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第四話『さあ、手負いの獣とダンスを』
その2 恋敵は『死』だった。
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★第四話『さあ、手負いの獣とダンスを』
その2 恋敵は『死』だった。
teller:New fighter
乱れたベッドのシーツ、横たわるあいつの華奢な身体、散らばる長い髪、俺が絞めている、月明かりに照らされた白い喉の感触。
俺の喉とは全然ちげえんだな、こいつは『オンナ』なんだな、と、どこか冷静な自分も居れば、この女を今すぐ泣くほど酷い目に遭わせてしまいたいという攻撃的な感情に身を任せてしまいたくなる自分も居た。
女は抵抗しなかった。
ただ、ぼんやりとした瞳で俺を見つめていた。
俺は初めてこいつの姿を見た時から、大人たちが俺とこいつを引き合わせた時から、こいつのこの生気のない瞳が大嫌いだった。
女は泣き声一つ上げない。
俺がこんなにも酷いことをしているってのに、俺にたった今殺されかけているってのに。
むしろ既に死んでるんじゃねえかって不安が一瞬過ぎった。
俺は確かにこいつに触れているけど、こいつだけを瞳に映しているけど、こいつは俺を見ていない。
俺と共に居るのに、俺の存在を認識していない。
そのことに苛立ちが加速して、どうしようもない程の加虐心が俺を支配する。
首を絞めるだけじゃ駄目だ。
もっと、もっとこいつの感情を呼び起こすんだ。
こいつが抵抗してくれるくらい。
泣き叫ぶ声でもいい、こいつが俺の名前を呼んでくれるくらい、俺に触れてくれるくらい、ひどいことをしたかった。
後はもう、俺の悪い頭じゃ下衆な考えしか浮かんで来ない。
今、俺たちが居るのはベッドの上で、俺は男で、こいつは女で。
わかんねえけど。
そういうの、したことねえけど。
知識すら割と漠然としてるけど、俺はこいつを――。
「……て……」
ふと、こいつの小さな頼りない手が俺の無駄にでかく骨ばった手に触れた。
初めてこいつからまともに触れられて、こいつから行動を起こされて、俺は多分、驚いたと思う。
声が聴こえた気がした。
多分だけど、『て』だ。
『やめて』ってことか。
首を絞める力を緩めて、顔を近付ける。
こいつの声を聞き逃さねえように。
女は静かに泣いていた。
初めてこいつの人間的な感情を見られた気がして俺は確かに、高揚した。
今唇を重ねたら、どれだけ気持ち良いのだろう。
そんなこと、したことねえけど。
だけど、俺の昂った気持ちは、こいつの言葉に凄絶に冷やされた。
「おねがい……ころして……」
「……は」
今度こそ、まともに驚いた。
やたらと響きだけは綺麗な声で紡がれた言葉は、俺の理解の範疇を超えていた。
力の抜けた俺の首裏に、女の両腕が回る。
優しい力で抱き寄せられ、女の声が俺の耳に届いた。
「ぼくは、きみにころされたい……」
その言葉は、その願いは。
毒のように、蜜のように、俺の心に浸透していった。
それは、きっと、今も同じだ。
◆
――俺の一日の終わりにも、始まりにも、ずっと、傍に一人の女が居る。
「……ん……」
カーテンから差し込む陽射しが眩しく、忌々しく、俺は軽くイライラしながら目を開けた。
俺が抱き枕にしている女はとっくに俺より先に目覚めていたようで、俺と目が合った瞬間、とても幸せそうに微笑む。
「おはよ、安澄」
「……はよ」
俺の名を呼ぶこの女がほんとに生きてんのか不安になって、乱暴に抱き寄せる。
ほっせー身体。
病人みてえ。
まあこいつはある意味、心のビョーキか。
至近距離で感じる体温に、弱々しいこいつの心臓の鼓動に、ようやく、どうしようもなく安心する。
なんて言葉は、絶対に口に出せないけど。
それこそ、最後の最後まで。
でっけー欠伸をして起き上がると、女も一緒に起き上がった。
俺の所為でろくに手入れもされてないけど、透き通るような白金色の長い髪、今にも掻き消えてしまいそうな、儚げな美貌。
こいつの名前はリーザ=ブルーム。
俺――安澄=ジョンストーンの、サポーターだ。
「ちょっと寝坊しちゃったね。朝ごはん、食べる?」
控えめに首を傾げるリーザを俺はじろ、と睨みつける。
「いらねえ。くっそ嫌な夢見たから食欲ねえ」
「だめだよ、ちゃんと食べなきゃ」
「テメェのせいだろ」
「ぼくのせいか。なら、仕方ないね」
「……クソが」
そうだ、こいつが悪い。
こいつが――俺に『殺して』と、初めて言った時の夢を見たのが、全部悪い。
胃の中がぐるぐるして、ひっくり返そうだ。
今食ったら、ぜってー吐く。
ああくそ、ムカつく。
リーザの髪を力任せに引っ掴むと、簡単にこいつの弱い身体は俺の方に倒れ込む。
それでも悲鳴一つ上げず、俺に微笑みかけてくるこの女が、ムカつく。
抱き寄せるのは、今日で何度目だろうか。
がぶ、と強くリーザの首筋に噛み付き、歯を突き立てる。
それでもリーザは抵抗しない。
それどころか、俺を抱き締め返して、俺の頭を撫でている。
犬歯がリーザの白い肌を突き破る。
血の味が、口内に滲む。
食欲はねえけど、この味は、リーザの味は、俺だけが知ってる味は、多分、好きだ。
俺は――安澄=ジョンストーンという存在は、ビッグバンダーのファイターとして戦う為だけに人工的に造られた。
ファイター被験者って、大人どもは俺を呼んでた気がする、多分。
あんま覚えてねえけど、思い出したくもないけど。
そんで今は、第44地区の代表ファイターらしい。
リーザが言ってた。
俺は良くわかんねえ。
なんかテキトーに敵倒してたらこうなってた。
乗ってるビッグバンダーは、すげえいっぱいある腕で戦うビッグバンダー『タルタロス』。
多機能性ビッグバンダーなんだってリーザは言ってた。
俺は敵を倒せりゃそれでいいから、あんま気にしたことない。
とにかく戦うことだけ教え込まれて、まともな知識とか、常識とか、愛情とか、誰も教えてくれなくて。
なのにこんな俺にもバトル・ロボイヤルの大会の決まり上、サポーターという存在は必要らしく、五年前に俺にはじょーそーぶ、とやらから同い年のリーザが宛がわれた。
最初はこいつの髪もそこそこ綺麗だったな、とぼんやり思い出す。
俺なんかに『よろしくね』、だなんて微笑むこいつにどう接したらいいかも、何を感じるのが正解なのかも、やっぱり誰も教えてはくれなかった。
おんなじ空間でこの女と生活することを義務付けられて、この女は俺の世話をやたらと、うざいくらいに焼いてきた。
ほぼドーブツ同然だった俺に、それなりの知識を与えてくれたのも、リーザだった。
でも、常識は与えてはくれなかった。
昔、そうだ、俺がさっきまで夢で見ていたあの日、リーザと過ごして一年くらいは経ったあの日。
俺は無性にイライラして、全部壊して、全部めちゃくちゃにしてしまいたくなった。
こんな傷害衝動を抱えているのは、俺が戦うことしか知らないせいだ。
ほんとのところはわかんねーけど。
とにかくこの苛立ちを何でもいいからぶつけたくて、俺は部屋中の家具を壊しまくった。
そしてその苛立ちの矛先は、すぐ傍で俺を止めもせずにぼんやり一連の出来事を眺めていたリーザにも向けられた。
初めてこいつをベッドに乱暴に押し倒して、首を思いっ切り絞めた。
なのにこいつは、恍惚とした表情で、涙を流しながら俺に『殺されたい』と馬鹿みたいなことを言ってのけたんだ。
ずっと形式的な笑顔と態度で俺に接してきたリーザが自分のまともな意思を、願いを、感情を、俺に向けてきたのは、あの時が初めてだった。
その日から、リーザはずっと俺の『所有物』だ。
毎日おんなじベッドで、こいつを抱き枕にして寝ないと落ち着かなかった。
でも、性的な関係は一度たりとも結んでない、キスすらしてない。
してえけど、俺が無理矢理押し倒してもこいつは受け入れてくれんだろうな、そしてそれはこいつの心からの意思じゃねえんだよなって思ったら、なんか、やだった。
コイビトじゃねえけど、俺はコイビトに多分なりてえんだけど、俺たちの関係はひどく歪だ。
骨が折れそうなくらい抱き締めれば、ムカついた時にこいつの髪を切り刻めば、首を絞めれば、こうやって噛み付いて血液を啜れば、こいつは凄く嬉しそうに笑う。
俺の手で殺されたいのだと、早く死んでしまいたいのだと、泣きそうなくらい幸せな顔で言う。
――でも、こいつが死にたいと願ったとしても、俺は、俺だけは、こいつに。
「ふふ、安澄、吸血鬼みたいだね」
俺の口から滴るリーザの赤を見て、リーザがくすくす笑う。
ぺろ、と自分の唇を舐める。
鉄の味がする。
好きな味だけど、今はこんなんじゃなくてこいつとキスがしてえな、とちょっと思った。
したことねえけど、どんな感触か、とか良くわかんねーけど。
離れたくなくてリーザを強く抱き締める俺に、リーザがすり寄ってくる。
ああ、本当。
絵面だけ見ると、コイビトみてえ。
何でコイビトじゃねえんだろ。
なれって言ったらなってくれんのかな。
わかんねえ。
だって誰もレンアイについて正しいことを、俺には教えてくんなかっただろ。
「お願い、安澄。早くぼくを惨たらしく殺して。今すぐこの血を、全部飲み干してくれても、構わないから」
「……バトル・ロボイヤルとかそういうの、全部終わったらな」
「うん、嬉しい。楽しみにしてる。ありがとう、安澄」
こんなこと、言いたくねえのにな。
何で俺たち、こうなんだろ。
リーザが俺を抱き締めてくれる。
その温もりも、リーザの甘い匂いも、全部大好きなのに、大切なのに、近くにリーザが居てくれんのに、何だか悲しくて泣きたくなった。
リーザは優しいようで全然優しくない。
だって、俺が約束通りバトル・ロボイヤルが終わってリーザを殺したら、俺は世界に一人きりになっちまうのに、リーザは俺のこと、全然考えてない。
なあ、何でそんなに死にてえんだよ、俺はおまえのこと、何一つ知らねえんだよ、わかってやれてねえんだよ、おまえのこと、ちゃんとわかりたいんだよ。
俺と一緒じゃだめだったのか、俺と一緒に居た五年間は、少しもおまえの救いにならなかったのか。
おまえが俺に『殺してくれ』と初めて言ったあの日。
俺が――おまえと、一緒に生きたいって願ったと知ったら。
こいつはきっと、初めて俺にはっきりと失望するんだろう。
やだな、リーザに嫌われたくねえな。
でも一緒にいてえな。
その為には、殺すしかねえのかな。
嫌だな。
こんなに好きなのに、愛してるのに、もっときれいな、大切な意味で俺のモノにしてえのに。
今日も俺の想いは、リーザに何一つとして届かない。
それはきっと、これからも、ずっと。
その2 恋敵は『死』だった。
teller:New fighter
乱れたベッドのシーツ、横たわるあいつの華奢な身体、散らばる長い髪、俺が絞めている、月明かりに照らされた白い喉の感触。
俺の喉とは全然ちげえんだな、こいつは『オンナ』なんだな、と、どこか冷静な自分も居れば、この女を今すぐ泣くほど酷い目に遭わせてしまいたいという攻撃的な感情に身を任せてしまいたくなる自分も居た。
女は抵抗しなかった。
ただ、ぼんやりとした瞳で俺を見つめていた。
俺は初めてこいつの姿を見た時から、大人たちが俺とこいつを引き合わせた時から、こいつのこの生気のない瞳が大嫌いだった。
女は泣き声一つ上げない。
俺がこんなにも酷いことをしているってのに、俺にたった今殺されかけているってのに。
むしろ既に死んでるんじゃねえかって不安が一瞬過ぎった。
俺は確かにこいつに触れているけど、こいつだけを瞳に映しているけど、こいつは俺を見ていない。
俺と共に居るのに、俺の存在を認識していない。
そのことに苛立ちが加速して、どうしようもない程の加虐心が俺を支配する。
首を絞めるだけじゃ駄目だ。
もっと、もっとこいつの感情を呼び起こすんだ。
こいつが抵抗してくれるくらい。
泣き叫ぶ声でもいい、こいつが俺の名前を呼んでくれるくらい、俺に触れてくれるくらい、ひどいことをしたかった。
後はもう、俺の悪い頭じゃ下衆な考えしか浮かんで来ない。
今、俺たちが居るのはベッドの上で、俺は男で、こいつは女で。
わかんねえけど。
そういうの、したことねえけど。
知識すら割と漠然としてるけど、俺はこいつを――。
「……て……」
ふと、こいつの小さな頼りない手が俺の無駄にでかく骨ばった手に触れた。
初めてこいつからまともに触れられて、こいつから行動を起こされて、俺は多分、驚いたと思う。
声が聴こえた気がした。
多分だけど、『て』だ。
『やめて』ってことか。
首を絞める力を緩めて、顔を近付ける。
こいつの声を聞き逃さねえように。
女は静かに泣いていた。
初めてこいつの人間的な感情を見られた気がして俺は確かに、高揚した。
今唇を重ねたら、どれだけ気持ち良いのだろう。
そんなこと、したことねえけど。
だけど、俺の昂った気持ちは、こいつの言葉に凄絶に冷やされた。
「おねがい……ころして……」
「……は」
今度こそ、まともに驚いた。
やたらと響きだけは綺麗な声で紡がれた言葉は、俺の理解の範疇を超えていた。
力の抜けた俺の首裏に、女の両腕が回る。
優しい力で抱き寄せられ、女の声が俺の耳に届いた。
「ぼくは、きみにころされたい……」
その言葉は、その願いは。
毒のように、蜜のように、俺の心に浸透していった。
それは、きっと、今も同じだ。
◆
――俺の一日の終わりにも、始まりにも、ずっと、傍に一人の女が居る。
「……ん……」
カーテンから差し込む陽射しが眩しく、忌々しく、俺は軽くイライラしながら目を開けた。
俺が抱き枕にしている女はとっくに俺より先に目覚めていたようで、俺と目が合った瞬間、とても幸せそうに微笑む。
「おはよ、安澄」
「……はよ」
俺の名を呼ぶこの女がほんとに生きてんのか不安になって、乱暴に抱き寄せる。
ほっせー身体。
病人みてえ。
まあこいつはある意味、心のビョーキか。
至近距離で感じる体温に、弱々しいこいつの心臓の鼓動に、ようやく、どうしようもなく安心する。
なんて言葉は、絶対に口に出せないけど。
それこそ、最後の最後まで。
でっけー欠伸をして起き上がると、女も一緒に起き上がった。
俺の所為でろくに手入れもされてないけど、透き通るような白金色の長い髪、今にも掻き消えてしまいそうな、儚げな美貌。
こいつの名前はリーザ=ブルーム。
俺――安澄=ジョンストーンの、サポーターだ。
「ちょっと寝坊しちゃったね。朝ごはん、食べる?」
控えめに首を傾げるリーザを俺はじろ、と睨みつける。
「いらねえ。くっそ嫌な夢見たから食欲ねえ」
「だめだよ、ちゃんと食べなきゃ」
「テメェのせいだろ」
「ぼくのせいか。なら、仕方ないね」
「……クソが」
そうだ、こいつが悪い。
こいつが――俺に『殺して』と、初めて言った時の夢を見たのが、全部悪い。
胃の中がぐるぐるして、ひっくり返そうだ。
今食ったら、ぜってー吐く。
ああくそ、ムカつく。
リーザの髪を力任せに引っ掴むと、簡単にこいつの弱い身体は俺の方に倒れ込む。
それでも悲鳴一つ上げず、俺に微笑みかけてくるこの女が、ムカつく。
抱き寄せるのは、今日で何度目だろうか。
がぶ、と強くリーザの首筋に噛み付き、歯を突き立てる。
それでもリーザは抵抗しない。
それどころか、俺を抱き締め返して、俺の頭を撫でている。
犬歯がリーザの白い肌を突き破る。
血の味が、口内に滲む。
食欲はねえけど、この味は、リーザの味は、俺だけが知ってる味は、多分、好きだ。
俺は――安澄=ジョンストーンという存在は、ビッグバンダーのファイターとして戦う為だけに人工的に造られた。
ファイター被験者って、大人どもは俺を呼んでた気がする、多分。
あんま覚えてねえけど、思い出したくもないけど。
そんで今は、第44地区の代表ファイターらしい。
リーザが言ってた。
俺は良くわかんねえ。
なんかテキトーに敵倒してたらこうなってた。
乗ってるビッグバンダーは、すげえいっぱいある腕で戦うビッグバンダー『タルタロス』。
多機能性ビッグバンダーなんだってリーザは言ってた。
俺は敵を倒せりゃそれでいいから、あんま気にしたことない。
とにかく戦うことだけ教え込まれて、まともな知識とか、常識とか、愛情とか、誰も教えてくれなくて。
なのにこんな俺にもバトル・ロボイヤルの大会の決まり上、サポーターという存在は必要らしく、五年前に俺にはじょーそーぶ、とやらから同い年のリーザが宛がわれた。
最初はこいつの髪もそこそこ綺麗だったな、とぼんやり思い出す。
俺なんかに『よろしくね』、だなんて微笑むこいつにどう接したらいいかも、何を感じるのが正解なのかも、やっぱり誰も教えてはくれなかった。
おんなじ空間でこの女と生活することを義務付けられて、この女は俺の世話をやたらと、うざいくらいに焼いてきた。
ほぼドーブツ同然だった俺に、それなりの知識を与えてくれたのも、リーザだった。
でも、常識は与えてはくれなかった。
昔、そうだ、俺がさっきまで夢で見ていたあの日、リーザと過ごして一年くらいは経ったあの日。
俺は無性にイライラして、全部壊して、全部めちゃくちゃにしてしまいたくなった。
こんな傷害衝動を抱えているのは、俺が戦うことしか知らないせいだ。
ほんとのところはわかんねーけど。
とにかくこの苛立ちを何でもいいからぶつけたくて、俺は部屋中の家具を壊しまくった。
そしてその苛立ちの矛先は、すぐ傍で俺を止めもせずにぼんやり一連の出来事を眺めていたリーザにも向けられた。
初めてこいつをベッドに乱暴に押し倒して、首を思いっ切り絞めた。
なのにこいつは、恍惚とした表情で、涙を流しながら俺に『殺されたい』と馬鹿みたいなことを言ってのけたんだ。
ずっと形式的な笑顔と態度で俺に接してきたリーザが自分のまともな意思を、願いを、感情を、俺に向けてきたのは、あの時が初めてだった。
その日から、リーザはずっと俺の『所有物』だ。
毎日おんなじベッドで、こいつを抱き枕にして寝ないと落ち着かなかった。
でも、性的な関係は一度たりとも結んでない、キスすらしてない。
してえけど、俺が無理矢理押し倒してもこいつは受け入れてくれんだろうな、そしてそれはこいつの心からの意思じゃねえんだよなって思ったら、なんか、やだった。
コイビトじゃねえけど、俺はコイビトに多分なりてえんだけど、俺たちの関係はひどく歪だ。
骨が折れそうなくらい抱き締めれば、ムカついた時にこいつの髪を切り刻めば、首を絞めれば、こうやって噛み付いて血液を啜れば、こいつは凄く嬉しそうに笑う。
俺の手で殺されたいのだと、早く死んでしまいたいのだと、泣きそうなくらい幸せな顔で言う。
――でも、こいつが死にたいと願ったとしても、俺は、俺だけは、こいつに。
「ふふ、安澄、吸血鬼みたいだね」
俺の口から滴るリーザの赤を見て、リーザがくすくす笑う。
ぺろ、と自分の唇を舐める。
鉄の味がする。
好きな味だけど、今はこんなんじゃなくてこいつとキスがしてえな、とちょっと思った。
したことねえけど、どんな感触か、とか良くわかんねーけど。
離れたくなくてリーザを強く抱き締める俺に、リーザがすり寄ってくる。
ああ、本当。
絵面だけ見ると、コイビトみてえ。
何でコイビトじゃねえんだろ。
なれって言ったらなってくれんのかな。
わかんねえ。
だって誰もレンアイについて正しいことを、俺には教えてくんなかっただろ。
「お願い、安澄。早くぼくを惨たらしく殺して。今すぐこの血を、全部飲み干してくれても、構わないから」
「……バトル・ロボイヤルとかそういうの、全部終わったらな」
「うん、嬉しい。楽しみにしてる。ありがとう、安澄」
こんなこと、言いたくねえのにな。
何で俺たち、こうなんだろ。
リーザが俺を抱き締めてくれる。
その温もりも、リーザの甘い匂いも、全部大好きなのに、大切なのに、近くにリーザが居てくれんのに、何だか悲しくて泣きたくなった。
リーザは優しいようで全然優しくない。
だって、俺が約束通りバトル・ロボイヤルが終わってリーザを殺したら、俺は世界に一人きりになっちまうのに、リーザは俺のこと、全然考えてない。
なあ、何でそんなに死にてえんだよ、俺はおまえのこと、何一つ知らねえんだよ、わかってやれてねえんだよ、おまえのこと、ちゃんとわかりたいんだよ。
俺と一緒じゃだめだったのか、俺と一緒に居た五年間は、少しもおまえの救いにならなかったのか。
おまえが俺に『殺してくれ』と初めて言ったあの日。
俺が――おまえと、一緒に生きたいって願ったと知ったら。
こいつはきっと、初めて俺にはっきりと失望するんだろう。
やだな、リーザに嫌われたくねえな。
でも一緒にいてえな。
その為には、殺すしかねえのかな。
嫌だな。
こんなに好きなのに、愛してるのに、もっときれいな、大切な意味で俺のモノにしてえのに。
今日も俺の想いは、リーザに何一つとして届かない。
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