異世界転生と『天賦(ギフト)』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる!

月影 朔

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第1章:希望という名の再会

第2話:後悔の終わり

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 闇。 

 どこまでも続く、絶対的な無。

 奈落の底へと落ちていく中で、俺の意識は途切れたはずだった。 
なのになぜか、思考だけが続いている。

 ああ、そうか。 

 死ぬ時というのは、こんな感覚なのかもしれないな。 
肉体は滅び、魂だけが過去を振り返る。

 いわゆる走馬灯そうまとうというやつだ。

 脳裏に浮かぶのは、リュウガの冷たい眼差しでも、法廷の絶望的な光景でもなかった。 

 もっと昔の……俺がまだ相馬健人だった頃の記憶だ。

◇ ◇ ◇

「申し訳ございません! 
全ては私の不徳ふとくの致すところであります!」

 頭が床にくっつくんじゃないかというくらい、深々と頭を下げる。 

 目の前には不機嫌そうに腕を組む取引先の部長。 

 俺が作った資料にコンマ一つの小数点ミスがあった。 
ただそれだけのために、俺は一時間以上も罵倒ばとうされ続けている。

(俺のせいじゃない……。
あのデータを渡してきたのは、おたくの部下だろうが……)

 喉まで出かかった言葉を必死に飲み込む。 
ここで反論すれば火に油を注ぐだけだ。 

 会社に帰れば、今度は俺の上司に叱責しっせきされることになる。

 「誠意を見せろ」という名の理不尽な要求。
「組織のためだ」という名の個人の犠牲。

 それが、俺の日常だった。

 平日は終電までサービス残業。 
休日は上司の機嫌を取るためのゴルフ接待。 

 自分の時間なんてどこにもなかった。 
自分の意見なんてとっくに忘れてしまった。

 俺は、相馬健人という名の人間じゃない。 
会社という巨大な機械を動かすためだけの、名もなき歯車の一つだ。

 心をすり減らし、感情を殺し、ただひたすらに働き続ける。 

 何のために? 生活のためか?

 違う。 

 そんなものは、とっくの昔に見失っていた。 
ただ思考を停止して、昨日と同じ今日を、今日と同じ明日を繰り返すだけ。 

 それが一番、楽だったからだ。

 そんな人生に転機が訪れたのは、三十歳の誕生日を迎えた雨の日の夜だった。

 その日も俺は深夜まで会社に残っていた。 

 フロアには俺一人。 
静まり返ったオフィスに、パソコンのキーボードを叩く音だけが響いている。

 ふと窓の外に目をやると、ガラスに映った自分の顔が見えた。 

 死んだ魚のような目。 
生気のない土気色の肌。 
三十歳になったばかりとは到底思えないほど、疲れ果てていた。

「…………俺は、何をやっているんだろう」

 ぽつりと、言葉が漏れた。 
誰に言うでもない、魂からの問い。

 その瞬間、何かがプツリと切れた。 
あれほど重かった体と心が、嘘のように軽くなる。 

 俺は席を立ち、自分の荷物をまとめると、誰に断るでもなくがらんとしたオフィスを後にした。

 もう、どうでもよくなったんだ。 
会社も、上司も、取引先も。 
全てを捨ててしまおう。 

 失うものなんて、もう何もないのだから。

 雨が叩きつける深夜の道を、俺は傘も差さずに歩いていた。 
これからどうするかなんて、何も考えていない。 

 ただ、このままどこか遠くへ行きたかった。 
自分のことを誰も知らない場所へ。 
人生を、もう一度やり直せる場所へ。

 そんなあり得ない夢想をしながら、交差点に差し掛かった時だった。

 キィィィィィィッッ!!

 けたたましいブレーキ音とヘッドライトの強烈な光が、俺の視界を真っ白に染め上げた。 

 大型トラックだった。 

 運転手が焦った顔で何かを叫んでいるのが、スローモーションのように見えた。

(ああ、そうか。俺、死ぬのか)

 不思議と恐怖はなかった。 
むしろ、安堵に近い感情があった。 
これでようやく、このろくでもない人生から解放される。

 最後に、俺は願った。

(もし、神様がいるのなら……)

(もし、もう一度だけチャンスをくれるのなら……)

(今度こそ……俺は……)

 ドンッ!!

 鉄の塊が体にぶつかる鈍い衝撃。 
俺の意識は、そこで完全に暗転した。

◇ ◇ ◇

「…………ん」

 どれくらいの時間が経っただろうか。 

 ふと、温かい何かに包まれている感覚と、遠くで聞こえる鳥の声に気づいた。 
目を開けようとするが、まぶたが重くて上がらない。

(ああ……まだ走馬灯の続きか……。
ずいぶんと長丁場だな……)

 そう思ったが、どうも様子がおかしい。 

 頬をなでる心地よい風。 
鼻腔をくすぐる、むせ返るような土と緑の匂い。 

 五感がやけにリアルだった。

 俺は最後の力を振り絞るようにして、ゆっくりとまぶたをこじ開けた。

 最初に目に飛び込んできたのは、見たこともないほど鮮やかな木々の緑だった。 

 天を衝くほどの巨木が、何本も何十本も生い茂っている。 
その葉の隙間から差し込む木漏れ日がキラキラと輝いて、幻想的な光景を作り出していた。

「……森……?」

 かすれた声で呟き、俺はゆっくりと体を起こした。 

 どうやら柔らかなこけの上に寝かされていたらしい。 
自分の体を見下ろして、さらに驚く。 

 着ているのはよれよれのスーツじゃない。 
麻でできた簡素なシャツとズボンだ。

 手足に怪我一つない。 
それどころか長年のデスクワークで凝り固まっていた肩や腰の痛みが、嘘のように消えていた。 

 体全体が軽い。 
まるで十代の頃に戻ったかのような、生命力に満ちあふれている感覚。

 混乱しながら立ち上がり、周囲を見渡す。 

 どこまでも続く深い森。 
見たこともない色鮮やかな花々が咲き乱れ、奇妙な形のキノコがそこかしこに生えている。 

 非現実的な光景に、思考が追いつかない。

(なんだ、ここは……? 
天国……? 
いや、それにしてはリアルすぎる……)

 呆然ぼうぜんと空を見上げた俺は、決定的な光景を目にして息を呑んだ。

 空に、太陽が二つあった。

 燃えるような赤い太陽と、穏やかな青い太陽。 
二つの恒星こうせいが並んで空に浮かんでいた。

「…………マジかよ」
乾いた笑いが漏れる。 

 トラックにかれた記憶。 
失われた意識。 
そして、このあり得ない光景。

 一つの結論が、嫌でも頭に浮かび上がってくる。

(異世界……転生……ってやつか!)

 昔、小説で読んだことがある。 
冴えない人生を送っていた主人公が、死をきっかけに剣と魔法の世界で新たな人生を始める物語。 

 まさかそんなおとぎ話が、自分の身に起こるなんて。

 だが、もしそうだとしたら……。 
もし神様が俺の最後の願いを聞き届けてくれたのだとしたら……。

「……やり直せるのか……?」

 俺の人生を。 
歯車としてではなく、一人の人間として。 

 自分の意志で、自分の物語を。

 その事実に気づいた瞬間、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。

「はは……ははは……はははははっ!」

 笑いが止まらない。 
涙があふれてくる。 
嬉しいのか、おかしいのか、自分でも分からない。 

 ただ、心の底から歓喜が湧き上がってくるのを止められなかった。

 ありがとう、神様。 
ありがとう、トラックの運転手。

 俺は、もう一度生きられるんだ。

「今度こそ……本気で生きてやる!」

 俺は天に向かって固く、固く誓ったのだった。
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