熱血豪傑ビッグバンダー!

ハリエンジュ

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第八話『ラブ&ピース』

その5 退廃思春期セブンティーン

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★第八話『ラブ&ピース』
その5 退廃思春期セブンティーン


teller:柚葉ゆずは=シェリンガム


 寮を出ようとしたところで、俺のサポーターにしてそれ以前に、それ以上に俺にとっては大事な存在である、すずーー鈴芽すずめ=ホーリーランドと丁度鉢合わせた。

 軽く視線だけやって、そのまますずとすれ違おうとした。
 が、すずに明るく声をかけられてしまう。

「ゆーちゃん、どこかお出かけ?」

「……ああ」

 端的に、簡潔に、それだけ言う。
 出かけることだけ認めて、どこへ行くのか何をしに行くのかは伏せて。
 一度はすずに向けた目線をまた前方へ向けて早足で歩き出す俺の背中に、すずの声がぶつけられる。

 すずの声色は、やっぱり明るかった。
 曇りが一つとしてないくらい、晴れやかに澄んで弾んだ声。
 振り返らずとも、すずがいつもの無邪気な満面の笑顔を浮かべていることがわかる。

「そっか! 気をつけてね! 怪我しちゃだめだよ! あたし、ごはん作って待ってるからね!」

「…………ああ」

 返事だけは、した。
 だけど振り返らなかった。
 振り返れなかった。

 すずの笑顔を見れない。
 すずと目を合わせられない。

 だってすずがあそこまで明るい声を上げるということは、きっとめいっぱい笑っているだろうということは、つまり。
 すずから見て、俺はひどく憎しみに染まった顔をしている。
 俺たちは、『はんぶん』だから。

 こんな俺を、すずの内側に入れたくない。
 こんな俺を、すずは知らなくていい。
 俺の胸に燻る憎しみで、すずを穢すことは――俺が、許さない。

 歩幅を大きくし、歩く速度を上げる。
 ポケットから取り出した端末で、臨時ニュースを確認する。
 しつこいほどに流れる脱獄囚潜伏疑惑のニュース。
 凶悪な殺人鬼が逃げ出して、恐らくこの街に居る。
 そいつらが、俺とすずと同じ空気を吸っている。

 ーーあの男じゃないことは、わかる。
 俺とすずから何もかもを奪いすぎたあいつではないことは、わかる。

 だけど端末が、多くの殺人鬼の情報を嫌でも知らせてくる。
 凶悪快楽殺人鬼。
 生まれつき善意が芽生えなかった人間。
 人の命を奪う行為を、残虐な加害を、自らの娯楽と捉えてしまうタイプの人間。

 そいつに人生を狂わされた人間は多すぎるのだろう。
 俺とすずのように、大切なものが壊れてしまった者もいるのだろう。

 そう思うとーー許せなかった。

 ビッグバンダーと繋がるホイッスルを強く握り締める。
 俺たちにも警備は許されている。
 もしもの時の捕縛だって、討伐だって、俺にも。
 
 俺が向かう先は、俺が探し求めて行方を突き止めるつもりなのは、報道されている殺人鬼の居場所。

 目的は、制裁。

 だけど俺のこれは正義ではない。
 まっすぐな義憤ではない。
 ただの私情。
 自分勝手な理由にして、俺なりの自己防衛手段。

 ただ、憎らしい。
 許せない。
 この手で罰を与えないとこちらの気が狂ってしまいそうな程の嫌悪感があるからこそ、俺は原因を潰す為に、今こうして歩いている。

「うわ、こっえー顔」

 寮をいざ出るタイミングで、俺が纏っているであろう険しい空気とはまるで真逆の、軽く気の抜けたような声が聴こえた。

 目線だけやろうとして、驚いた。
 いつの間に近付いて来たのか。
 俺のほぼ真正面に、男が立っていた。

 茶髪にヘアピンを付けた、あちこちの装飾品が派手で軽薄そうな男。
 至近距離で俺を楽しそうに眺めるそいつの名前は知っていた。
 バトル・ロボイヤルの参加者情報、特にカーバンクル寮生の情報は端末で確認済みだ。

 こいつの名前は壱叶いちか=キッドマン。
 俺と同じ、17歳のファイターだ。

 壱叶はにまにまと掴みどころのない笑みを浮かべながら、それが当たり前のように俺の隣に並ぶ。

「柚葉、だっけ? 例の殺人鬼調べに行くんだろ? 物好きだなー。でも面白そうだからオレも一緒に行っていい?」

「……何故わかった?」

「んー? 実はオレ、エスパーなのでした」

 ……真面目に相手をしようと思った俺の方が馬鹿だったのかもしれない。
 ふざけた言い方は俺の嫌いな部類の口調。

 付き合ってられない、と無視して通り過ぎようとするが、壱叶は特に気にした素振りもせず俺の後をついてくる。

「そんな怒んなよ。オレもこの騒動気になるしさ。一緒に探した方がちゃっちゃと見つかるーーああ、そうだ」

 途中で言葉を止めたかと思うと、壱叶は一旦俺から離れ、どこかに手を伸ばしたーーかと思うと、たまたま通りがかったらしい第三者の腕を引っ掴み、俺の元に引きずって来た。
 いきなり連れて来られて目を丸くしているそいつの名前も、俺は知っていた。

 咲斗さきと=ガルシア。
 癖っ毛気味の金髪の男。
 俺や壱叶と同じ、17歳のファイター。

 壱叶は咲斗の腕を掴んだまま、俺に笑顔を向ける。

「柚葉が俺と話したくなさそうだから、ひとまず中和剤ってことで。この何の罪もない咲斗クンも連れて三人で行動しよーぜ?」

「え、は……? なに? なんの話? おれ、全然状況わかってねーんだけど……」

「ん? これから噂の殺人鬼をとっちめにいこうって話」

「そんな物騒な展開の入り口なのかこれ!? おれ、通り魔みたいな巻き込まれ方食らってんだけど!?」

 困惑に困惑を重ねて表情豊かに抗議する咲斗と、にやにやした笑顔を崩さない壱叶。
 口をきかないつもりだったが、俺は壱叶に聞いていた。

「……何故そこまでする?」

 俺の言葉に壱叶はやはり、笑って。

「興味あんだよね、VS殺人鬼ってやつ。ギリギリ殺られるかもみたいな殺意や敵意に打ち勝つのって、こう……心臓バクバクして楽しいやつじゃん?」

「おれは全然楽しくねえんだけど……?」

 正常な反応をする咲斗。
 正常ではないであろう、独自の価値観を嬉々として語る壱叶。

 ーー厄介な展開になってしまった、かもしれない。
 壱叶の漆黒の瞳に映る俺は、心底不愉快そうに顔を歪めていた。
 今の俺はすずには見せられない顔だと一瞬、一瞬だけ。
 そんな感想が、脳裏を過ぎった。
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