熱血豪傑ビッグバンダー!

ハリエンジュ

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第八話『ラブ&ピース』

その4 大音量オルゴールが止まった日

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★第八話『ラブ&ピース』
その4 大音量オルゴールが止まった日


teller:バッカス=リュボフ


 毎朝恒例、ファミレスでいつもの四人で朝ごはんを食べている時。

 テーブルの上に置いていた電子端末が震えたので、煮込みうどんを啜っている手を止めて、おれは端末を握る。

 端末はすぐに目につく場所に、常に携帯するように。
 これは近頃のおれのやらかしの数々の結果ピアスに散々言い聞かされたことだ。渾身のハイキック付きで。

 だから最近はこうして気をつけているのである。おれ偉い。人類の進化の過程にいる。
 まだまだ成長期。アラサーの限界を超えろ。

 端末に報せが来たのはおれだけじゃなかったらしく、カエちゃんも愁ちゃんもオリーヴ氏も揃ってそれぞれ専用の端末を手にしている。

 画面には、臨時ニュースが映し出されていた。
 治安の悪さはお墨付きの我らが母星セカンドアースに数ある監獄から脱獄囚が出て、その何人かが、ここセントラルエリアに逃げ延びた可能性があるらしい。

 近隣住民への警告、警備強化やパトロール強化の通知。
 シフト制で我らバトル・ロボイヤル関係者も警備に駆り出されること。

「やだなぁ、物騒。大人がちゃーんと仕事しないからこんなことになるんだよねえ。いい迷惑!」

 カエちゃんが端末を裏返し、悪意たっぷりにそう言うと、フルーツを一粒口に放り込む。
 カエちゃんのその態度に、頬杖をついていた愁ちゃんが呆れたように眉をひそめた。

「おめー、全体的に大人ナメた発言ばっかだからちったぁ改めろよ。そういうの、自分が大人になってから自分の過去の発言に首締められんぞ」

「にゃーん、当たり前のようにおれが大人に育つ未来を確信してくれてる愁ちゃんがカエちゃんはラブだぜ!」

「ラブ言うな飛びつくな邪魔だわ、俺だってまだ朝飯食ってんだよ!」

 カエちゃんがいつものように全力で愁ちゃんに甘えに行くのを横目に、おれもうどんの残りを啜る。

 オリーヴ氏が顔を上げた。
 その目は、紅い目は、おれを映している。

「殺人鬼が、この街に居るかもしれないんだな」

「ん? そーね。物騒だなあ。早く捕まえんといかんねえ」

「……ああ、そうだな。見過ごせない」

 オリーヴ氏の言葉は強く、その声色もはっきりしている。
 まっすぐな目のまま、オリーヴ氏はまだ手を付けていなかったらしい海鮮丼とシーフードカレーの丼と皿を自分の方に引き寄せた。今日は魚介祭りの気分らしい。

 そんなオリーヴ氏も、いつも通りだ。
 最近にしては。

 そう、みんなみんないつも通り。

 カエちゃんが愁ちゃんに懐いているのも、どこか毒のあるカエちゃんを愁ちゃんが大人として嗜めるのも。
 愁ちゃんが大人であり続けるのも。
 最近のオリーヴ氏が、何か目標と信念のようなものを見つけた目をして、活き活きとしているのも。
 あれだけ死にたがってたオリーヴ氏が、今だけは生きることを考え始めているのも。

 おれが、そんな三人と一緒に居るのが楽しいのも愛しいのも、全部全部いつも通り。


 きっと今日みたいにこれからもこの街で何らかの事件は起きて、頑張っておれたちはそれらを解決してハッピーエンドを繰り返して、それでいつかは世界を巡ったバトル・ロボイヤルが始まる。

 流れるように日々は過ぎて、おれはのんびりとそれら全てを愛してゆっくりゆっくり、でも大股で、大好きな食べ物を腕いっぱいに抱えて歩いてく。

 そんな毎日が、ずっと続いて。

 続いて、どうする?

 なん、だろう。
 なんなんだろう。
 おれ、最近おかしい。

 いつから? わからない。
 でもきっと、徐々にだ。

 カーバンクル寮に来て、この三人と一緒に居るようになってから感じてきた積み重ねが、今になっていっぺんに来てる。

 前に愁ちゃんにはこう言われた。


『馬鹿スってよ……闘争心って、あんのか?』


 オリーヴ氏にはこう言われた。


『お前、自己犠牲は嫌いじゃなかったのか』


 ちょっとなら、気付いてたんだ。
 二人がおれに踏み込んできてくれてたって。

 でもその度におれはおどけて誤魔化してた。

 誤魔化すつもりはあの時はなかったけど、今はわかってしまった。あれは誤魔化しだ。

 二人の問いかけへのおれの答えも、わかった。わかっちゃったんだ。

 おれだけ、なんにもないんだよ。
 答えられないくらい、一貫したものがないくらい、おれ、からっぽだ。

 それでいいと思ってたけど、そうだとしても、それでよくても、おれはずっとからっぽのままなんだろう。

 おれは第29地区を背負っているファイター。

 ほどほどでいい。
 少しでもスラムだらけの故郷がマシになればそれでいいんだ。
 出来る限り勝てればいいんだ。
 みんなが美味しいごはん食べれる世界になる。それが、おれの全てで。

 ーーほんとに全て?

 今更突きつけられた『おれ』がおれを非難する。
 いつまでからっぽのままなんだ、いつまで楽して生きてるんだって。

 おれはずっと楽しく生きてるつもりだった。
 でも違う、おれ、楽してる。
 傷つかないようにしてる。

 全部愛していれば、全部受け入れられるから、そう生きようとしてて。

 色覚異常のおれの世界は、眼鏡を外せば赤色以外の色をなくす。
 おれの本当の世界は、灰色の虚無。
 
 世界は美しい。
 人生は素晴らしい。
 おれはこの世の全部を愛している。
 それがおれの生き方、だけど。

 ――世界の全部を本当の意味で見れてないくせに、おれはずっと薄っぺらい博愛を謳っている。

 カエちゃんも愁ちゃんもオリーヴ氏も、どこかをまっすぐに見てる。みんな、やりたいことがある。
 こうありたい生き方がある。

 ーーじゃあおれは、何がしたい?

 ハリボテでからっぽのおれが、おれを見失い始めている。

 生きている証が愛しかった。求めてた。

 食べ物も音楽も好きで、何かを愛さなきゃ生きていけなくて。

 でもそれって愛?
 生きる為に何かを愛してるの?
 愛を言い訳におれは生きてるの?

 おれは何も知らない、何もわかってない。
 未熟児みたいに世界に無知なおれは、身体だけデカいおれは、ここに来て自分の世界の狭さを知ってしまった。

 生きるの、好きだよ。
 でも同じくらい、生きてるフリをしてるよ。

 あれ。
 おれ、どこ。
 おれは、なんで、なんのために。

 どこまでが本心で、どこまでが自己暗示?
 過去に囚われる以前に、おれ、もしかしたら最初から。

 ーーあれ。
 なんで。
 なんで、なんで?
 
 ――ごはん、おいしくない。
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