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第八話『ラブ&ピース』
その 1 残酷なはんぶんこ
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★第八話『ラブ&ピース』
その 1 残酷なはんぶんこ
teller:New fighter
はんぶんになろう。
はんぶんの、約束をしよう。
どっちかが悲しいときは、どっちかが笑っていよう。
楽しいのも、苦しいのも、ぜんぶぜんぶ、ふたりで分け合おう、はんぶんこしよう。
そうすれば、俺たちはきっと大丈夫だから。
ふたりでいれば、怖いことなんて何もないから。
だから、ずっとずっと、ふたりで一緒にいよう。
――約束、だよ。
◆
「すず」
子どもの頃からずっと呼び続けている愛称を口にすると、そいつは、サイドテールをぴょこんと揺らし、目を丸くして俺を見上げた。
昔と変わらない、無垢な表情。
こいつは、俺と違って、多くの人間に囲まれる、優しいやつだから。
明るく、笑えるやつだから。
――俺のぶんまで、笑ってくれるやつだから。
「なあに? ゆーちゃんっ」
俺と目が合った瞬間、すずが――鈴芽=ホーリーランドがにぱっと無邪気に笑った。
どこまでも明るい、善意と好意だけで構成された笑顔。
昼食時だからか、口元に何かのソースが付着している。
拭いてやろうかとも思ったが、だめだった。
俺にはこいつに触れる権利がないことを、何とか思い出して。
伸ばした手を、引っ込めてしまった。
『ゆーちゃん』。
すずだけが口にする、俺の、柚葉=シェリンガムの愛称。
子どもっぽいから今となってはあまり好きではない呼び名なのだが、嬉しそうにこの呼び名を口にするすずを見ていると、俺は何も言えなくなってしまう。
今日もその笑顔に絆されるのが嫌で、すずから目を逸らして、俺はちょっと素っ気なく言った。
「……今日、遅くなる」
「はーい! 了解っ! ごはんどうする?」
「……要らない。……伝えたからな」
「うん、ありがとう、ゆーちゃん!」
業務連絡のような淡々とした俺の態度と違って、すずは終始弾んだ声を上げていた。
去り際にちらりとすずの方を振り返れば、すずはまっすぐな目で空を仰いでいた。
どこまでも、楽しそうに。
俺とすずは、ほとんど生まれた時から一緒の、同い年の幼馴染だ。
家族ぐるみで仲が良くて、子どもの頃は毎日二人で遊んでいた。
あの頃の俺は、すずとのあの時間が、優しい時間が、ずっと続けばいい、すずとずっと一緒に居たい、だなんて馬鹿みたいな幻想を抱いていた。
実際、すずは今も俺の隣に居てくれているが――俺が、あの頃と変わってしまった。
俺が、俺の大切な人を、姉さんを喪ったあの日から。
すずが両親を喪い、独りぼっちになってしまったあの日から、ずっと。
眉間に皺が寄るのがわかる。
嫌なことを思い出した。
『あの男』の手を取った姉さん、『大丈夫だよ』と俺に笑いかける姉さん。
何も大丈夫なわけがなかった、すぐにあの男から離れてほしかった。
なのに、幼かった俺は何も言えなかった。
あの時、もっと必死に引き留めていれば――姉さんは今も生きていて、すずも、一人にならずに済んで、きっとすずは本当の意味で笑えている筈なんだ。
俺の、所為なんだ。
ぎゅ、と手のひらに爪を立てる。
今の俺は――セカンドアース第90地区の正式な代表ファイター。
カーバンクル寮に暮らす戦士の一人。
柚葉=シェリンガム、17歳。
搭乗機体は大鎌を武器に戦う重量級ビッグバンダー『ティーシポネー』。
名前の意味は確か、復讐の女神。
なるほど、確かに。
今の俺には、お似合いの名前だ。
俺がファイターになったのは、セカンドアースの治安を良くしたいから、だとか、アンノウンから人々を守りたい、だとか、そんなご立派な理由じゃない。
ただ――ファイターになれば、俺とすずから幸せを奪った『あの男』に必ず道は通じているからだ。
だって俺は、あの男を知っている。
あの男を、覚えている。
許さない、許せない。
俺から大切な存在を奪い、すずを孤独にしたあの男を、俺は必ず、この手で殺してやると決めている。
この復讐だけは、果たしてみせる。
復讐を果たすと決めた時から、俺は笑い方を忘れたかもしれない。
ただただ、身を焦がすような怒りに、怨みに、自分を任せるようになった。
すずは、今も俺の一番近くで、隣で笑っている。
俺のサポーターに立候補もしてくれて、一応は一緒に戦ってくれている。
だけど。
それはきっと、俺とすずが子どもの頃に交わした『はんぶんの約束』があるからなんだ。
幼い俺なりのプロポーズのつもりだった。
今思えば、呪いのような約束。
俺が笑わないから、すずが俺のぶんまで笑っている。
俺が人を許せないから、すずがそのぶん優しくなっている。
すずは、それでいいのだろうか。
すずだって俺が抱えるような、どうしようもなく許せない気持ちや、どうしようもなく悲しい気持ちを、本当は抱えているんじゃないのか。
無理しているんじゃないのか。
自分を押し殺しているんじゃないのか。
俺の所為で――すずは、もう幸せになれないんじゃないのか。
考えれば考えるほど、俺たちはきっと一緒に居ない方がいいのだと痛感させられる。
それでも、すずは、すずだけは、手放したくなくて、離れたくなんかなくて。
すずを誰よりも幸せにしたい筈なのに、俺はずっと自分の意義を、理由を、復讐という事柄に見出してしまっている。
すずではないものを、自分の存在理由にしている。
どうしようもなく間違った道に迷い込んでいる筈なのに――それでもすずが、笑顔でついてきてくれるから。
だから、俺も歩むことをやめられないんだ。
すずの手をしっかり握って、繋ぎ止める勇気すら、もうないくせに。
その 1 残酷なはんぶんこ
teller:New fighter
はんぶんになろう。
はんぶんの、約束をしよう。
どっちかが悲しいときは、どっちかが笑っていよう。
楽しいのも、苦しいのも、ぜんぶぜんぶ、ふたりで分け合おう、はんぶんこしよう。
そうすれば、俺たちはきっと大丈夫だから。
ふたりでいれば、怖いことなんて何もないから。
だから、ずっとずっと、ふたりで一緒にいよう。
――約束、だよ。
◆
「すず」
子どもの頃からずっと呼び続けている愛称を口にすると、そいつは、サイドテールをぴょこんと揺らし、目を丸くして俺を見上げた。
昔と変わらない、無垢な表情。
こいつは、俺と違って、多くの人間に囲まれる、優しいやつだから。
明るく、笑えるやつだから。
――俺のぶんまで、笑ってくれるやつだから。
「なあに? ゆーちゃんっ」
俺と目が合った瞬間、すずが――鈴芽=ホーリーランドがにぱっと無邪気に笑った。
どこまでも明るい、善意と好意だけで構成された笑顔。
昼食時だからか、口元に何かのソースが付着している。
拭いてやろうかとも思ったが、だめだった。
俺にはこいつに触れる権利がないことを、何とか思い出して。
伸ばした手を、引っ込めてしまった。
『ゆーちゃん』。
すずだけが口にする、俺の、柚葉=シェリンガムの愛称。
子どもっぽいから今となってはあまり好きではない呼び名なのだが、嬉しそうにこの呼び名を口にするすずを見ていると、俺は何も言えなくなってしまう。
今日もその笑顔に絆されるのが嫌で、すずから目を逸らして、俺はちょっと素っ気なく言った。
「……今日、遅くなる」
「はーい! 了解っ! ごはんどうする?」
「……要らない。……伝えたからな」
「うん、ありがとう、ゆーちゃん!」
業務連絡のような淡々とした俺の態度と違って、すずは終始弾んだ声を上げていた。
去り際にちらりとすずの方を振り返れば、すずはまっすぐな目で空を仰いでいた。
どこまでも、楽しそうに。
俺とすずは、ほとんど生まれた時から一緒の、同い年の幼馴染だ。
家族ぐるみで仲が良くて、子どもの頃は毎日二人で遊んでいた。
あの頃の俺は、すずとのあの時間が、優しい時間が、ずっと続けばいい、すずとずっと一緒に居たい、だなんて馬鹿みたいな幻想を抱いていた。
実際、すずは今も俺の隣に居てくれているが――俺が、あの頃と変わってしまった。
俺が、俺の大切な人を、姉さんを喪ったあの日から。
すずが両親を喪い、独りぼっちになってしまったあの日から、ずっと。
眉間に皺が寄るのがわかる。
嫌なことを思い出した。
『あの男』の手を取った姉さん、『大丈夫だよ』と俺に笑いかける姉さん。
何も大丈夫なわけがなかった、すぐにあの男から離れてほしかった。
なのに、幼かった俺は何も言えなかった。
あの時、もっと必死に引き留めていれば――姉さんは今も生きていて、すずも、一人にならずに済んで、きっとすずは本当の意味で笑えている筈なんだ。
俺の、所為なんだ。
ぎゅ、と手のひらに爪を立てる。
今の俺は――セカンドアース第90地区の正式な代表ファイター。
カーバンクル寮に暮らす戦士の一人。
柚葉=シェリンガム、17歳。
搭乗機体は大鎌を武器に戦う重量級ビッグバンダー『ティーシポネー』。
名前の意味は確か、復讐の女神。
なるほど、確かに。
今の俺には、お似合いの名前だ。
俺がファイターになったのは、セカンドアースの治安を良くしたいから、だとか、アンノウンから人々を守りたい、だとか、そんなご立派な理由じゃない。
ただ――ファイターになれば、俺とすずから幸せを奪った『あの男』に必ず道は通じているからだ。
だって俺は、あの男を知っている。
あの男を、覚えている。
許さない、許せない。
俺から大切な存在を奪い、すずを孤独にしたあの男を、俺は必ず、この手で殺してやると決めている。
この復讐だけは、果たしてみせる。
復讐を果たすと決めた時から、俺は笑い方を忘れたかもしれない。
ただただ、身を焦がすような怒りに、怨みに、自分を任せるようになった。
すずは、今も俺の一番近くで、隣で笑っている。
俺のサポーターに立候補もしてくれて、一応は一緒に戦ってくれている。
だけど。
それはきっと、俺とすずが子どもの頃に交わした『はんぶんの約束』があるからなんだ。
幼い俺なりのプロポーズのつもりだった。
今思えば、呪いのような約束。
俺が笑わないから、すずが俺のぶんまで笑っている。
俺が人を許せないから、すずがそのぶん優しくなっている。
すずは、それでいいのだろうか。
すずだって俺が抱えるような、どうしようもなく許せない気持ちや、どうしようもなく悲しい気持ちを、本当は抱えているんじゃないのか。
無理しているんじゃないのか。
自分を押し殺しているんじゃないのか。
俺の所為で――すずは、もう幸せになれないんじゃないのか。
考えれば考えるほど、俺たちはきっと一緒に居ない方がいいのだと痛感させられる。
それでも、すずは、すずだけは、手放したくなくて、離れたくなんかなくて。
すずを誰よりも幸せにしたい筈なのに、俺はずっと自分の意義を、理由を、復讐という事柄に見出してしまっている。
すずではないものを、自分の存在理由にしている。
どうしようもなく間違った道に迷い込んでいる筈なのに――それでもすずが、笑顔でついてきてくれるから。
だから、俺も歩むことをやめられないんだ。
すずの手をしっかり握って、繋ぎ止める勇気すら、もうないくせに。
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