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第四話『さあ、手負いの獣とダンスを』
その8 きっとその隠し味を知っている
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★第四話『さあ、手負いの獣とダンスを』
その8 きっとその隠し味を知っている
teller:バッカス=リュボフ
「……おなか、すいたぁ……」
食に割く時間を削ってまでの連日の任務漬け。
いよいよ、おれの空腹度合いに限界が来てしまったようだ。
寝逃げしようと思ってぐちゃぐちゃのベッドで丸くなるが、それでも腹の虫はぐーぐーうるさい。
まるでいびきみたいだ。
空腹のあまり眠気は全く来ないくせに。
お金なら貯まってきた。
もう少し、もう少しで最新ゲーム機と竜樹くんが紹介してくれた、ティーンエイジャーに流行りの『マガツ・ナーサリィライム』とかいうゲームソフトを買える。
でもこのままじゃ先におれが倒れてしまう。
もう倒れてるけど。
ということは、そろそろ死んでしまう。餓死してしまう。
どうしよう。お腹空きすぎて動けない。
それに、ここで我慢できなくていつものノリで食事を始めたらタガが外れてお金がすっからかんになりそうで怖い。
我慢しなきゃ、我慢しなきゃ。ティーンエイジャーと、若者と仲良くなるんだ。
楽しく生きるんだ。生きる為に死にかけるんだ。
「ひっどい顔。美しさの欠片もないわね」
呆れたような声が降って来て、おれは掛け布団からのそ、と顔だけ出す。
そこには普段は下ろしている赤髪を珍しく高い位置のポニーテールに括ったピアスが立っていて、おれを見下ろしていた。
「ピアス……どったの……?」
何か用事か、と訊こうとした声は自分でもびっくりするくらい弱々しくて。
自分が予想以上に衰弱していることにショックを受けていると、ピアスはますます呆れたように長い溜息を吐き出した。
それからピアスは、ことり、とベッドサイドに何かを置く。
「……はい、これ。あげる」
何かと思って、死にかけの身体に鞭を打って上体だけでも起こそうとする。
その時、気付いた。
良い匂いがする。
卵……チーズ? ベーコン? え? おいしそう。これ絶対おいしいやつ。
その匂いをはっきり認識した瞬間、おれは先ほどまでの瀕死モードが嘘のようにガバリと勢い良くベッドから這い出た。
「カルボナーラだー!!」
「カルボナーラです」
「え、手作り!? ピアスの手作り!?」
「手作りです。有難く思ってください」
「え、食べて良いの!? マジで!?」
「どうぞ。お代は要りません。貸し一個、ではあるけどね」
「やったー!! ありがとー!! いただきまーす!!」
おれはパスタの乗った大皿とサラダが乗った小皿の前でぱちんと両手を合わせるとガツガツと堪能するようにパスタを食べ始める。
ああ、おれ、今ごはん食べてる。生きてる。
良かった、ちゃんと生きてるよ、おれ。しあわせ。
卵がとろとろしてる。
ベーコンの食感最高だしチーズの香りが凄く良いからこれ高いチーズだなさては。
「おいしい……しあわせ……ごはんだ……」
おれが半分泣きながら有難く有難くパスタを、勿論サラダも噛み締めて食べていると、ピアスがぽつりと言った。
「……最近、珍しく、頑張ってるみたいだから」
「へ? ゲーム買いたいから任務バリバリやってること?」
「そ。あんたが食事制限してまで時間割くってよっぽどでしょ」
「んー……だって、せっかく寮生活だし、楽しそうなことなら何でもやっときたいんだよなあ。その為なら頑張るぜ、おれ! このピアスの手料理パワーで、もうちょっと頑張れそう! ありがと!」
「あらそ。それはどーも」
くすっとピアスが綺麗に笑って、括っていた髪をしゅるりと解く。
なるほど、料理してたからポニーテールにしてたのか。
ピアスはどんな髪型も似合うなあ、うんうん美人美人。
「……なんか、ピアスの手料理って久々。健康管理表とかは作ってくれるけど、ピアスってあんまりおれにごはん作ってくれないよね?」
おれがそう訊ねると、さっきまで柔らかめな雰囲気だったピアスが露骨に眉間に皺を寄せる。剣呑な雰囲気ってやつだ。
やべ、まずい質問しちゃったかな。
焦りつつも、パスタを食べる手は止めない。
美味しいし。ハッピーだし。
「……昔、あんたが喜ぶからって親切心で何かと料理作ってあげてたけど、あんた何でもかんでも『美味い美味い』ってボキャ貧な感想しか言わないから試しにヤモリ入れた料理出してみたら反応が変わらず幸せそうだったからアホらしくてやめた」
「え、食レポ下手でごめん……ヤモリおいしかったよ……?」
「そういうんじゃないのよ、そういうんじゃ」
ピアスが大袈裟なくらい項垂れて、これまた大袈裟なくらい大きな溜息を吐き出す。幸せ逃げちゃうぞ。
そうして、きょとんとしているおれの隣に座り、頬杖をつくようにおれを見てピアスは言った。
「……今日みたいなのは特別サービスだから。頑張るのはいいことだけど無理すんじゃないわよ。大体、あんたの場合アタシ作の健康管理表守って、無駄遣いもしない範囲で食事してればお金なんてどうとでもなるんだから」
「…………善処します」
「善処の域なんか求めてないのよ。そこは頷いて即答して従いなさいよ。あとせめて目を見て言いなさい目を見て」
ぺし、と頭をはたかれる。
ギリギリごはんを噴き出さずに済む程度の力加減。
うん、なんか、今日ピアス優しい。
勿論いつも優しいけど。
「……ほんっと、馬鹿なんだから」
優しいね、ありがとう、ってからかい混じりに言おうと思ったのに。
そんな本当に穏やかな顔でそんなことを言われたら、なんか、胸がいっぱいになるくらい嬉しくて。
おれの心からの『ありがとう』は『ごちそうさま』で伝えようと、おれはいつもより丁寧な所作で食事を進めたのだった。
その8 きっとその隠し味を知っている
teller:バッカス=リュボフ
「……おなか、すいたぁ……」
食に割く時間を削ってまでの連日の任務漬け。
いよいよ、おれの空腹度合いに限界が来てしまったようだ。
寝逃げしようと思ってぐちゃぐちゃのベッドで丸くなるが、それでも腹の虫はぐーぐーうるさい。
まるでいびきみたいだ。
空腹のあまり眠気は全く来ないくせに。
お金なら貯まってきた。
もう少し、もう少しで最新ゲーム機と竜樹くんが紹介してくれた、ティーンエイジャーに流行りの『マガツ・ナーサリィライム』とかいうゲームソフトを買える。
でもこのままじゃ先におれが倒れてしまう。
もう倒れてるけど。
ということは、そろそろ死んでしまう。餓死してしまう。
どうしよう。お腹空きすぎて動けない。
それに、ここで我慢できなくていつものノリで食事を始めたらタガが外れてお金がすっからかんになりそうで怖い。
我慢しなきゃ、我慢しなきゃ。ティーンエイジャーと、若者と仲良くなるんだ。
楽しく生きるんだ。生きる為に死にかけるんだ。
「ひっどい顔。美しさの欠片もないわね」
呆れたような声が降って来て、おれは掛け布団からのそ、と顔だけ出す。
そこには普段は下ろしている赤髪を珍しく高い位置のポニーテールに括ったピアスが立っていて、おれを見下ろしていた。
「ピアス……どったの……?」
何か用事か、と訊こうとした声は自分でもびっくりするくらい弱々しくて。
自分が予想以上に衰弱していることにショックを受けていると、ピアスはますます呆れたように長い溜息を吐き出した。
それからピアスは、ことり、とベッドサイドに何かを置く。
「……はい、これ。あげる」
何かと思って、死にかけの身体に鞭を打って上体だけでも起こそうとする。
その時、気付いた。
良い匂いがする。
卵……チーズ? ベーコン? え? おいしそう。これ絶対おいしいやつ。
その匂いをはっきり認識した瞬間、おれは先ほどまでの瀕死モードが嘘のようにガバリと勢い良くベッドから這い出た。
「カルボナーラだー!!」
「カルボナーラです」
「え、手作り!? ピアスの手作り!?」
「手作りです。有難く思ってください」
「え、食べて良いの!? マジで!?」
「どうぞ。お代は要りません。貸し一個、ではあるけどね」
「やったー!! ありがとー!! いただきまーす!!」
おれはパスタの乗った大皿とサラダが乗った小皿の前でぱちんと両手を合わせるとガツガツと堪能するようにパスタを食べ始める。
ああ、おれ、今ごはん食べてる。生きてる。
良かった、ちゃんと生きてるよ、おれ。しあわせ。
卵がとろとろしてる。
ベーコンの食感最高だしチーズの香りが凄く良いからこれ高いチーズだなさては。
「おいしい……しあわせ……ごはんだ……」
おれが半分泣きながら有難く有難くパスタを、勿論サラダも噛み締めて食べていると、ピアスがぽつりと言った。
「……最近、珍しく、頑張ってるみたいだから」
「へ? ゲーム買いたいから任務バリバリやってること?」
「そ。あんたが食事制限してまで時間割くってよっぽどでしょ」
「んー……だって、せっかく寮生活だし、楽しそうなことなら何でもやっときたいんだよなあ。その為なら頑張るぜ、おれ! このピアスの手料理パワーで、もうちょっと頑張れそう! ありがと!」
「あらそ。それはどーも」
くすっとピアスが綺麗に笑って、括っていた髪をしゅるりと解く。
なるほど、料理してたからポニーテールにしてたのか。
ピアスはどんな髪型も似合うなあ、うんうん美人美人。
「……なんか、ピアスの手料理って久々。健康管理表とかは作ってくれるけど、ピアスってあんまりおれにごはん作ってくれないよね?」
おれがそう訊ねると、さっきまで柔らかめな雰囲気だったピアスが露骨に眉間に皺を寄せる。剣呑な雰囲気ってやつだ。
やべ、まずい質問しちゃったかな。
焦りつつも、パスタを食べる手は止めない。
美味しいし。ハッピーだし。
「……昔、あんたが喜ぶからって親切心で何かと料理作ってあげてたけど、あんた何でもかんでも『美味い美味い』ってボキャ貧な感想しか言わないから試しにヤモリ入れた料理出してみたら反応が変わらず幸せそうだったからアホらしくてやめた」
「え、食レポ下手でごめん……ヤモリおいしかったよ……?」
「そういうんじゃないのよ、そういうんじゃ」
ピアスが大袈裟なくらい項垂れて、これまた大袈裟なくらい大きな溜息を吐き出す。幸せ逃げちゃうぞ。
そうして、きょとんとしているおれの隣に座り、頬杖をつくようにおれを見てピアスは言った。
「……今日みたいなのは特別サービスだから。頑張るのはいいことだけど無理すんじゃないわよ。大体、あんたの場合アタシ作の健康管理表守って、無駄遣いもしない範囲で食事してればお金なんてどうとでもなるんだから」
「…………善処します」
「善処の域なんか求めてないのよ。そこは頷いて即答して従いなさいよ。あとせめて目を見て言いなさい目を見て」
ぺし、と頭をはたかれる。
ギリギリごはんを噴き出さずに済む程度の力加減。
うん、なんか、今日ピアス優しい。
勿論いつも優しいけど。
「……ほんっと、馬鹿なんだから」
優しいね、ありがとう、ってからかい混じりに言おうと思ったのに。
そんな本当に穏やかな顔でそんなことを言われたら、なんか、胸がいっぱいになるくらい嬉しくて。
おれの心からの『ありがとう』は『ごちそうさま』で伝えようと、おれはいつもより丁寧な所作で食事を進めたのだった。
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