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第8章:再誕の奇跡
第36話:過去との対峙、痛みとの共有
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「……アタシの中に入ってくるな……!」
ルナが、悲鳴に近い声を上げる。
だが、俺は止まらない。
彼女の魂を覆う憎悪の氷壁を、俺の意識は静かに、だが力強く溶かしていく。
これは治療ではない。俺自身の魂をも危険にさらす、魂への潜行だ。
だが、彼女を救う道はこれしかない。
腐りかけた傷口を治すには、一度その膿を全て出し切るしかないのだから。
その瞬間。
俺の世界は、再び書き換えられた。
◇ ◇ ◇
そこは、燃え盛る森だった。
ゴウゴウと音を立てて燃える木々。
パチパチと爆ぜる炎の粉が、絶望の雪のように舞い落ちる。
鼻を突くのは、肉の焼ける嫌な匂いと充満する死の香り。
俺は、見ていた。
いや、体験していた。
ルナの魂に刻まれた、あの悲劇の夜を。
だが、今度はただの傍観者ではない。
俺の意識は、炎の中で倒れる幼いルナの、そのすぐ隣に寄り添うように存在していた。
「……う……ぁ……」
ルナの口から、くもんの声が漏れる。
彼女の体は無数の傷で覆われ、銀色の美しい毛皮は血とすすで汚れていた。
その瞳に映るのは、次々と倒れていく同胞たちの姿。
父親が、母親が、兄弟たちが感情のない黒鎧の兵士たちによって、虫けらのように殺されていく。
痛い。
痛い、痛い、痛いッ!
彼女の肉体的な痛みだけじゃない。
魂が引き裂かれるような絶望。
守りたかったものを何一つ守れなかった無力感。
その全てが観測者である俺の魂にも、容赦なく流れ込んでくる。
まるで、俺自身が体験しているかのように。
「……やめて……」
現実世界のルナが、か細い声でうめいた。
「……もう、見たくない……」
「見るんだ、ルナ」
俺は、心の中で彼女に語りかけた。
「目をそらすな。
これは、お前の物語の一部だ。
お前が、確かに生きてきた証なんだ」
俺の意識は、彼女の魂を優しく、だが決して逃がさないように抱きしめる。
そして、物語はクライマックスへと進む。
純白の衣をまとった悪魔、リュウガの登場。
「――《天賦強奪》」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
魂を、えぐり出される絶叫。
誇りも、仲間との絆も、生きる意味さえも暴力的に引き剥がされる、絶対的な喪失感。
俺の魂もまた、その神をも恐れぬ力によって激しく揺さぶられた。
吐き気がこみ上げてくる。
意識が、飛びそうになる。
だが、俺は耐えた。
ここで俺が意識を失えば、ルナの魂は完全に砕け散ってしまうだろう。
俺は、彼女の最後の錨なのだから。
(……大丈夫だ、ルナ)
俺は、痛みに耐えながら彼女に語りかけ続ける。
(俺が見ている。
お前の痛みも、絶望も、全て俺がここで見届けている)
(お前は、独りじゃない)
俺の声が届いたのか。
魂を奪われ、抜け殻のようになっていくルナの意識が、ほんのわずかに俺の方を向いた気がした。
その瞳に宿るのは、なぜお前がここにいるのか、という純粋な疑問。
(俺は、お前と同じだ)
俺は、ありのままの自分の物語を彼女に見せた。
言葉ではなく、魂で語りかけた。
前世で心を殺して生きてきた、無力な歯車としての俺の物語。
この世界に来て、唯一信じた親友に裏切られ全てを奪われた、絶望の物語。
この奈落の谷で、復讐心だけを支えに獣のように生きてきた、孤独な物語。
俺たちの痛みは、違う。
だが、その根底にあるものは同じだ。
理不尽な力によって自らの物語を奪われた者たちの、魂の叫び。
俺たちの魂が悲劇の中で、静かに共鳴する。
それは、傷を舐めあうような慰め合いではない。
ただ、そこに同じ痛みを抱えた魂が「いる」という、静かな確認。
◇ ◇ ◇
「―――ッ!」
俺の意識は、急速に現実へと引き戻された。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
肩で、息をする。
全身が、びっしょりと冷や汗で濡れていた。
魂を共有するという行為は、俺の想像を絶する消耗を強いていた。
目の前で、ルナが静かに涙を流していた。
声を上げることなく、ただ大粒の涙がその頬を次々と伝い落ちていく。
それは、憎しみの涙でも、恐怖の涙でもない。
心の奥底に押し殺し続けてきた、純粋な悲しみの涙だった。
彼女は、ようやく泣くことができたのだ。
俺という、たった一人の観客の前で。
俺は、何も言わなかった。
ただ、その涙が枯れるまで静かに彼女のそばに座り続けていた。
やがて、ルナはしゃくり上げながら、震える声で言った。
「……アタシは……どうすれば、いい……?」
誇りも、力も、帰る場所も失った彼女の、魂からの問い。
俺は、ゆっくりと目を開けた。
そして、初めて彼女の本当の魂の姿を、観測した。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名前:ルナ(銀狼の獣人)
状態:魂の解放
魂の物語:
【悲劇】:過去との対峙(完了)
【渇望】:力が欲しい。もう二度と、大切なものを失わないための力が。仲間と共に戦うための、新しい力が。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「お前の物語は、まだ終わっちゃいない」
俺は、静かに言った。
「ここからが、始まりだ。
お前が、お前自身の意志で紡いでいく新しい物語のな」
俺は、彼女に向かってゆっくりと手を差し伸べた。
それはリュウガが見せた、偽りの救いの手ではない。
同じ痛みを分かち合う、不器用で、だが嘘のない仲間からの手。
「俺と一緒に来い、ルナ」
「お前のその牙、俺に貸せ」
ルナは、涙に濡れた瞳で俺の顔と、差し出された手を見つめていた。
その瞳の奥で悲しみの炎が消え、新たな光が生まれようとしていた。
(この手を取れば、もう後戻りはできない)
(人間を憎むだけの自分では、いられなくなる)
(だが、それでもいい)
(この暗闇の中で孤独に朽ち果てるより、この男が示す光に、一度だけでも賭けてみたい)
彼女は、ゆっくりと、震える手を持ち上げた。
そして、俺の手にそっと、その手を重ねた。
彼女の手から、温かい光が俺の手に伝わってくる。
それは、失われた《百獣の咆哮》ではない。
もっと新しく、もっと温かい、絆の光だった。
「……うん……」
彼女が、小さく頷く。
それは、彼女が心の奥底でずっと渇望していた、新しい物語の始まりを告げる光だった。
ルナが、悲鳴に近い声を上げる。
だが、俺は止まらない。
彼女の魂を覆う憎悪の氷壁を、俺の意識は静かに、だが力強く溶かしていく。
これは治療ではない。俺自身の魂をも危険にさらす、魂への潜行だ。
だが、彼女を救う道はこれしかない。
腐りかけた傷口を治すには、一度その膿を全て出し切るしかないのだから。
その瞬間。
俺の世界は、再び書き換えられた。
◇ ◇ ◇
そこは、燃え盛る森だった。
ゴウゴウと音を立てて燃える木々。
パチパチと爆ぜる炎の粉が、絶望の雪のように舞い落ちる。
鼻を突くのは、肉の焼ける嫌な匂いと充満する死の香り。
俺は、見ていた。
いや、体験していた。
ルナの魂に刻まれた、あの悲劇の夜を。
だが、今度はただの傍観者ではない。
俺の意識は、炎の中で倒れる幼いルナの、そのすぐ隣に寄り添うように存在していた。
「……う……ぁ……」
ルナの口から、くもんの声が漏れる。
彼女の体は無数の傷で覆われ、銀色の美しい毛皮は血とすすで汚れていた。
その瞳に映るのは、次々と倒れていく同胞たちの姿。
父親が、母親が、兄弟たちが感情のない黒鎧の兵士たちによって、虫けらのように殺されていく。
痛い。
痛い、痛い、痛いッ!
彼女の肉体的な痛みだけじゃない。
魂が引き裂かれるような絶望。
守りたかったものを何一つ守れなかった無力感。
その全てが観測者である俺の魂にも、容赦なく流れ込んでくる。
まるで、俺自身が体験しているかのように。
「……やめて……」
現実世界のルナが、か細い声でうめいた。
「……もう、見たくない……」
「見るんだ、ルナ」
俺は、心の中で彼女に語りかけた。
「目をそらすな。
これは、お前の物語の一部だ。
お前が、確かに生きてきた証なんだ」
俺の意識は、彼女の魂を優しく、だが決して逃がさないように抱きしめる。
そして、物語はクライマックスへと進む。
純白の衣をまとった悪魔、リュウガの登場。
「――《天賦強奪》」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
魂を、えぐり出される絶叫。
誇りも、仲間との絆も、生きる意味さえも暴力的に引き剥がされる、絶対的な喪失感。
俺の魂もまた、その神をも恐れぬ力によって激しく揺さぶられた。
吐き気がこみ上げてくる。
意識が、飛びそうになる。
だが、俺は耐えた。
ここで俺が意識を失えば、ルナの魂は完全に砕け散ってしまうだろう。
俺は、彼女の最後の錨なのだから。
(……大丈夫だ、ルナ)
俺は、痛みに耐えながら彼女に語りかけ続ける。
(俺が見ている。
お前の痛みも、絶望も、全て俺がここで見届けている)
(お前は、独りじゃない)
俺の声が届いたのか。
魂を奪われ、抜け殻のようになっていくルナの意識が、ほんのわずかに俺の方を向いた気がした。
その瞳に宿るのは、なぜお前がここにいるのか、という純粋な疑問。
(俺は、お前と同じだ)
俺は、ありのままの自分の物語を彼女に見せた。
言葉ではなく、魂で語りかけた。
前世で心を殺して生きてきた、無力な歯車としての俺の物語。
この世界に来て、唯一信じた親友に裏切られ全てを奪われた、絶望の物語。
この奈落の谷で、復讐心だけを支えに獣のように生きてきた、孤独な物語。
俺たちの痛みは、違う。
だが、その根底にあるものは同じだ。
理不尽な力によって自らの物語を奪われた者たちの、魂の叫び。
俺たちの魂が悲劇の中で、静かに共鳴する。
それは、傷を舐めあうような慰め合いではない。
ただ、そこに同じ痛みを抱えた魂が「いる」という、静かな確認。
◇ ◇ ◇
「―――ッ!」
俺の意識は、急速に現実へと引き戻された。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
肩で、息をする。
全身が、びっしょりと冷や汗で濡れていた。
魂を共有するという行為は、俺の想像を絶する消耗を強いていた。
目の前で、ルナが静かに涙を流していた。
声を上げることなく、ただ大粒の涙がその頬を次々と伝い落ちていく。
それは、憎しみの涙でも、恐怖の涙でもない。
心の奥底に押し殺し続けてきた、純粋な悲しみの涙だった。
彼女は、ようやく泣くことができたのだ。
俺という、たった一人の観客の前で。
俺は、何も言わなかった。
ただ、その涙が枯れるまで静かに彼女のそばに座り続けていた。
やがて、ルナはしゃくり上げながら、震える声で言った。
「……アタシは……どうすれば、いい……?」
誇りも、力も、帰る場所も失った彼女の、魂からの問い。
俺は、ゆっくりと目を開けた。
そして、初めて彼女の本当の魂の姿を、観測した。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名前:ルナ(銀狼の獣人)
状態:魂の解放
魂の物語:
【悲劇】:過去との対峙(完了)
【渇望】:力が欲しい。もう二度と、大切なものを失わないための力が。仲間と共に戦うための、新しい力が。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「お前の物語は、まだ終わっちゃいない」
俺は、静かに言った。
「ここからが、始まりだ。
お前が、お前自身の意志で紡いでいく新しい物語のな」
俺は、彼女に向かってゆっくりと手を差し伸べた。
それはリュウガが見せた、偽りの救いの手ではない。
同じ痛みを分かち合う、不器用で、だが嘘のない仲間からの手。
「俺と一緒に来い、ルナ」
「お前のその牙、俺に貸せ」
ルナは、涙に濡れた瞳で俺の顔と、差し出された手を見つめていた。
その瞳の奥で悲しみの炎が消え、新たな光が生まれようとしていた。
(この手を取れば、もう後戻りはできない)
(人間を憎むだけの自分では、いられなくなる)
(だが、それでもいい)
(この暗闇の中で孤独に朽ち果てるより、この男が示す光に、一度だけでも賭けてみたい)
彼女は、ゆっくりと、震える手を持ち上げた。
そして、俺の手にそっと、その手を重ねた。
彼女の手から、温かい光が俺の手に伝わってくる。
それは、失われた《百獣の咆哮》ではない。
もっと新しく、もっと温かい、絆の光だった。
「……うん……」
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それは、彼女が心の奥底でずっと渇望していた、新しい物語の始まりを告げる光だった。
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