【完結】召喚されたけど役立たず? いいえ、隣国の貴族様とハッピーエンドです!

シマセイ

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第二十八話:守り人の試練

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カイ様に続いて、私は暗く湿った洞窟の中へと足を踏み入れた。
ひんやりとした空気が肌を刺し、外とは比較にならないほど濃密な魔力が、全身にまとわりつくように感じられる。
まるで、水の中にいるみたいだ。

「……明かりを」

カイさんが短く呟くと、彼の手のひらに、青白い光が灯った。
その光が、洞窟の内部をぼんやりと照らし出す。
壁は、濡れた岩肌が露わになっていて、所々に、見たこともないような奇妙な苔や、発光する鉱石のようなものが埋め込まれていた。
そして、壁一面には、古代のものと思われる、複雑な模様や、象形文字のようなものがびっしりと刻まれている。

「……すごい……」

思わず、息を呑む。
ここは、ただの洞窟ではない。
明らかに、古代の知恵と魔法によって作られた、神聖な場所なのだ。

洞窟は、一本道ではなかった。
いくつかの分かれ道があり、まるで迷宮のように入り組んでいる。
カイさんは、地図を広げ、壁に刻まれた模様と照らし合わせながら、慎重に進むべき道を選んでいく。

「……この紋様は、星の運行を示しているようだ。
おそらく、正しい道を示唆しているのだろうが……解読には時間がかかる」

「私にも、何か……」

私が言いかけると、彼は「いや」と首を振った。

「君は、魔力の感知と、周囲への警戒に集中しろ。
この洞窟には、様々な罠が仕掛けられているはずだ」

彼の言う通りだった。
しばらく進むと、突然、足元の床の一部が、音もなく開き、深い奈落が現れた!

「危ない!」

カイさんが、咄嗟に私の腕を引き寄せ、間一髪で落とし穴を回避する。
冷や汗が、背中を伝った。
もし、カイさんが気づかなければ……。

「……物理的な罠だけではないようだ。気をつけろ」

さらに進むと、今度は、通路に奇妙な甘い香りのする霧が立ち込めてきた。

「……この霧……吸い込むな! 幻覚を見せる!」

カイさんが叫び、私たちは急いで布で口と鼻を覆う。
しかし、霧は濃く、完全に吸い込まないようにするのは難しい。
次第に、頭がぼんやりとしてきて、ありもしないはずの、故郷の景色や、家族の顔が、目の前にちらつき始めた……。

(……ダメ……しっかりしないと……!)

必死で首を振り、意識を保とうとする。
その時だった。

(……こっち……光の……)

頭の中に、再び、あの不思議な感覚が響いた。
それは、霧の向こう、通路の右奥の方角から、微かな、清浄な光のようなものを感じ取る感覚だった。

「カイ様……! 右です! 右の方に、何か……!」

「……右だと?」

カイさんは一瞬躊躇したが、すぐに私の感覚を信じてくれたのか、霧の中を、右奥へと進路を変えた。
すると、不思議なことに、そちらへ進むにつれて、霧は次第に薄れていき、甘い香りも消えていった。
そして、霧が完全に晴れた先には、壁に、清浄な魔力を放つ、水晶のような石が埋め込まれていたのだ。
どうやら、この石が、幻覚の霧を打ち消す効果を持っていたらしい。

「……また、君の力か」

カイさんが、驚きと、そして少し複雑そうな表情で、私を見た。

「君のその力は、我々を導く光にもなれば、同時に、我々を惑わす罠にもなり得る……。
決して、過信するなよ」

「……はい」

彼の言葉を、改めて胸に刻む。
この力は、まだ、私自身にもよく分かっていないのだから。

私たちは、その後も、飛んでくる矢を障壁で防いだり、特定の紋章を踏むと作動する魔力吸収の結界を、カイさんが知識を駆使して解除したりしながら、慎重に洞窟の奥へと進んでいった。
壁に描かれた壁画には、星々を崇め、月と共に生きる、古代の人々の姿が描かれている。
そして、その中には、祭壇を守る、異形の存在の姿も……。

進むにつれて、洞窟の奥から感じる気配が、ますます強くなっていく。
それは、魔物とは違う、もっと古く、そして強大な、何か……。
まるで、意思を持つ、巨大なエネルギーの塊のような……。

そして、ついに、私たちは、広大な空間へと辿り着いた。
ドーム状の高い天井。
床には、巨大な魔法陣のような模様が描かれている。
そして、その中央には――

「……あれが……月の祭壇……」

カイさんが、息を呑んで呟いた。
そこには、二つの月からの光を受けているかのように、青白く輝く、巨大な水晶でできた祭壇が鎮座していた。
祭壇の周りには、言葉にできないほどの清浄で、強大な魔力が満ち溢れている。
ここが、目的地……!

しかし、私たちの前に、立ちはだかる存在がいた。
祭壇の前に、静かに佇む、巨大な影。
それは、石と、そして星々の光そのもので作られたかのような、古代のゴーレムだった。
その体長は、三メートルを優に超え、全身には、あの『星詠みの民』の紋章が、青白い光を放ちながら刻まれている。
ただ、そこにいるだけで、圧倒的な威圧感を放っていた。

(……あれが……『守り人』……!)

ゴクリと、唾を飲み込む。
カイさんも、剣の柄を握りしめ、全身に緊張をみなぎらせている。

その時、ゴーレムの、頭部にあたる部分――そこには目も口もないはずなのに――から、直接、私たちの頭の中に、重々しい声が響いてきた。

『……何者だ……。聖域を侵す者よ……』

それは、男とも女ともつかない、古く、厳かな響きを持つ声だった。
古代語、ではない。
おそらく、意思そのものを、直接伝えてきているのだろう。

「我々は、月の祭壇を求めてきた。危害を加えるつもりはない」

カイさんが、冷静に答える。

『……祭壇は、資格なき者の立ち入りを許さぬ……』

ゴーレムの声が、再び響く。

『汝らは、何故ここへ来た。何を求める……?』

問いかけ。
それは、単なる質問ではない。
私たちの覚悟と、資格を、試しているのだ。

カイさんは、私の方を一瞥した。
答えるのは、私だ、ということなのだろう。
私は、震える声を抑え、精一杯の勇気を振り絞って、答えた。

「私は……元の世界に帰るための、手がかりを探しに来ました!
そして、この世界で生き抜くための、力を……!」

私の言葉に、ゴーレムは、しばし沈黙した。
やがて、その声は、再び響き渡る。

『……星の巡りに導かれし、異界の娘よ……。汝の魂に宿る光は、確かに、古(いにしえ)の民の響きを持つ……』

ゴーレムは、私の『適性』に気づいている……!?

『……だが、その力は、未だ目覚めず、制御されぬ、危うき光……。
祭壇へ至る資格、汝には、まだ無い』

「……!」

やはり、ダメなのか……。
絶望感が、胸をよぎる。

『……しかし、時は満ちようとしている……。双つの月が重なる夜……』

ゴーレムの声が、少しだけ、変化したように感じた。

『……星の娘よ。汝が、真に祭壇へ至ることを望むのなら……我の試練を、乗り越えてみせよ』

試練……!

ゴゴゴゴ……!

ゴーレムの体が、地響きを立てて動き出す。
その巨大な両腕が、ゆっくりと持ち上げられ、刻まれた紋章が、眩いほどの光を放ち始めた!
圧倒的な魔力が、空間を満たし、私たちに襲いかかってくる!

「来るぞ、ユキ!」

カイさんが叫び、剣を構える!
私も、慌てて魔力を練り上げ、『魔力障壁』を展開する!

月の祭壇を目前にして、最大の試練。
古代の守り人との戦いが、今、始まろうとしていた。
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