、離してくれない。
そして、じっと、私の顔を覗き込んできた。
「……顔色が悪い。少し休め」
彼の紫色の瞳が、間近にある。
吸い込まれそうな、深い色。
私は、何も言えず、ただ、彼を見つめ返すことしかできなかった。
カイさんは、はぁ、と小さくため息をつくと、私を近くの椅子に座らせ、懐から小さな小瓶を取り出した。
「これを飲め。魔力の回復を助ける」
渡されたのは、緑色の液体が入った小瓶だった。
ポーション、というものだろうか。
「……ありがとうございます」
受け取って、恐る恐る口をつける。
少し薬草のような匂いがするけれど、ほんのり甘くて、飲みやすい。
飲むと、体の中から、じんわりと温かい力が湧き上がってくるような気がした。
「……あまり、思い詰めるな」
私がポーションを飲んでいる間、カイさんは静かに言った。
「君が、並々ならぬ努力をしているのは、分かっている。
だが、焦りは禁物だ。
心身ともに、万全の状態でなければ、いざという時に、力は発揮できん」
彼の言葉は、私の心に、すとんと落ちた。
そうだ。
焦っても、仕方ない。
私にできることを、一つずつ、着実にやっていくしかないんだ。
「……はい」
カイさんへの信頼と、そして、隠し事をしていることへの、ほんの少しの罪悪感。
その二つの感情が、私の中で揺れ動いていた。
ポーションを飲み干し、少しだけ回復した私は、改めて、日記帳と、カイさんから貰った資料を広げた。
双月食まで、あと一ヶ月半。
時間は、限られている。
何を優先すべきか、計画を立てなければ。
ふと、日記帳の裏ページに目をやる。
拡大鏡で見た、あの微細な刻印。
それは、ただの模様なのだろうか。
それとも……。
光の加減だろうか。
その刻印が、ほんの一瞬だけ、淡い銀色の光を放ったような気がした。
まるで、何かに、あるいは、私自身に、共鳴するかのように……。
(……まさか……)
新たな謎の予感が、私の胸をざわめかせた。
この刻印には、まだ、私の知らない秘密が隠されているのかもしれない。
それは、私の新たな悩みの種となっていた。
肉眼では、複雑な模様にしか見えない。
これが一体何なのか、解き明かさなければ、前に進めない気がした。
図書室へ行くたびに、私は紋章学や古代魔法陣に関する書物を片っ端から調べてみた。
似たような模様がないか、何か手がかりはないか。
でも、膨大な資料の中から、あの小さな刻印と一致するものを見つけ出すのは、至難の業だった。
(もっと、ちゃんと見ることができれば……)
刻印が小さすぎるのだ。
普通の文字を読むのとは訳が違う。
何か、拡大して見られるような道具があれば……。
「……何か、お困りですか?」
ふと、背後からリリアさんの声がした。
いつの間にか、彼女は私のすぐ近くまで来て、私が広げている本を覗き込んでいた。
「あ、リリアさん……。いえ、その……この古い本の挿絵が、小さくてよく見えなくて……」
とっさに嘘をつく。
日記の刻印のことは、まだ誰にも話していない。
すると、リリアさんは少しだけ考えるような仕草を見せた後、自分のポケットから、小さな円盤状の道具を取り出した。
それは、水晶のような透明なレンズが、金属の枠にはめ込まれたものだった。
「……これを、お使いになりますか?
『拡大鏡』です。文字や模様を大きく見ることができます」
「えっ! こ、こんな便利なものが……!」
驚いて、それを受け取る。
レンズを通して本の挿絵を見ると、確かに、細部までくっきりと大きく見えた。
「ありがとうございます、リリアさん! 助かります!」
「……構いません。ですが、あまり根を詰めすぎないように」
彼女はそれだけ言うと、またいつものように、少し離れた場所へと戻っていった。
彼女の親切が、本当にありがたい。
私は、早速、部屋に戻ると、日記帳を取り出し、リリアさんから借りた拡大鏡を使って、あの微細な刻印を覗き込んだ。
「……これは……!」
拡大された刻印は、やはり複雑な模様をしていた。
いくつかの曲線と直線が組み合わさり、中心には、月と星を合わせたような、独特のシンボルが描かれている。
魔法陣の一部にも見えるし、何かの紋章のようにも見える。
もう一度、図書室へ行き、今度は拡大鏡を片手に、紋章や魔法陣に関する本を徹底的に調べ直した。
そして、ついに、ある古い文献の中に、酷似したシンボルを見つけ出したのだ!
それは、『星詠みの民』と呼ばれる、古代に存在したとされる一族の紋章の一部だった。
彼らは、星々の運行を読み解き、未来を予知する力を持っていたと言われている。
そして、月の満ち欠けや精霊とも深い繋がりを持ち、独自の魔法体系を築いていたらしい。
しかし、ある時期を境に、歴史の表舞台から忽然と姿を消してしまった、と……。
(星詠みの民……。この刻印は、その一族のもの……?)
だとしたら、日記の書き手は、その一族と何か関係があったのだろうか?
あるいは、『制御の腕輪』や『月の祭壇』が、彼ら『星詠みの民』によって作られたものなのかもしれない。
『制御の腕輪』の記述にあった、『特定の血筋や、星の巡りの下に生まれた者』という条件。
もしかしたら、それは、『星詠みの民』の血を引く者、あるいは、彼らと同じ星の巡りの下に生まれた者、という意味なのでは……?
(だとしたら、私には、あの腕輪は扱えない……?)
私は、ごく普通の日本の女子高生だ。
異世界の古代民族の血なんて、引いているはずがない。
大きな手がかりを見つけたと同時に、目の前に、絶望的な壁が立ちはだかったような気がした。
そんな私の葛藤を知ってか知らずか、カイさんは約束通り、忘却の森に関する資料をいくつか持ってきてくれた。
それは、古びた羊皮紙に描かれた森の地図(騎士団が偵察した範囲のものらしい)や、森に生息する主な魔物の種類とその弱点、そして、薬草や毒草の見分け方などが記されたものだった。
「……これが、俺が集められる限りの情報だ。
だが、言っておく。森は常に変化する。地図が正確とは限らんし、未知の魔物もいるだろう。
この資料は、気休め程度にしかならんと思え」
カイさんは、いつものように厳しい口調で言った。
「はい……。ありがとうございます」
資料を受け取り、目を通す。
地図には、危険度を示す印がいくつも付けられており、魔物のリストには、見たこともないような恐ろしい姿の絵が描かれている。
薬草や毒草の見分け方も、複雑で難しそうだ。
これを全て頭に入れるだけでも、大変な作業だろう。
忘却の森の恐ろしさを、改めて思い知らされる。
(やっぱり、私一人じゃ、無理かもしれない……)
カイさんに、全てを話すべきだろうか。
刻印のこと、『星詠みの民』のこと、そして、『制御の腕輪』の適合者のこと……。
彼なら、何か知っているかもしれない。
でも、話せばきっと、月の祭壇へ行くことを、今度こそ、本気で止められるだろう。
(どうしたら……)
迷いが、心を蝕む。
そんな私の状態は、訓練にも影響した。
その日の魔力弾の訓練中、私はどうしても集中できず、焦りからか、必要以上に魔力を込めすぎてしまった。
「……っ!」
瞬間、目の前が暗くなり、強い立ちくらみに襲われる。
体が、ぐらりと傾いだ。
(……倒れる……!)
そう思った瞬間、強い力で、腕を掴まれた。
そして、そのまま、逞しい胸の中に、引き寄せられる。
「……!」
目の前には、カイさんの胸元。
彼の鼓動が、規則正しく伝わってくる。
驚きと、混乱と、そして、不覚にも高鳴る自分の心臓の音。
「……無茶をするなと言ったはずだ」
頭の上から、呆れたような、それでいて、心配するような響きを含んだ、カイさんの声が聞こえた。
顔が、カッと熱くなる。
「す、すみません……!」
慌てて身を離そうとするが、彼はまだ私の腕を掴んだまま、離してくれない。
そして、じっと、私の顔を覗き込んできた。
「……顔色が悪い。少し休め」
彼の紫色の瞳が、間近にある。
吸い込まれそうな、深い色。
私は、何も言えず、ただ、彼を見つめ返すことしかできなかった。
カイさんは、はぁ、と小さくため息をつくと、私を近くの椅子に座らせ、懐から小さな小瓶を取り出した。
「これを飲め。魔力の回復を助ける」
渡されたのは、緑色の液体が入った小瓶だった。
ポーション、というものだろうか。
「……ありがとうございます」
受け取って、恐る恐る口をつける。
少し薬草のような匂いがするけれど、ほんのり甘くて、飲みやすい。
飲むと、体の中から、じんわりと温かい力が湧き上がってくるような気がした。
「……あまり、思い詰めるな」
私がポーションを飲んでいる間、カイさんは静かに言った。
「君が、並々ならぬ努力をしているのは、分かっている。
だが、焦りは禁物だ。
心身ともに、万全の状態でなければ、いざという時に、力は発揮できん」
彼の言葉は、私の心に、すとんと落ちた。
そうだ。
焦っても、仕方ない。
私にできることを、一つずつ、着実にやっていくしかないんだ。
「……はい」
カイさんへの信頼と、そして、隠し事をしていることへの、ほんの少しの罪悪感。
その二つの感情が、私の中で揺れ動いていた。
ポーションを飲み干し、少しだけ回復した私は、改めて、日記帳と、カイさんから貰った資料を広げた。
双月食まで、あと一ヶ月半。
時間は、限られている。
何を優先すべきか、計画を立てなければ。
ふと、日記帳の裏ページに目をやる。
拡大鏡で見た、あの微細な刻印。
それは、ただの模様なのだろうか。
それとも……。
光の加減だろうか。
その刻印が、ほんの一瞬だけ、淡い銀色の光を放ったような気がした。
まるで、何かに、あるいは、私自身に、共鳴するかのように……。
(……まさか……)
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