熱血豪傑ビッグバンダー!

ハリエンジュ

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第九話『檻重ねワンダーランド』

その 3 語り部渋滞・大活劇!

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★熱血豪傑ビッグバンダー! 第九話『檻重おりかさねワンダーランド』
その 3 語り部テラー渋滞・大活劇!


teller:バッカス=リュボフ




 カーバンクル寮:シミュレータルーム、仮想空間内。
 戦闘形式:バトルロイヤル
 仮想空間追加オプション:なし

 戦闘参加ビッグバンダー:

・トヨウケ

 ファイター:バッカス=リュボフ
 サポーター:ピアス=トゥインクル


・タナトス

 ファイター:花楓かえで=アーデルハイド
 サポーター:みなと=ローレンス


・アイゼン

 ファイター:愁水しゅうすい=アンダーソン
 サポーター:聖歌せいか=フォンティーヌ


・クロノス

 ファイター:オリヴィエール=ロマン
 サポーター:レッド=フィッツジェラルド


 計:4機


 ――仮想空間、生成完了

 ――機械闘技バトル・ロボイヤル戦闘開始バトルスタート!!





 シミュレータルームの設備によって、ビッグバンダーの戦闘用に生成された仮想空間。
 その中には、この戦闘に参加するビッグバンダーに携わる八人の意識が転送されている。
 それぞれの愛機であるビッグバンダーのデータと共に。

 だから、おれが今乗り込んでる愛機【トヨウケ】も――【トヨウケ】に乗り込んでいるおれそのものも、今は身体がデータ上の存在。

 だけどおれたちの心は本物。
 ハートは本物。いつも通りのおれ。
 こないだの、個人スペース居住の強者ファイター・ヤマネ=チドリさんとの決闘をきっかけに産声を上げたおれの闘志も、この通りちゃんと此処に。おれのハートに。

「いよっし! そんじゃ頑張りますか!」

『いちいち喋らんでいいわよ馬鹿ス。無駄に相手に位置や手の内バレたら不利になるわよ』

 さあやる気も充分満タン、【トヨウケ】と一緒に走り出そう――とした丁度その時、釘を刺すように、相棒・ピアスの声が通信機越しに飛んできた。

 シミュレータルームの戦闘においては、サポーターもまた意識を転送して通常通り、サポーター専用のコンピュータを用いてビッグバンダーの戦闘を支援してくれるけど。
 仮想空間におけるサポーターの居場所は、ビッグバンダーの戦場とはまた別。
 サポーターたちは安全圏からバッチリ戦場の様子をチェックしつつ、逐一こっちをサポートしてくれる。

 実際のバトル・ロボイヤルでもサポーターとの距離感はそんな感じらしい。
 サポーターの身に危険が迫んないのは、おれも安心するから嬉しいな。

 でも、例え離れていたとしても。

「へへっ、頼りにさせてもらうぜ! 相棒!」

『はいはい、どうも。それじゃマップデータ送ったから、さっさと現状把握して』

「あいよっ!」

 【トヨウケ】のコックピット内のモニターに目を凝らし、ピアスから送られてきたデータを確認する。

 ビッグバンダー4機のデータが存在する仮想空間は、今は架空の戦場。
 設定や調整次第でこの戦場の空間もある程度趣向を凝らせるらしいけど、今回は初回ということでシンプル。

 イメージは、恐らく廃墟。
 高い段差や、ビッグバンダーの巨体でも短時間なら身を隠せる物陰なんかもあって。
 ああ、爆弾テロ騒ぎがあった時に四人で潜入捜査したアジトと雰囲気が近いかも。退廃っぷりが。

 戦闘開始直前、各ビッグバンダーは自分の初期位置を自由に指定できる。

 試しに辺りを見回しても、他の三体の姿は見当たらない。
 ここから自由に戦場を闊歩して、皆を探して戦って薙ぎ倒して、たった一つの勝利を掴む。

 それがバトル・ロボイヤルのルール。
 まあ、本戦が始まったらルールにも多少は手が加えられていくかもしれんけど。

 ……あ、マジでバトロボって、あれに似てるんだ。
 若者に人気のゲーム、架空戦場自由闊歩ゲーム『マガツ・ナーサリィライム』。略してマガナー。
 おれがティーンエイジャーと話を合わせるために断食してまで買ったやつ。

 結構あのゲーム遊んだし、今のおれならイイ感じに動けるのでは?

 そんな希望を持って、改めて気合いを入れる。
 気合いはもう満タンのつもりだったけど、どうせならガッツの方も限界超えていくの目指して頑張ろう。よしよし。

 モニターでデータを見て、マップの構造をざっと把握する。

 マップに敵機の反応は一切表示されていない。
 普段の戦闘だとモニターのマップにはアンノウンの生体反応や自分以外のビッグバンダーの反応はしっかり表示されるし、マーカー付けて追跡用にチェックを入れることもできる。

 でも、こういうバトル・ロボイヤルの実戦形式だと――戦闘中に自機が姿を認識するまで、対峙して相手との戦闘が始まるまで、敵機の位置はわからない仕様になっているらしい。

 逃げ隠れとか駆け引きとか苦手なんだけどなあ。
 でも、やるっきゃない! なら突き進んじまおう!

 持った希望を膨らませ、ついでにこれもまたデータ上のモンではあるけど、験担ぎにバーガー齧って、希望の一歩を踏み出した――そのとき。

 銃声が、鳴った。

 銃声と共に飛び出して来たのは、愁ちゃんの搭乗する【アイゼン】。
 片手に構えた拳銃型装備をこちらに連射してくるものだから、おれはびっくりしてわたわたと【トヨウケ】をあっちらおっちらオーバーな動きで避けたりしゃがんだりと大忙しだ。

 銃装備で攻めてくるなら隠れていた方がいいんじゃ、と思ったけど、おれ自身のこの反応を思い知ってしまうとおれが愁ちゃんに言えることはない。マジでない。

 おれは毎日ゆるゆるとしたノリで生きてるから、不意打ちでノリを崩されるとちょっと困る。
 脳内情報整理はもともと得意じゃないけど、さらに下手になってしまう。

 だから愁ちゃんがわざわざ姿を現したのは、おれ相手だときっと良い手なわけで。 

 さすが愁ちゃん、おれのメシトモ。
 おれのノリを熟知してる。

 愁ちゃんが操る【アイゼン】の銃撃にわたつく【トヨウケ】の周りに、シールドが勢い良く張られて銃弾を弾いていく。
 ピアスが守ってくれたんだ。

『ぼーっとしない! 早いとこ攻めに転じるわよ馬鹿ス! そっちがアンタの得意分野なんだから!』

「ありがとピアス! 背中は……いや、全身任せた!」

『任せすぎよ、こんのアホタレ……っ!』

 ピアスが足場代わりにシールドを周りに次々に配置し、おれはそれを飛び移りつつ【アイゼン】の銃弾を躱し、着々と愁ちゃんの【アイゼン】に近付く。


 ――おれの機体、ビッグバンダー・【トヨウケ】。

 武器は己の拳のみ!
 ……が自慢の、肉弾戦特化、陸地戦特化型の機体。
 かなり偏った性能だから、多くのビッグバンダーに搭載されている飛行機能が機体自身には一切無い。
 地を、どん底這ってそれでも足掻く、おれ好みの愛機。

 頑丈だしタフだけど、そりゃあ、おれに似てでくのぼうかもしれないよ。あんまりスピードには自信ないし。

 だけど落ち込むことはないし、それもまたおれたちの長所。
 ちょっとでもおれが躊躇ったりうじうじしたり、迷った時はいつだって。
 ――おれの最高の相棒ピアスが、シールドでケツ蹴っ飛ばしてくれるんだから。

 ピアスが【トヨウケ】の背面に何重にも張ってくれたシールドに押し出されるように、おれは【アイゼン】に突撃する。

 空が飛べなくても、ちょっち足が遅くても、ピアスと一緒なら、おれは無敵。

 ピアスはいつもすげーやつだしきれーな美人だけど、サポーターとしてもやっぱりめちゃくちゃデキるやつ。
 頭の回転は速いし視野も広い、賢い。
 本人が美を追求する性質だからか支援の気配りなんかもスマート。
 でも時にはおれの意を汲んでくれたり、柔軟性もある優しいヤツ。
 おれの自慢の相棒で親友。

 ピアスのシールドに助けられながら、【アイゼン】の眼前におれは迫る。

 さて愁ちゃん、おれとピアスの友情パワーに勝てるかな?

 ――そいじゃ、ここらでさらに【トヨウケ】について補足。

 【トヨウケ】には特殊技能がある。
 おれがヤマネさんが操る【ハニヤス】との決闘終盤でも使った力だ。

 『一点強化』。

 短時間という時間制限。
 強化中は、強化していない部分の防御力、各種能力が著しく低下する。
 ……などなど制約はあるけれども。

 ビッグバンダーの機体内を駆け巡る動力エネルギーの全てを拳部分に集中させて拳を強化することで、殴り飛ばす威力を倍増させることができる。

 ヤマネさんとの決闘では、未強化部分の隙を見事に叩かれて敗北したけど、今回は頼れるピアスのフォロー&カバーが控えている。

「さあ、乗り切ってみな愁ちゃん!! ……っ、びかーんっと光れ! 歌えはしゃげ! 輝け! 一番星のマイライフ! 糖度全開宝石箱! 『フルーツタルト・シングスイング』!!!!」

「おっまえ……その必殺技名とやら、もすこし何とかなんねえのかよ!! 気ぃ抜けるわ!!」

 おっと愁ちゃんに怒鳴られた。
 しかしそれは慣れてるので、構わずたまにはこっちからもぶっ飛ばそうと、はした。

 渾身のパンチを、ガッツ込めた拳を、【アイゼン】にお見舞いしたつもりだったのだけど。

 愁ちゃんは、【アイゼン】は、先程おれへの奇襲に使った銃を投げ捨てた。
 おれが全力で強化した、【トヨウケ】の拳に向かって。

 え。
 と、おれが息を呑んだ頃、トヨウケの拳は宙に舞った拳銃をぶっ叩いた、

 ガシャン、と確かな崩壊の音が大きく響き渡る。

 なのに、拳銃は壊れていない。
 【トヨウケ】が打ち砕いたのは、拳銃が纏っていたシールドだった。
 強化した拳でも銃身まで到達できなかったってことは、あの拳銃にはかなり強固で薄型のシールドが、幾重にも幾重にも、気が遠くなるほどに張られ、守られていたはず。

 ――聖歌ちゃんの支援か。
 愁ちゃんのサポーター。
 兼、愁ちゃんの好きな子。ついでに愁ちゃんがちょいちょいれラブを拗らせ気味のお相手。

 そんなおれのちょっとしたからかいの念が通じたんじゃないかって勢いだった。
 荒々しいまでの勢いで、愁ちゃんの操る【アイゼン】は【トヨウケ】の腕を引く。

 強化される前の腕を掴まれたから抵抗なんて出来ない。
 【アイゼン】は、宙を舞ったままの拳銃をキャッチを一旦後回しにし、【トヨウケ】に銃とは違う武器を向けた。

 ――片手剣。

 ああ、そうだ。
 愁ちゃんの【アイゼン】って、メインの武器が二つあったんだ――。
 




teller:愁水しゅうすい=アンダーソン


 ――俺の機体、ビッグバンダー・【アイゼン】。

 扱いやすさ、操作性重視の多機能搭載、万能型ビッグバンダー。
 それは俺がファイター養成学校出身で、操作の基本からみっちり叩き込まれたので、学んだマニュアルにある程度沿った動きができる機体の方が俺には合ってる――って理由がデカい。

 【アイゼン】の武器は主に二つ。
 片手剣と拳銃。
 両手は塞がっちまうが、機動力もあり小回りも効くので接近戦と中距離戦なら大体は対応できる。

 装備している二つの武器には、その場に応じて形状を少々変更できるっつー特殊技能があるが……今はこの剣でさっさと馬鹿スを潰して拳銃回収すんのが先だ。

 この戦い方だと防御は手薄だが、【アイゼン】を狙うちょっとやそっとの攻撃なんざ、聖歌は絶対に防ぐ。

 聖歌はサポーターとして、とにかく俺の命を守ることに全力を尽くしている。
 拳銃装備を纏っていたシールドは、【トヨウケ】の拳から拳銃本体を守り切った。
 あれを瞬時に用意できるサポーターは、聖歌以外にそうはいない。

 聖歌は、俺を守ることに関しては反射のように支援の指先が動く。
 それがどれだけの無茶でも、あいつはやり遂げようとする。

 元々養成学校でサポーターとしては優秀な成績を修めていたこともあり、聖歌はシールド生成に関しては詳しい。
 【アイゼン】に仇なそうとする相手の位置反応への索敵にも余念がない。

 あとは、【アイゼン】のコックピットの構造。
 普段から聖歌が整備や改良を欠かさないこともあり、【アイゼン】は戦闘中の搭乗ファイター……つまり俺への負荷が極端に少ない。
 揺れにも衝撃にも、機体がひっくり返ろうとも、コックピット内に充満した特殊シールドが、絶対に俺を傷付けない。

 守ることに長けた聖歌は、俺の願いも同様に、何があっても果たそうとする。

 だから、俺が花楓に妙に懐かれるきっかけになった遺跡騒動の時。
 非公認ファイターに追われる俺と花楓を、聖歌はシールドを臨機応変に張ることで、あの窮地から花楓と俺を守り切ったんだ。

 過去に知ってしまった聖歌の俺への行き過ぎた覚悟を思うと複雑な気持ちも多少はあるが、まあ惚れた弱みだ。
 それに、好きな女からの献身ってやつは素直に嬉しい。
 だから聖歌の想いは無駄にさせない。
 聖歌の支援を、俺を守りたいという意志を、俺は絶対に信じ抜く。

 俺が眼帯リボンなんてアレなセンスのプレゼント贈っちまったせいで、片側だけの視界って言うハンデ付けたまま聖歌が頑張ってくれてんだ。
 あいつの努力に応えねえのは――そんな情けねえ男は、そもそも俺ですらない。

 隙の多い【トヨウケ】から奇襲して、無事捉えた。
 ピアス姐さんの支援が横槍入れる前に馬鹿スを叩きたい、が、まだ油断できない。

 さっきからずっと、花楓とオリーヴの気配を感じない。
 あいつらがろくなことをするはずねえだろ。
 そんくらいはわかるわ。

『……あ……しゅ、愁水さん!! 壁から離れてください!!』

 ああほら、索敵得意な聖歌がやなもん見つけちまった。
 俺にもわかっちまって、つい舌打ちが零れる。

 ――やけに楽しそうな鼻唄が聴こえ、そして。
 【トヨウケ】と【アイゼン】が睨み合う場の、すぐ隣の壁が、派手に爆ぜた。


◆ 


teller:花楓かえで=アーデルハイド


 暗い、ね。
 でもおれ、怖くないよ。

 だって、ちゃんと聴こえてる。

 バッカスがばたばた走る男。
 愁ちゃんの銃の音。

 はは、バッカスってば相変わらず必殺技とやらのネーミングセンス皆無だにゃー。

 愁ちゃんったら、まーたがなり立てちゃって。
 そんなぎゃあぎゃあしないでよ。
 聖歌お姉ちゃんにまでビビられちゃっても、おれ知らないよん。

 オリーヴくんは……まだ隠れてる。
 でも、おれと同じだ。
 準備ができたら、すぐに勝ちを獲りにくる。
 そんなギラギラした気持ちを感じる。
 まったく、元気なおじいちゃんだにゃあ。

 ――さて、と。
 おれと、おれの可愛いともだち・【タナトス】は、暗闇に揺蕩っていた。

 真っ暗な海にぽつりと浮かぶ【タナトス】の中で、ゆりかごのような静けさの中で、おれは、音を聴いていた。

 ビッグバンダーが動く度に響く、軋む金属音、動力が回る音。
 仮想空間を巡る、エネルギーのざわつきの音。
 風の音、空気が流れる音。
 今はデータだとしても、ちゃあんとリアルに聴こえちゃう。
 慣れ親しんだみんなの、生きている音が。

 だいぶ聴いちゃったから――湊が用意してくれたマップと照らし合わせれば、おれの感覚は完全なものになる。

 世界が、見える。
 世界を、感じる。

 【タナトス】との感覚共有度をいっつもMAXにして、【タナトス】とひとつになったおれなら、簡単に【タナトス】が感じる世界がわかっちゃう。

 仮想空間。架空世界。
 ――そんなもんは今、おれのもんだ。


 ビッグバンダー・【タナトス】。おれのともだち。
 ごてごてした分厚い装甲、大きな身体が自慢の重量級ビッグバンダー。
 本当は少し、装甲や装備の重みのせいでタナトスはのろまなはず。

 だけど、おれと完全に繋がっているから。
 おれの【タナトス】はぴったりおれのイメージ通りに、おれが普段動くように、重量級だけどもアクロバティックに、踊るように動ける良い子。

 それにおれの湊は、おれのサポーターは強いもん。

 【タナトス】はバッカスが駆る【トヨウケ】と少し似ている気がする。
 【タナトス】だって、本来なら空中戦に対応してない機体だから、飛行機能は無かった。
 でも、バッカスが相棒さんの支援に頼ってるのとおんなじ。
 おれの【タナトス】だって、湊が用意してくれるシールドを踏み台にして空を駆け上がれる。
 湊が居れば、おれと【タナトス】だって空を制することができる。

 ――ま、今は空の話は一旦置いといて。

 どろっどろの暗闇で、【タナトス】に守られながら、おれは世界をゆったりと掌握していた。

 今回、模擬戦闘用に作られたこの仮想空間に追加オプションは無い。

 シンプルな構造のマップ。
 ホントなら、あるがままのマップに沿って動いて、正々堂々アツい勝負をしちゃうんだろうね。

 でも、おれにはさ。湊が居るんだ。
 湊はちょっと怖がりさんだから、みんな湊のことまだナメてるだろうけどさ。

 湊は、強いよ。
 湊も、【タナトス】も、すごく強い。
 おれのともだちナメんなよ。

 電子機器操作技術で湊に勝てるやつは、少なくともこのカーバンクル寮には居ない。
 ハッキング能力、プログラミング能力、湊は他のサポーターが喉から手が出るほど欲しがる能力、沢山持っちゃってるんだよ。

 おれが【タナトス】と一緒に身を潜めるこの暗闇。
 これは、仮想空間の隙間。
 湊が仮想空間のデータに一部介入して、おれが隠れるスペースを無理やり作ってくれたんだ。
 こういうのが別にルール違反ではないから、この戦い、色々やりようがあると思うにゃー。

 暗闇で聴こえる、感じる、愁ちゃんとバッカスのタイマン。

 衝撃、空気が流れ集中する箇所、音の響きの違い、各機体の材質――。

 ――うん、読めてきた。
 世界と繋がっていく感覚が心地いい。

 じゃあ、そろそろ本格的に暗闇の外に飛び出しちゃおう。
 感じたやつ全て、モノにしちゃおう。

 これはこれで素敵な闇だけどね。
 カエちゃん好奇心強いから、広い世界に憧れちゃうんだにゃー、これが。

 即興の鼻唄を歌い出す。
 ある程度リズムを作ってリズムに乗った方が、おれは不思議と調子が出る。

 さあ、小粋な歌と一緒に、おれを、おれのともだちを、世界に思い知らせてやろう。

 ほんとに、良い闇。良い世界。
 ――命懸けるにゃ、お似合いだ!

 ばん、と【トヨウケ】と【アイゼン】が睨み合ってるすぐ傍の壁を、おれはぶっ壊して飛び出した。
 【タナトス】が戦場に直接姿を現したことで、他の機体に認識されたことでわ湊が作ってくれたスペースまでマップから消失する。

 だけど、もう逃げも隠れもする必要がない。

 壁は正確には――ぶっ壊したんじゃなく、蜂の巣にして撃ち壊した。

 【タナトス】の武器は巨大なチェーンソーだ。
 でも、湊に頼んで少し改良してもらった。

 おれの意思一つで、チェーンソーの刃はエネルギー体に姿を変えてエネルギー弾を連射する。
 散弾ならもともとタナトスの機体に搭載されていて、湊のシールドに手伝ってもらって空中戦に至った時だけ爆撃みたいな真似ができた……って仕様だったんだけど。

 メインウェポンのチェーンソーを改良したから、これなら普段から銃撃もできるってわけ。
 そしたらだいぶ、楽しくなる。

「っ、こんっのクソガキ……!」

 せっかく【トヨウケ】を捕らえていたのに邪魔された【アイゼン】が、愁ちゃんが、おれの銃撃を避けながら、壊れた壁の破片を片手剣で捌く。
 ついでに、慌ててキャッチした拳銃でおれを狙ってきて。

「にゃははっ、愁ちゃんってば乱暴だにゃあ!」

 乱暴だし、鈍いやつだなー、しょうがないなー、愁ちゃんは。
 そんなんだから聖歌お姉ちゃんともなかなか進展しないんだぜコイツ。

 おれが銃撃を普段から使いたくなったの、愁ちゃんの【アイゼン】の装備にちょーっと憧れたからなんだけど……まだ言ってやんないよ。

 おれと遊ぼう、愁ちゃん。
 おれが強いとこ、愁ちゃんは一番に見ててよ。
 おれの存在、きみがずうっと目に焼き付けてよ!!


 ……なーんて、愁ちゃんとの戦いにアガっちゃってたおれは、珍しくアタマの容量、狭くなっちゃってたみたいで。

 これはバトル・ロボイヤル。
 バトルロイヤル形式の乱戦。

 漁夫の利を狙えたタイミングだったのに、一番懐いている愁ちゃんに意識が行き過ぎたのがおれの良くないとこだったみたい。

 此処にいるのは、ちゃんと四人。
 バッカスと――まだ姿を現してなかった、オリーヴくんも居たんだ。

 風を切る音がして、気付いたら。

 おれの銃撃型チェーンソーが弾かれ、愁ちゃんの拳銃も弾かれ、機体の手から離れていた。

 ついでにバッカスの乗る【トヨウケ】も、足蹴にされていた。
 ――突如現れた、オリーヴくんの愛嬌・【クロノス】に。


◆ 


teller:オリヴィエール=ロマン


 ――別に、そこまで難解な話ではない。

 俺のビッグバンダー・【クロノス】は、他の機体よりずっと軽量化が施されている。
 加えて機動力、敏捷性に特化した構造だ。

 軽く、速い【クロノス】。
 最小限の動きと音で、最小限の痕跡で、広範囲を誰にも追い付かれず、悟られず移動できる。
 忍び続けると言うより、絶え間なく定位置を変えることで相手の索敵を撹乱している、と言った方が恐らく良い。

 これは俺の発想ではなく、俺のサポーターであるレッドの発想だ。
 戦闘開始からのバッカスが操る【トヨウケ】の移動、愁水が操る【アイゼン】の【トヨウケ】への奇襲、【トヨウケ】と【アイゼン】の衝突、花楓が操る【タナトス】の出現。

 これまで起きた全ての出来事の間、レッドはサポーター用のコンピュータを駆使して、俺の機体反応を他のあらゆる音、シルエット、戦闘で生じる破片、様々なものに隠してきた。
 俺が上手く隠れられるよう、レッドが騒ぎの裏に【クロノス】を誘導してくれた。

 あいつらがどこまでレッドのことを知っているかはわからないが。
 レッドはなかなか狡い奴だぞ、若造ども。
 好々爺の振りをして、こういう時は平気な顔して他者を欺く。
 まったく、とんだ狸になったものだ。
 ――俺を、置いて。

 欺くのが、隠すのが、誘うのが、惑わすのが、レッドはとにかく巧い。
 漁夫の利と言うなら、隙を見つけるのはレッドが一番得意だろう。

 この戦場にようやく初めて堂々と参戦できた【クロノス】を、立ち上がらせる。

 【クロノス】の武器は、チャクラムと各部位に仕込まれた隠し武器。
 武器は普段と変えていないが――今回初めて四人で戦うと聞いて【クロノス】には、新装備を付けた。

 立ち上がった【クロノス】の背に、マントが靡く。
 スカーフのように首元を多い、そこから背中ををも覆い、風に靡くマント。
 レッドの操るシールドで構成された、新たな装備がこれだ。

 【クロノス】の背面をより強固に守る以外に戦闘上大きな意味は持たない。

 だが、俺の最近の新たな決意、目標――『ヒーローになる』、に近付くには、これ以上の験担ぎは要らない。

 俺とレッドの戦い方はオーソドックスで王道な、正々堂々勇猛果敢なヒーローの逆方向を行くとは思う。
 だが、『ヒーロー』と言う願いを持ってからの俺は――少しだけ、既存イメージよりも、俺自身の心の姿を、在り方を信じてみたい。
 心だけでも、英雄然と、堂々と戦ってみたくなったんだ。俺だって。


 突如武器を弾き飛ばされたことに驚いているのか、花楓の【タナトス】の動きが鈍っている。
 愁水には片手剣がまだ残っている。
 バッカスの【トヨウケ】は【クロノス】の足蹴にすることで一旦は動きを封じているが、完全に制圧できているわけじゃない。

 だから、今の俺の標的は。

「……漁夫の利を狙うには青すぎたな、花楓」

 【クロノス】の右腕を大振りに、【タナトス】に迫らせる。
 右腕部に仕込んだブレードが、【タナトス】の首元を確実に狙う。

 が。

「……にゃははっ! じゃあさ!! おれの首を刈ってみなよ、おじいちゃん!! できるもんならさぁ!!」

 それでも花楓は、いつもより好戦的な色を乗せた笑い声を上げた。
 少し妖艶で狂気を帯びた笑い声。
 ――あまり花楓からは聴きたくない笑い声だと、少し思った。

「降臨解除!! 【タナトス】、背信ハイドアンドシーク!!」

「はぁ!?!?」

 最初に驚きの声を上げたのは、愁水だった。
 俺も目を見張る。

 【クロノス】の仕込みブレードが【タナトス】の首を刈りそうになったまさにその時。
 【タナトス】の巨大がどろんと消えた。
 ――花楓が、ビッグバンダーの召喚を解除したんだ。

 無骨なロボットとあらゆる武器にまみれた戦場に、花楓の小さく華奢な身体が、落ちていく。
 【クロノス】以上に軽い身体が、戦いの衝撃の中で生じてきた風の中に、飲まれて。

 言葉もなく、愁水の【アイゼン】が花楓の身体に手を伸ばす。
 いつかの爆弾テロ騒動の時も、生身の花楓を助けようとした【アイゼン】の懐に、花楓は嬉しそうに飛び込んだ。

 だが、今は。
 花楓は、【アイゼン】を見上げてにやりと意地悪く笑って。

「――なんてね!! おれはきみを、何度でも信じ祈る!! 再び降り臨め!! 【タナトス】ッ!! 最後の最後に再臨しちゃえ!! おれの可愛い可愛い死神!!」

「なっ!?」

 ――ビッグバンダーの召喚解除、からの再召喚。
 落ちながらホイッスルを吹き、叫んだ花楓に応えるように、【タナトス】は再びその巨体で花楓を包み、確かにその場に再臨し。
 姿を現した勢いのまま、手を差し伸べたことで距離が近くなった【アイゼン】の首を、チェーンソーの一振りで刈った。

 頭部を失い、ばちばちと火花の音を鳴らすアイゼンから、機械音声でカウントダウンが始まる。
 あの調子じゃ【アイゼン】の戦闘継続は無理だろう。
 が、【アイゼン】もただでは終わらなかった。

「……っとにクソガキだなてめえは!!」

「あいったあ!?!?」

 差し伸べる勢いだけは止めなかった【アイゼン】の手は拳を握る形にたり、【タナトス】の頭部を殴り飛ばす。
 脱落までのカウントダウンが迫る中、【アイゼン】はもう片手にまだ握られていた片手剣で【タナトス】の一部分を破壊した。
 胸部のコックピットに近い、機体にエネルギーを送り込む動力核。

 そこを壊されては【タナトス】も脱落は避けられないし、動力核は確か機械製の部分が多過ぎて、ファイターの生体反応と繋がりにくい――つまり、ファイターの感覚共有度とは遠い。

 花楓の痛覚に一番配慮せずに済む部分を見事に壊したわけだ、あの男は。

 【タナトス】からもカウントダウン音声が流れ出した中、【アイゼン】のコックピットから苦々しげな声が聴こえる。

「……ったく、後でもっかい殴る。つかもうてめーにゃ甘さは見せねーぞクソガキ……」

「甘さ見せないつもりのやつはわざわざそういうコト言わないし、こんな壊し方しないんだけどにゃー……もー……」

 ――そうして、【アイゼン】のカウントダウンが、終わりを告げた。
 【アイゼン】のデータが仮想空間から消失し、マップからも機体反応が消える。

 それから最後に、【タナトス】の中にいる花楓も。

「……ごちゃごちゃ言いつつ、一番に手ぇ伸ばしてくれた愁ちゃんが、おれはとってもラブだよー……っと」

 最後はお互い胸部のコックピットの中で言い合いをする形で。
 愁水の【アイゼン】に次いで、花楓の【タナトス】も消失した。

 息をついて、俺は【クロノス】のマントをはためかせてチャクラムを構える。

 花楓の予想外の動きを皮切りに俺も止まってしまっていたが、俺は今の騒ぎでミスを犯した。

 花楓の召喚解除に驚いた勢いで、足蹴にしていたバッカスの【トヨウケ】を取り逃した。


「この拳はごはんの為に! この想いはごはんの為に!! この未来もごはんの為に!!!! 腹が減っては戦は出来ぬ!!!!!! バーニィィィィング……焼き飯・フィスト!!!!!!!!」


 ああ、やはり。
 聞き慣れた必殺技を叫ぶ声が響く。

 走り迫る【トヨウケ】が勢い良く繰り出した拳を避ける為、【クロノス】のスピードとレッドのシールド支援を利用して、機体を壁の上に走らせることで攻撃を避ける。

 そうしてチャクラムを構えた状態で、俺は【クロノス】の両腕部の仕込み武器を全て解放した。
 目まぐるしく視界が定まらない状態で、俺の【クロノス】は走りながら、バッカスの【トヨウケ】はサポーターが張ったシールドを飛び移りながら、俺たちは攻撃の撃ち合いをする。

 少し、自分の口元に笑みが浮かぶのがわかった。
 正面からの撃ち合い。
 バッカスとはさすがにこうなるか。

 バッカスには、どんな老獪な駆け引きも、恐らく無意味だ。
 こいつはそれすら愛するだろうさ、レッド。
 狡さを受け入れて、作戦や戦術を食い尽くす勢いで、こいつはただ向かってくるだけだ。きっとずっと。

 だけど俺は、そんなバッカスの在り方が嫌いじゃない。
 正面からの撃ち合い、結構だ。
 今の俺の性にも、合っている。

 此度の、この最終局面。
 ヒーローらしくて、力が沸く。

 おまえは拳一つで良くやった、バッカス。
 だが人が良いおまえは、まだ気付いていないだろう。
 俺とおまえの戦場は、レッドに着実に誘導されている。
 攻撃を撃ち合う場が、徐々に狭くなっている。
 おまえの【トヨウケ】の動きが限定されてきて、おまえの退路は俺とレッドにじわじわと絶たれているんだ。

 だから、今こそ引導を渡してやる。
 おまえに出会った日からずっと考えていた――俺の、必殺技で。

「ッ、走れ、【クロノス】!! ――『アクセル・アクセス』!!」

「うえぇっ!?!?」

 【トヨウケ】を追い込んだ狭い空間で、【クロノス】を加速させ、【トヨウケ】に正面から突っ込ませる。
 メインウェポンの、チャクラムを構えたまま、仕込み武器を全開にしたまま。

 そして、俺の体感では大きな一歩を踏み出したくらいの、一瞬の後。
 その一瞬で機体をズタズタにされ、動力核にもガタが来た【トヨウケ】から、カウントダウン音声が流れていた。

「え……あれ、オリーヴ氏、今の……?」

「……必殺技だ。まだ、言ってみただけだがな。研鑽の余地はある」

「え~……かっけ~……くやし~……!!」

 困ったように、でもどこか嬉しそうに笑って――ボロボロだった【トヨウケ】のデータは、消失した。

 残された【クロノス】のコックピット。
 モニターの画面が、変わっていく。

 初めての、いつもの四人揃っての仮想空間での戦闘シミュレーション。
 勝者は俺だと報せる文字列が、モニターに並び、俺はやけに柔らかな声で呟いていた。

「……くたばり損ないを舐めてくれるなよ、若造ども」

 今日は、妙に機嫌がいい。
 マントを翻し一人立ち尽くす【クロノス】は、俺は、少しはヒーローらしいだろうか。

 そう、機嫌がいいんだ。
 俺に――微笑が増えている。
 心臓が興奮したように高鳴っている。

 『アクセル・アクセス』。
 止まっていた気がする俺自身の時間も、もしかしたら加速して。
 俺の心も、多くと繋がって――。


◆ 


teller:バッカス=リュボフ


「うっわ……シミュレータルームのバトルってこんな感じだったんだ!? すげーね愁ちゃん!? みんな普段からこんな訓練してたの? なんで教えてくんなかったの?」

「……いや、話してたわ。おまえ飯食うのに夢中になって聞いちゃいなかったけど、たまに話題には出してたわ」

「…………おれが美味しくごはん食べてる時に限って大事な話をするみんなサイドにも問題はない?」

「てめーが飯食ってねえ時いつだよ言ってみろよ」
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