異世界転生と『天賦(ギフト)』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる!

月影 朔

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第7章:銀狼のルナ

第31話:見えない咆哮

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(―――速すぎる!)

 もう、避けられない。
死のイメージが、脳裏をよぎる。

 俺は最後の抵抗として、手元に残った骨のナイフをがむしゃらに振り回した。

 獣が追い詰められた時に見せる、意味のない威嚇いかく
だが、今の俺にできることはそれだけだった。

 その、瞬間だった。
「―――ッアアアアアアアッッ!!」

 少女の口から放たれたのは、言葉ではない。
鼓膜こまくを震わせる物理的な音の衝撃でありながら、それだけではない何か。

 魂の芯を直接揺さぶるような、目に見えない咆哮ほうこうだった。

 ビリビリと、空気が震える。
奈落の谷のよどんだ瘴気しょうきが彼女を中心に、波紋のように広がっていく。

 最初に異変に気づいたのは、この地の獣たちだったのかもしれない。
俺たちの戦いを遠巻きにうかがっていたのであろう、岩陰に潜む魔物たちの気配が、一斉に恐怖に染まった。

 クモのような姿の魔物が慌てて巣穴に逃げ帰り、翼を持つトカゲがパニックを起こしたように飛び去っていく。

 まるで絶対的な王の帰還におびえるかのように、この場の全ての生命が彼女にひれ伏した。

 だがその異常事態を冷静に分析する余裕など、俺にはなかった。

 咆哮ほうこうをまともに浴びた俺の体は、もっと直接的で致命的な変化に襲われていたからだ。

(……なんだ……これ……?)

 力が、抜けていく。
全身の筋肉が、まるで鉛の塊になったかのように重い。

 あれほど燃え盛っていた闘争心が、まるで冷水を浴びせられたかのように急速にしぼんでいく。

 リュウガへの復讐心。
この奈落で生き抜くために研ぎ澄ませてきた、獣のような生存本能。

 その全てが、彼女の咆哮ほうこう一つで強制的に鎮火ちんかさせられていくのだ。

「……はっ……はぁ……っ」

 呼吸が、浅くなる。
思考に、分厚い霧がかかったようだ。

 これは、ただの威嚇いかくではない。
精神に直接干渉する、特殊な力。

 リュウガの《絶対王の勅令アブソリュート・オーダー》とはまた違う、もっと本能的で、逆らいがたい力だ。

「……終わりだ」

 少女は、俺の異変を正確に見て取っていた。

 その琥珀色こはくいろの瞳に、勝利を確信した冷たい光が宿る。
彼女は再び体勢を低くすると、今度こそ俺の心臓を確実に貫くために、その爪をきらめかせた。

 まずい。
このままでは、殺される。
頭では分かっているのに、体が言うことを聞かない。

 闘争心という名の燃料を奪われた肉体は、ただの肉塊にくかいと化していた。

(……動け……動けよ、俺の体……!)

(こんなところで、終わってたまるか……!)

 俺は、最後の気力を振り絞って奥歯を強く噛み締めた。

 その、瞬間。
俺の脳裏に、ヴァルガンの最期の姿が蘇った。

 帝国最高の鍛冶師としての誇りを、魂ごと奪われた男の、あの絶望に満ちた瞳。

 そうだ。
俺は、まだ死ねない。
この魂の墓場に眠る、無数の物語を背負っているんだ。

 俺個人の感情など、とうにどうでもいい。
俺を動かすのは、もはや俺一人の復讐心ではないのだから。

 その強い意志が、闘争心とは別の何かを俺の心に灯した。

 それは、使命感という名の、より冷徹れいてつで硬い炎。
その炎が、咆哮ほうこうによって麻痺しかけた俺の体を、無理やり動かした。

 ズシャッ!

 俺は、床を転がるようにして彼女の最後の一撃を回避する。

 頬を、鋭い爪がかすめていった。
焼けるような痛みが走り、生温かい血が流れるのが分かった。
だが、致命傷ではない。

「……まだ動くか。
しぶといな、人間は」

 少女は、少しだけ忌々いまいましげに舌打ちした。

 だが、その表情に焦りはない。
俺がもはや、ボロボロの獲物でしかないことを見抜いているのだろう。

 俺は、距離を取りながら必死に思考を巡らせた。

 《物語の観測者ストーリー・ウォッチャー》による深い観測は、彼女の強固な心の壁にはばまれてできない。
純粋な戦闘能力では、俺が完全に下だ。

 そして、あの不可解な咆哮ほうこう
あれを食らうたびに、俺は無力化されていく。

 完全に、詰んでいる。

 だが。

(……待てよ)
俺の脳裏に、一つの可能性が浮かび上がった。

 あの咆哮ほうこう
あれこそが、彼女の魂の物語を読み解くための鍵なのではないか?

 俺が観測した、彼女の魂の表層情報。

【悲劇】:裏切り。同胞の死。
その悲しみが、彼女の心を人間への絶対的な憎悪で塗り固めている。

 ならば、あの咆哮ほうこうはただの攻撃ではない。
彼女の魂からの、悲鳴そのものなのではないか?
もう二度と誰にも近づいてほしくないという、心の叫び。

 そして、もう一つ。
あの咆哮ほうこうを聞いた時、周囲の魔物たちが一斉に怯え、逃げ出した。
まるで、絶対的な上位者の命令を聞いたかのように。

(……まさか、あれが……)

 あれが、彼女の《天賦ギフト》そのものだとしたら?

 いや、違う。

 《物語の観測者ストーリー・ウォッチャー》は、彼女の魂に《天賦ギフト》の情報を捉えられなかった。
リュウガに奪われた者たちのように、その場所が空っぽになっていたからだ。

 ならば、あれは。
奪われた《天賦ギフト》の残り香。
魂に染み付いて消えない、かつての力のなごりだ。

 彼女自身も、無意識のうちにその力の欠片を漏れ出させているに過ぎない。

 そうだ。
きっと、そうだ。

 俺の中で、全てのピースが繋がり始めた。
彼女は、ただの戦闘狂ではない。
彼女もまた、リュウガの犠牲者なのだ。

 仲間を率い獣たちを従えるほどの強力な《天賦ギフト》を奪われ、その結果人間への拭いきれない憎しみを抱えてこの奈落の底で、孤独に戦い続けている。

 その仮説にたどり着いた瞬間。
俺の中で燃えていた使命感の炎が、その色を変えた。

 彼女は、俺が倒すべき敵ではない。
彼女は、俺が最初に救うべき「仲間」なのかもしれない。

「……どうした?
 祈りでも捧げているのか?」

 俺が思考に沈んでいるのを、彼女はあざ笑うかのように言った。

「安心しろ。
苦しまずに殺してやる」
彼女は、再び地を蹴った。

 だが、今度の俺はもうただ逃げ惑うだけの獣ではなかった。
俺の瞳には、明確な目的の光が宿っていた。

戦うことを、やめる。
そして、対話する。
彼女の、魂と。

俺は、回避に専念した。
彼女の攻撃を、ただひたすらに受け流す。
その瞳を、まっすぐに見つめ返しながら。
「……何が目的だ。気味が悪い」
彼女は、俺の異変に気づきまゆをひそめた。
俺の目には、もう敵意も殺意もなかったからだ。
そこにあるのは、ただひたすらに純粋な「問い」だけ。

お前は、誰だ?
お前の本当の物語は、何だ?

俺は、彼女の攻撃の合間をって最後の賭けに出た。
懐に飛び込むのではない。
その場に、深く腰を落とす。
そして全ての意識を、精神を、魂を、一点に集中させた。
狙うは、彼女の魂の奥底。
あの憎悪に閉ざされた、氷の壁のさらに奥。

(―――開け)
心の中で、強く念じる。
(お前の物語は憎しみだけじゃないはずだ! 俺が、それを見つけ出してやる!)

ズキンッ!!
再び、脳を貫く激痛。
だが、今度は弾かれるだけではなかった。
ミシリ、と。
彼女の魂を覆う氷の壁に、ほんのわずかな亀裂が入るのが俺にははっきりと見えた。
その亀裂の奥から、俺は見てしまったのだ。
燃え盛る故郷の森と、銀色に輝く狼たちの無数の亡骸を。
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