19 / 150
第4章:仕組まれた罠
第19話:朱(あか)の警鐘と悲劇の幕開け
しおりを挟む
俺は、震える手で少女の部屋のドアノブを回した。
ギィ、ときしむ音を立てて扉が開く。
部屋の中は、地獄だった。
壁や床から黒い影のようなものが無数に染み出し、うごめいている。
家具はガタガタと不気味な音を立てて震え、少女の天賦から漏れ出す制御できないエネルギーが、部屋の空気をビリビリと揺らしていた。
「……いや……こないで……」
部屋の隅で、少女が頭を抱えてうずくまっている。
彼女は、自らが作り出した影に怯えているのだ。
俺はゆっくりと、彼女に近づいた。
一歩、また一歩と。
床に染み出した影が、まるで意思を持ったかのように俺の足に絡みついてくる。
冷たく、重い感触。
「大丈夫だ」
俺は自分に言い聞かせるように、言った。
声が震えているのが、自分でも分かった。
「俺が、助けてやる。だから……」
俺は祈るような気持ちで、少女の肩にそっと手を伸ばした。
そして、触れた。
その瞬間。
俺は、自らの天賦《物語の観測者》を全霊で解放した。
(行け、俺の意識!)
(リュウガが仕掛けた、あの忌まわしい暗示の壁を内側から破壊するんだ!)
俺の意識は鋭い槍となって、少女の魂の奥深くへと突き進む。
目の前に、灰色の壁が立ちはだかる。
だが今度は、ためらわない。
俺は、その壁に向かって全力でぶつかっていった。
ゴッ!
すさまじい抵抗。
脳が焼き切れるかのような衝撃が、俺を襲う。
壁の向こう側からリュウガの《絶対王の勅令》の力が、俺を拒絶しているのが分かった。
黄金色の光が壁の亀裂から漏れ出し、俺の意識を焼き尽くそうとする。
(……負けるかッ!)
俺は、叫んだ。
(前世で失った、俺の人生。)
(この世界で手に入れた、俺の物語。)
(それをこんなところで、終わらせてたまるか!)
俺は残された全ての精神力を、その一点に注ぎ込んだ。
ミシミシと、壁が悲鳴を上げる。
そして。
パリンッ!
ついにガラスが砕け散るような音と共に、俺の意識は壁の向こう側へと到達した。
やったか……!?
だが安堵したのも、束の間だった。
俺が見たのは、少女の穏やかな心の中の風景ではなかった。
そこにあったのは、二つの巨大な力が衝突し荒れ狂うエネルギーの嵐。
少女自身の「物語」を取り戻そうとする力と、それを否定し封じ込めようとするリュウガの暗示の力。
俺の介入は、その二つの力のバランスを完全に破壊してしまったのだ。
「―――ッ!?」
少女の小さな体が、ビクリと大きく跳ねた。
その瞳が、カッと見開かれる。
虚ろだった瞳に初めて、強い光が宿った。
だが、それは希望の光ではなかった。
絶望と恐怖、そして制御できない力が混じり合った破滅の光。
「……あ……ああ……」
少女の唇から、言葉にならない声が漏れる。
彼女の全身からすさまじい量のエネルギーが、青白い光となって溢れ出した。
(まずい……!)
俺はとっさに少女から離れようとしたが、もう遅かった。
世界から、音が消えた。
次の瞬間。
閃光。
全てを白く塗り潰す絶対的な光の流れが、部屋を満たした。
ゴオオオオオオオオオオオオオッッ!!
爆音は、光よりもずっと遅れてやってきた。
衝撃波が俺の体を、紙切れのように吹き飛ばす。
施設の壁も床も、天井も。
全てがいとも簡単に、砕け散っていく。
俺の意識は、そこで一度完全に途切れた。
……どれくらいの時間が経っただろうか。
耳鳴りのようなけたたましい音が、俺の意識を現実へと引き戻す。
ジリリリリリリリリリリリリッッ!!
それは施設内に設置された、非常事態を告げる警鐘の音だった。
壁に取り付けられたランプが狂ったように回転し、視界の全てを朱色に染め上げている。
「……う……ぐ……」
俺は、がれきの中でゆっくりと身を起こした。
幸い、大きな怪我はないらしい。
だが、目の前に広がる光景に俺は言葉を失った。
俺がいたはずの部屋は、影も形もなかった。
廊下の壁は崩れ落ち、天井には大きな穴が空いている。
施設の至る所から黒煙が上がり、職員たちの悲鳴が聞こえてきた。
大惨事だ。
俺の最後の賭けは、最悪の形で全てを破壊した。
俺は、呆然と立ち尽くした。
この地獄のような光景の中心で、ただ一人。
その時だった。
「ケントッ!」
がれきの向こう側から、聞き慣れた声が響いた。
リュウガだった。
彼は、帝国兵たちを引き連れてこちらへと駆け寄ってくる。
そのタイミングは、あまりにも完璧すぎた。
「……リュウガ……」
俺は、か細い声で彼の名を呼んだ。
(助けに来てくれたのか?)
いや、違う。
その考えがいかに甘いものだったかを、俺はすぐに思い知らされることになる。
リュウガは俺の前に立つと、信じられないものを見るかのような目で俺と、俺の背後に広がる惨状を見比べた。
その顔は驚きと悲しみ、そして深い絶望に歪んでいる。
完璧な、演技だった。
彼は、ゆっくりと首を横に振った。
その瞳には、涙すら浮かんでいるように見えた。
そして、彼は言った。
この悲劇の、幕引きを告げる言葉を。
周りの兵士たちにも聞こえるように、はっきりと。
「……君の優しさが、この悲劇を招いたんだ」
その言葉が、俺の頭の中で何度も、何度もこだました。
(ああ、そうか。)
(そういうことか。)
(これも全て、お前の筋書き通りだったというわけか。)
俺は、絶望的な状況の中でようやくこの罠の本当の意味を、理解した。
朱色の警告の光が、俺たちの顔を不気味に照らし続けていた。
ギィ、ときしむ音を立てて扉が開く。
部屋の中は、地獄だった。
壁や床から黒い影のようなものが無数に染み出し、うごめいている。
家具はガタガタと不気味な音を立てて震え、少女の天賦から漏れ出す制御できないエネルギーが、部屋の空気をビリビリと揺らしていた。
「……いや……こないで……」
部屋の隅で、少女が頭を抱えてうずくまっている。
彼女は、自らが作り出した影に怯えているのだ。
俺はゆっくりと、彼女に近づいた。
一歩、また一歩と。
床に染み出した影が、まるで意思を持ったかのように俺の足に絡みついてくる。
冷たく、重い感触。
「大丈夫だ」
俺は自分に言い聞かせるように、言った。
声が震えているのが、自分でも分かった。
「俺が、助けてやる。だから……」
俺は祈るような気持ちで、少女の肩にそっと手を伸ばした。
そして、触れた。
その瞬間。
俺は、自らの天賦《物語の観測者》を全霊で解放した。
(行け、俺の意識!)
(リュウガが仕掛けた、あの忌まわしい暗示の壁を内側から破壊するんだ!)
俺の意識は鋭い槍となって、少女の魂の奥深くへと突き進む。
目の前に、灰色の壁が立ちはだかる。
だが今度は、ためらわない。
俺は、その壁に向かって全力でぶつかっていった。
ゴッ!
すさまじい抵抗。
脳が焼き切れるかのような衝撃が、俺を襲う。
壁の向こう側からリュウガの《絶対王の勅令》の力が、俺を拒絶しているのが分かった。
黄金色の光が壁の亀裂から漏れ出し、俺の意識を焼き尽くそうとする。
(……負けるかッ!)
俺は、叫んだ。
(前世で失った、俺の人生。)
(この世界で手に入れた、俺の物語。)
(それをこんなところで、終わらせてたまるか!)
俺は残された全ての精神力を、その一点に注ぎ込んだ。
ミシミシと、壁が悲鳴を上げる。
そして。
パリンッ!
ついにガラスが砕け散るような音と共に、俺の意識は壁の向こう側へと到達した。
やったか……!?
だが安堵したのも、束の間だった。
俺が見たのは、少女の穏やかな心の中の風景ではなかった。
そこにあったのは、二つの巨大な力が衝突し荒れ狂うエネルギーの嵐。
少女自身の「物語」を取り戻そうとする力と、それを否定し封じ込めようとするリュウガの暗示の力。
俺の介入は、その二つの力のバランスを完全に破壊してしまったのだ。
「―――ッ!?」
少女の小さな体が、ビクリと大きく跳ねた。
その瞳が、カッと見開かれる。
虚ろだった瞳に初めて、強い光が宿った。
だが、それは希望の光ではなかった。
絶望と恐怖、そして制御できない力が混じり合った破滅の光。
「……あ……ああ……」
少女の唇から、言葉にならない声が漏れる。
彼女の全身からすさまじい量のエネルギーが、青白い光となって溢れ出した。
(まずい……!)
俺はとっさに少女から離れようとしたが、もう遅かった。
世界から、音が消えた。
次の瞬間。
閃光。
全てを白く塗り潰す絶対的な光の流れが、部屋を満たした。
ゴオオオオオオオオオオオオオッッ!!
爆音は、光よりもずっと遅れてやってきた。
衝撃波が俺の体を、紙切れのように吹き飛ばす。
施設の壁も床も、天井も。
全てがいとも簡単に、砕け散っていく。
俺の意識は、そこで一度完全に途切れた。
……どれくらいの時間が経っただろうか。
耳鳴りのようなけたたましい音が、俺の意識を現実へと引き戻す。
ジリリリリリリリリリリリリッッ!!
それは施設内に設置された、非常事態を告げる警鐘の音だった。
壁に取り付けられたランプが狂ったように回転し、視界の全てを朱色に染め上げている。
「……う……ぐ……」
俺は、がれきの中でゆっくりと身を起こした。
幸い、大きな怪我はないらしい。
だが、目の前に広がる光景に俺は言葉を失った。
俺がいたはずの部屋は、影も形もなかった。
廊下の壁は崩れ落ち、天井には大きな穴が空いている。
施設の至る所から黒煙が上がり、職員たちの悲鳴が聞こえてきた。
大惨事だ。
俺の最後の賭けは、最悪の形で全てを破壊した。
俺は、呆然と立ち尽くした。
この地獄のような光景の中心で、ただ一人。
その時だった。
「ケントッ!」
がれきの向こう側から、聞き慣れた声が響いた。
リュウガだった。
彼は、帝国兵たちを引き連れてこちらへと駆け寄ってくる。
そのタイミングは、あまりにも完璧すぎた。
「……リュウガ……」
俺は、か細い声で彼の名を呼んだ。
(助けに来てくれたのか?)
いや、違う。
その考えがいかに甘いものだったかを、俺はすぐに思い知らされることになる。
リュウガは俺の前に立つと、信じられないものを見るかのような目で俺と、俺の背後に広がる惨状を見比べた。
その顔は驚きと悲しみ、そして深い絶望に歪んでいる。
完璧な、演技だった。
彼は、ゆっくりと首を横に振った。
その瞳には、涙すら浮かんでいるように見えた。
そして、彼は言った。
この悲劇の、幕引きを告げる言葉を。
周りの兵士たちにも聞こえるように、はっきりと。
「……君の優しさが、この悲劇を招いたんだ」
その言葉が、俺の頭の中で何度も、何度もこだました。
(ああ、そうか。)
(そういうことか。)
(これも全て、お前の筋書き通りだったというわけか。)
俺は、絶望的な状況の中でようやくこの罠の本当の意味を、理解した。
朱色の警告の光が、俺たちの顔を不気味に照らし続けていた。
20
あなたにおすすめの小説
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
家族と魔法と異世界ライフ!〜お父さん、転生したら無職だったよ〜
三瀬夕
ファンタジー
「俺は加藤陽介、36歳。普通のサラリーマンだ。日本のある町で、家族5人、慎ましく暮らしている。どこにでいる一般家庭…のはずだったんだけど……ある朝、玄関を開けたら、そこは異世界だった。一体、何が起きたんだ?転生?転移?てか、タイトル何これ?誰が考えたの?」
「えー、可愛いし、いいじゃん!ぴったりじゃない?私は楽しいし」
「あなたはね、魔導師だもん。異世界満喫できるじゃん。俺の職業が何か言える?」
「………無職」
「サブタイトルで傷、えぐらないでよ」
「だって、哀愁すごかったから。それに、私のことだけだと、寂しいし…」
「あれ?理沙が考えてくれたの?」
「そうだよ、一生懸命考えました」
「ありがとな……気持ちは嬉しいんだけど、タイトルで俺のキャリア終わっちゃってる気がするんだよな」
「陽介の分まで、私が頑張るね」
「いや、絶対、“職業”を手に入れてみせる」
突然、異世界に放り込まれた加藤家。
これから先、一体、何が待ち受けているのか。
無職になっちゃったお父さんとその家族が織りなす、異世界コメディー?
愛する妻、まだ幼い子どもたち…みんなの笑顔を守れるのは俺しかいない。
──家族は俺が、守る!
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
「元」面倒くさがりの異世界無双
空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。
「カイ=マールス」と。
よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
異世界おっさん一人飯
SILVER・BACK(アマゴリオ)
ファンタジー
サラリーマンのおっさんが事故に遭って異世界転生。
秀でた才能もチートもないが、出世欲もなく虚栄心もない。安全第一で冒険者として過ごし生き残る日々。
それは前世からの趣味である美味しいご飯を異世界でも食べ歩くためだった。
推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる
ケイちゃん
ファンタジー
ゲームに熱中していた彼は、シナリオで現れたラスボスを好きになってしまう。
彼はその好意にラスボスを倒さず何度もリトライを重ねて会いに行くという狂気の推し活をしていた。
だがある日、ストーリーのエンディングが気になりラスボスを倒してしまう。
結果、ラスボスのいない平和な世界というエンドで幕を閉じ、推しのいない世界の悲しみから倒れて死んでしまう。
そんな彼が次に目を開けるとゲームの中の主人公に転生していた!
主人公となれば必ず最後にはラスボスに辿り着く、ラスボスを倒すという未来を変えて救いだす事を目的に彼は冒険者達と旅に出る。
ラスボスを倒し世界を救うという定められたストーリーをねじ曲げ、彼はラスボスを救う事が出来るのか…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる