恋を知らない聖女様は死にました

星式香璃143

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 スカーレット公爵家の門が、勢いよく左右に開かれる。
 


「帰ったわよ」



 声を張り上げなくとも響き渡る声。
 スカーレット公爵家の一人娘であり、稀代の悪女の帰還。すべての使用人らは手を止め、ベアトリーチェを出迎えるべく左右に道を開けるようにして整然と並ぶと、服従の意思を示すように深々と頭を下げる。

 使用人で作られた道。その間をベアトリーチェが颯爽と進む中、ベアトリーチェの服装が朝外出していった時と装いが全く変わっていないことに何人かの侍女が気づき、目配せして表情を沈ませる。


 悪女ベアトリーチェは街に出た際、必ず街で購入した新しいドレスを着て帰ってくる。


 彼女はかなりの浪費家で、街に出るということは湯水のように金を使うという事。そして、購入品それらを身に纏って帰ることで、自身の価値とスカーレット家の揺るぎない財力を使用人に見せつけるのだ。


 それが、今日はどうだ。


 頭の先からつま先まで全く装いが変わっていない上、右手には包帯。光り輝いていた赤のハイヒールは煤汚れ、後に続く護衛騎士なんかは、平民らしい汚らしい男を死体のように担いでいるではないか。


 つまり、街で彼女の意に反する事態が発生し、口にすることもはばかられるようなという事。

 そして。その場合、彼女がため込んだストレスは使用人へと向かうということが確定した瞬間でもあった。
 特に、ベアトリーチェ付きの侍女らは総じて青ざめていた。


 
「べアトリーチェ様! この男はいかがいたしましょうか?」
「あぁ、それね」


 ベアトリーチェの後ろを追いかけながら、護衛騎士の男が困ったように指示を仰ぐ。すると、ベアトリーチェは男の存在を完全に忘れていたのか、一旦立ち止まり、護衛騎士を振り返ると「……そうね、とりあえず地下牢にでも閉じ込めておいてちょうだい」と返した。
 誰もが「死体だ……」と思っていた平民男だが、地下牢に閉じ込めるということはまだ息の根があるらしい。不運な男だ。悪女の逆鱗げきりんに触れ、即死させてもらえなかったのだろう。

 スカーレット家の地下牢にはもちろん拷問部屋もあり、彼女によって散々もてあそばれ、見るも無残な状態と化した遺体の処理を嫌いな使用人に一任するのを好む……という《うわさ》だ。

 実際に、そのような嫌がらせが存在していたのかは、不明だ。
 しかし、悪女ベアトリーチェならやりかねない、と全員謎に確信していた。


 それほど、彼女の《悪女としての信頼》は高かった。


 朝にベアトリーチェの部屋で盛大に洗面器をひっくり返した侍女は、死にそうな顔をして「お願いしますお願いします死体処理だけは嫌……」と神に祈りを捧げていた時だ。



「……ウォルター執事長! ヘラ侍女長!」
「はい、ここに」
「同じく、こちらに」



 何を思ったか。ベアトリーチェが声をはり上げる。
 すると、すかさず小柄の老紳士と、恰幅の良い品のよい女性が音もなく列の中から前へ進み出た。


 ウォルター執事長。
 彼は、先代スカーレット公爵からこの公爵家を支える《執事長》だ。御年70歳。白い髪をオールバックしにしてひとまとめにし、長い白髭を生やしている。
 彼は右側にだけかけた片眼鏡モノクルをきらりと光らせながら、「いかがなさいましたか?」とベアトリーチェに恭しく問う。そして、その彼の背後に付き従う《侍女長ヘラ》は、50代前になるウォルターの実の娘だ。
 こちらも、穏やかにほほ笑んだままベアトリーチェの指示を待っている。

 その二人を前にし、ベアトリーチェは満足そうに瞳を細めて口角を吊り上げている。
 ベアトリーチェが《彼ら》を召集するのは非常に珍しいことだ。


 ウォルター執事長は、長年公爵家に仕えていることからベアトリーチェに対しても容赦なく口を出すところがある。
 なので、ベアトリーチェは口うるさいウォルターを嫌っていたし、ヘラ侍女長に関しても、「すぐにウォルターに告げ口をする」と何かと毛嫌いしていたはずだ。

 そんな二人を呼びつけたベアトリーチェの意図がわからず、使用人らは内心目を剥いてその様子を凝視していたのだが、ベアトリーチェは意地の悪い笑みを浮かべていたので「もしかして、この二人にも嫌がらせを……!?」と息をのんだ瞬間だ。



「――お父様の命で、わたくし付きとなっている侍従全員、一時間後に全員広間に集まる様に伝えて頂戴。そして、お前たち二人は今から私の部屋に来るように」



 話をしましょう。
 その言葉に、二人はただ「仰せのままに」を礼をした。




★★★





「集まったようね」



 スカーレット家の広間に集められた侍女は合わせて50人。すべてベアトリーチェ付きの侍女だ。

 全員、顔色が悪く、視線をうろうろとさまよわせている。
 その様子をベアトリーチェは、広間の奥にある壇上の上に置かれた紅い豪奢な椅子から見下ろし、眺めていた。
 横には執事長ウォルターと侍女長ヘラが背筋を伸ばして立っている。
 異様な光景に、侍女らは全員息をのんだ。



「――今から、お前たちには《試験》を行う」



 優秀な者には《褒美》をあげよう。
 そう続けたベアトリーチェの言葉に全員が耳を疑った。

 あの悪女が、そんな気前のいいことを言いだすはずがない。もしや「金をかけて今から身内同士での殺し合いを……?」と殺人ゲームや罠を疑っていると、ウォルター執事長が彼女らの前に、山積みの金貨が乗ったワゴンを出してきたため、別の意味で皆、息をのんだ。



「試験の内容は、先ほどウォルター執事長とヘラ侍女長も交えての話し合いの末で決めた項目について、順に試験を行う」


 掃除能力。素材別における洗濯能力。宝石や衣装の物品管理能力。最新の服装や髪形などトレンド情報把握能力。メイク能力。社交界における貴族に関する知識力。来賓への対応能力………などなど。


 ベアトリーチェが指をおりながら次々とあげていく項目の内容に、侍女らはどんどん顔色を悪くしていく。
 中には、聞いているだけで、ぶっ倒れそうな侍女もいた。
 

「――これらの項目に加え、普段の勤務態度をウォルター執事長、ヘラ侍女長にも審査してもらい、最終的に点数を出していく。できる限り《公平》に判断すると誓うわ」


 ベアトリーチェがこの上なく爽やかな笑顔を浮かべつつ、ワゴンの上に置かれた金貨を手に取り、侍女らへ見せつけるように金貨を掲げながら「各々、健闘を祈る」と声を上げる。



 そうして、前代未聞の侍女選抜試験が始まったのだ。



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