異世界転生と『天賦(ギフト)』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる!

月影 朔

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プロローグ:偽りの法廷

第1話:双星、墜つ

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 ​肌を刺すような冷気が、意識を現実へと引き戻す。

 鈍い痛みを訴える手首に視線を落とすと、そこには見慣れない鉄のかせがはめられていた。

 ごつごつとしてさびの浮いた無骨なかせだ。
それが両手首と足首にも繋がれている。

 ​ジャラリ、と鎖がすれる乾いた音がやけに大きく響いた。

​「…………ここは」
かすれた声が、自分の喉から漏れ出る。

 俺はゆっくりと顔を上げた。
そこは、圧倒的な静寂に支配された空間だった。

 ​天を衝くほど高い天井。
磨き上げられた石の床。
壁一面を飾る巨大なステンドグラスが、厳おごそかな光を聖堂の内部へと落としている。

 まるで中世ヨーロッパの教会のような場所だった。

 ​そして、その中央。

 俺は被告席と思しき場所に一人、座らされていた。

 前方には、顔を隠すようにフードを深く被った者たちが判事のように並んでいる。

 左右に目を向ければ、傍聴席ぼうちょうせき幾重いくえにも連なり、そこに座る人々が固唾かたずを飲んで俺を見つめていた。

 同情、好奇、侮蔑ぶべつ、恐怖……。
様々な感情が渦巻く視線が、無数の槍のように突き刺さる。

 ​何が、どうなっている?

 ​混乱する頭で必死に記憶を手繰り寄せようとする。

 最後に見た光景は……そうだ、朱色の警告の光と、施設が崩れる音……。

 そして、血に濡れた玉座……。

 断片的な記憶が、頭の中で渦巻いている。

​「被告人、ケント」

 ​りんとして、それでいて氷のように冷たい声が響き渡る。

 判事席の中央に座る人物が、ゆっくりと口を開いた。

​「なんじにかけられし嫌疑は、療養施設における大規模破壊活動、及びその混乱に乗じた国王アウレリウス三世陛下に対する大逆――
すなわち、国王殺しである」

 ​国王殺し……。
療養施設の、破壊……。

 言葉の意味を、脳が受け入れることを拒絶する。

​「……待ってください!
 何かの間違いです! 
俺は、そんなこと……!」
​必死に叫ぶ。

 だが俺の声は、荘厳そうごん静寂せいじゃくの中にむなしく吸い込まれていくだけだった。

 判事たちは微動だにせず、傍聴席ぼうちょうせきからは冷ややかな嘲笑ちょうしょうが聞こえてくる。

 ここはそういう場所なのだと、肌で理解させられる。

 最初から結論ありきの茶番劇。
俺という罪人を仕立て上げ、断罪するための、ただの儀式。

 ​そんな理不尽な現実を前に、血の気が引いていくのが分かった。

 絶望が心を塗り潰そうとした、その時だった。

​「――証人を、入廷させよ」

 ​その声と共に、聖堂の後方にあった巨大な扉が重々しい音を立てて開かれた。

 差し込む光の中に、一つの人影が浮かび上がる。

 ゆっくりと、確かな足取りで、その人物は中央の通路をこちらへ向かって歩いてきた。

 その姿を認めた瞬間、傍聴席ぼうちょうせきからどよめきが起こる。

 誰もが畏敬いけいの念を込めて立ち上がり、こうべれた。

​純白の衣に金の刺繍ししゅうほどこされた豪華な装束しょうぞく
腰まで伸びた艶やかな黒髪。

 まだ若いながらも、その双眸そうぼうには王者の風格と、全てを見通すかのような深い知性が宿っている。

 この国で、その顔を知らぬ者はいない。
民衆から英雄と称えられ、絶対的なカリスマでこの神聖ロゴス帝国を導く最高指導者。

 ​そして……。

 この異世界で、俺が唯一心を許した、たった一人の親友。

​「……リュウガッ!」
​俺は叫んだ。

 喉が張り裂けんばかりの声で、彼の名を呼んだ。

 そうだ、リュウガなら。
彼が来てくれたのなら、もう大丈夫だ。

 この馬鹿げた裁判を終わらせて、俺の無実を証明してくれる。

​「リュウガ! 助けてくれ! 
これは罠だ! 俺ははめられたんだ!」

 ​必死に訴える俺に、リュウガはゆっくりと歩みを止めた。
そして証言台の前に立つと、一度、悲しげに瞳を伏せる。

 その表情に、俺の胸がチクリと痛んだ。

 ​リュウガは判事に向かって深く一礼すると、今度は真っ直ぐに俺を見つめた。

 その瞳はどこまでも澄み切っていて、嘘偽りのない光をたたえているように見える。

 ​静寂せいじゃくが再び聖堂を支配する。
誰もが、英雄の言葉を待っていた。

やがて、リュウガは重々おもおもしく口を開いた。

​「……証人、リュウガ。
神の名の下に、真実のみを語ることを誓います」

 ああ、もちろんだとも。
お前が嘘をつくはずがない。

​「私が彼の危険な思想に気づいたのは、彼がスラム街に通い始めてからのことです」

 ……危険な、思想?
何を言っているんだ?

​「当初、彼は私の良き理解者でした。
ですが、いつしか彼は自らの力を過信するようになり、管理されない個人の『物語』こそが至上であると、危険な思想を説くようになったのです」

 リュウガの声に、悲痛な色が混じる。

「私は彼の行き過ぎた善意を危惧きぐし、療養施設という公的な役目を与えることで、彼の力を正しい方向へと導こうとしました。
ですが、それすらも裏目に出てしまった……」

 ​嘘だ。
俺はそんなことは言っていない。

 確かに、リュウガのやり方に疑問を抱いたことはあった。

 だが、それは……。

​「彼は私の制止も聞かず、危険な天賦ギフトを持つ者たちに独自の思想を植え付け、非人道的な実験を繰り返しました。
そしてついに、彼のゆがんだ優しさは暴走し、あのような大惨事を引き起こしてしまったのです」

「違う! 
あれは事故だ! 
いや、お前の暗示が……!」

​「そして彼は、その混乱にじょうじて陛下を暗殺したのです。
私が玉座の間で見たのは……
血に濡れた玉座と、冷たい亡骸と化した陛下……
そして、そのかたわらで呆然ぼうぜんと立ち尽くす、彼の姿でした」

 違う、違う、違うッ!!
俺じゃない! 俺はやっていない!

 あれは……そうだ、俺はリュウガに呼び出されて玉座の間へ行ったんだ!

​「リュウガ!
お前、何を言って……!」

「私は……信じたくありませんでした。
彼が、私のたった一人の親友が、このような大罪を犯したなどと……!」

 リュウガは、まるで悲劇の主人公のように顔をおおい、その肩を震わせた。

 傍聴席ぼうちょうせきからは嗚咽おえつすら聞こえてくる。

 誰もが親友に裏切られた英雄に同情し、そしてその親友である大逆罪人の俺を、憎悪の目で見つめていた。

 ​血の気が引いていく。

 ああ、そうか。
そうだったのか。
俺は今まで、何を見ていたんだろう。

​「……なぜだ」
声が震える。

「なぜなんだ、リュウガ……! 
俺たちは、親友だったはずだろう……!?」

 ​俺の問いに、リュウガはゆっくりと顔を上げた。

 その顔からは、先程までの悲しげな表情は消え失せている。

 そこにあったのは、絶対零度ぜったいれいどの氷のような、冷酷れいこくな無表情。
俺が一度も見たことのない、知らない男の顔だった。

 ​彼は俺の問いには答えず、ただ冷たく判事席を見据みすえた。

「判決を」
その一言が、合図だった。

 判事席の中央に座る人物が立ち上がる。

​「被告人ケントを、大逆罪により永久追放刑に処す! 
追放先は、不毛の地『奈落の谷』とする!」

 ​奈落の谷。

 その名を聞いた瞬間、あれほど騒がしかった傍聴席ぼうちょうせきが、水を打ったように静まり返った。

 生きては戻れないと噂される、魔物と罪人たちの巣窟そうくつ

 事実上の、死刑宣告。

​「やめろ……! ふざけるなッ!」

 俺の中で何かが、ブツリと音を立てて切れた。

「―――ッッ!!」

 言葉にならない獣のような叫びが、のどからほとばしる。

 怒り。絶望。憎悪。

 ありとあらゆる負の感情が、灼熱しゃくねつのマグマのように全身を駆け巡った。

​「リュウガァァァァァァァァァッッ!!」

 ​俺はかせを引きちぎらんばかりに暴れ、被告席から飛び出そうとした。

 だが、屈強な兵士たちにすぐさま取り押さえられ、石の床に顔を叩きつけられる。

「貴様ァッ!
 よくも、よくも俺を……!」

「連れて行け」
​リュウガの冷たい声が響く。

 俺は兵士たちに両脇を抱えられ、まるでゴミ袋のように引きずられていく。

 必死の叫びも、もはや誰の耳にも届かない。
兵士たちに引きずられ、証言台の横を通り過ぎようとした、その時だった。

​「待て」

 リュウガの声に、兵士たちの足がピタリと止まる。

リュウガはゆっくりとこちらに歩み寄り、俺の前にかがみ込んだ。
そして俺の耳元に、その唇を寄せる。

 周囲の誰にも聞こえない、悪魔のようなささやき声だった。

​「親友……? 
ああ、そうだな。
お前は確かに、最高の『駒』だったよ、ケント」

ぞわり、と全身の産毛うぶげ逆立さかだつ。

「お前の純粋さも、人の物語に寄り添うというその力も、全てが私の理想郷を創る上で実に都合が良かった。
特に、管理されない善意がどれほど危険であるかを民衆に示すための『生贄いけにえ』として、お前以上の適役はいなかった」

 ​何を、言っている。
こいつは、一体何を……。

​「感謝しているよ。
お前という悲劇の存在のおげで、我が神聖ロゴス帝国は、より強固な秩序を手に入れることができるのだから」

 ​ささやき終わると、リュウガはすっと立ち上がった。

 そして何事もなかったかのように、民衆に向かって悲劇の英雄の顔をしてみせる。

 その完璧な外面と、今俺にだけ向けられたどす黒い本性のギャップに、頭が沸騰ふっとうしそうだった。

 こいつは、俺との友情も善意も、全てを理解した上でただ利用していたのだ。

この壮大そうだいな茶番劇の、道化どうけとして。

​「……あ……ああ……」
声にならない声が喉から漏れる。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 俺は絶叫した。
もはや、そこに理性はなかった。

 ただ、裏切られたという灼熱の痛みと、全てを破壊し尽くしたいという衝動だけがあった。

​「覚えていろ、リュウガ……!」

 俺は引きずられていく中で、最後の力を振り絞って叫んだ。

「地の底からでも、必ずい上がってやる……!」

「そして、必ず……!」

「お前を、殺すッ!!」

 ​俺の絶叫は、ゆっくりと閉ざされていく巨大な扉にかき消された。

 暗く冷たい石の通路を引きずられながら、俺の意識は急速に薄れていく。

 脳裏に焼き付いて離れないのは、親友だった男のあの冷酷れいこく眼差まなざしと、耳に残る悪魔のささやき。

 そして、胸の奥で燃え盛るのは、ただ一つ。
漆黒しっこくの、復讐の炎だけだった。

 やがて巨大な崖の淵に連れてこられた俺は、ためらいなく兵士たちの手によって突き落とされた。

 眼下に広がるのは、底も見えない闇。渦巻く瘴気しょうきが、まるで地獄の入り口のように口を開けている。

 風を切る音だけが耳に響く中、俺の意識はゆっくりと闇の中へと沈んでいった。
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