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42★きっとこれは罠だから①
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★
なぜ、この男は錠を破壊したのか。
この行動に、何の意味があるのか。
ベアトリーチェは皇帝の意図が読めず、逆に落ち着き払った声で「ご期待に応えられるよう精進いたします。特別なご配慮、痛み入ります」と答えていた。
「ここの牢獄の錠前には、特殊な魔術がかけられている。同じ魔術のかかった鍵以外の、別の道具を使って施錠を試みると《警報》が鳴り、騎士団の宿舎に連絡がいく仕組みになっている」
「さすが、素晴らしい警備体制ですね」
どうりで、看守の一人もつげずに自分を放置していたわけだ。
できるだけ平静を保つためにと皇帝の顔は見ず、その足元に散らばる金属片を眺めながら答えていると、「で?」と問われた。
「はい?」
「錠を開けたのに出てくる気がなさそうだが、歩けないのか?」
言葉の意味が理解できず、少し固まってしまった。
いやいやいや。
さすがに鍵を開けてもらったからと言って皇帝陛下の御前で「それじゃ」と図々しく脱獄できるような図太さまでは持ち合わせていない。
それに、これはどう考えても《罠》だ。
自分はきっと、皇帝によって《試されて》いるのだろう。
丸腰で従者もつけず、重罪人のいる牢獄に皇帝一人で来た、ということは、《彼自身が武器そのもの》ということ。
たった今、その実力を目の前で見せつけられたばかりだというのに、おいそれと外に出ていけるわけがない。
牢獄を出た瞬間に、その男らしい大きな手で首の骨をへし折られる可能性だってあるのに。
「いえ、身体には問題はありません。ですが、今日のところはこちらで過ごすよう騎士団長様にもいわれましたので……」
事を荒げないためにも大人しく過ごしていたいと思います、と続ける間もなく、なんと皇帝陛下が大きな体躯を折り曲げて、牢内に入ってきた。
「へ、陛下?!」
「――身体に問題がないのなら、ドレスが汚れたのか?」
「いえッ、その!!」
いきなり牢内に入ってこられたことに驚き、尻もちをついたまま後ずさる。
確かにドレスは汚れている。しかし、その理由が「さっきまでこちらで寝転がっていたからです」とはさすがに言えない。
別に騎士団に乱暴されたわけでもないのだが、目ざとくドレスの汚れを見抜かれてしまったのを気恥ずかしく思っている間に、彼はひょいとベアトリーチェの長身の身体を横抱きにして抱き上げた。
「えッ……!?」
なぜ!?
どうして!?
なぜ、わたくしは抱き上げられているの!?
わけがわからない。聖女だった時だって、こんな扱いを受けたことは―――いや、《聖女になる前》なら、何度か目の前にいる《この男》と前世で剣による手合わせし、疲れ果ててぐったりしていたところを抱きあげられ、寝台まで運ばれたことはあった。
あったが、あの時自分は《男》の格好していたし、《男》として彼と接していた。
彼だって《疲れた男友達》を介抱し、運んでいるだけにすぎなかったわけだから、こんな緊張感はなかった。
ベアトリーチェになってからだって、小さい頃に父親に運んでもらったことくらい。大きくなってから他人にお姫様抱っこなんて―――いや、この体勢もただ単に自分を運ぶためだけであって、深い意味はないのだろうが。
「確かに、何かされたような形跡はないようだな」
何を言ってるの?! この男は!!
なんの匂いを感知しているの?!
声には出さなかったが、胸中で《神》のような突っ込みを入れてしまった。
――そうだ、神!!
どうしよう。どうすればいいのです。
この場合、どのような反応が最適解なの!?
誰か!! わたくしを助けなさい!!!
混乱のあまり、悪女さながらの迫真さで周囲を見回す。
この《異様な空気感》を打開してくれそうな存在。ワラにも縋る想いで《神》を探すというのに、いくら見渡しても蛙のようにひっくり返っていた《唇》が見当たらない。
ラザロやルカ、グイードの時はうるさすぎるくらいに傍で実況していたというのに!!
どうして肝心な時にいないの?!
「……他所見をする元気はあるようだな」
くすりと耳元で囁くような、鼓膜を震わす低く掠れた声。その痺れにも似た感覚に驚き、思わず見上げると、目の端で艶めいた黒髪がさらりと揺れ、スモーキーな香りが鼻腔をかすめた。
皇帝の黒髪。その毛先に混ざる金。キラキラとした光に導かれるように、その瞳をみてしまった。
翠と紅が半々になったアレキサンドライトの瞳。それを、意地悪く三日月型に細めた皇帝との距離はあまりにも近くて、心臓が鷲掴みされたかのような衝撃に呼吸が止まった。
なぜ、この男は錠を破壊したのか。
この行動に、何の意味があるのか。
ベアトリーチェは皇帝の意図が読めず、逆に落ち着き払った声で「ご期待に応えられるよう精進いたします。特別なご配慮、痛み入ります」と答えていた。
「ここの牢獄の錠前には、特殊な魔術がかけられている。同じ魔術のかかった鍵以外の、別の道具を使って施錠を試みると《警報》が鳴り、騎士団の宿舎に連絡がいく仕組みになっている」
「さすが、素晴らしい警備体制ですね」
どうりで、看守の一人もつげずに自分を放置していたわけだ。
できるだけ平静を保つためにと皇帝の顔は見ず、その足元に散らばる金属片を眺めながら答えていると、「で?」と問われた。
「はい?」
「錠を開けたのに出てくる気がなさそうだが、歩けないのか?」
言葉の意味が理解できず、少し固まってしまった。
いやいやいや。
さすがに鍵を開けてもらったからと言って皇帝陛下の御前で「それじゃ」と図々しく脱獄できるような図太さまでは持ち合わせていない。
それに、これはどう考えても《罠》だ。
自分はきっと、皇帝によって《試されて》いるのだろう。
丸腰で従者もつけず、重罪人のいる牢獄に皇帝一人で来た、ということは、《彼自身が武器そのもの》ということ。
たった今、その実力を目の前で見せつけられたばかりだというのに、おいそれと外に出ていけるわけがない。
牢獄を出た瞬間に、その男らしい大きな手で首の骨をへし折られる可能性だってあるのに。
「いえ、身体には問題はありません。ですが、今日のところはこちらで過ごすよう騎士団長様にもいわれましたので……」
事を荒げないためにも大人しく過ごしていたいと思います、と続ける間もなく、なんと皇帝陛下が大きな体躯を折り曲げて、牢内に入ってきた。
「へ、陛下?!」
「――身体に問題がないのなら、ドレスが汚れたのか?」
「いえッ、その!!」
いきなり牢内に入ってこられたことに驚き、尻もちをついたまま後ずさる。
確かにドレスは汚れている。しかし、その理由が「さっきまでこちらで寝転がっていたからです」とはさすがに言えない。
別に騎士団に乱暴されたわけでもないのだが、目ざとくドレスの汚れを見抜かれてしまったのを気恥ずかしく思っている間に、彼はひょいとベアトリーチェの長身の身体を横抱きにして抱き上げた。
「えッ……!?」
なぜ!?
どうして!?
なぜ、わたくしは抱き上げられているの!?
わけがわからない。聖女だった時だって、こんな扱いを受けたことは―――いや、《聖女になる前》なら、何度か目の前にいる《この男》と前世で剣による手合わせし、疲れ果ててぐったりしていたところを抱きあげられ、寝台まで運ばれたことはあった。
あったが、あの時自分は《男》の格好していたし、《男》として彼と接していた。
彼だって《疲れた男友達》を介抱し、運んでいるだけにすぎなかったわけだから、こんな緊張感はなかった。
ベアトリーチェになってからだって、小さい頃に父親に運んでもらったことくらい。大きくなってから他人にお姫様抱っこなんて―――いや、この体勢もただ単に自分を運ぶためだけであって、深い意味はないのだろうが。
「確かに、何かされたような形跡はないようだな」
何を言ってるの?! この男は!!
なんの匂いを感知しているの?!
声には出さなかったが、胸中で《神》のような突っ込みを入れてしまった。
――そうだ、神!!
どうしよう。どうすればいいのです。
この場合、どのような反応が最適解なの!?
誰か!! わたくしを助けなさい!!!
混乱のあまり、悪女さながらの迫真さで周囲を見回す。
この《異様な空気感》を打開してくれそうな存在。ワラにも縋る想いで《神》を探すというのに、いくら見渡しても蛙のようにひっくり返っていた《唇》が見当たらない。
ラザロやルカ、グイードの時はうるさすぎるくらいに傍で実況していたというのに!!
どうして肝心な時にいないの?!
「……他所見をする元気はあるようだな」
くすりと耳元で囁くような、鼓膜を震わす低く掠れた声。その痺れにも似た感覚に驚き、思わず見上げると、目の端で艶めいた黒髪がさらりと揺れ、スモーキーな香りが鼻腔をかすめた。
皇帝の黒髪。その毛先に混ざる金。キラキラとした光に導かれるように、その瞳をみてしまった。
翠と紅が半々になったアレキサンドライトの瞳。それを、意地悪く三日月型に細めた皇帝との距離はあまりにも近くて、心臓が鷲掴みされたかのような衝撃に呼吸が止まった。
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