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第9章:奈落からの脱出
第41話:未来を読む観測者
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「……見えたぞ、あんたの物語の『穴』がな」
凍てつく吹雪の中で、俺の不敵な笑みがエルゴの虚ろな瞳に映る。
彼の眉が、初めてピクリと動いた。
驚きか、あるいは俺という予測不能な存在に対する、ほんのかすかな好奇心か。
そう。
あんたの力は、過去にしか干渉できない。
ならば俺たちは、「未来」で戦えばいい
ただ、それだけのことだ。
「……何を、言っている」
エルゴが、初めて感情のこもった声を出した。
「言葉の通りだ、元・帝国気象院長官殿」
俺は、観測した彼の過去をあえて口にした。
「あんたの魂は、過去に縛られすぎている。だから、未来が見えないんだ」
その言葉は、彼の魂の最も深い傷口を的確にえぐったようだった。
エルゴの表情が、わずかに苦痛に歪む。
「……小僧……貴様、何者だ……」
「ただの、ゴミ箱に捨てられた男さ」
俺はそれだけ言うと、隣で凍えているルナに向かって叫んだ。
「――ルナ、引くぞ!」
「はぁ!?
なんでだよ!
今、何か掴んだんだろ!」
「掴んだからこそ、引くんだ!
ここは、あんたの土俵だ。
俺たちは、俺たちの土俵で戦う!」
俺はルナの腕を掴むと、猛吹雪の中を背走した。
エルゴは、追ってこなかった。
彼の物語は、あの出口を守るという任務と過去への固執によって、その場に縫い付けられている。
俺には、それが分かっていた。
◇ ◇ ◇
寝ぐらの洞窟に戻った俺たちは、急いで焚き火を起こして濡れた体を温めていた。
ルナは、まだ納得がいかないといった様子で俺を睨みつけている。
「おい、ケント!
説明しろ!
あのジジイ、一体何者なんだよ!
おまえ、何か視たんだろ!」
「ああ、視た。
奴の、絶望に満ちた物語をな」
俺は、揺れる炎を見つめながら静かに語り始めた。
《物語の観測者》で得た情報を、ルナに共有する。
門番の老人の名がエルゴであること。
かつては帝国の気象を司る、最高の頭脳だったこと。
そして彼の天賦、《昨日の天気予報》が、自らが体験した「過去」の天候しか再現できないという、決定的な弱点を抱えていることを。
「……過去の、天気だけ……?」
ルナが、怪訝な顔で聞き返した。
「そうだ。
奴の力は、過去の記憶の再生に過ぎない。
未来を創造する力じゃない。
そして奴の魂も同じだ。
リュウガに全てを奪われたあの日から、奴の時間は止まっている。
未来を予測するという誇りを失い、ただ過去の思い出の中だけで生きているんだ」
なんと悲しい力だろうか。
かつて未来を読んで人々を救っていた男が、今や過去を再現することで人々を絶望の底に閉じ込めている。
これもまた、リュウガが生み出した悲劇の一つだった。
「分かったからこそ、今は戦わない。
俺たちの勝機は、ここにはない。
……『未来』にある」
「未来……?」
「ああ。
奴が予測できない、これから訪れる未来の天気。
それが、俺たちの唯一の武器になる」
俺は、立ち上がった。
そして、洞窟の外に出て瘴気が渦巻く空を見上げる。
前世の俺なら、ただの汚い空にしか見えないだろう。
だが、この奈落の谷で獣として生き抜いてきた俺の五感は、このよどんだ空気の中から膨大な情報を読み取ることができた。
空気の流れ。
瘴気の湿り気。
岩肌に触れた時の、かすかな温度変化。
そして、この谷に住む魔物たちの、行動パターンの変化。
その全てが、一つの未来を指し示していた。
「……間違いない」
俺は、確信を持って言った。
「あと数時間もすれば、この谷の気温は急速に下がる。
そうなれば、この湿った瘴気は飽和状態になり、谷全体が濃い霧に包まれるはずだ」
かつてエルゴがやっていたであろう、天候予測。
皮肉にも、今度は俺がそれをやってのけたのだ。
元サラリーマンの分析力と、この谷で培った獣の知恵を組み合わせて。
「霧……!」
ルナの瞳に、ようやく理解の色が浮かんだ。
「そうか、霧が出れば、奴の視界は封じられる!」
「ああ。
だが、それは俺たちも同じだ。
そして何より、背後に控えるあの三体の魔物が厄介だ。
奴らは、視界がなくとも匂いや音で俺たちを正確に捉えてくるだろう」
「じゃあ、どうするんだよ!」
「そこで、お前の力を使うんだ、ルナ」
俺は、相棒の顔をまっすぐに見つめた。
「《絆を力に》で、俺の五感を借りろ」
俺の言葉に、ルナはゴクリと唾をのんだ。
彼女は、俺の作戦の本当の意味を理解したようだった。
霧は、敵の視界を奪うためのものではない。
俺たちの、本当の力を発揮させるための舞台装置なのだと。
◇ ◇ ◇
俺の予測は、正確だった。
数時間後、奈落の谷はまるで牛乳を注いだかのように、どこまでも濃い乳白色の霧に包まれた。
視界は、わずか数メートル。
一歩先は、もう闇だ。
「……本当に、霧が出やがった……。
おまえ、一体何者なんだよ」
隣で、ルナが呆れたような、それでいて感心したような声を漏らした。
「ただの、元サラリーマンさ」
俺はそう言うと、彼女に向かって右腕を差し出した。
「準備はいいか、ルナ?」
「……ああ」
彼女は、力強く頷いた。
その瞳に、もう迷いはない。
彼女は、俺の腕にそっとその手を触れる。
《絆を力に》――発動。
パチッ、と微かな光が俺たちの間で弾け、淡いオーラがルナの全身を包み込む。
俺の五感が、異常なほど鋭敏になっていくのが分かった。
そして、その研ぎ澄まされた感覚の全てが、繋がった手を通じてルナへと流れ込んでいく。
「―――ッッ!!」
ルナの体が、ビクリと大きく跳ねた。
その琥珀色の瞳が、信じられないものを見るかのように大きく見開かれる。
「……聞こえる……!
霧の向こう側、三百メートル先の、あの岩の巨人の心臓の音まで聞こえる……!」
「……匂う……!
鋼鉄のサソリの、金属臭と……影の獣の、瘴気の匂いが……!」
「そして……その奥。洞窟の入り口で、戸惑うように立ち尽くしているあのジジイの、呼吸の音まで……!
全てが、手に取るように分かる……!」
俺がこの谷で生きるために研ぎ澄ませてきた、超人的な五感。
それが、ルナの獣としての元々の鋭い感覚と融合し、彼女を霧の中の絶対的な捕食者へと進化させていた。
「どうだ、ルナ?」
俺は、静かに問うた。
「俺の目と耳があれば、この霧はもはや壁じゃない。
俺たちにとって、最高の隠れ蓑だ」
「……ああ」
彼女は、力強く拳を握りしめた。
「これなら、やれる。
あの魔物たちに気づかれることなく、ジジイの懐まで潜り込める!」
準備は、整った。
最高の「頭脳」と最強の「剣」が、今、一つの存在となる。
「行くぞ」
俺は、短く告げた。
「――観測する」
その思考と同時に、俺の《物語の観測者》が霧の奥に潜む三体の魔物の魂を同時に捉える。
脳内に、三つの情報が濁流のように流れ込んできた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族名:岩石の巨人
弱点:【構造】:両膝の関節部分。破壊されると自重を支えきれず崩壊する。
種族名:鋼鉄の蠍
弱点:【構造】:頭部を覆う甲殻の、眉間にあるわずかな継ぎ目。
種族名:瘴気の獣
弱点:【核】:実体を持たない体の中央に浮かぶ、瘴気の凝縮体。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「――ルナ!」
「――分かってる!」
俺が叫ぶのと、ルナが地を蹴るのはほぼ同時だった。
俺が観測した三つの弱点の情報が、リンクした魂を通じて彼女に瞬時に伝わっているのだ。
霧の中を、銀色の影が疾走する。
最初に、岩石の巨人の巨体が霧の向こうから現れた。
だが、その動きはあまりにも鈍重だった。
ルナは、まるで戯れるようにその足元を駆け抜ける。
そして、すれ違いざまにきらめいた二本の短剣が、巨人の両膝の関節を寸分違わず正確に貫いた。
ゴギッ、という鈍い音。
巨人は悲鳴を上げる間もなく、自らの巨体を支えきれずにガラガラと崩れ落ちていく。
その崩落を背に、ルナは速度を緩めない。
次に現れた鋼鉄の蠍の、振り下ろされる巨大なハサミを紙一重でかわす。
そして、そのハサミの上を駆け上がると、奴の眉間にある甲殻の継ぎ目へと、回転しながら短剣を突き立てた。
キィン!という甲高い金属音と共に、最強の甲殻が貫かれる。
蠍は全身を痙攣させ、その場に沈んだ。
「――最後!」
霧の奥から、実体を持たない瘴気の獣が津波のように押し寄せてくる。
だが、俺たちの目にはハッキリと見えていた。
その不定形な体の中央で、心臓のように脈打つ黒い核が。
ルナは、逃げなかった。
むしろ、自らその瘴気の渦の中へと飛び込んでいく。
そして、獣が彼女を飲み込もうとしたその瞬間。
渦の中心で、銀色の光が閃いた。
「グオッ!?」
瘴気の獣は、初めて苦悶の声を上げる。
その黒い核には、ルナの黒曜石の短剣が深々と突き刺さっていた。
核を失った獣は、急速にその輪郭を失い、ただの濃い霧となって掻き消えていった。
影が通り過ぎたかと思うと、三つの巨体が次々と沈黙していった。
その間、わずか数十秒。
完璧な、電撃戦だった。
やがて、俺たちはついに霧の向こうに、ぼんやりとした人影を捉えた。
エルゴだ。
彼は、予期せぬ天候の変化に戸惑い、苛立たしげに周囲を見回している。
彼の天賦は、過去しか再現できない。
彼にとってこの「未来」の霧は、完全に想定外の事態だったのだ。
その魂に、わずかな動揺が生まれているのが俺には分かった。
その一瞬の隙こそが、俺たちの勝機。
「――行くぞ、ルナ!」
俺は、心の中で叫んだ。
「奴の過去を、俺たちの未来で打ち破るんだ!」
その思考は、言葉を介さずルナの魂へと直接伝わっていた。
彼女は、霧の中から音もなく躍り出る。
その手には、黒曜石の短剣がきらめいていた。
その切っ先は、エルゴの喉元へと正確に向けられている。
エルゴが、俺たちの存在に気づき、ハッと目を見開いた。
だが、もう遅い。
これは、過去に縛られた男の物語を終わらせるための、未来からの奇襲。
俺たちの、勝利を告げる一撃だった。
凍てつく吹雪の中で、俺の不敵な笑みがエルゴの虚ろな瞳に映る。
彼の眉が、初めてピクリと動いた。
驚きか、あるいは俺という予測不能な存在に対する、ほんのかすかな好奇心か。
そう。
あんたの力は、過去にしか干渉できない。
ならば俺たちは、「未来」で戦えばいい
ただ、それだけのことだ。
「……何を、言っている」
エルゴが、初めて感情のこもった声を出した。
「言葉の通りだ、元・帝国気象院長官殿」
俺は、観測した彼の過去をあえて口にした。
「あんたの魂は、過去に縛られすぎている。だから、未来が見えないんだ」
その言葉は、彼の魂の最も深い傷口を的確にえぐったようだった。
エルゴの表情が、わずかに苦痛に歪む。
「……小僧……貴様、何者だ……」
「ただの、ゴミ箱に捨てられた男さ」
俺はそれだけ言うと、隣で凍えているルナに向かって叫んだ。
「――ルナ、引くぞ!」
「はぁ!?
なんでだよ!
今、何か掴んだんだろ!」
「掴んだからこそ、引くんだ!
ここは、あんたの土俵だ。
俺たちは、俺たちの土俵で戦う!」
俺はルナの腕を掴むと、猛吹雪の中を背走した。
エルゴは、追ってこなかった。
彼の物語は、あの出口を守るという任務と過去への固執によって、その場に縫い付けられている。
俺には、それが分かっていた。
◇ ◇ ◇
寝ぐらの洞窟に戻った俺たちは、急いで焚き火を起こして濡れた体を温めていた。
ルナは、まだ納得がいかないといった様子で俺を睨みつけている。
「おい、ケント!
説明しろ!
あのジジイ、一体何者なんだよ!
おまえ、何か視たんだろ!」
「ああ、視た。
奴の、絶望に満ちた物語をな」
俺は、揺れる炎を見つめながら静かに語り始めた。
《物語の観測者》で得た情報を、ルナに共有する。
門番の老人の名がエルゴであること。
かつては帝国の気象を司る、最高の頭脳だったこと。
そして彼の天賦、《昨日の天気予報》が、自らが体験した「過去」の天候しか再現できないという、決定的な弱点を抱えていることを。
「……過去の、天気だけ……?」
ルナが、怪訝な顔で聞き返した。
「そうだ。
奴の力は、過去の記憶の再生に過ぎない。
未来を創造する力じゃない。
そして奴の魂も同じだ。
リュウガに全てを奪われたあの日から、奴の時間は止まっている。
未来を予測するという誇りを失い、ただ過去の思い出の中だけで生きているんだ」
なんと悲しい力だろうか。
かつて未来を読んで人々を救っていた男が、今や過去を再現することで人々を絶望の底に閉じ込めている。
これもまた、リュウガが生み出した悲劇の一つだった。
「分かったからこそ、今は戦わない。
俺たちの勝機は、ここにはない。
……『未来』にある」
「未来……?」
「ああ。
奴が予測できない、これから訪れる未来の天気。
それが、俺たちの唯一の武器になる」
俺は、立ち上がった。
そして、洞窟の外に出て瘴気が渦巻く空を見上げる。
前世の俺なら、ただの汚い空にしか見えないだろう。
だが、この奈落の谷で獣として生き抜いてきた俺の五感は、このよどんだ空気の中から膨大な情報を読み取ることができた。
空気の流れ。
瘴気の湿り気。
岩肌に触れた時の、かすかな温度変化。
そして、この谷に住む魔物たちの、行動パターンの変化。
その全てが、一つの未来を指し示していた。
「……間違いない」
俺は、確信を持って言った。
「あと数時間もすれば、この谷の気温は急速に下がる。
そうなれば、この湿った瘴気は飽和状態になり、谷全体が濃い霧に包まれるはずだ」
かつてエルゴがやっていたであろう、天候予測。
皮肉にも、今度は俺がそれをやってのけたのだ。
元サラリーマンの分析力と、この谷で培った獣の知恵を組み合わせて。
「霧……!」
ルナの瞳に、ようやく理解の色が浮かんだ。
「そうか、霧が出れば、奴の視界は封じられる!」
「ああ。
だが、それは俺たちも同じだ。
そして何より、背後に控えるあの三体の魔物が厄介だ。
奴らは、視界がなくとも匂いや音で俺たちを正確に捉えてくるだろう」
「じゃあ、どうするんだよ!」
「そこで、お前の力を使うんだ、ルナ」
俺は、相棒の顔をまっすぐに見つめた。
「《絆を力に》で、俺の五感を借りろ」
俺の言葉に、ルナはゴクリと唾をのんだ。
彼女は、俺の作戦の本当の意味を理解したようだった。
霧は、敵の視界を奪うためのものではない。
俺たちの、本当の力を発揮させるための舞台装置なのだと。
◇ ◇ ◇
俺の予測は、正確だった。
数時間後、奈落の谷はまるで牛乳を注いだかのように、どこまでも濃い乳白色の霧に包まれた。
視界は、わずか数メートル。
一歩先は、もう闇だ。
「……本当に、霧が出やがった……。
おまえ、一体何者なんだよ」
隣で、ルナが呆れたような、それでいて感心したような声を漏らした。
「ただの、元サラリーマンさ」
俺はそう言うと、彼女に向かって右腕を差し出した。
「準備はいいか、ルナ?」
「……ああ」
彼女は、力強く頷いた。
その瞳に、もう迷いはない。
彼女は、俺の腕にそっとその手を触れる。
《絆を力に》――発動。
パチッ、と微かな光が俺たちの間で弾け、淡いオーラがルナの全身を包み込む。
俺の五感が、異常なほど鋭敏になっていくのが分かった。
そして、その研ぎ澄まされた感覚の全てが、繋がった手を通じてルナへと流れ込んでいく。
「―――ッッ!!」
ルナの体が、ビクリと大きく跳ねた。
その琥珀色の瞳が、信じられないものを見るかのように大きく見開かれる。
「……聞こえる……!
霧の向こう側、三百メートル先の、あの岩の巨人の心臓の音まで聞こえる……!」
「……匂う……!
鋼鉄のサソリの、金属臭と……影の獣の、瘴気の匂いが……!」
「そして……その奥。洞窟の入り口で、戸惑うように立ち尽くしているあのジジイの、呼吸の音まで……!
全てが、手に取るように分かる……!」
俺がこの谷で生きるために研ぎ澄ませてきた、超人的な五感。
それが、ルナの獣としての元々の鋭い感覚と融合し、彼女を霧の中の絶対的な捕食者へと進化させていた。
「どうだ、ルナ?」
俺は、静かに問うた。
「俺の目と耳があれば、この霧はもはや壁じゃない。
俺たちにとって、最高の隠れ蓑だ」
「……ああ」
彼女は、力強く拳を握りしめた。
「これなら、やれる。
あの魔物たちに気づかれることなく、ジジイの懐まで潜り込める!」
準備は、整った。
最高の「頭脳」と最強の「剣」が、今、一つの存在となる。
「行くぞ」
俺は、短く告げた。
「――観測する」
その思考と同時に、俺の《物語の観測者》が霧の奥に潜む三体の魔物の魂を同時に捉える。
脳内に、三つの情報が濁流のように流れ込んできた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族名:岩石の巨人
弱点:【構造】:両膝の関節部分。破壊されると自重を支えきれず崩壊する。
種族名:鋼鉄の蠍
弱点:【構造】:頭部を覆う甲殻の、眉間にあるわずかな継ぎ目。
種族名:瘴気の獣
弱点:【核】:実体を持たない体の中央に浮かぶ、瘴気の凝縮体。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「――ルナ!」
「――分かってる!」
俺が叫ぶのと、ルナが地を蹴るのはほぼ同時だった。
俺が観測した三つの弱点の情報が、リンクした魂を通じて彼女に瞬時に伝わっているのだ。
霧の中を、銀色の影が疾走する。
最初に、岩石の巨人の巨体が霧の向こうから現れた。
だが、その動きはあまりにも鈍重だった。
ルナは、まるで戯れるようにその足元を駆け抜ける。
そして、すれ違いざまにきらめいた二本の短剣が、巨人の両膝の関節を寸分違わず正確に貫いた。
ゴギッ、という鈍い音。
巨人は悲鳴を上げる間もなく、自らの巨体を支えきれずにガラガラと崩れ落ちていく。
その崩落を背に、ルナは速度を緩めない。
次に現れた鋼鉄の蠍の、振り下ろされる巨大なハサミを紙一重でかわす。
そして、そのハサミの上を駆け上がると、奴の眉間にある甲殻の継ぎ目へと、回転しながら短剣を突き立てた。
キィン!という甲高い金属音と共に、最強の甲殻が貫かれる。
蠍は全身を痙攣させ、その場に沈んだ。
「――最後!」
霧の奥から、実体を持たない瘴気の獣が津波のように押し寄せてくる。
だが、俺たちの目にはハッキリと見えていた。
その不定形な体の中央で、心臓のように脈打つ黒い核が。
ルナは、逃げなかった。
むしろ、自らその瘴気の渦の中へと飛び込んでいく。
そして、獣が彼女を飲み込もうとしたその瞬間。
渦の中心で、銀色の光が閃いた。
「グオッ!?」
瘴気の獣は、初めて苦悶の声を上げる。
その黒い核には、ルナの黒曜石の短剣が深々と突き刺さっていた。
核を失った獣は、急速にその輪郭を失い、ただの濃い霧となって掻き消えていった。
影が通り過ぎたかと思うと、三つの巨体が次々と沈黙していった。
その間、わずか数十秒。
完璧な、電撃戦だった。
やがて、俺たちはついに霧の向こうに、ぼんやりとした人影を捉えた。
エルゴだ。
彼は、予期せぬ天候の変化に戸惑い、苛立たしげに周囲を見回している。
彼の天賦は、過去しか再現できない。
彼にとってこの「未来」の霧は、完全に想定外の事態だったのだ。
その魂に、わずかな動揺が生まれているのが俺には分かった。
その一瞬の隙こそが、俺たちの勝機。
「――行くぞ、ルナ!」
俺は、心の中で叫んだ。
「奴の過去を、俺たちの未来で打ち破るんだ!」
その思考は、言葉を介さずルナの魂へと直接伝わっていた。
彼女は、霧の中から音もなく躍り出る。
その手には、黒曜石の短剣がきらめいていた。
その切っ先は、エルゴの喉元へと正確に向けられている。
エルゴが、俺たちの存在に気づき、ハッと目を見開いた。
だが、もう遅い。
これは、過去に縛られた男の物語を終わらせるための、未来からの奇襲。
俺たちの、勝利を告げる一撃だった。
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