熱血豪傑ビッグバンダー!

ハリエンジュ

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第八話『ラブ&ピース』

その7 ゆらりゆるり、決闘

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★第八話『ラブ&ピース』
その7 ゆらりゆるり、決闘


teller:バッカス=リュボフ


 自分の生き方や考え方が、ものの捉え方が。
 この世界の見え方そのものが。
 自分にとっての価値の基準そのものが全部、間違っているとしたら。

 そう気付いてしまった人は、それから先の人生をどうやって生きているんだろうか。
 これから変えれば大丈夫だと、やり直せると、前を向けるのだろうか。

 おれは?
 ーーおれ、もう29歳だよ。
 若いかもしれないよ、変えられるかもしれないよ。
 でもきっと、心が大きく成長する時期はとっくに超えてる。
 人体の限界にそろそろぶつかっているはずで。

 でも、最近のオリーヴ氏を見てるとオリーヴ氏の方は少しずつ違う価値観を身につけているような気がして。
 オリーヴ氏はおれよりずっとずっと長く生きてるおじいちゃんなのに。
 身体はまあ、おれより若いけどさ。

 オリーヴ氏のことを考えて、ふと気付く。

 これが、まず違うんじゃないか。
 オリーヴ氏がどう生きてるか、じゃない。
 おれがどう生きたいのか、おれがどうしたいのか。
 おれが考えなきゃいけないのは、おれの話だ。

 みんなに、オリーヴ氏に愁ちゃんにカエちゃんに、置いてかれた気になって、自分がからっぽな事実に焦って、色々わからなくなって。

 おれの基準はいつも、よそにある。
 おれに、じゃなくて、誰か、にある。

 食べ物、好きだよ。
 誰かが作ってくれたものだから。

 ロマネスクの音楽、好きだよ。
 応援したい人が歌う、元気をくれるメロディが聴こえるから。

 好きなものも愛してるものも楽しいものも、おれには沢山ある。

 だけどおれの好きはいつも受動的だ。
 誰かに助けられて、誰かに出会って初めて、おれはようやく何かを愛せる。

 おれが好きなものを他の人が好きになってくれたら嬉しい?
 世界が愛に満ちていけばいい?

 違うよ、おれ。
 おれ以外の誰かの『好き』を聞かないと安心できないんだ。
 おれ以外が笑ってくれないと、笑っちゃいけない気がするんだ。

 こうしたい、こうしなきゃ、が、おれじゃない誰かの基準に左右されている。
 これを好きなおれでいたい、笑っているおれでいたい、それはおれがなりたいおれとはまた違う。
 誰かにそう見られたいおれだ。

 闘争心なんてないよ。
 ぴりぴりした人になりたくない。
 そういうおれになったとして、今のおれはそのおれを誰かに見られたくない。

 自己犠牲は良くない。
 それはずっと思ってる。

 オリーヴ氏に打ち明けた話。
 ついでに愁ちゃんにも笑いながら語った話。
 ピアスはとっくに知ってる話。

 初めて恋した姉ちゃんが、自己犠牲を理由におれの前で死んでしまった。

 だから自己犠牲なんて嫌いだ。
 だから生きたい。
 生きてさえいれば大丈夫。

 ーーそれも、姉ちゃんがきっかけで出来た基準だ。

 姉ちゃんに生きていて欲しかったから、姉ちゃんはいなくなってしまったけど、せめて生きることにはしがみついてしがみついて。
 でもその信念はふとしたきっかけで簡単にぶれてしまうようなものなんだ。

 誰かから与えてもらったものを全部取っ払ったら、おれには何も残らない。
 何も考えられないし、何も動けない。
 ただの、まあるいふとっちょの木偶の坊。
 
 ずっとそうして生きてきたんだ。
 おれだけの生き方だと思っていたこの生き方は、おれだけのものじゃない。

 世界の愛を、優しさを、綺麗なものを全部信じていたかった。
 でもその基準は、一般論や理想論。

 他人によりかかって、他人に責任を負わせておれは生きている。

 おれはおれだけを基準に動けない。
 おれはおれだけで堂々と、笑顔と博愛を語れない。
 おれ、そういうやつなんだ。

 ゆらり、ゆるり。

 ぼんやりと思考しながら歩く足がもつれ、どてりとその場におれはみっともなく転ぶ。
 手に持っていたハンバーガーが地面に落ちそうになっていたから、反射で咥え、齧り、飲み込む。

 そう、反射。
 食べなきゃだめ。
 食べなきゃ死ぬ。
 そう擦り込まれているんだ。
 おれがこうしたい、とかじゃなくて。

「……バッカス。大丈夫か」

 大きな音を立てて転んだせいか、すぐに気付いたオリーヴ氏がおれに歩み寄り手を差し伸べてくれる。

 優しいなあ。かっこいいよなあ、オリーヴ氏は。
 仲良くなった時、おれ、オリーヴ氏になんて言ったんだっけ。
 おれにオリーヴと楽しく生きる権利をください、だっけかな。

 ……ああ、ごめん。
 おれ、その権利、もうないかも。
 楽しさに今、自信が持てない。

 それでも反射で笑顔を作る。
 いつもみたいにへらっと。
 だけどオリーヴ氏に手を伸ばせない。手を握り返せない。

 おれが動かないことにオリーヴ氏が眉を顰めていると、カエちゃんに背中によじ登られている愁ちゃんも振り向いて、倒れているおれに近付いてきてくれた。

「っつーか、今日どうしたよ馬鹿ス。いつもはうざいくらいのテンションでズンズン進んでくくせに、今日のおまえ最後尾じゃねえか。のろのろぽやぽやしやがって」

「具合わるいのー? めずらしいねえ。バッカスが先頭歩かないから、おれたち適当に歩きすぎて変な道通ってるにゃー」

 カエちゃんの言葉で、辺りを見回す。

 ……確かにあまり通らない区域だった。
 人通りが少ないけど、少し先に橋が見える。
 橋の下には汚い色の川が流れていて、川沿いにはゴミが漂着し過ぎた、もはや道以下の地表がある。

 だいぶセントラルエリアの外れの方に来てしまったらしい。

 景色、見てなかったな。
 ただ三人の後をついて歩いていた。
 おれの基準は、またーー。

 考えがまた、何回目かの負のループに陥りそうだった時。


 ――歌が、聴こえた。

 男の人の声だった。

 軽めのテノール。
 聴いたことのない声。
 でも、物凄く聴き覚えのある旋律。

「……きゅんふわスイートパーティ……」

「は?」

 ロマネスクの曲だ。
 おれの推しのクラリスたんのソロ。
 おれのお気に入りの曲。
 そう思っていたら。

 ーーゴミの漂着場が盛り上がって、沢山のゴミに覆われたままのビッグバンダーが、飛翔しながら現れた。

 ゴミが散らばる。
 同時にそのビッグバンダーが手にしていた鋭い鎖鎌に蹴散らされるように、人間が吹っ飛んでいった。
 身なりがボロボロの、毛むくじゃらの大男たちがビッグバンダーにのされて白目を剥きながら、丁度橋の上に叩きつけられる。

 おれたちは、それを呆然と眺めていた。
 おれだけは、大男たちと同じく地に伏せたまま。

 楽しそうな歌声はまだ止まない。
 おれの好きな曲を、心底愛しているように歌う声。

 その間に愁ちゃんは素早く端末を確認していた。

「……おい、そこに倒れてる野郎どもって報道されてた脱獄囚だぞ。データ一致してやがる」

「うっそ! 瞬殺じゃん!?」

 カエちゃんの驚きの声には僅かな興味も乗っていた気がする。

 オリーヴ氏は黙っていた。と言うか、歌に聴き入っていた。
 そういえば普段からオリーヴ氏だけはロマネスクの話を真面目に聞いてくれるから色々布教しているけど、オリーヴ氏とは推しメンバーは違うのに、この曲は好きだって言ってくれていた。

 ぼんやりぼんやり、ロマネスクへの好きを思い出す。
 ぼんやりぼんやり、オリーヴ氏との日々を、ゾンビ騒動の時にこの四人でロマネスクのライブに行こうとしたけど行けなかったことを。
 ここに、寮に来てからの日々を、思い出して。

 ーー記憶の中のおれは、ほとんどが笑っていて。


 突然、歌声が止んだ。

 飛翔していたビッグバンダーが橋の上に着陸する。
 ゴミまみれのビッグバンダーのコックピットのハッチが開き、中からファイターと思しき人物が出てきた。

 茶髪の、少し無造作に伸ばした髪を一つに括った、細身でジャケットを着たお兄さん。
 服装の系統は愁ちゃんに似ている。
 愁ちゃんはもっとガラが悪いけど。

 ただ、その人は首輪をつけていた。
 鈴のついた首輪。

「お疲れさん、『ハニヤス』」

 お兄さんは、とん、と労るように自分の愛機の表面を撫でた。
 ゴミで汚れた機体を何の躊躇いもなく慈しみ、彼はやっぱり楽しそうに笑う。
 そうしてお兄さんは、あれほど危険視されていた脱獄囚たちをおれたちの預かり知らぬところで一瞬にして片付けた謎のお兄さんは、おれたちに視線を向ける。

「やあ、確か寮生さんかな? オレはヤマネ=チドリ。個人スペース所属のファイター。歳は30。自分以外のファイターって滅多に会わんから新鮮だわ。よろしくさん」

 ヤマネと名乗ったお兄さんが個人スペース所属、と聞いて愁ちゃんとカエちゃんの表情に緊張が走る。

 ピアスがいつか言っていた気がする。
 寮ではなく個人スペース暮らしを認められたファイター&サポーターはアンノウン討伐や治安維持で早くも成果を出して認められた実力者。
 確か今回のバトル・ロボイヤルで個人スペース暮らしを認められたペアは三組しか居ないって。

 ヤマネさんは、ふにゃっと、大人なのに無邪気に笑って。

「ーーきみたち、ロマネスクは好きかい」

 いつものおれなら勢い良く身を起こして、全力で頷いて笑えていたはずだろう。
 だけど錆びついたように動かなくなってしまったおれの代わりに、オリーヴ氏がおれを指して言った。

「こいつが大ファンだ。それも先程お前が歌っていた曲のソロを担当したクラリス=エメリー推しだ」

「……ほーお? クラリスちゃん推し仲間がファイターさんに居るとは居るとは。こりゃあアレかね、巡り合わせかねえ」

 ヤマネさんが、じろじろとおれに視線を向ける。
 おれはまだ、地に這いつくばったまま。
 おれはまだ、ヤマネさんに返事を返せていない。
 おれはまだ、おれの言葉を。

「ーーでも残念。オレはこの運命を喜べない。オレは同担拒否なもんで」

 え。
 ますます固まるおれに、オリーヴ氏が首を傾げながら訊ねてきた。

「……バッカス。同担拒否とは何だ」

「え……自分と同じアイドルを推してる人を敵認定して拒絶する、みたいな……?」

「……めんどくせー文化だな」

「愁ちゃんだって聖歌お姉ちゃんに対する態度、だいたいそんな感じじゃん」

 ドルオタ文化にちょっと引いてる愁ちゃんにカエちゃんが軽口を叩いて、そのまま愁ちゃんに無言でほっぺたを引っ張られていた。
 いひゃいいひゃいとカエちゃんの抗議の声が響く中、ヤマネさんの眼がおれを射抜く。

 タレ目気味なのに、強い、まっすぐな視線だった。

「少なくとも、自分の口から『好き』すら言えない男を、オレは同志とは認めたくないんだなあ」

 ヤマネさんの言葉が、今のおれの心に強く強く突き刺さる。
 反論もできず腐ったままのおれに、ヤマネさんの弾んだ声が飛んで来た。

「よっし、決闘するか!」

「……へ?」

 決闘。
 突拍子もない提案に、おれたち四人は固まる。

「オレとそこのでぶっちょくんで、決闘。ビッグバンダー同士のね。規約上は禁止されていないだろ? 双方の許可があれば本戦前の切磋琢磨の一環として認められてる制度だよ」

 そう言って、ヤマネさんは自身のホイッスルを手に取った。
 彼の愛機は彼のすぐ背後にあるのに、それでも。

「今一度、降り臨め! ビッグバンダー・『ハニヤス』!! 愛を示す戦いだ、負けたくない! オレに力を貸してくれ!!」

 ヤマネさんの叫びに呼応するようにハニヤスが淡い光を放ち始める。
 ワープ機能が作用したのかヤマネさんの姿が徐々に薄れ、コックピットのハッチが閉まると同時に、内部に転送されたヤマネさんの操作によってハニヤスがぐ、とファイティングポーズを取った。

 おれの端末が震える。

 決闘申請の通知が、来ている。
 申請者はヤマネ=チドリ。
 目の前にいるお兄さん。
 おれより1つ上の、おれより確かな大人。
 おれと同じ音楽を、おれと同じ偶像を愛する人。

 考えたいことはまだ色々あって。
 おれは今のおれなんて全然好きじゃなくて。

 でもおれの指は端末に触れ、決闘申請許可の部分を押していた。

 そこでおれはようやく立ち上がる。
 まだふらふらよろよろとしていて、自信の無いからっぽのおれの足取りはおぼつかない。

 だけど、震える手でホイッスルを握る。

 泣きそうなくらい弱々しい声で、でも、叫ぶ。


「ーー降り臨めっ!! ビッグバンダー・『トヨウケ』っ!!!!」


 慣れた感覚の筈だった。
 今まで何度も一緒に戦ってきた赤い機体が姿を表す。
 ピアスがいつも整備してくれている機体。
 おれが好きな赤色の象徴の一つ。

 おれの、愛機。

 コックピットに身体が転送されていく。
 転送が完了される前に手を伸ばし、おれは操縦席に尻がどしんとぶつかるなりレバーを強く握り締めていた。

 そう。
 考えたいことはまだ色々あって。
 おれは今のおれなんて全然好きじゃなくて。

 ーーでも、愛を上手に謳うこの人とぶつかり合えなきゃ、この人の攻撃を受けなきゃ。
 おれは二度と愛を口に出来ない。
 おれはもう生きられない。

 そんな予感があったから。

『ーー決闘申請が通りました。ハニヤスVSトヨウケ、模擬戦を開始します』

 機械音声が端末から流れるのと同時に。
 おれのトヨウケも、ヤマネさんのハニヤスも、走り出していた。
 ただただお互いまっすぐに。

 おれとは無縁だった闘争本能が必要な、戦いをする為に。

 ――ちりん、とヤマネさんが身につけていた鈴が一回、歌うように鳴った気がした。
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