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第二十三話:ぶつかり合う意志、明かされる過去
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カイさんの宣言通り、翌日から私の訓練は、これまでとは比較にならないほど過酷なものとなった。
場所は、城内にある騎士団の訓練場の一角。
他には誰もいない、広い空間。
そして、私の相手は――カイさん、本人だった。
「手加減はする。だが、本気で来い。
でなければ、本当に死ぬぞ」
訓練開始の合図と共に、カイさんの雰囲気が一変した。
いつもの冷静さはそのままに、全身から放たれる、研ぎ澄まされた闘気。
騎士団長クラスの実力者である彼の本気(たとえ手加減されていても)は、私の想像を遥かに超えていた。
「はあっ!」
私は、まず距離を取り、牽制のために『魔力弾』を放つ。
しかし、カイさんはそれを、まるで予測していたかのように、最小限の動きでひらりとかわす。
「遅い! 動きが読まれているぞ!」
厳しい声と共に、今度は彼の方から、目にも留まらぬ速さで、訓練用の木剣が打ち込まれる!
「きゃっ!?」
咄嗟に『魔力障壁』を展開する!
ガキン! という鈍い音と共に、衝撃が腕に伝わる。
なんとか防いだけれど、障壁にはヒビが入り、すぐに消えてしまった。
もし、展開がコンマ一秒でも遅れていたら……。
「障壁の強度が足りん! もっと魔力を込めろ!」
休む間もなく、次の攻撃が来る。
私は、避ける、防ぐ、そして、隙を見て魔力弾を放つ、という一連の動作を、必死で繰り返した。
でも、カイさんの動きはあまりにも速く、的確で、私の攻撃はことごとくかわされ、防御はすぐに見破られてしまう。
何度も、何度も、木剣で打ち据えられ、魔力の軽い衝撃波で吹き飛ばされる。
受け身を取る間もなく、訓練場の硬い地面に体を打ち付け、泥と汗にまみれる。
「……っ……はぁ……はぁ……」
息が上がり、全身が悲鳴を上げている。
魔力も、もうほとんど残っていない。
悔しくて、情けなくて、涙が滲んできた。
「……立て。まだ終わりではない」
カイさんの、非情な声が響く。
「……もう……無理……です……」
弱音を吐いてしまう。
こんなにボロボロになって……。
これ以上、何ができるっていうの……。
「無理だと?
森で魔物に出会えば、こんなものでは済まんぞ。
泣き言を言っている間に、食い殺されるだけだ。
それでもいいのか?」
「……っ!」
彼の言葉が、胸に突き刺さる。
そうだ。
私は、月の祭壇へ行くと決めたんだ。
こんなところで、へこたれているわけにはいかない。
「……いいえ……! まだ……やれます……!」
歯を食いしばり、震える足で、なんとか立ち上がる。
泥まみれの顔を上げ、カイさんを睨みつける。
カイさんは、そんな私を見て、初めて、ほんの少しだけ、口の端を上げたように見えた。
「……いい目だ。それでこそ、だ」
訓練は、その後も続いた。
結局、その日、私は一度もカイさんに有効な一撃を与えることも、彼の攻撃を完全に防ぎきることもできなかったけれど、最後まで、立ち続けることはできた。
訓練が終わり、私は文字通り、立つこともできないくらいに消耗しきっていた。
そんな私を、いつの間にかそばに来ていたリリアさんが、黙って支えてくれた。
「……部屋へ、戻りましょう」
彼女の声は、いつもより少しだけ、優しく聞こえた。
部屋に戻り、リリアさんが手際よく、私の体の打ち身や擦り傷に薬を塗ってくれる。
その手つきは、驚くほど慣れていて、そして、優しかった。
「……リリアさん……」
「……何でしょう」
「……どうして、あなたは、こんなに……優しいのですか?
私は、『外れ』で……いつ、どうなるかも分からないのに……」
ずっと、疑問に思っていたことを、口にした。
彼女は、ただの世話係ではない。
何か、特別な理由があるような気がしていた。
リリアさんは、薬を塗る手を止め、しばらく黙っていた。
そして、窓の外に視線を向けながら、静かに語り始めた。
「……私には、かつて、妹がいました」
「妹さん……?」
「はい。……あの子も、あなたのように、突然、この世界とは違う場所から……迷い込んできたのです」
「えっ……!?」
驚いて、リリアさんの顔を見る。
彼女は、遠い目をして、続けた。
「あの子は、特別な力を持っていました。
でも、それをうまく制御できず……周りからも、異質な存在として、疎まれて……。
私は、あの子を守ってあげることが、できなかった……」
彼女の声が、微かに震える。
「力を持たない私は、ただ見ていることしかできなかった。
あの子が、孤独の中で、苦しんで……そして、最後は……」
リリアさんは、言葉を詰まらせ、ぎゅっと唇を結んだ。
彼女の瞳には、深い後悔と悲しみの色が浮かんでいた。
「……だから、私は、カイ様に仕えることを決めたのです。
カイ様は、強い。そして、正しいお方だ。
あの方のそばにいれば、もう二度と、あのような悲劇を繰り返さずに済むかもしれない、と……」
そして、彼女は、私の方に向き直った。
その瞳には、強い意志の光が宿っている。
「……ユキ様。
あなたは、あの子とは違う。
あなたは、自分の意志で、立ち向かおうとしている。
だから……私は、あなたに、強くなってほしい。
自分の力で、運命を切り開いてほしいのです」
それが、彼女が私に優しくしてくれる理由……。
彼女の過去の痛みと、私への切実な願いが、胸に迫る。
「リリアさん……」
「……出過ぎたことを、申しました。
お忘れください」
リリアさんは、そう言って、再び手当てに戻ろうとした。
でも、私は、彼女の手を、そっと掴んだ。
「……ありがとう、リリアさん。
私、頑張ります。絶対に、諦めませんから」
私の言葉に、リリアさんは、驚いたように目を見開き、そして、初めて、はっきりと、微笑んだ。
それは、とても綺麗で、儚い笑顔だった。
その夜、私は、カイさんの言葉と、リリアさんの言葉を、何度も反芻していた。
力を持つことの意味。守りたいもの。諦めない心。
厳しい訓練の中で、私は、魔法の技術だけではなく、もっと大切なものを、学び始めているのかもしれない。
城の中では、相変わらず、聖女不在による瘴気の増加が問題視されていた。
そして、それに伴い、「カイ様が訓練している異世界人」である私への関心が、良くも悪くも高まっているのを感じる。
先日も、神官の一人が、カイ様の許可なく私に接触しようとして、カイさんに厳しく追い返される、という出来事があった。
(……私の存在が、何かを変えるきっかけになる……?)
今はまだ、分からない。
でも、私にできることは、ただ一つ。
強くなることだ。
自分のためにも、そして、もしかしたら、この世界の誰かのためにも。
双月食まで、あと、一ヶ月。
時間は、確実に迫っている。
次の日の訓練。
私は、これまで以上の決意を持って、カイさんの前に立った。
彼の放つ、鋭い一撃。
それを、私は、全神経を集中させて見極め、そして――
『魔力障壁(マナ・シールド)』!!
バヂィン!!
これまでとは違う、硬質な音と共に、私の展開した障壁が、カイさんの木剣を、完全に、弾き返した!
「……!」
一瞬の静寂。
カイさんの目が、驚きに見開かれる。
そして、彼の口元に、確かな満足の色が浮かんだ。
「……ほう。少しは、マシになったか」
その言葉が、私の胸に、熱い火を灯した。
まだまだ、先は長い。
でも、私は、確かに、前へ進んでいるのだ。
場所は、城内にある騎士団の訓練場の一角。
他には誰もいない、広い空間。
そして、私の相手は――カイさん、本人だった。
「手加減はする。だが、本気で来い。
でなければ、本当に死ぬぞ」
訓練開始の合図と共に、カイさんの雰囲気が一変した。
いつもの冷静さはそのままに、全身から放たれる、研ぎ澄まされた闘気。
騎士団長クラスの実力者である彼の本気(たとえ手加減されていても)は、私の想像を遥かに超えていた。
「はあっ!」
私は、まず距離を取り、牽制のために『魔力弾』を放つ。
しかし、カイさんはそれを、まるで予測していたかのように、最小限の動きでひらりとかわす。
「遅い! 動きが読まれているぞ!」
厳しい声と共に、今度は彼の方から、目にも留まらぬ速さで、訓練用の木剣が打ち込まれる!
「きゃっ!?」
咄嗟に『魔力障壁』を展開する!
ガキン! という鈍い音と共に、衝撃が腕に伝わる。
なんとか防いだけれど、障壁にはヒビが入り、すぐに消えてしまった。
もし、展開がコンマ一秒でも遅れていたら……。
「障壁の強度が足りん! もっと魔力を込めろ!」
休む間もなく、次の攻撃が来る。
私は、避ける、防ぐ、そして、隙を見て魔力弾を放つ、という一連の動作を、必死で繰り返した。
でも、カイさんの動きはあまりにも速く、的確で、私の攻撃はことごとくかわされ、防御はすぐに見破られてしまう。
何度も、何度も、木剣で打ち据えられ、魔力の軽い衝撃波で吹き飛ばされる。
受け身を取る間もなく、訓練場の硬い地面に体を打ち付け、泥と汗にまみれる。
「……っ……はぁ……はぁ……」
息が上がり、全身が悲鳴を上げている。
魔力も、もうほとんど残っていない。
悔しくて、情けなくて、涙が滲んできた。
「……立て。まだ終わりではない」
カイさんの、非情な声が響く。
「……もう……無理……です……」
弱音を吐いてしまう。
こんなにボロボロになって……。
これ以上、何ができるっていうの……。
「無理だと?
森で魔物に出会えば、こんなものでは済まんぞ。
泣き言を言っている間に、食い殺されるだけだ。
それでもいいのか?」
「……っ!」
彼の言葉が、胸に突き刺さる。
そうだ。
私は、月の祭壇へ行くと決めたんだ。
こんなところで、へこたれているわけにはいかない。
「……いいえ……! まだ……やれます……!」
歯を食いしばり、震える足で、なんとか立ち上がる。
泥まみれの顔を上げ、カイさんを睨みつける。
カイさんは、そんな私を見て、初めて、ほんの少しだけ、口の端を上げたように見えた。
「……いい目だ。それでこそ、だ」
訓練は、その後も続いた。
結局、その日、私は一度もカイさんに有効な一撃を与えることも、彼の攻撃を完全に防ぎきることもできなかったけれど、最後まで、立ち続けることはできた。
訓練が終わり、私は文字通り、立つこともできないくらいに消耗しきっていた。
そんな私を、いつの間にかそばに来ていたリリアさんが、黙って支えてくれた。
「……部屋へ、戻りましょう」
彼女の声は、いつもより少しだけ、優しく聞こえた。
部屋に戻り、リリアさんが手際よく、私の体の打ち身や擦り傷に薬を塗ってくれる。
その手つきは、驚くほど慣れていて、そして、優しかった。
「……リリアさん……」
「……何でしょう」
「……どうして、あなたは、こんなに……優しいのですか?
私は、『外れ』で……いつ、どうなるかも分からないのに……」
ずっと、疑問に思っていたことを、口にした。
彼女は、ただの世話係ではない。
何か、特別な理由があるような気がしていた。
リリアさんは、薬を塗る手を止め、しばらく黙っていた。
そして、窓の外に視線を向けながら、静かに語り始めた。
「……私には、かつて、妹がいました」
「妹さん……?」
「はい。……あの子も、あなたのように、突然、この世界とは違う場所から……迷い込んできたのです」
「えっ……!?」
驚いて、リリアさんの顔を見る。
彼女は、遠い目をして、続けた。
「あの子は、特別な力を持っていました。
でも、それをうまく制御できず……周りからも、異質な存在として、疎まれて……。
私は、あの子を守ってあげることが、できなかった……」
彼女の声が、微かに震える。
「力を持たない私は、ただ見ていることしかできなかった。
あの子が、孤独の中で、苦しんで……そして、最後は……」
リリアさんは、言葉を詰まらせ、ぎゅっと唇を結んだ。
彼女の瞳には、深い後悔と悲しみの色が浮かんでいた。
「……だから、私は、カイ様に仕えることを決めたのです。
カイ様は、強い。そして、正しいお方だ。
あの方のそばにいれば、もう二度と、あのような悲劇を繰り返さずに済むかもしれない、と……」
そして、彼女は、私の方に向き直った。
その瞳には、強い意志の光が宿っている。
「……ユキ様。
あなたは、あの子とは違う。
あなたは、自分の意志で、立ち向かおうとしている。
だから……私は、あなたに、強くなってほしい。
自分の力で、運命を切り開いてほしいのです」
それが、彼女が私に優しくしてくれる理由……。
彼女の過去の痛みと、私への切実な願いが、胸に迫る。
「リリアさん……」
「……出過ぎたことを、申しました。
お忘れください」
リリアさんは、そう言って、再び手当てに戻ろうとした。
でも、私は、彼女の手を、そっと掴んだ。
「……ありがとう、リリアさん。
私、頑張ります。絶対に、諦めませんから」
私の言葉に、リリアさんは、驚いたように目を見開き、そして、初めて、はっきりと、微笑んだ。
それは、とても綺麗で、儚い笑顔だった。
その夜、私は、カイさんの言葉と、リリアさんの言葉を、何度も反芻していた。
力を持つことの意味。守りたいもの。諦めない心。
厳しい訓練の中で、私は、魔法の技術だけではなく、もっと大切なものを、学び始めているのかもしれない。
城の中では、相変わらず、聖女不在による瘴気の増加が問題視されていた。
そして、それに伴い、「カイ様が訓練している異世界人」である私への関心が、良くも悪くも高まっているのを感じる。
先日も、神官の一人が、カイ様の許可なく私に接触しようとして、カイさんに厳しく追い返される、という出来事があった。
(……私の存在が、何かを変えるきっかけになる……?)
今はまだ、分からない。
でも、私にできることは、ただ一つ。
強くなることだ。
自分のためにも、そして、もしかしたら、この世界の誰かのためにも。
双月食まで、あと、一ヶ月。
時間は、確実に迫っている。
次の日の訓練。
私は、これまで以上の決意を持って、カイさんの前に立った。
彼の放つ、鋭い一撃。
それを、私は、全神経を集中させて見極め、そして――
『魔力障壁(マナ・シールド)』!!
バヂィン!!
これまでとは違う、硬質な音と共に、私の展開した障壁が、カイさんの木剣を、完全に、弾き返した!
「……!」
一瞬の静寂。
カイさんの目が、驚きに見開かれる。
そして、彼の口元に、確かな満足の色が浮かんだ。
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