異世界転生と『天賦(ギフト)』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる!

月影 朔

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第3章:無自覚の救済者

第13話:再誕の賢者

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 あの「小さな奇跡」から数日、俺は王宮の自室に閉じこもっていた。

 豪華な鳥籠の中、焦りは不安と後悔へと姿を変えて俺の心を締め付ける。

(俺は、とんでもないことをしてしまったんじゃないか……?)

 リュウガの仕組みを出し抜くような真似を、彼の目の届かない場所でしてしまった。

 もし、あの出来事が彼の耳に入ったら?
考えただけで、背筋が凍る。

 だがそれ以上に俺の心を占めていたのは、あの少年のことだった。

 彼はどうしているだろうか。

 あの後、また天賦ギフトが暴走してはいないだろうか。
俺のしたことは、本当に彼のためになったのだろうか。

 確かめたい。
この目で、見届けなければならない。

 いてもたってもいられなくなった俺は、再び平民の服をその身にまとい、罪悪感と好奇心に背中を押されるようにスラム街へと足を運んだ。

◇ ◇ ◇

 門をくぐり、よどんだ空気に満ちた世界へと戻る。
だが、スラム街の雰囲気は以前とは明らかに違っていた。

 絶望だけが支配していたはずの空気に、微かな熱が混じっている。

 人々の顔から生気が失われているのは相変わらずだが、その瞳の奥にほんの小さな光が灯っているように見えた。

 広場に目をやると、俺は息を呑んだ。

 あの少年がいた。
以前のように輪の外から寂しそうに眺めているのではない。

 子供たちの中心で、彼は笑っていたのだ。

 仲間が蹴ったボロ布のボールが、彼の足元へ転がる。
少年は今度はためらうことなく、そのボールを優しく蹴り返した。

 彼の天賦ギフトである反発する力は暴走することなく、まるでボールの勢いを殺すクッションのように働いている。

 完璧な、制御。

「すげえぞ、レオ!」

「ナイスパス!」

 仲間たちから、賞賛の声が飛ぶ。

 レオと呼ばれた少年は、照れくさそうに笑いながら再びゲームの輪の中へと駆け出していった。

(……よかった)
心の底から、安堵のため息が漏れた。

 俺のしたことは、間違いじゃなかった。
俺はその光景にしばらく見入っていたが、ふと周りの大人たちのひそひそ話が耳に入ってきた。

「おい、見たかよ。
レオのやつ、すっかり力を使いこなしてるぜ」

「ああ。
これも全部、あのお方のおかげだな……」

「『再誕の賢者』様、か。
一体、何者なんだろうな……」

 再誕の、賢者?
なんだ、その大げさな二つ名は。

 俺は聞き耳を立てた。

「なんでも、フードを深く被った謎の男が、広場で暴走しかけたレオの前にすっと現れてな。
ただ、じっと彼を見つめただけだったそうだ。
そしたら、あれだけ暴れ狂ってた天賦ギフトが、まるで生まれ変わったみたいに大人しくなったって話だ」

 話に尾ひれがつきすぎている。
俺は現れてなどいないし、ただ物陰から見ていただけだ。

 だが、希望に飢えた人々にとって事実はどうでもいいのかもしれない。
彼らには、信じられる「物語」が必要だったのだ。

 その日から、俺のスラム街通いは日課となった。

 レオの奇跡は、人々の心に確かに火を灯していた。
希望という名の、小さな火を。

 俺は、その火が消えないようにただ見守り続けた。

 そんなある日のこと。

 俺は、一人の女性が粗末な家の前で泣き崩れているのを見かけた。
彼女の手には、枯れかけた小さな鉢植えが握られている。

(どうしたんだろう……)

 俺がそう思った瞬間、まただ。

 俺の意思とは関係なく、《物語の観測者ストーリー・ウォッチャー》が発動する。

 彼女の魂の物語が、俺の意識の中へと流れ込んできた。

 彼女の天賦ギフトは、植物をわずかに元気にするだけのささやかな力だった。

 だがそれは、亡くなった夫との唯一の思い出であるこの花を、今日まで咲かせ続けてきた大切な力。

 その力が度重なる心労と栄養失調で、今まさに消えかけようとしていたのだ。
彼女の悲しみと絶望が、まるで自分のことのように俺の胸を締め付ける。

(……まだ、枯れちゃいない)

 俺は、心の中で強く念じた。

(あんたの物語は、まだ終わっちゃいない。
あんたのその手の中には、まだ温かい光が残ってるじゃないか)

 俺の声なき声が届いたのか、女性がハッと顔を上げた。
そして、信じられないものを見るかのようにその手の中の鉢植えを見つめる。

 枯れかけていた花びらが、ほんのわずかに、本当にわずかに瑞々みずみずしさを取り戻していた。

 それは、誰にも気づかれないほどの小さな小さな奇跡。

 だが彼女にとっては、失いかけた世界の全てを取り戻すほどの大きな奇跡だった。

 女性は、俺がいた路地の方向を呆然ぼうぜんと見つめていた。
俺は、また逃げるようにその場を立ち去った。

 そんなことが、何度も続いた。

 重い荷物を運ぶのに苦労していた老人の、体を少しだけ強くする天賦ギフトの力を安定させてやったり。

 いつも喧嘩ばかりしていた兄弟の、心の内を互いに「観測」させてやったり。

 俺は、ただ彼らの物語に寄り添っただけ。

 だがそのたびにスラム街には小さな奇跡が生まれ、人々の瞳に宿る光は日ごとにその輝きを増していった。

 そして俺の噂もまた、雪だるま式に大きくなっていった。

 神出鬼没しんしゅつきぼつ
フードで顔を隠した、謎の男。

 ただ、そこにいるだけで人々のよどんだ天賦ギフトを「再誕」させる。

 いつしか俺は、スラムの人々にとって唯一の希望。
「再誕の賢者」として、一種の信仰の対象となっていた。

 そして、運命の日が訪れる。

 その日、俺がいつものようにスラム街を訪れると、広場が異様な熱気に包まれていた。

 俺の姿を認めた一人が、叫んだ。

「賢者様だ! 
『再誕の賢者』様が、お見えになられたぞ!」

 その声が、合図だった。
今まで遠巻きに見ていただけだった人々が、俺の元へと殺到してきたのだ。

「待ってくれ、俺は……!」

 言い訳しようとする俺の声は、彼らの必死な声にかき消される。
彼らは、俺の前にひざまずき、祈るように手を合わせた。

「賢者様、どうか……! 
私の息子の病を……!」

「私の天賦ギフトを、もう一度……!」

「このスラムから、我々をお救いください!」

 彼らの瞳は、もはや狂信的ですらあった。
俺は、彼らが作り上げた幻の救世主。
その事実に、俺は身動きが取れなくなった。

(まずい……。
これは、俺が望んだことじゃない……!)

 俺は、ただの傍観者ぼうかんしゃでいたかった。
だが、俺が起こした小さな奇跡は、俺をこの物語の渦中へと否応なく引きずり込んでいく。

 このままでは、確実にリュウガの耳にも入るだろう。

 彼の支配する帝国の中で、彼の管理外の「救世主」が生まれたなどという噂は、決して見過ごされるはずがない。

 俺は、決断を迫られていた。

 このまま全てを投げ出し、彼らの希望から逃げ出すか。
それとも、この幻の救世主という役目を、覚悟を決めて受け入れるか。

 俺はスラムの人々の希望に満ちた、しかしどこか縋るような瞳を見つめ返した。

 前世の俺にはなかった、誰かに必要とされるという重く、そして温かい感覚。

(……逃げられるもんかよ)

 俺は、奥歯を強く噛み締めた。
こうなったら、腹をくくるしかない。

 この「再誕の賢者」という物語を、俺が乗っ取ってやる。

 リュウガに報告しよう。
これは、俺が見つけ出したスラム街の「改善案」なのだと。

 俺は、俺自身の意志でこの物語の主役になる。
もう二度と、誰かの筋書きの上で踊るだけの歯車にはならない。

 固い決意を胸に俺は人々をかき分け、王宮へと続く道を、今度は逃げるのではなく戦うために歩き始めた。
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