異世界転生と『天賦(ギフト)』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる!

月影 朔

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第2章:神聖ロゴス帝国

第9話:感情なき兵士たち

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​ 男たちの怒声が、スラム街のよどんだ空気を切り裂く。

 突き飛ばされた男がぬかるんだ地面に倒れ込み、その手からこぼれ落ちた黒パンの塊に、もう一人の男が獣のように飛びついた。

 ​ありふれた、そしてあまりにも悲しい光景。
生きるためのわずかな糧を奪い合う、剥き出しの生存競争。

 俺が前世で失ったと思っていた人間らしさが、歪んだ形でそこにはあった。
だがその小さな混乱は、あまりにも突然、そして静かに終わりを告げる。

 ​ザッ、ザッ、ザッ……。

 ​規則的すぎる足音が、ぬかるんだ地面を踏みしめる。
音もなく現れた黒鎧くろよろいの兵士たちが、騒ぎを起こした男たちを機械的に取り囲んでいく。

 その数、五人。
​誰一人として、言葉を発しない。

 剣を抜く際の金属音すらなく、ただ滑るように腰の剣を抜き放つ。

 その動きには、一切の感情が入り込む余地がなかった。
怒りも、見下す気持ちも、正義感すらも


 彼らはただ、命令に従って害虫を片付ける機械のようだった。

​「ひっ……! 
て、帝国の番犬だ……!」

「逃げろ!」

 ​さっきまでいがみ合っていた男たちが、共通の脅威を前に恐怖の声を上げる。

 だが、遅すぎた。

 黒鎧の一人が逃げようとした男の背中に向かって、無慈悲に剣の柄を叩きつけた。

​ ゴッ、という鈍い音。

 男は短い悲鳴すら上げることなく、人形のように地面に崩れ落ちた。
もう一人の男は、恐怖のあまり腰を抜かしてその場にへたり込む。

 兵士はゆっくりと近づくと、その男の首根っこを掴んで軽々と持ち上げた。
まるで、子猫でもつまみ上げるかのように。

 ​抵抗もむなしく宙吊りにされた男の顔越しに、俺は初めて兵士の顔を見た。
兜の隙間から覗くその瞳は、ガラス玉のように虚ろだった。

 光がない。

 何の感情も映していない、ただのレンズだ。
人間が人間を見る目ではなかった。

​(こいつら……
本当に、人間なのか……?)

 ​俺はゴクリと唾をのんだ。
背筋を、氷の指でなぞられたかのような悪寒が走る。

 前世で見た、上司の命令に何も考えずに従う同僚たちの姿が脳裏をよぎった。
彼らもまた、組織の歯車だった。

 だが、目の前の兵士たちはそれとは次元が違う。
彼らは歯車ですらない。

 ただ命令を実行するためだけに存在する、魂のない自動人形オートマタ

 ​俺は無意識のうちに、自らの天賦ギフトを発動させていた。

物語の観測者ストーリー・ウォッチャー》――。

 彼らの魂に宿る「物語」を読み解けば、この異様さの正体がわかるかもしれない。
​そう思った俺は、次の瞬間、息を呑んだ。

​(……ない)

 ​物語が、ない。
いや、正確には「あったもの」が綺麗に削ぎ落とされている。

 過去も、夢も、愛する家族の記憶すらも。
彼らの魂に残っていたのは、ただ一つ。

​【神聖ロゴス帝国への絶対的な忠誠】

【リュウガ執政への絶対的な服従】

 ​その二つの命令だけが、まるで呪いのように魂の核に刻み込まれ、それ以外の全てを塗り潰していた。

 彼らはリュウガの《絶対王の勅令アブソリュート・オーダー》によって感情と思考を「支配」され、人間性を奪われた成れの果て。
リュウガの意のままに動く、ただの兵器。

 ​その事実が、雷に打たれたような衝撃となって俺の全身を貫いた。

​「……ひどい……」
​声が震えた。

 リュウガが言っていた「平和のための必要悪」。
その正体は、これだったのか。

 不要な民をスラムに隔離し、その不満が爆発しないように心を奪った兵士たちに見張らせる。

 ​なんて効率的で、残酷な仕組みなんだ。
この国の完璧な平和と秩序は、こんなにも非人道的な犠牲の上に成り立っていたのだ。

 ​騒ぎは、あっという間に片付いた。
気を失った男たちはゴミ袋のように引きずられ、どこかへと連れていかれる。

 黒鎧の兵士たちは、再び音もなく闇の中へと溶けるように消えていった。
後には、恐怖に怯えるスラムの住民たちと、凍り付いたような静寂だけが残された。

 ​俺は、いつまでもその場から動くことができなかった。

​◇ ◇ ◇

 ​重い足取りで王宮へと戻ると、自室の扉の前でリュウガが穏やかな笑みを浮かべて俺を待っていた。

 まるで俺がどこへ行き何を見てきたのか、全てお見通しだと言わんばかりに。

​「おかえり、ケント。
ずいぶんと遅かったじゃないか」

「……リュウガ」

 ​俺の声は、自分でも驚くほど低く、冷たく響いた。

 リュウガは俺の様子に気づかないふりをして、部屋に入るよう促す。
二人きりになった執務室で、俺は彼に向き直った。

 心の奥底から湧き上がる怒りと、親友に裏切られたのかもしれないという悲しみを必死に押し殺す。

​「……見てきたよ。
王都の外にある、スラム街をな」

 ​俺の言葉に、リュウガは少しだけ眉を上げた。
だが、動揺は見られない。

​「ああ、あの場所か。
いずれ君にも話そうと思っていたんだ」

「話す……? 
『貧困などない』と、君は言ったはずだ」

「ああ、言ったとも。
帝国の『内側』には、な。
彼らは我々が定めた秩序の外にいる者たちだ。
自らの怠慢たいまんや無能さゆえに、この国の発展に貢献できなかった者たちの成れの果てだよ」

 ​あまりにもあっさりと、彼はそう言い切った。
まるで、道端の石ころについて語るかのように。

 その態度に俺の中の何かが、プツリと切れる音がした。

​「じゃあ、あの兵士たちは何なんだ!?」
​俺は声を荒らげた。

​「あの感情のない、人形みたいな連中は!
 彼らも『必要悪』だって言うのか!?」

 ​俺の問いに、リュウガは初めて表情を変えた。

 だがそれは罪悪感や動揺ではない。
心の底から不思議そうに、俺を見つめている。

 まるで、なぜ俺がそんな当たり前のことに腹を立てているのか、理解できないとでも言うように。

​「ケント。
君は、まだこの世界の本当の厳しさを知らない」

 ​彼は、諭すような口調で言った。

​「感情は秩序の敵だ。
私怨、嫉妬、怠惰たいだ……そういった制御できない雑音が、どれだけ多くの悲劇を生むか。
前世で君も見てきたはずだ」

「……それは、そうかもしれない。
だが、人の心まで奪っていい理由にはならない!」

「なぜならない?」
​リュウガは純粋な疑問として、問い返してきた。

 その瞳の奥にある絶対的な合理性と、俺の常識との間にある途方もない隔たりに、俺はぞっとした。

​「彼らは自ら望んで、帝国に全てを捧げたんだよ。
個人的な感情というささいなものを捨て、秩序を守るという、より大きな目的の一部となることをな。
彼らは帝国で最も栄誉ある存在だ。
……悲劇の犠牲者などでは決してない」

 ​その言葉はもはや、俺の理解の範囲を超えていた。
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