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第二話『永遠少年殺人事件』
その7 死に焦がれる、幼き老いぼれ
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★第二話『永遠少年殺人事件』
その7 死に焦がれる、幼き老いぼれ
teller:バッカス=リュボフ
線路を走り続ける列車の中にオリーヴ氏と閉じ込められて。
どうしたもんかいのう、とおれが途方に暮れていたら。
オリーヴ氏が急に素手で列車の扉を力いっぱい殴り始めたものだから、流石のおれもぎょっとしてしまった。
おれは慌ててオリーヴ氏の腕を引っ掴む。
「いやいやいやいや、オリーヴ氏ストップ! 怪我しちゃうから!!」
でも、肝心のオリーヴ氏本人はどこまでも平然としていて。
「言ったろう、不死の身だと。傷くらいすぐに治る」
実際、扉にぶつけて血の滲んでいた筈のオリーヴ氏の拳の傷は、するすると流れるように治っていっている。
だけど。
「……ちなみに、オリーヴ氏って痛覚はあんの……?」
「あるぞ」
「じゃあだめじゃん!? じゃあっていうか、痛覚なくてもだめなもんはだめだけど!!」
おれはそのまま、無茶しかねないオリーヴ氏を扉から引っぺがし、二人で列車の座席に座る。
無傷になった自分の拳を特に何の感慨もなさそうに見つめていたオリーヴ氏を横目に、おれは頬を指で掻きながら言った。
「ちゃんと自分の身体は大事にしなよ、オリーヴ氏……。おじいちゃんなんだからさ、尚更」
「問題ない」
「何がさあ……」
「問題、ないんだ」
次に、彼の口から放たれた言葉は。
一切の迷いも躊躇いもなくて。
これまでで一番、彼自身の強い意志を感じさせる声色だった。
「――俺は、死ぬ為に戦っている」
おれは。
おれはその言葉を聞いてから数秒、まともに呼吸ができただろうか。
できた自信は、正直無い。
どのくらい経ったかはわからないけど、おれはぎこちない声で、言葉で、オリーヴ氏に問いかけた。
「なんで……そんな、ひでえこと言うの……?」
「不老不死の霊薬を飲んだ話はしただろう。あれは誤飲でな。何とか元の体質に戻るべく、学びや旅を重ねたがどれも駄目だった。だが、バトル・ロボイヤル運営を担当する上層部の人間が霊薬の存在に関わっている情報なら掴んだ。そいつらに接触すれば死ねると考えて、俺はこのバトル・ロボイヤルに参加したんだ」
「そうじゃなくて!! ……そうじゃなくて……なんで、死にたいんだよ……」
珍しく声を荒げたおれに、オリーヴ氏が視線を向ける。
オリーヴ氏の、血色の、赤い瞳が、らしくもなく動揺した顔をしているおれを静かに捉えていた。
「レッド……俺のサポーターのことは、知っているか」
「ああ……レッド爺ちゃん、だっけ? 最年長の」
「そうだ」
ふと、オリーヴ氏が俯く。
その表情には僅かに翳りが、寂しさに近い感情が宿っていた気が、した。
「レッドは俺の、親友だ。幼馴染なんだ。……同い年の。ずっと、ずっと一緒だった」
その言葉に、俺は言葉を返せなかった。
同い年の幼馴染で、親友。かけがえのない存在。
――それは、おれにも居るから。
大好きな、ピアスが。
「レッドは、俺が元の体質に戻れるよう、ずっと協力してくれた。……だけど、変わらない俺とは違い、レッドは成長していった。老いていった。真っ当な大人になって、新しく家庭を築いた。幸せ、そうだった。……俺は正直、レッドの一人称がいつから『わし』になったのか、いつから口調があんなに老けたのか思い出せない。気付いたら、俺は老いていくレッドから目を逸らしていたから」
オリーヴ氏が、俯いたまま、容赦なく両の手のひらに爪を立てる。血が出るんじゃないかってくらい。
――だけど、そんな痛み。
オリーヴ氏が今まで経験してきた心の痛みに比べれば、なんてことないものなんだろう。
オリーヴ氏に、とっては。
「……だから、なんて言い訳になるが。俺は、犯してはいけない罪を犯したんだ」
「……罪?」
続きの言葉がおれの耳に届くまで、時間がかかった。
きっと。
『罪』というだけあって、この話をすること自体、オリーヴ氏にとっては勇気の要ることなんだ。
「……ある時だ。俺のことを、好きだと言う女が、現れた。若い、華やかな女だった。その女は、俺と、結婚したいと言ったんだ。俺の容姿に、惹かれたらしい。……それで、俺は、その女を妻として娶った。理由は、その女を愛したからじゃない。……ただ、レッドに憧れただけだ。温かい家族に囲まれ、幸せそうなレッドのようになりたかったんだ。その時には俺の両親はもう、居なくなってしまっていたから」
「……その奥さんに、何かあったの?」
オリーヴ氏が、ゆっくり、ゆっくりと、顔を上げる。
何の感情も宿っていなさそうなその顔には、瞳には、大事なものを諦めただけで、本当は多分激情がまみれているんだろう。
「……死んだ。自らの老いに耐えられず、俺との外見年齢の差に耐えられず。自殺だ。家の近くの、湖に飛び込んでな」
「……ぇ……」
おれが、半ば言葉を失っている間にも、オリーヴ氏は言葉を続ける。
それがまるで自棄になっているようで――おれは、無性に、哀しかった。
「知っているか。浮き上がった水死体は、ガスが溜まって、腐敗が進んで、膨れ上がって。一般の基準だと、醜いんだ。華やかなものを愛した女が、あえて醜い死に方を選んだんだ。あいつを愛さなかった俺への憎しみを、遺書に書き殴ってな。……俺が、殺したようなものだ。俺の身勝手な憧れが、一人の女の人生を狂わせ未来を閉じたんだ」
オリーヴ氏が、何も言えないおれが見えていないかのように、座席からゆらりと立ち上がる。
それから、再び列車の扉に触れた。
殴るわけでもなく、ただ触れて。
「……俺はもう、生きるのに疲れた。だから、どうなってもいい。生きるのが怖い。……レッドが……こんな俺とまだ……まだ友で居てくれるレッドが居なくなるのが怖い。一人が怖い。死にたい、死んでしまいたい。全部終わらせたいんだ。一刻も早く」
その言葉に、おれは、時間はかかりはしたけど。
呼吸の仕方を思い出した気がした。
おれも座席を立ち、少しずつオリーヴ氏に近寄り、彼の腕を掴む。
永い、永い時間を過ごしたおじいちゃん。
だけどその弱い背中は、まるで幼い子どものようで。
きっと話すのに沢山の勇気が必要だったであろう彼に、おれも応えないといけない気がして。
「……オリーヴ氏」
生きること、死ぬこと。
それには、おれも思うことがあるんだ。
「……おれの話を、聞いてくれる?」
振り向いたオリーヴ氏の赤い瞳には、先ほどよりはしっかりした目をしたおれが、映っていた気がした。
その7 死に焦がれる、幼き老いぼれ
teller:バッカス=リュボフ
線路を走り続ける列車の中にオリーヴ氏と閉じ込められて。
どうしたもんかいのう、とおれが途方に暮れていたら。
オリーヴ氏が急に素手で列車の扉を力いっぱい殴り始めたものだから、流石のおれもぎょっとしてしまった。
おれは慌ててオリーヴ氏の腕を引っ掴む。
「いやいやいやいや、オリーヴ氏ストップ! 怪我しちゃうから!!」
でも、肝心のオリーヴ氏本人はどこまでも平然としていて。
「言ったろう、不死の身だと。傷くらいすぐに治る」
実際、扉にぶつけて血の滲んでいた筈のオリーヴ氏の拳の傷は、するすると流れるように治っていっている。
だけど。
「……ちなみに、オリーヴ氏って痛覚はあんの……?」
「あるぞ」
「じゃあだめじゃん!? じゃあっていうか、痛覚なくてもだめなもんはだめだけど!!」
おれはそのまま、無茶しかねないオリーヴ氏を扉から引っぺがし、二人で列車の座席に座る。
無傷になった自分の拳を特に何の感慨もなさそうに見つめていたオリーヴ氏を横目に、おれは頬を指で掻きながら言った。
「ちゃんと自分の身体は大事にしなよ、オリーヴ氏……。おじいちゃんなんだからさ、尚更」
「問題ない」
「何がさあ……」
「問題、ないんだ」
次に、彼の口から放たれた言葉は。
一切の迷いも躊躇いもなくて。
これまでで一番、彼自身の強い意志を感じさせる声色だった。
「――俺は、死ぬ為に戦っている」
おれは。
おれはその言葉を聞いてから数秒、まともに呼吸ができただろうか。
できた自信は、正直無い。
どのくらい経ったかはわからないけど、おれはぎこちない声で、言葉で、オリーヴ氏に問いかけた。
「なんで……そんな、ひでえこと言うの……?」
「不老不死の霊薬を飲んだ話はしただろう。あれは誤飲でな。何とか元の体質に戻るべく、学びや旅を重ねたがどれも駄目だった。だが、バトル・ロボイヤル運営を担当する上層部の人間が霊薬の存在に関わっている情報なら掴んだ。そいつらに接触すれば死ねると考えて、俺はこのバトル・ロボイヤルに参加したんだ」
「そうじゃなくて!! ……そうじゃなくて……なんで、死にたいんだよ……」
珍しく声を荒げたおれに、オリーヴ氏が視線を向ける。
オリーヴ氏の、血色の、赤い瞳が、らしくもなく動揺した顔をしているおれを静かに捉えていた。
「レッド……俺のサポーターのことは、知っているか」
「ああ……レッド爺ちゃん、だっけ? 最年長の」
「そうだ」
ふと、オリーヴ氏が俯く。
その表情には僅かに翳りが、寂しさに近い感情が宿っていた気が、した。
「レッドは俺の、親友だ。幼馴染なんだ。……同い年の。ずっと、ずっと一緒だった」
その言葉に、俺は言葉を返せなかった。
同い年の幼馴染で、親友。かけがえのない存在。
――それは、おれにも居るから。
大好きな、ピアスが。
「レッドは、俺が元の体質に戻れるよう、ずっと協力してくれた。……だけど、変わらない俺とは違い、レッドは成長していった。老いていった。真っ当な大人になって、新しく家庭を築いた。幸せ、そうだった。……俺は正直、レッドの一人称がいつから『わし』になったのか、いつから口調があんなに老けたのか思い出せない。気付いたら、俺は老いていくレッドから目を逸らしていたから」
オリーヴ氏が、俯いたまま、容赦なく両の手のひらに爪を立てる。血が出るんじゃないかってくらい。
――だけど、そんな痛み。
オリーヴ氏が今まで経験してきた心の痛みに比べれば、なんてことないものなんだろう。
オリーヴ氏に、とっては。
「……だから、なんて言い訳になるが。俺は、犯してはいけない罪を犯したんだ」
「……罪?」
続きの言葉がおれの耳に届くまで、時間がかかった。
きっと。
『罪』というだけあって、この話をすること自体、オリーヴ氏にとっては勇気の要ることなんだ。
「……ある時だ。俺のことを、好きだと言う女が、現れた。若い、華やかな女だった。その女は、俺と、結婚したいと言ったんだ。俺の容姿に、惹かれたらしい。……それで、俺は、その女を妻として娶った。理由は、その女を愛したからじゃない。……ただ、レッドに憧れただけだ。温かい家族に囲まれ、幸せそうなレッドのようになりたかったんだ。その時には俺の両親はもう、居なくなってしまっていたから」
「……その奥さんに、何かあったの?」
オリーヴ氏が、ゆっくり、ゆっくりと、顔を上げる。
何の感情も宿っていなさそうなその顔には、瞳には、大事なものを諦めただけで、本当は多分激情がまみれているんだろう。
「……死んだ。自らの老いに耐えられず、俺との外見年齢の差に耐えられず。自殺だ。家の近くの、湖に飛び込んでな」
「……ぇ……」
おれが、半ば言葉を失っている間にも、オリーヴ氏は言葉を続ける。
それがまるで自棄になっているようで――おれは、無性に、哀しかった。
「知っているか。浮き上がった水死体は、ガスが溜まって、腐敗が進んで、膨れ上がって。一般の基準だと、醜いんだ。華やかなものを愛した女が、あえて醜い死に方を選んだんだ。あいつを愛さなかった俺への憎しみを、遺書に書き殴ってな。……俺が、殺したようなものだ。俺の身勝手な憧れが、一人の女の人生を狂わせ未来を閉じたんだ」
オリーヴ氏が、何も言えないおれが見えていないかのように、座席からゆらりと立ち上がる。
それから、再び列車の扉に触れた。
殴るわけでもなく、ただ触れて。
「……俺はもう、生きるのに疲れた。だから、どうなってもいい。生きるのが怖い。……レッドが……こんな俺とまだ……まだ友で居てくれるレッドが居なくなるのが怖い。一人が怖い。死にたい、死んでしまいたい。全部終わらせたいんだ。一刻も早く」
その言葉に、おれは、時間はかかりはしたけど。
呼吸の仕方を思い出した気がした。
おれも座席を立ち、少しずつオリーヴ氏に近寄り、彼の腕を掴む。
永い、永い時間を過ごしたおじいちゃん。
だけどその弱い背中は、まるで幼い子どものようで。
きっと話すのに沢山の勇気が必要だったであろう彼に、おれも応えないといけない気がして。
「……オリーヴ氏」
生きること、死ぬこと。
それには、おれも思うことがあるんだ。
「……おれの話を、聞いてくれる?」
振り向いたオリーヴ氏の赤い瞳には、先ほどよりはしっかりした目をしたおれが、映っていた気がした。
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