5 / 25
5話
しおりを挟む
「この静けさ……まるで獲物を待つ蛇のようだ」
薄暗い修道院の裏門。そこに立つ男は、粗末な旅装の下に、どこか場違いな気品を纏っていた。
「……貴方が、アントン=クラウゼ?」
「ええ。お噂はかねがね。冷血なるアイゼナッハの令嬢にお会いできるとは、光栄の極みです」
芝居がかった礼に、アンネリーゼは目を細める。
「その口の軽さ、昔から変わっていないようで安心しましたわ」
「これはご挨拶。昔のご縁もありますし、今回は特別価格で動きます。……なにせ、面白そうな劇ですから」
アントン=クラウゼ。王都裏街に潜む情報屋にして、貴族の黒い噂や聖職者の不正すら掘り当てる異端の商人。
そして、十年前にアイゼナッハ家に命を救われた過去を持つ——というのが、彼の“裏”の顔。
「欲しい情報は、聖堂の中枢。特に、リリィとカミラ女伯爵が手を組んで何を企んでいるか」
「すでに聖堂筆頭司祭の名が女伯爵の資金記録に出入りしてます。……裏帳簿の写し、次の便で送りましょう」
「抜かりないのね」
「僕もね、王太子殿下に感情で政治を任せるような時代は終わってほしいんですよ」
アントンは帽子を目深にかぶると、闇へと消えていった。
――その翌朝。
ユスティン神官の部屋には、精緻に描かれた神紋の写しと、奇跡再現の検証報告が並べられていた。
「……これが、聖女リリィの“奇跡”とされるものですか?」
「ええ。実際は、聖堂の祭具を改造した仕掛けにすぎません。しかもそれを操作していたのは……」
ユスティンが見せたのは、一枚のスケッチ。
「……カミラ女伯爵」
「このまま放置すれば、偽りが神にすり替わる」
「だからこそ、私が舞台へ戻るのです」
アンネリーゼはゆっくりと立ち上がった。
「王都に再び立つその日が、“最初の逆襲”になるでしょう」
夕暮れ、修道院の鐘が静かに鳴り響いた。
その音は、聖なる沈黙に別れを告げる合図でもあった。
薄暗い修道院の裏門。そこに立つ男は、粗末な旅装の下に、どこか場違いな気品を纏っていた。
「……貴方が、アントン=クラウゼ?」
「ええ。お噂はかねがね。冷血なるアイゼナッハの令嬢にお会いできるとは、光栄の極みです」
芝居がかった礼に、アンネリーゼは目を細める。
「その口の軽さ、昔から変わっていないようで安心しましたわ」
「これはご挨拶。昔のご縁もありますし、今回は特別価格で動きます。……なにせ、面白そうな劇ですから」
アントン=クラウゼ。王都裏街に潜む情報屋にして、貴族の黒い噂や聖職者の不正すら掘り当てる異端の商人。
そして、十年前にアイゼナッハ家に命を救われた過去を持つ——というのが、彼の“裏”の顔。
「欲しい情報は、聖堂の中枢。特に、リリィとカミラ女伯爵が手を組んで何を企んでいるか」
「すでに聖堂筆頭司祭の名が女伯爵の資金記録に出入りしてます。……裏帳簿の写し、次の便で送りましょう」
「抜かりないのね」
「僕もね、王太子殿下に感情で政治を任せるような時代は終わってほしいんですよ」
アントンは帽子を目深にかぶると、闇へと消えていった。
――その翌朝。
ユスティン神官の部屋には、精緻に描かれた神紋の写しと、奇跡再現の検証報告が並べられていた。
「……これが、聖女リリィの“奇跡”とされるものですか?」
「ええ。実際は、聖堂の祭具を改造した仕掛けにすぎません。しかもそれを操作していたのは……」
ユスティンが見せたのは、一枚のスケッチ。
「……カミラ女伯爵」
「このまま放置すれば、偽りが神にすり替わる」
「だからこそ、私が舞台へ戻るのです」
アンネリーゼはゆっくりと立ち上がった。
「王都に再び立つその日が、“最初の逆襲”になるでしょう」
夕暮れ、修道院の鐘が静かに鳴り響いた。
その音は、聖なる沈黙に別れを告げる合図でもあった。
28
あなたにおすすめの小説
罠に嵌められたのは一体誰?
チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。
誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。
そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。
しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
婚約破棄を申し込まれたので、ちょっと仕返ししてみることにしました。
夢草 蝶
恋愛
婚約破棄を申し込まれた令嬢・サトレア。
しかし、その理由とその時の婚約者の物言いに腹が立ったので、ちょっと仕返ししてみることにした。
【完結】婚約破棄した王子と男爵令嬢のその後……は幸せ?……な訳ない!
たろ
恋愛
「エリザベス、君との婚約を破棄する」
「どうしてそんな事を言うのですか?わたしが何をしたと言うのでしょう」
「君は僕の愛するイライザに対して嫌がらせをしただろう、そんな意地の悪い君のことは愛せないし結婚など出来ない」
「……愛せない……わかりました。殿下……の言葉を……受け入れます」
なんで君がそんな悲しそうな顔をするんだ?
この話は婚約破棄をして、父親である陛下に嘘で固めて公爵令嬢のエリザベスを貶めたと怒られて
「そんなにその男爵令嬢が好きなら王族をやめて男爵に婿に行け」と言われ、廃嫡される王子のその後のお話です。
頭脳明晰、眉目秀麗、みんなが振り向くかっこいい殿下……なのにエリザベスの前では残念な男。
★軽い感じのお話です
そして、殿下がひたすら残念です
広ーい気持ちで読んでいただけたらと思います
【完結】好きです!あと何回言ったらわたしを好きになってくれますか?
たろ
恋愛
「貴方が好きです」
会うと必ず伝えるわたしの気持ち。
「ごめん、無理」
必ず返って来る答え。
わかっているんだけど、どうしても伝えたい。
だって時間がないの。
タイムリミットまであと数日。
わたしが彼に会えるのは。
両片思いのお話です。
たぶん5話前後で終わると思います。
勝手にしなさいよ
棗
恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる