異世界転生と『天賦(ギフト)』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる!

月影 朔

文字の大きさ
24 / 150
第5章:奈落の谷

第24話:棄てられた者たちの物語

しおりを挟む
(さて……)

(お前たちは、どんな『物語ストーリー』を持って、このゴミ箱に捨てられた?)

 俺の意識は、研ぎ澄まされた刃のように闇を切り裂き、崖下へと落下した者たちへと伸びていく。

 もはや、俺の《物語の観測者ストーリー・ウォッチャー》は暴走する感情の濁流だくりゅうではない。

 ただ冷徹れいてつに目的の情報だけを抜き取るための、分析道具と化していた。

 ドシャッ、という鈍い音がいくつか響き、悲鳴は途絶えた。

 五つの影のうち三つは岩肌に叩きつけられ、もはやただの肉塊にくかいと化している。

 この谷では、ありふれた光景だ。

 だが残りの二つは運良く、俺がそうだったように分厚いこけ群生地ぐんせいちに落ちたらしい。

 かろうじてまだ、息があった。

 俺は音もなく崖を駆け下りると、まず近くでうめき声を上げている男に近づいた。

 全身を強く打ってはいるが、命に別状はなさそうだ。
彼はかつては上等だったであろう仕立ての良い服を泥に汚し、絶望に満ちた目で瘴気しょうきの空を見上げている。

 同情など、かない。
俺はただ、彼の魂に意識を集中させた。

物語の観測者ストーリー・ウォッチャー》――発動。

 脳内に、彼の人生が映像となって流れ込んでくる。

◇ ◇ ◇

 男は、帝都でも有名な音楽家だった。

 彼が持つ天賦ギフトは《魂を揺さぶる旋律ソウル・スターリング・メロディ》。

 彼が奏でるリュートの音色は人々の心を深く揺さぶり、忘れかけていた喜びや押し殺していた悲しみを、涙と共に解放させる力を持っていた。

 薄暗い酒場での演奏。
彼の音楽に、人々は泣き、笑い、そして肩を組んで歌っていた。

 そこには、リュウガが作った管理された幸福ではない、もっと生々しく人間臭い感情の爆発があった。

 誰もが心の鎧を脱ぎ捨て、魂をむき出しにして、音楽という一つの絆で結ばれている。

 なんと美しく、なんと人間らしい光景だろうか。

 だが、それが彼の運命を決定づけた。

 ある日、彼の家に踏み込んできたのは、感情のない黒鎧の兵士たちだった。

 罪状は、『民衆に不要な感情の乱れをあおりたてた罪』。

 彼は思想犯として捕らえられ、その指を、リュウガに奪われたのだという。

◇ ◇ ◇

「…………」

 俺は、静かに彼から意識を引き剥がした。

 男は、俺の存在に気づくこともなくただ虚空こくうを見つめている。

 不要な、感情の乱れ。
それが、彼の罪。

 俺は、もう一人の生存者へと歩を進めた。

 今度は、まだ若い女だった。

 腕の良い発明家だったらしく、その手は油と切り傷で荒れている。

 再び、観測を開始する。

 彼女の物語が、俺の頭の中に映し出された。

◇ ◇ ◇

 彼女の天賦ギフトは《機構の閃きメカニカル・フラッシュ》。

 複雑な機械の仕組みを瞬時に理解し、改良する力。

 彼女は、帝国の物流を支える運河の水量を、天候に左右されず自動で調整する画期的な水門を設計した。

 夜も寝ずに図面を引き、歯車を削り、失敗を繰り返す。

 その瞳は、より良い未来を創りたいという純粋な希望に輝いていた。
それは多くの人々の仕事を楽にし、国の生産性を飛躍的に高めるはずの発明だった。

 だが、その発明はリュウガが管理する『治水ちすいギルド』の存在意義そのものを、脅かすものだった。

 罪状は、『国家の経済基盤を揺るがし、社会不安をあおった罪』。

 彼女の発明は完成直前に帝国によって没収され、彼女自身もまた、その全てを奪われた。

 リュウガの完璧な計画経済に、予測不能な「個人の創意工夫」が入り込む余地はなかったのだ。

◇ ◇ ◇

「…………そうか」

 俺の口から、乾いた声が漏れた。

 俺は、もう彼女たちに何の興味もなかった。
彼らがこの後、この谷で生き延びられるかどうかも、どうでもいい。

 俺は彼らに背を向けると、自らの寝ぐらである洞窟へとただ黙って歩き始めた。

 脳内で、今まで観測してきた者たちの物語が、パズルのピースのように組み合わさっていく。

 あのスラム街で出会った、天賦ギフトが暴走していた少年レオ。
彼は、ただ仲間と繋がりたかっただけだ。

 枯れかけた花を手に泣いていた、あの女性。
彼女は、ただ亡き夫との思い出を大切にしたかっただけだ。

 そして、今しがた捨てられた音楽家と発明家。
彼らは、ただ自らの才能で人々を喜ばせ、世の中を良くしたかっただけ。

 誰も、悪人などではなかった。
誰も、帝国に逆らおうなどとは考えていなかった。

 彼らの罪は、ただ一つ。

 その存在が、リュウガの創り上げた完璧な「仕組み」にとって、都合が悪かった。

 それだけだ。

 音楽は、人の心を彼の管理できない方向へと動かす。
発明は、彼の計画経済に予測不能な変化をもたらす。
自由な救済は、彼の支配体制の求心力を揺るがす。

 彼らは、犯罪者ではない。
ただ、リュウガの理想郷という完璧な機械の規格に合わない、「不良品」だったのだ。

 俺の脳裏に、前世の記憶が蘇る。

 会社という組織。
そこでは、出る杭は打たれた。

 新しい提案は、前例がないという理由だけで却下された。
会社のルールに馴染めない者は、無能のレッテルを貼られ窓際に追いやられた。

 全く、同じじゃないか。

 リュウガが創り上げた理想郷の正体は、俺が心の底から憎んでいた、あの息苦しい会社組織そのものだったのだ。

 個性を尊重せず、ただ仕組みに従順な歯車だけを求める巨大なシステム。

 そして、その仕組みから弾き出された者は……。

 俺は、洞窟の入り口で足を止めた。
そして、ゆっくりと振り返る。

 眼下に広がるのは、どこまでも続く不毛の大地。
瘴気しょうきが渦巻き、不気味な魔物たちがうごめく死の世界。

 だが、その中で。

 俺と同じように全てを奪われこの場所に捨てられながらも、まだ生きている者たちがいる。

 岩陰に身を潜め、汚れた水をすすり、それでもまだ命を繋いでいる者たちが。

 彼らは、罪を償うためにここにいるのではない。

 ただ、捨てられたのだ。
リュウガの光り輝く理想郷の、その景観を損なわないように。

 彼の完璧な世界の、目につかない場所へと。

 俺は、ようやく理解した。
この奈落の谷の、本当の意味を。

 復讐心だけを支えに、俺はここで生き延びてきた。
リュウガ個人への憎しみだけを、頼りにして。

 だが、もう違う。

 俺の中で燃え盛っていた炎が、その色を変えていくのが分かった。

 激情の赤ではない。
全てを凍てつかせる、絶対零度の青い炎へと。

 俺の怒りは、もはやリュウガ個人に向けられたものではなかった。
彼の創り上げた、この世界の理不尽な「仕組み」そのものへ。

 人の心を、物語を、ただの部品のように扱うその傲慢ごうまんさへ。

 俺は、冷え切った声でつぶやいた。
その声は、この谷の瘴気しょうきよりもずっと冷たく、重かった。

「……ここは、牢獄じゃない」

 そうだ。
ここは罪人を罰するための場所などではない。

「……ゴミ箱だ」

 リュウガの理想郷にとって、不都合な者たちを隔離するための。
彼の完璧な世界の、薄汚いゴミ箱。

 そして俺もまた、そのゴミ箱に捨てられたただのゴミの一つに過ぎない。

 その冷徹れいてつな真実が、俺の心を完全に作り変えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

家族と魔法と異世界ライフ!〜お父さん、転生したら無職だったよ〜

三瀬夕
ファンタジー
「俺は加藤陽介、36歳。普通のサラリーマンだ。日本のある町で、家族5人、慎ましく暮らしている。どこにでいる一般家庭…のはずだったんだけど……ある朝、玄関を開けたら、そこは異世界だった。一体、何が起きたんだ?転生?転移?てか、タイトル何これ?誰が考えたの?」 「えー、可愛いし、いいじゃん!ぴったりじゃない?私は楽しいし」 「あなたはね、魔導師だもん。異世界満喫できるじゃん。俺の職業が何か言える?」 「………無職」 「サブタイトルで傷、えぐらないでよ」 「だって、哀愁すごかったから。それに、私のことだけだと、寂しいし…」 「あれ?理沙が考えてくれたの?」 「そうだよ、一生懸命考えました」 「ありがとな……気持ちは嬉しいんだけど、タイトルで俺のキャリア終わっちゃってる気がするんだよな」 「陽介の分まで、私が頑張るね」 「いや、絶対、“職業”を手に入れてみせる」 突然、異世界に放り込まれた加藤家。 これから先、一体、何が待ち受けているのか。 無職になっちゃったお父さんとその家族が織りなす、異世界コメディー? 愛する妻、まだ幼い子どもたち…みんなの笑顔を守れるのは俺しかいない。 ──家族は俺が、守る!

転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚

熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。 しかし職業は最強!? 自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!? ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。

「元」面倒くさがりの異世界無双

空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。 「カイ=マールス」と。 よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

異世界おっさん一人飯

SILVER・BACK(アマゴリオ)
ファンタジー
 サラリーマンのおっさんが事故に遭って異世界転生。  秀でた才能もチートもないが、出世欲もなく虚栄心もない。安全第一で冒険者として過ごし生き残る日々。  それは前世からの趣味である美味しいご飯を異世界でも食べ歩くためだった。  

推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん
ファンタジー
ゲームに熱中していた彼は、シナリオで現れたラスボスを好きになってしまう。 彼はその好意にラスボスを倒さず何度もリトライを重ねて会いに行くという狂気の推し活をしていた。 だがある日、ストーリーのエンディングが気になりラスボスを倒してしまう。 結果、ラスボスのいない平和な世界というエンドで幕を閉じ、推しのいない世界の悲しみから倒れて死んでしまう。 そんな彼が次に目を開けるとゲームの中の主人公に転生していた! 主人公となれば必ず最後にはラスボスに辿り着く、ラスボスを倒すという未来を変えて救いだす事を目的に彼は冒険者達と旅に出る。 ラスボスを倒し世界を救うという定められたストーリーをねじ曲げ、彼はラスボスを救う事が出来るのか…?

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...