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2話
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「殿下は、何もおっしゃらなかったのですね」
静かにそう尋ねたのは、アンネリーゼの母、エリザ公爵夫人だった。
アイゼナッハ公爵邸の応接間は、落ち着いた香の香りに包まれ、窓の外では初夏の風がレースを揺らしている。
「ええ、ただ“お幸せに”と申し上げました」
娘の答えに、母は微かに唇を綻ばせた。
「それでこそ、我が娘。誰にも哀れまれず、誰にも許されず、それでもなお美しくあることを選んだのですね」
対面に座る父・クラウス公爵は、分厚い書類に目を落としたまま、静かに一言を呟いた。
「明朝、修道院ベルゼリアへ使者を送っておこう。数日後には馬車を手配する」
それが、この家の“答え”だった。
慰めも哀しみも、ここにはない。ただ娘の選択に、静かに道を開くだけ。
「修道院で何を得るのかはお前次第だが……」
クラウスの瞳が初めて娘を正面から射抜いた。
「——二度と誰にも踏みつけられるな」
アンネリーゼは目を伏せたまま、深く一礼する。
「肝に銘じますわ。お父様」
兄のヴィルヘルムはその様子を黙って見守りながら、部屋の隅で剣を研いでいた。
「王宮の連中、好きに騒がせとけ。どうせそのうち尻尾を出す。……お前が必要なら、俺の剣はいつでも貸すぞ」
アンネリーゼは小さく微笑んだ。
「必要なときは、剣ではなく、言葉を借りるかもしれませんわ」
「それも悪くないな」
静かな夜が訪れる。
翌朝、城門から出立する馬車に、見送りの家族はひとりもいなかった。
けれど、アンネリーゼは振り返らなかった。
この国を、王都を、そしてかつての自分を——置いていくために。
向かう先は、静寂の修道院。
そこからすべてを取り戻す、逆襲の道が始まる。
静かにそう尋ねたのは、アンネリーゼの母、エリザ公爵夫人だった。
アイゼナッハ公爵邸の応接間は、落ち着いた香の香りに包まれ、窓の外では初夏の風がレースを揺らしている。
「ええ、ただ“お幸せに”と申し上げました」
娘の答えに、母は微かに唇を綻ばせた。
「それでこそ、我が娘。誰にも哀れまれず、誰にも許されず、それでもなお美しくあることを選んだのですね」
対面に座る父・クラウス公爵は、分厚い書類に目を落としたまま、静かに一言を呟いた。
「明朝、修道院ベルゼリアへ使者を送っておこう。数日後には馬車を手配する」
それが、この家の“答え”だった。
慰めも哀しみも、ここにはない。ただ娘の選択に、静かに道を開くだけ。
「修道院で何を得るのかはお前次第だが……」
クラウスの瞳が初めて娘を正面から射抜いた。
「——二度と誰にも踏みつけられるな」
アンネリーゼは目を伏せたまま、深く一礼する。
「肝に銘じますわ。お父様」
兄のヴィルヘルムはその様子を黙って見守りながら、部屋の隅で剣を研いでいた。
「王宮の連中、好きに騒がせとけ。どうせそのうち尻尾を出す。……お前が必要なら、俺の剣はいつでも貸すぞ」
アンネリーゼは小さく微笑んだ。
「必要なときは、剣ではなく、言葉を借りるかもしれませんわ」
「それも悪くないな」
静かな夜が訪れる。
翌朝、城門から出立する馬車に、見送りの家族はひとりもいなかった。
けれど、アンネリーゼは振り返らなかった。
この国を、王都を、そしてかつての自分を——置いていくために。
向かう先は、静寂の修道院。
そこからすべてを取り戻す、逆襲の道が始まる。
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