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第一章 兄の代役?望まれぬ結婚は誰も得しないのですが
11・僕の兄は優しいです!(大嘘)
しおりを挟むアルヴェリオ視点 続き
アルヴェリオがドアを開けると同時に、ライネルを乗せた馬車が庭に入ってきた。
「バロウズ男爵様!」
アルヴェリオを見つけるや否や、ライネルは元気な声で駆け寄ってくる。
(ああ、綺麗にして送り出したはずなのに、もう服が薄汚れている)
それほどずっと働かされていたのだろう。おそらく、お腹も空いているに違いない。
「遅くなってすみません。お待たせしました! 兄からの伝言で、ぜひ我が家に遊びに来てくださいと申しておりました!」
極上の贈り物を差し出すように、わくわくとした顔でそう言うライネル。
──アルヴェリオは不憫で涙が出そうになった。
「……ありがとう」
「いえ!男爵様のお役に立てて、良かったです」
痩せているせいで、大きな目がいっそう際立つ。
腕も足も、少し力を加えれば折れてしまいそうなのに、その目だけは強い光を宿していた。
「……?バロウズ男爵様?」
「……アルヴェリオでいい」
「え……?」
驚いたように、さらに大きく見開かれた目。
アルヴェリオは、それが小動物のようで可愛いなと思った。
「手間をかけさせて、悪かったな」
そう言うと、ライネルは照れたような笑顔を見せる。
「とんでもないです。むしろ里帰りさせてもらえて良かったです。父とも仲直りしましたし、兄とは子どもの頃のように仲良くお喋りを楽しみました。やっぱり実家は落ち着きますね。だから、これからも兄との橋渡しをしますね!」
「……そうか。それは頼もしい」
全部嘘だと、アルヴェリオには分かっていた。
けれど、知らないふりをしてライネルの語る“幸せな時間”に耳を傾けた。
(全部、俺に負担をかけないために……)
きっと、これからもライネルは何度でも侯爵家に行くのだろう。
向こうでどんな目に遭わされようとも。
「今日はもう疲れただろう。風呂に入ってから、一緒に夕食を食べよう」
「……え?いいんですか?」
またしても目が大きくなる。
このままだと、本当にこぼれ落ちてしまいそうだ。
「ああ。嫌いなものはあるか?」
「いえ、何もありません」
「では、好きなものは?」
「……好きなもの……」
懸命に考えているのか、小さな口がへの字になっている。そうしてしばらく経つと、「カニのスープが飲みたいです」と、遠慮がちな声で言った。
「用意させよう」
その言葉にぱあっと花が咲くような笑顔を見せたライネルは、「楽しみです!では、失礼します!」と小走りで邸内へと消えていった。
「スープくらいであんなに喜ぶとは……」
アルヴェリオは、ポツリとそう呟き、十五歳とは思えない発育不足の小さな背中を見送った。
「フィオナ」
「はい、旦那様」
「夕食は栄養価の高いものを。――それから、これからは俺が屋敷にいる時は必ずライネルを同席させるように。ああ、あと服屋を呼べ。すぐに着られるものを三十着ほどと、残りはオーダーで頼んでくれ」
「はい、承知しました」
フィオナは余計なことは言わない。
けれど、その表情には、ほんの少し安堵の色が浮かんでいる。
「……何か言いたそうだな」
「いえ。……私も最近は少し……気になってましたから」
「そうか。……だが気は抜かないでくれ。グランチェスター家の人間であることに変わりはないのだからな」
「仰せのままに」
「頼んだぞ」
それだけ言うと、アルヴェリオはその場を後にした。
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