【完結】召喚されたけど役立たず? いいえ、隣国の貴族様とハッピーエンドです!

シマセイ

文字の大きさ
30 / 33

第三十話:祭壇の真実、選択の刻

しおりを挟む
カイ様に支えられながら、私は光り輝く通路をゆっくりと進んだ。
守り人のいた広間とは明らかに違う、清浄で、温かく、そしてどこまでも澄み切った魔力が、全身を包み込む。
疲労しきった体が、少しずつ癒されていくような、不思議な感覚だった。

通路の先に広がっていたのは、息を呑むほどに美しい空間だった。
壁も床も、まるで磨かれた水晶のように滑らかで、淡い光を放っている。
天井はドーム状になっており、そこには、まるで本物の夜空のように、無数の星々が煌めいていた。
そして、その中央。
ひときわ強い、青白い光を放ちながら鎮座しているのが――月の祭壇だった。

それは、巨大な水晶の結晶体でできており、複雑で美しいカットが施されている。
祭壇の上空では、洞窟の天井の星々とは別に、銀色の月(ルナ・シルヴァ)と青色の月(ルナ・アズラ)の幻影のようなものが、ゆっくりと重なり合おうとしていた。
双月食。
その力が、祭壇に流れ込み、共鳴し、空間全体を神々しいまでの輝きで満たしているのだ。

「……これが……月の祭壇……」

あまりの美しさに、私は言葉を失う。
カイ様も、隣で息を呑んでいるのが分かった。

私たちが祭壇に近づくと、再び、あの静かで澄み切った声が、私の心の中に直接響いてきた。

『……よくぞ参った、星の娘よ……。そして、その守護者たる騎士よ……』

声は、まるで祭壇そのものが語りかけているかのようだ。
それは、何千年もの時を超えて響く、古代の叡智の声。

『我は、星々の記憶。月々の調べ。この祭壇に宿りし、古き民の意志の残照なり……』

「古き民……星詠みの民、のことですか?」

私が問いかけると、声は静かに肯定した。

『左様……。我らが祖先は、星々の力を読み解き、この世界と、そして、汝が来た異界との狭間を見つめ続けてきた……。この祭壇は、その狭間を渡るための、そして、閉ざすための、大いなる鍵なのだ……』

祭壇の声は、驚くべき真実を語り始めた。
星詠みの民が、いかにして異世界(つまり、私のいた日本)の存在を知り、観測してきたか。
そして、時折起こる、意図せぬ『迷い人』の召喚を防ぐため、あるいは、必要に応じて異世界との扉を開閉するために、この祭壇を作り上げたこと。

『……異界との扉を開くには、星々の力が最高潮に達する、双月食の夜が不可欠……。そして、祭壇を起動させるための鍵が必要となる……』

「鍵……。それは……」

『……汝がその身に宿す、星々の響き……そして、これだ……』

声と共に、祭壇の中央部分が、ひときわ強く輝き始めた。
光が収まると、そこには、一つの腕輪が、静かに浮かんでいた。
銀色の金属に、青い宝石が嵌め込まれた、美しい腕輪。
日記にあった、『制御の腕輪』に違いない。

『……『星読みの腕輪』……。祭壇の力を引き出し、制御するための鍵であり、星詠みの血筋、あるいは、汝のように、特別な星の巡りの下に生まれた者にしか、扱うことはできぬ……』

やはり、そうだったんだ……。
私が、この腕輪の適合者……。

『……星の娘よ。汝の望みは、元の世界への帰還であったな……?』

祭壇の声が、優しく問いかける。

「……はい」

『……ならば、その望みを叶えよう。
この腕輪を手に取り、祭壇に祈りを捧げるのだ。
汝の内に眠る星々の力と、腕輪の力、そして、この双月食の夜の力が合わされば、異界への扉は開かれ、汝は故郷へと戻ることができるだろう……』

帰れる……!
元の世界に……!
その言葉に、私の心は、歓喜に打ち震えた。
家族に会える。友達に会える。
あの、当たり前だった日常に、戻れるんだ……!

でも……。

ふと、隣に立つカイ様の顔が、脳裏をよぎった。
厳しくも、優しく、私を導き、守ってくれた人。
彼のそばを、離れてしまう……?

そして、リリアさんの顔も。
妹の面影を私に重ね、不器用ながらも、いつも気遣ってくれた彼女。
彼女の祈りを、裏切ることになる……?

この世界で過ごした、短いけれど、濃密な時間。
必死で学んだ言葉。
初めて感じた魔力。
戦いの恐怖と、それを乗り越えた達成感。
そして、育まれた、かけがえのない絆……。

(……本当に、帰ってしまって、いいの……?)

迷いが、心を揺さぶる。
元の世界への強い想いと、この世界で得たものへの愛着。
その二つが、激しくぶつかり合う。

『……ただし、星の娘よ。扉を開くことには、代償が伴う……』

祭壇の声が、私の葛藤を見透かしたように、続けた。

「代償……?」

『……異界への扉をこじ開けるには、膨大な魔力が必要となる。
汝と腕輪の力だけでは足りぬ。祭壇の力、そして……この世界の精霊たちの力をも、大きく削ることになるだろう……。それは、この世界のバランスを、僅かとはいえ、崩すことに繋がるかもしれぬ……』

世界の、バランス……。
それは、つまり、瘴気の増加などを、引き起こす可能性があるということ……?

『……そして、汝自身にも、代償は求められる。
扉を渡る際、汝は、この世界で得た記憶の一部……あるいは、その力の多くを、失うことになるやもしれぬ……。二度と、こちら側へ戻ることも、叶わなくなるだろう……』

記憶を、失う……?
カイ様や、リリアさんのことを、忘れてしまう……?
二度と、会えなくなる……?

(……そんな……)

それは、あまりにも、残酷な代償だった。
元の世界に帰れる。
でも、それは、この世界での全てを、捨てることと同じなのかもしれない。

私は、隣に立つカイ様を見た。
彼は、祭壇の声が聞こえていないのか、ただ静かに、私のことを見守ってくれている。
その紫色の瞳には、心配と、そして、私の選択を尊重しようという、強い意志が感じられた。

(……カイ様……)

彼のそばにいたい。
でも、元の世界にも帰りたい。
どちらか一つしか、選べない……。

『……さあ、選ぶが良い、星の娘よ……。汝の望む道を……』

祭壇の声が、静かに、しかし、有無を言わせぬ響きで、選択を促す。
祭壇の輝きが、さらに増していく。
目の前には、『星読みの腕輪』が、私を待つかのように、静かに浮かんでいる。

私は、震える手を、ゆっくりと、持ち上げた。
心の中では、まだ、答えは出ていない。
でも、時間は、もうない。
双月食の夜は、永遠ではないのだから。

迷いながらも、私は、一歩、祭壇へと踏み出した。
そして、目の前の腕輪に向かって、手を……伸ばそうとした、その時――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

天才すぎて追放された薬師令嬢は、番のお薬を作っちゃったようです――運命、上書きしちゃいましょ!

灯息めてら
恋愛
令嬢ミーニェの趣味は魔法薬調合。しかし、その才能に嫉妬した妹に魔法薬が危険だと摘発され、国外追放されてしまう。行き場を失ったミーニェは隣国騎士団長シュレツと出会う。妹の運命の番になることを拒否したいと言う彼に、ミーニェは告げる。――『番』上書きのお薬ですか? 作れますよ? 天才薬師ミーニェは、騎士団長シュレツと番になる薬を用意し、妹との運命を上書きする。シュレツは彼女の才能に惚れ込み、薬師かつ番として、彼女を連れ帰るのだが――待っていたのは波乱万丈、破天荒な日々!?

処理中です...