婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里

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15話

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「……痛みはまだ残っていますか?」

静かな夕暮れの庭園。  
白い包帯を巻かれた右肩をさすりながら、アンネリーゼはベンチに腰かけていた。

その隣に立つライナルトは、無表情のままもらった茶を差し出す。

「薬草師によれば、筋には達していないとのこと。安静にしていれば、痕も残らないそうです」

「そう。ならよかった」

アンネリーゼは湯気の立つ茶を受け取り、ゆっくりと口をつけた。

「……殿下が、護衛を割いてまで私の背を守ってくださるとは思いませんでしたわ」

「貴女が“この国に必要な人物”であると、王妃陛下が判断された結果です。そして、私もそう思っている」

言葉に無駄がない。だが、そこには確かに誠意があった。

「私にとって、信頼とは非常に高価なものです」

アンネリーゼの声は低く、けれど凛としていた。

「一度失ったものは、そう簡単には戻りませんの。……ですから、それを差し出されたなら、それ以上に応えねばならないと思っております」

「……誠実なお言葉です」

ライナルトが頭を下げたとき、庭園の奥からひとりの青年が姿を現した。

「……アンネリーゼ」

その声に、風が一瞬止んだように思えた。

「……エリアス殿下」

彼女は静かに立ち上がり、傷ついた肩を隠すように外套を整えた。

「おひとりで?」

「もう、誰の助けも借りたくない。少なくとも、貴女の前では」

エリアスの顔には、かつての理想家の輝きはなかった。  
だがその代わりに、彼は人としての迷いと、後悔を抱えていた。

「私は、貴女に謝らなければならない。そして……伝えたいことがある」

「謝罪など、望んでおりませんわ。過去をやり直す言葉など、私には必要ありません」

「……だが、それでも。言わせてくれ」

エリアスは一歩近づく。

「私は、あのとき貴女の声を聞かなかった。貴女を知ろうともしなかった。すべてを、聖女という幻想に投げて、貴女を“道具”としか見なかった」

アンネリーゼは黙って聞いていた。

「私はそれを……心から悔いている」

庭園に、沈黙が落ちた。

「——ならば、どうぞ。悔いて、生きてください」

彼女はただそれだけを言い、背を向けた。

振り返りもしないまま、歩き出すその姿に、エリアスはひとつの時代が終わったことを悟った。

彼女はもう、誰かの傍らに添えられるだけの存在ではない。

——アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。

その名は、ひとつの革命と、再生の象徴となったのだった。
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