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第7章:銀狼のルナ
第30話:孤高の銀狼
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俺の復讐は、その意味を大きく変えた。
もはやリュウガ個人への憎しみだけが、俺を動かす原動力ではない。
この魂の墓場に葬られた無数の物語。
その全てを背負い、あの偽りの理想郷を終わらせる。
その冷徹な使命感が、俺の中で凍てつく炎のように静かに燃えていた。
やるべきことは、決まった。
俺は、このゴミ箱の王になる。
リュウガが捨てたゴミたちを拾い集め、磨き上げ、最強の軍隊へと作り変えるのだ。
そのためには、まずこの奈落の谷の全てを知り尽くす必要があった。
地形、魔物の生態系、そしてまだ見ぬ生存者たちの存在。
俺は自らの寝ぐらである洞窟を拠点に、これまで足を踏み入れたことのない谷の最奥部へと調査の範囲を広げ始めた。
数日、あるいは数週間が経っただろうか。
俺は、谷を分断するように流れる瘴気の川を越え、より濃密な闇が支配する領域にいた。
ここは、これまで俺が縄張りとしていた区域とは明らかに空気が違う。
下級の魔物の気配すらなく、静まり返っている。
だが、それは安全を意味しない。
絶対的な強者が、この地の生態系を完全に支配している証拠だ。
岩肌に身を隠しながら、俺は慎重に進む。
その時だった。
ピクリ、と俺の獣のような感覚が、かすかな気配を捉えた。
それは、魔物特有のよどんだ気配ではない。
かといって、この谷に捨てられた者たちが放つ、絶望に満ちた抜け殻のような気配でもない。
もっと鋭く、研ぎ澄まされ、そして燃えるような生命力。
だが、その生命力に混じって俺の肌を刺すのは、明確な殺意と人間に対する激しい敵意だった。
(……なんだ、こいつは……)
俺は息を殺し、気配のする方向へと音もなく近づいていく。
やがて、わずかに開けた岩場が見えてきた。
そして、俺は見た。
そこにいたのは、一人の少女だった。
月明かりのように淡く輝く、美しい銀色の髪。
この光の届かない谷で、唯一輝く星のようだった。
その髪の間から、ぴんと張った狼の耳が覗いている。
腰からは、ふさふさとした同じ色の尻尾が伸びていた。
獣人族。
その中でも、特に誇り高いとされる銀狼の血を引く者か。
彼女は、俺が今までこの谷で見てきたどんな存在とも異なっていた。
その身にまとっているのはボロ布ではなく、明らかに手練れの狩人が着るような、なめした皮の軽装鎧。
その手には、黒曜石を削り出したかのような鋭い短剣が二本、逆手に握られている。
そして何より違うのは、その瞳。
絶望にも恐怖にも染まっていない。
ただ、人間という種そのものへの絶対的な憎悪と、何者にも屈しないという孤高の光だけを宿していた。
彼女は、岩場に横たわる巨大な魔物の骸に片足を乗せていた。
その魔物は、俺も一度だけ遠くから見かけたことがある。
鋼鉄の甲殻を持つ、巨大なサソリ型の魔物だ。
並大抵の攻撃では、その甲殻に傷一つつけられないはず。
だが、その魔物は眉間と心臓部を正確にえぐり取られ、完全に沈黙していた。
この少女が、一人で仕留めたというのか。
俺が物陰からその光景を観察していた、その時。
少女が、ハッと顔を上げた。
その琥珀色の瞳が、一直線に俺が隠れている岩陰を捉える。
(……まずい、気づかれたか!)
俺はとっさに身を引こうとしたが、遅かった。
少女の姿が、ふっとその場から消える。
次の瞬間。
ヒュンッ!
俺がいた場所のすぐ横の岩肌に、彼女が投げたのであろう黒曜石の短剣が深々と突き刺さっていた。
もし俺の反応がほんの一瞬でも遅れていたら、今頃俺の側頭部がその刃に貫かれていただろう。
ぞわり、と全身の産毛が逆立つ。
速い。
あまりにも、速すぎる。
俺は即座にその場を飛び退き、距離を取った。
少女は、音もなく俺の前に着地する。
その獣のようなしなやかな動きには、一切の無駄がない。
「…………人間」
地を這うような、低い声。
その声には、煮えたぎるような憎しみが込められていた。
「この領域は、アタシの縄張りだ。
……死ね」
警告も、問答もなし。
彼女は言葉を言い終えるのと同時に、地を蹴った。
その姿が、ぶれて見える。
ドドドドッ!
俺がいた場所を、彼女の鋭い爪が通り過ぎていく。
岩盤が、まるで豆腐のようにたやすく削り取られた。
「……ッ!」
俺は、かろうじてその一撃を回避する。
だが、休む暇などない。
彼女は即座に体勢を立て直すと、再び俺へと襲いかかってきた。
右の爪による薙ぎ払い。
それを屈んでかわすと、今度は左の爪による突きが俺の喉元を狙う。
返す刀で、回し蹴りが脇腹をえぐろうとする。
速い、重い、そして何より正確。
その動きは、ただの獣のそれではない。
明らかに、対人戦闘に特化した技術。
無駄な動きをそぎ落とし、殺すことだけを目的とした洗練された動きだ。
俺は、奈落で鍛え上げた身体能力と《物語の観測者》による予測で、その猛攻を紙一重でかわし続ける。
だが、防戦一方だった。
反撃の隙が、全く見えない。
ガキィン!
俺は、懐から骨のナイフを抜き放ち、彼女の爪をかろうじて受け止めた。
火花が散り、腕がしびれるほどの衝撃。
体格では俺の方が上のはずなのに、その一撃は俺の体勢を大きく崩した。
(……こいつ、尋常じゃないぞ……!)
俺は、戦闘の最中に意識を集中させた。
《物語の観測者》――発動!
こいつの正体を、弱点を、物語を暴き出す!
だが。
「―――ッ!?」
俺の意識が彼女の魂に触れた瞬間、脳内に膨大な情報が濁流のように流れ込もうとして、猛烈な拒絶反応に阻まれた。
ズキンッ!と、こめかみを鋭い針で突き刺されたかのような激痛が走る。
彼女の魂は、人間への憎悪という名の氷壁に固く閉ざされ、俺の観測を拒絶しているのだ。
深層まで、観測できない。
脳裏に浮かんだのは、エラーメッセージのような無機質な情報だけだった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族名:銀狼の獣人
状態:強固な精神防壁により、深層観測を拒絶
魂の物語(表層):
【憎悪】:人間。この世から根絶やしにしたい。
【決意】:拒絶。もう二度と、誰にも心を開かない。
【悲劇】:裏切り。同胞の死。
弱点:
【観測不能】
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
その憎悪は、あまりにも純粋で深く、そして悲しい物語に根差しているようだった。
「……舐めるなよ、人間が!」
俺が一瞬動きを止めたのを、彼女は見逃さなかった。
俺の骨のナイフが弾き飛ばされ、がら空きになった胴体へと彼女の爪が深々と突き立てられる。
(―――しまった!)
死を、覚悟した。
だが、その爪は俺の体を貫く寸前で、ぴたりと止まった。
「……ん?」
彼女が、怪訝な声を上げる。
俺の胸の前で、淡い光の膜のようなものが一瞬だけまたたき、そして消えた。
俺が身に着けていた、魔物の皮で作った粗末な鎧。
その鎧に縫い込んでおいた、特殊なウロコ。
それは、魔物の魔力をわずかに反射する性質を持っていた。
気休め程度の防御だったが、それが奇跡的に彼女の一撃を妨げたらしい。
俺はその一瞬の隙を見逃さなかった。
全力で後ろに跳躍し、距離を取る。
「……ほう。
今のを防ぐか」
少女は、少しだけ感心したように言った。
だが、その瞳の奥の憎しみの色は少しも揺らいでいない。
「だが、次はない」
彼女は、再び体勢を低くした。
次の瞬間、俺は彼女の動きを完全に捉えることができなかった。
気づいた時には、彼女は俺の懐に潜り込んでいた。
(―――速すぎる!)
もう、避けられない。
死のイメージが、脳裏をよぎる。
俺は最後の抵抗として、骨のナイフをがむしゃらに振り回した。
その、瞬間だった。
もはやリュウガ個人への憎しみだけが、俺を動かす原動力ではない。
この魂の墓場に葬られた無数の物語。
その全てを背負い、あの偽りの理想郷を終わらせる。
その冷徹な使命感が、俺の中で凍てつく炎のように静かに燃えていた。
やるべきことは、決まった。
俺は、このゴミ箱の王になる。
リュウガが捨てたゴミたちを拾い集め、磨き上げ、最強の軍隊へと作り変えるのだ。
そのためには、まずこの奈落の谷の全てを知り尽くす必要があった。
地形、魔物の生態系、そしてまだ見ぬ生存者たちの存在。
俺は自らの寝ぐらである洞窟を拠点に、これまで足を踏み入れたことのない谷の最奥部へと調査の範囲を広げ始めた。
数日、あるいは数週間が経っただろうか。
俺は、谷を分断するように流れる瘴気の川を越え、より濃密な闇が支配する領域にいた。
ここは、これまで俺が縄張りとしていた区域とは明らかに空気が違う。
下級の魔物の気配すらなく、静まり返っている。
だが、それは安全を意味しない。
絶対的な強者が、この地の生態系を完全に支配している証拠だ。
岩肌に身を隠しながら、俺は慎重に進む。
その時だった。
ピクリ、と俺の獣のような感覚が、かすかな気配を捉えた。
それは、魔物特有のよどんだ気配ではない。
かといって、この谷に捨てられた者たちが放つ、絶望に満ちた抜け殻のような気配でもない。
もっと鋭く、研ぎ澄まされ、そして燃えるような生命力。
だが、その生命力に混じって俺の肌を刺すのは、明確な殺意と人間に対する激しい敵意だった。
(……なんだ、こいつは……)
俺は息を殺し、気配のする方向へと音もなく近づいていく。
やがて、わずかに開けた岩場が見えてきた。
そして、俺は見た。
そこにいたのは、一人の少女だった。
月明かりのように淡く輝く、美しい銀色の髪。
この光の届かない谷で、唯一輝く星のようだった。
その髪の間から、ぴんと張った狼の耳が覗いている。
腰からは、ふさふさとした同じ色の尻尾が伸びていた。
獣人族。
その中でも、特に誇り高いとされる銀狼の血を引く者か。
彼女は、俺が今までこの谷で見てきたどんな存在とも異なっていた。
その身にまとっているのはボロ布ではなく、明らかに手練れの狩人が着るような、なめした皮の軽装鎧。
その手には、黒曜石を削り出したかのような鋭い短剣が二本、逆手に握られている。
そして何より違うのは、その瞳。
絶望にも恐怖にも染まっていない。
ただ、人間という種そのものへの絶対的な憎悪と、何者にも屈しないという孤高の光だけを宿していた。
彼女は、岩場に横たわる巨大な魔物の骸に片足を乗せていた。
その魔物は、俺も一度だけ遠くから見かけたことがある。
鋼鉄の甲殻を持つ、巨大なサソリ型の魔物だ。
並大抵の攻撃では、その甲殻に傷一つつけられないはず。
だが、その魔物は眉間と心臓部を正確にえぐり取られ、完全に沈黙していた。
この少女が、一人で仕留めたというのか。
俺が物陰からその光景を観察していた、その時。
少女が、ハッと顔を上げた。
その琥珀色の瞳が、一直線に俺が隠れている岩陰を捉える。
(……まずい、気づかれたか!)
俺はとっさに身を引こうとしたが、遅かった。
少女の姿が、ふっとその場から消える。
次の瞬間。
ヒュンッ!
俺がいた場所のすぐ横の岩肌に、彼女が投げたのであろう黒曜石の短剣が深々と突き刺さっていた。
もし俺の反応がほんの一瞬でも遅れていたら、今頃俺の側頭部がその刃に貫かれていただろう。
ぞわり、と全身の産毛が逆立つ。
速い。
あまりにも、速すぎる。
俺は即座にその場を飛び退き、距離を取った。
少女は、音もなく俺の前に着地する。
その獣のようなしなやかな動きには、一切の無駄がない。
「…………人間」
地を這うような、低い声。
その声には、煮えたぎるような憎しみが込められていた。
「この領域は、アタシの縄張りだ。
……死ね」
警告も、問答もなし。
彼女は言葉を言い終えるのと同時に、地を蹴った。
その姿が、ぶれて見える。
ドドドドッ!
俺がいた場所を、彼女の鋭い爪が通り過ぎていく。
岩盤が、まるで豆腐のようにたやすく削り取られた。
「……ッ!」
俺は、かろうじてその一撃を回避する。
だが、休む暇などない。
彼女は即座に体勢を立て直すと、再び俺へと襲いかかってきた。
右の爪による薙ぎ払い。
それを屈んでかわすと、今度は左の爪による突きが俺の喉元を狙う。
返す刀で、回し蹴りが脇腹をえぐろうとする。
速い、重い、そして何より正確。
その動きは、ただの獣のそれではない。
明らかに、対人戦闘に特化した技術。
無駄な動きをそぎ落とし、殺すことだけを目的とした洗練された動きだ。
俺は、奈落で鍛え上げた身体能力と《物語の観測者》による予測で、その猛攻を紙一重でかわし続ける。
だが、防戦一方だった。
反撃の隙が、全く見えない。
ガキィン!
俺は、懐から骨のナイフを抜き放ち、彼女の爪をかろうじて受け止めた。
火花が散り、腕がしびれるほどの衝撃。
体格では俺の方が上のはずなのに、その一撃は俺の体勢を大きく崩した。
(……こいつ、尋常じゃないぞ……!)
俺は、戦闘の最中に意識を集中させた。
《物語の観測者》――発動!
こいつの正体を、弱点を、物語を暴き出す!
だが。
「―――ッ!?」
俺の意識が彼女の魂に触れた瞬間、脳内に膨大な情報が濁流のように流れ込もうとして、猛烈な拒絶反応に阻まれた。
ズキンッ!と、こめかみを鋭い針で突き刺されたかのような激痛が走る。
彼女の魂は、人間への憎悪という名の氷壁に固く閉ざされ、俺の観測を拒絶しているのだ。
深層まで、観測できない。
脳裏に浮かんだのは、エラーメッセージのような無機質な情報だけだった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族名:銀狼の獣人
状態:強固な精神防壁により、深層観測を拒絶
魂の物語(表層):
【憎悪】:人間。この世から根絶やしにしたい。
【決意】:拒絶。もう二度と、誰にも心を開かない。
【悲劇】:裏切り。同胞の死。
弱点:
【観測不能】
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
その憎悪は、あまりにも純粋で深く、そして悲しい物語に根差しているようだった。
「……舐めるなよ、人間が!」
俺が一瞬動きを止めたのを、彼女は見逃さなかった。
俺の骨のナイフが弾き飛ばされ、がら空きになった胴体へと彼女の爪が深々と突き立てられる。
(―――しまった!)
死を、覚悟した。
だが、その爪は俺の体を貫く寸前で、ぴたりと止まった。
「……ん?」
彼女が、怪訝な声を上げる。
俺の胸の前で、淡い光の膜のようなものが一瞬だけまたたき、そして消えた。
俺が身に着けていた、魔物の皮で作った粗末な鎧。
その鎧に縫い込んでおいた、特殊なウロコ。
それは、魔物の魔力をわずかに反射する性質を持っていた。
気休め程度の防御だったが、それが奇跡的に彼女の一撃を妨げたらしい。
俺はその一瞬の隙を見逃さなかった。
全力で後ろに跳躍し、距離を取る。
「……ほう。
今のを防ぐか」
少女は、少しだけ感心したように言った。
だが、その瞳の奥の憎しみの色は少しも揺らいでいない。
「だが、次はない」
彼女は、再び体勢を低くした。
次の瞬間、俺は彼女の動きを完全に捉えることができなかった。
気づいた時には、彼女は俺の懐に潜り込んでいた。
(―――速すぎる!)
もう、避けられない。
死のイメージが、脳裏をよぎる。
俺は最後の抵抗として、骨のナイフをがむしゃらに振り回した。
その、瞬間だった。
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