異世界転生と『天賦(ギフト)』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる!

月影 朔

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第9章:奈落からの脱出

第39話:反撃の狼煙

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​ 揺れる焚き火の炎が、俺たちの顔を照らし出す。

 奈落の谷の夜は、相変わらず闇と瘴気しょうきに満ちているが、もうそこに孤独はなかった。

​ 隣には、揺るぎない信頼をその琥珀色こはくいろの瞳に宿した、最強の相棒がいる。

​「……そう簡単には、通してくれないみたいだな」

​ 俺が誰に言うでもなくつぶやいた言葉に、ルナが鋭い視線を北の空へと向けた。

​「あの先に、出口があるんだな?」

​「ああ。この谷の瘴気しょうきの流れ、魔物の分布、そして何より俺の《物語の観測者ストーリー・ウォッチャー》が告げている。あのひときわ濃い闇の向こう側に、俺たちをこのゴミ箱に閉じ込めている『ふた』がある」

​ そして、そのふたを守るように鎮座ちんざする、異常に強力な魂の気配。

 それは、この谷の生態系にはそぐわない、明らかに異質な存在だった。

​「どうするんだ、ケント?
今のアタシたちの力なら、どんな魔物が相手だろうと……」

​ ルナの手が、腰に差した黒曜石の短剣の柄を力強く握りしめる。

 彼女の魂からは、新たな力を得たことへの自信と、戦いへの渇望かつぼうが炎のように立ち上っていた。

​ だが、俺は静かに首を横に振った。

​「いや、力押しは最悪の選択肢だ」

​ 俺は、地面に落ちていた木の枝を拾うと、焚き火の光が照らす地面に簡易かんいな地図を描き始めた。

 奈落の谷の地形、魔物の勢力図、そして出口の位置。
この数ヶ月、俺が獣として生き延びる中で頭に叩き込んだ、この地獄の全体図だ。

​「相手は、リュウガだ。
ただ強いだけの番犬を、出口に置いているはずがない。
必ず、何か仕掛けがある」

​ 俺は何度もリュウガ……いや、神崎隆という男の用意周到さに煮え湯を飲まされてきた。

 彼は、決して油断しない。
常に二手、三手先を読み、あらゆる可能性を潰すための罠を張り巡らせる。

​「俺たちの武器は、お前の戦闘能力と、俺の分析能力。
この二つが合わさって初めて、俺たちはリュウガの掌の上から抜け出すことができる。
だから、まずは徹底的に情報を集める。
敵の正体、能力、そして弱点。
その全てを丸裸にしてから、叩く」

​ それが、俺の戦い方だ。
「頭脳」としての、俺の役目。

​「分かった。
あんたがそう言うなら、そうする。
アタシは、あんたの剣だ。
あんたの策が、アタシの牙の届く場所まで導いてくれると信じてる」

​ ルナの言葉に、迷いはなかった。

 俺は、地図の上に引いた一本の線を指し示した。

​「よし。
夜が明けたら、まずこのルートで出口付近まで斥候せっこうに出る。
戦闘は極力避ける。
目的は、あくまでも情報収集だ。
いいな、ルナ?」

​「ああ。
任せろ、ケント」

​ 最高の「頭脳」と最強の「剣」が、初めて同じ目的のために動き出す。

それは、リュウガの支配に対する、俺たちのささやかで、しかし確かな反撃の狼煙のろしだった。

​◇ ◇ ◇

​ 瘴気しょうきの切れ間から、二つの太陽の青白い光が差し込み始める頃。
俺たちは、すでに動き出していた。

​ 俺は獣のように身を低くし、岩陰から岩陰へと音もなく移動する。
そのすぐ後ろを、ルナが影のように付き従っていた。
彼女の動きはもはや、俺の目ですら捉えるのが難しいほど洗練されている。

​ しばらく進んだところで、俺は足を止めた。

​「ルナ」

​「……ああ」

​ 俺が合図するより先に、彼女は俺の意図を察していた。
彼女は、俺の腕にそっとその手を触れる。

​《絆を力にソウル・リンク》――発動。

​ パチッ、とかすかな光が俺たちの間で弾け、淡いオーラがルナの全身を包み込む。
俺の五感が、異常なほど鋭敏になっていくのが分かった。

 そして、その研ぎ澄まされた感覚の一部が、繋がった手を通じてルナへと流れ込んでいく。

​「……すごいな、これ」
​ ルナが、感嘆の声を漏らした。

​「三百メートル先の、岩の裏で眠るトカゲの寝息まで聞こえる。
風が運んでくる、わずかな匂いの違いで水のありかまで分かる」

​「それが、俺たちの戦い方だ。
俺の分析能力をお前に貸し、お前の身体能力でそれを実行する。
二人で、一人以上の力を引き出すんだ」

​ それから先、俺たちはほとんど言葉を交わさなかった。

 俺の思考が、感覚が、彼女の魂と直接リンクしている。
俺が右を見れば彼女は左を警戒し、俺が前方の気配に集中すれば彼女は背後の守りを固める。

 完璧な、連携。
孤独に戦うことに慣れきっていた俺にとって、その感覚は不思議なほど心地よかった。

​ 出口に近づくにつれて、遭遇する魔物の数と質が明らかに上がっていく。

 以前の俺なら一体一体、死に物狂いで戦わなければならなかったような強力な個体が、群れをなして徘徊はいかいしている。

​「……おかしいな」
ルナが、低い声でつぶやいた。

「こいつら、種類が違うのに統率が取れすぎてる。
まるで、誰かの命令で動いてるみたいだ」

​「ああ、間違いない。
リュウガが、意図的に配置した番犬たちだ」

​ そして、ついに俺たちは避けられない戦闘に巻き込まれた。

 岩の裂け目から現れたのは、奈落の猟犬アビス・ハウンドの群れ。

 その数、五体。

 一体なら今の俺たちにとっては脅威ではないが、群れとなれば話は別だ。
彼らは完璧な連携で、俺たちの退路を断つように包囲してきた。

​(……やるしかないか)

​ 俺は、懐から骨のナイフを抜き放った。
そして、隣に立つルナに短く告げる。

​「――観測する」

​ 俺は、リーダー格と思わしき一体に意識を集中させた。

物語の観測者ストーリー・ウォッチャー》――発動!

​ 脳内に、冷たい情報の奔流ほんりゅうが流れ込む。

​‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族名:奈落の猟犬アビス・ハウンド(強化個体)
魂の物語:
【衝動】:命令の遂行。侵入者を排除せよ。
【弱点】:左前足の古傷。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

​「――ルナ!」

「――分かってる!」

​ 俺が叫ぶのと、ルナが地を蹴るのはほぼ同時だった。
俺が観測した情報が、リンクした魂を通じて彼女に瞬時に伝わっているのだ。

 彼女の姿が、陽炎かげろうのようにぶれる。

​ 奈落の猟犬アビス・ハウンドたちが反応するより早く、彼女はその懐へと潜り込んでいた。

 そして、きらめく黒曜石の短剣がリーダー格の左前足、その古傷を寸分たがわず正確に貫く。

​「グルルッ!?」

​ リーダーが体勢を崩した、その一瞬のすき
ルナは、その体をバネのように回転させると、残りの四体に向かって短剣を投げつけた。

 それは、ただの投擲ではなかった。
リーダーの体勢が崩れることで生まれる、他の四体のわずかな視線のズレ。
その死角を完璧に突いた、神業のような一撃。

​ 四本の短剣が、四つの悲鳴と同時にそれぞれの魔物の急所に突き刺さる。

 奈落の猟犬アビス・ハウンドの群れは、反撃することすらできずにその場に崩れ落ちた。

 戦闘は、わずか数秒で終わっていた。

​「……すごいな」

 俺は、思わず感嘆かんたんの声を漏らした。
これが、最高の「頭脳」と最強の「剣」の連携。

 これなら、やれる。

​ 魔物の群れをいくつか突破し、俺たちはついに谷の最北端にたどり着いた。

 そこに、出口はあった。

 天を衝くほどの巨大な崖に、ぽっかりと口を開けた巨大な洞窟。
その奥から、かすかに外の世界の風の匂いがした。

​ だが、俺たちの顔に喜びの色はなかった。
むしろ、緊張が極限まで高まる。

 洞窟の入り口は、これまで遭遇したどんな魔物よりも巨大で禍々まがまがしい気配を放つ、三体の番人が固めていた。

 岩石の体を持つ巨人。
鋼鉄の甲殻を持つサソリ。
そして、瘴気しょうきそのものでできたかのような、影の獣。
そのどれもが、この谷の主クラスの魔物だ。

​ だが、本当に俺たちの足を縫い付けたのは、その魔物たちの存在ではなかった。

 その三体の魔物たちの中心。
洞窟の入り口の前に、ただ一人。
ポツンと、一人の老人が立っていたのだ。

 腰の曲がった、どこにでもいそうな小柄な老人。
その手には、杖代わりに古びた傘が握られている。
彼は、ただ静かにそこに立っているだけだった。

 だが、その存在感は、背後に控える三体の巨大な魔物すらもかすませるほどに、異様だった。

​「……あれが、俺が感じていた気配の主か」

「……魔物を、従えてるのか……?」

「いや、違う」

​ 俺は、かぶりを振った。
俺の《物語の観測者ストーリー・ウォッチャー》が、その魂の本当の色を告げている。

​「あれは、従わせているんじゃない。
ただ、そこにいるだけだ。
そして、その魂は……深い絶望と、諦めに満ちている」

​ 俺は、遠くからその老人の魂を観測しようと試みた。
だが、ヴァルガンの時とも、ルナの時とも違う。

 まるで分厚い霧に阻まれているかのように、その魂の物語を読み解くことができないのだ。

​「……魔物よりも、あのジジイの方が厄介やっかいだ」

 俺は、奥歯を強く噛み締めた。
あれが、リュウガが用意した最後の番人。
この奈落の谷の「門番」に違いない。

 俺とルナは、どちらからともなくゆっくりと後退した。
今は、戦う時ではない。

​ 俺たちの反逆の物語は、まだ始まったばかりだ。
そして、その最初のページには、絶望をまとった謎の門番が静かに立ちはだかっていた。
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