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第三話『仔猫の鳴き声』
その8 おタバコはお吸いになりますか?
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★第三話『仔猫の鳴き声』
その8 おタバコはお吸いになりますか?
teller:花楓=アーデルハイド
アイゼンが翔んで、空を目指して、その身をまた、元の大地に降ろして。
愁水くんが軽く息をつき、おれを引っ張り出す形でコックピットから出る。
思いっ切り歌うことで、生きている証として心臓の鼓動が高鳴るのは嬉しかったけど、まだおれの疑問は尽きなかった。
「……ねえ、ほんとになんで?」
「あ? 何がだよ」
なんでわざわざ、助けに来たの。
なんで見捨てなかったの。
それが当たり前のように愁水くんは言ったけど、今もそんな風に言ってるけど、愁水くんの当たり前はおれの当たり前じゃない。
それでもって、おれの当たり前は愁水くんの当たり前じゃないんだろう。
だから、わからなかった。
理解できなかった。
おれを助けない理由ならいくらでも思いつくのに、助ける理由だけはどうしてもわからなくて。
いつの間にやらすっかり落ち着いた戦場の中で、とっととおれの手を引いて歩き出そうとする愁水くんに、おれは何度も理由を求めた。
なんで、どうして、と。
すると愁水くんは大きく舌打ちをする。
「……ったく、かっわいくねーガキだな。大人が助けてやるっつってんだから素直に受け取れよ。ガキはガキのうちに甘えとけ。おまえまだまだちびっ子じゃねーか」
それが、何。
それが、どうしたの。
おれが更に理由を訊ねる前に、愁水くんは言った。
「理由……理由なあ、じゃあ、おまえがクソガキすぎて色々心配だから、おまえが一人で歩けるまで、俺が守ってやる。そんなんでいいだろ」
……え?
呆然と、した。
言葉を噛み砕く暇も与えてくれず、愁水くんはおれを引きずっていく。
わかんない。
わかんないよ。
だって、「守ってやる」なんて言葉、今まで誰にも言われたことない。
愁水くんがかけてくれた言葉は、きっと普通の子どもが享受するにはごく当たり前の言葉なんだろう。
でも、おれにとっては――。
気付けばおれは、愁水くんの手を、ぎゅっと握り返していた。
離したくないと、思った。
理由なんて、やっぱりわからなかったけれど。
その後、無事脱出できて。
ある程度落ち着いた場所に来てから、おれは愁水くんにしこたま怒られた。
自分を心配して叱ってくれる大人を、おれは初めて見た。
それぞれのサポーターと合流するなり、聖歌お姉ちゃんが泣きそうな顔でおれに駆け寄ってくれて、おれを抱き締めてくれた。
――誰かに抱き締めてもらえたのは、生まれて初めてのことだった。
だっておれはいつも湊を抱き締めてばかりで、自分が誰かに抱き締められたことはなかったから。
そんなおれとお姉ちゃんを見て愁水くんが複雑そうに顔をしかめたのが、何だか面白かった。
おれの手を引いて助けてくれたのは、愁水くん。
おれが今ここにいる理由は、愁水くん。
お姉ちゃんがおれを抱き締めてくれてるのも、愁水くんがおれを助けてくれたから。
愁水くん。
年上のお兄さん。
多分、この人はお姉ちゃんのことが好き。
それ以外は、良くわからない。
何で、愁水くんにとっておれを助けるのは当たり前なんだろう。
何で、どうして。
愁水くんの、普通って、何?
それがどうしても知りたくなって――だから、もっと生きたくなった。
それは、おれの世界が確かに変わり始めた瞬間で。
ねえ、愁水くん。
ううん――。
◆
「愁ちゃんっ!」
おれがそう呼ぶと、愁水くん、ううん、愁ちゃんはいつも思いっ切り眉間に皺を寄せる。
愁ちゃんが毎朝メタボと合法ショタなおじいちゃんの二人にご飯食べに行こうと絡まれてるから、おれも便乗して愁ちゃんの部屋に遊びに来るようになったら物凄く嫌そうな顔をされた。
「あ、愁ちゃんってば今日も目つきが失礼! ヤダ、こんな絶世の美少年捕まえといてー」
「誰が?? 誰を?? なあオイ、おまえ他にもっといるだろ。何でよりにもよってここにパーティインしてくんだよ。やめろよ面倒だし教育に悪いから」
「あ、バッカスバッカス。今日ファミレス行くんならおれ、お子様ランチの旗あげちゃうよん」
「マジで!? さすがカエちゃん……キッズメニューに手を出せない大人の希望の星じゃん!?」
「おいコラそんなもんで懐柔されんなデブ」
そう言って愁ちゃんは、露骨に頭を抱える。
もう一人のメシトモことオリーヴくんは、既にどこかで買ってきたらしいホットスナックを愁ちゃんの部屋の前でもりもり立ち食いしていた。気が早いな。
そうしておれたちが愁ちゃんを攫う形で辿り着いたファミレスで、店員さんに『おタバコはお吸いになりますか?』なんて定番の質問をされた時。
愁ちゃんは、口を開きかけ、はっとしたようにおれを見て、数秒心底苦しそうに額を押さえて葛藤したのち。
「……き、禁煙席で……」
――そんなんだからおれみたいなガキンチョにまとわりつかれんだよ、愁ちゃん。
◆
teller:ピアス=トゥインクル
わいわいと出かけた馬鹿スたちを見かけたレイアちゃんが、ふとアタシに言った。
「なんか最近、あの四人いつも一緒に居ますねー、姐さん」
「確かに。毎日毎日飽きもせず、ね」
「アレっすね。なんか……親子とおじいちゃんとメタボのおっさん、みたいなパーティっすね」
「明らかに異物感が凄いパーティね」
悲しいことにそのアホな異物は、アタシの親友だった。
その8 おタバコはお吸いになりますか?
teller:花楓=アーデルハイド
アイゼンが翔んで、空を目指して、その身をまた、元の大地に降ろして。
愁水くんが軽く息をつき、おれを引っ張り出す形でコックピットから出る。
思いっ切り歌うことで、生きている証として心臓の鼓動が高鳴るのは嬉しかったけど、まだおれの疑問は尽きなかった。
「……ねえ、ほんとになんで?」
「あ? 何がだよ」
なんでわざわざ、助けに来たの。
なんで見捨てなかったの。
それが当たり前のように愁水くんは言ったけど、今もそんな風に言ってるけど、愁水くんの当たり前はおれの当たり前じゃない。
それでもって、おれの当たり前は愁水くんの当たり前じゃないんだろう。
だから、わからなかった。
理解できなかった。
おれを助けない理由ならいくらでも思いつくのに、助ける理由だけはどうしてもわからなくて。
いつの間にやらすっかり落ち着いた戦場の中で、とっととおれの手を引いて歩き出そうとする愁水くんに、おれは何度も理由を求めた。
なんで、どうして、と。
すると愁水くんは大きく舌打ちをする。
「……ったく、かっわいくねーガキだな。大人が助けてやるっつってんだから素直に受け取れよ。ガキはガキのうちに甘えとけ。おまえまだまだちびっ子じゃねーか」
それが、何。
それが、どうしたの。
おれが更に理由を訊ねる前に、愁水くんは言った。
「理由……理由なあ、じゃあ、おまえがクソガキすぎて色々心配だから、おまえが一人で歩けるまで、俺が守ってやる。そんなんでいいだろ」
……え?
呆然と、した。
言葉を噛み砕く暇も与えてくれず、愁水くんはおれを引きずっていく。
わかんない。
わかんないよ。
だって、「守ってやる」なんて言葉、今まで誰にも言われたことない。
愁水くんがかけてくれた言葉は、きっと普通の子どもが享受するにはごく当たり前の言葉なんだろう。
でも、おれにとっては――。
気付けばおれは、愁水くんの手を、ぎゅっと握り返していた。
離したくないと、思った。
理由なんて、やっぱりわからなかったけれど。
その後、無事脱出できて。
ある程度落ち着いた場所に来てから、おれは愁水くんにしこたま怒られた。
自分を心配して叱ってくれる大人を、おれは初めて見た。
それぞれのサポーターと合流するなり、聖歌お姉ちゃんが泣きそうな顔でおれに駆け寄ってくれて、おれを抱き締めてくれた。
――誰かに抱き締めてもらえたのは、生まれて初めてのことだった。
だっておれはいつも湊を抱き締めてばかりで、自分が誰かに抱き締められたことはなかったから。
そんなおれとお姉ちゃんを見て愁水くんが複雑そうに顔をしかめたのが、何だか面白かった。
おれの手を引いて助けてくれたのは、愁水くん。
おれが今ここにいる理由は、愁水くん。
お姉ちゃんがおれを抱き締めてくれてるのも、愁水くんがおれを助けてくれたから。
愁水くん。
年上のお兄さん。
多分、この人はお姉ちゃんのことが好き。
それ以外は、良くわからない。
何で、愁水くんにとっておれを助けるのは当たり前なんだろう。
何で、どうして。
愁水くんの、普通って、何?
それがどうしても知りたくなって――だから、もっと生きたくなった。
それは、おれの世界が確かに変わり始めた瞬間で。
ねえ、愁水くん。
ううん――。
◆
「愁ちゃんっ!」
おれがそう呼ぶと、愁水くん、ううん、愁ちゃんはいつも思いっ切り眉間に皺を寄せる。
愁ちゃんが毎朝メタボと合法ショタなおじいちゃんの二人にご飯食べに行こうと絡まれてるから、おれも便乗して愁ちゃんの部屋に遊びに来るようになったら物凄く嫌そうな顔をされた。
「あ、愁ちゃんってば今日も目つきが失礼! ヤダ、こんな絶世の美少年捕まえといてー」
「誰が?? 誰を?? なあオイ、おまえ他にもっといるだろ。何でよりにもよってここにパーティインしてくんだよ。やめろよ面倒だし教育に悪いから」
「あ、バッカスバッカス。今日ファミレス行くんならおれ、お子様ランチの旗あげちゃうよん」
「マジで!? さすがカエちゃん……キッズメニューに手を出せない大人の希望の星じゃん!?」
「おいコラそんなもんで懐柔されんなデブ」
そう言って愁ちゃんは、露骨に頭を抱える。
もう一人のメシトモことオリーヴくんは、既にどこかで買ってきたらしいホットスナックを愁ちゃんの部屋の前でもりもり立ち食いしていた。気が早いな。
そうしておれたちが愁ちゃんを攫う形で辿り着いたファミレスで、店員さんに『おタバコはお吸いになりますか?』なんて定番の質問をされた時。
愁ちゃんは、口を開きかけ、はっとしたようにおれを見て、数秒心底苦しそうに額を押さえて葛藤したのち。
「……き、禁煙席で……」
――そんなんだからおれみたいなガキンチョにまとわりつかれんだよ、愁ちゃん。
◆
teller:ピアス=トゥインクル
わいわいと出かけた馬鹿スたちを見かけたレイアちゃんが、ふとアタシに言った。
「なんか最近、あの四人いつも一緒に居ますねー、姐さん」
「確かに。毎日毎日飽きもせず、ね」
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