異世界転生と『天賦(ギフト)』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる!

月影 朔

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第9章:奈落からの脱出

第42話:夜明けの星、アケボシ

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​ これは、過去に縛られた男の物語を終わらせるための、未来からの奇襲。

​ 俺たちの、勝利を告げる一撃だった。

​◇ ◇ ◇

​ 濃霧の中、黒曜石の短剣の切っ先がエルゴの喉元のどもとでぴたりと静止した。
あと数ミリでも動けば、その刃は老人の乾いた皮膚を容易く切り裂いただろう。

​ エルゴは、完全に動きを止めていた。
その瞳に宿るのは、驚愕と、自らの敗北に対する純粋な混乱。

​「……なぜ……」
 か細い声が、彼の唇から漏れた。

「……この霧は、儂の記憶にはない……。
儂の知らない、『未来』の天気……。
なぜ、お前たちがそれを……」

​「あんたが過去しか見ていないからだ」

​ 霧の中から、俺はゆっくりと姿を現した。
ルナの隣に立ち、エルゴの絶望に満ちた顔をまっすぐに見つめ返す。

​「あんたはかつて、未来の天候を予測して人々を救っていた。そうだろ?
だが、その誇りをリュウガにおとしめられ、全てを奪われた。
……それ以来、あんたは未来を見ることが怖くなった。
だから、自分のよく知る『過去』の思い出の中にだけ閉じこもっているんだ」

​ 俺の言葉は、容赦なく彼の魂の傷口をえぐっていく。
エルゴの顔が、苦痛にゆがんだ。

​「黙れ……小僧に、儂の何が分かる……!」

「分かるさ。
俺も、あんたと同じだからな」

​ 俺は静かに言った。

「俺も、リュウガに全てを奪われこのゴミ箱に捨てられた。
前世の俺は、未来を夢見ることを諦めて過去の後悔の中だけで生きていた。
……あんたの気持ちは、痛いほど分かるよ」

​ その言葉に、エルゴはハッと息をんだ。
彼の魂を覆っていた諦観ていかんの壁に、確かな亀裂が入るのを俺は感じていた。

 俺が差し伸べたのは、同情ではない。
同じ痛みを抱える者としての、「共感」だ。

​「……っ」

​ エルゴの膝が、ガクリと折れた。
彼はその場に、ゆっくりと崩れ落ちる。
戦意は、もはや微塵みじんも残っていなかった。

 彼が心を折ったのと同時に、背後の霧の奥から聞こえていた三体の巨大な魔物の気配が、すっと遠ざかっていくのが分かった。

 主を失った番犬たちは、闇の中へと帰っていったのだ。

​「……もう、終わりだ……」

エルゴは、力なくつぶやいた。

「……儂の物語は、もうとうの昔に終わっておったのだ……」

​「いいや、違う」

 俺は、彼の前にゆっくりとひざをついた。
そして、ルナを救った時と同じように、静かに手を差し伸べる。

「あんたの物語は、まだ終わっちゃいない。
ここからが、始まりだ。
あんたが、あんた自身の意志でつむいでいく新しい物語のな」

​ エルゴは、涙に濡れた瞳で俺の顔と、差し出された手を見つめていた。
その瞳の奥で、絶望の闇と、ほんのかすかな希望の光が激しく揺れ動いている。

​(……この手を取れば、もう後戻りはできない)

(過去に生きる安寧は、失われる)

(だが、それでも……)

(この小僧が示す光に、一度だけでも賭けてみたい)

​ 彼の魂の叫びが、俺の心に流れ込んでくる。
俺は、彼の決意を静かに待った。

 やがてエルゴは、震える手でゆっくりと、俺の手を握り返した。

​「……見せて、くれるのか……?」
 彼は、祈るように言った。

「……儂にも、まだ……未来というものがあるというのか……?」

​「俺が見せるんじゃない。
あんたが、あんた自身の力で見るんだ」

 俺は力強く頷くと、彼の手に意識を集中させた。

 ルナの時と同じだ。
もう、迷いはない。
これは、支配ではない。
これは、俺の魂の全てを懸けた「救済」の儀式。

​《再誕の観測リボーン・サイト》――発動!

​ パチッ、と静電気のような微かな衝撃が走り、俺たちの繋がった手からまばゆい光が放たれた。
それは、夜明け前の空に輝く一番星のような、どこまでも純粋で温かい光。

​ 俺の意識は、エルゴの魂の奥深くへと潜っていく。
リュウガによって奪われた《昨日の天気予報》の、痛々しい傷跡。

 だが、そのさらに奥。
絶望という名の固い土の下で、ずっと眠っていた新たな物語の「種」が力強く脈打っているのを、俺は見つけた。

​(――見つけたぞ、あんたの本当の願いを!)

​ 俺の確信にこたえるように、エルゴの全身から放たれる光はさらに輝きを増した。

​ ズキンッ!

 俺の脳内に、彼の新たな魂の情報が流れ込んでくる。
それは、生命が生まれ出る瞬間に立ち会うような、荘厳そうごんな感動だった。

​‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名前:エルゴ
状態:魂の再誕(新たな天賦ギフトの覚醒)
​魂の物語:
【誇り】:未来を予測し、人々を導いていたこと。
【渇望】:もう一度、未来を見たい。過去ではなく、これから訪れる道を照らす力が欲しい。
【受容】:自らの絶望と過去を受け入れ、未来へと進む決意が固まった。
天賦ギフト
【喪失した天賦ギフト
《昨日の天気予報》
【新たなる天賦ギフト
《未来への羅針盤フューチャー・コンパス
能力概要:風の流れ、気圧の変化、星の動きなど、あらゆる自然現象から未来に起こりうる可能性を読み解き、進むべき最も安全な道を「羅針盤コンパス」のように指し示す。
[制約・ルール]:予測できるのはあくまで自然現象の可能性。人の意志が介在する未来は読み解けない。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
​ やがて光はゆっくりと集まっていき、エルゴの魂の中へとかえっていく。

 後に残されたのは、生まれ変わったかのように澄み切った瞳をしたエルゴと、彼の新たな門出を静かに見守る俺とルナだけだった。

​「……あ……ああ……」

 エルゴの口から、驚きと歓喜が入り混じった声が漏れる。

 彼は、自らの両手を見つめていた。
その手から、未来の可能性を示すかすかな光がとめどなくあふれ出している。

​「……見える……。
儂にも、見えるぞ……」
彼は、涙を流していた。

「……この霧が、いつ晴れるのかが……。
この谷の風が、どこへ向かおうとしているのかが……。
未来が……儂に語りかけてくる……!」

​ 失われた誇りを取り戻した老賢者は、子供のように泣きじゃくっていた。

 俺とルナは、何も言わなかった。
ただ、一人の男が長い絶望の夜から抜け出すその瞬間を、静かに見守っていた。

​◇ ◇ ◇

​ 濃霧が晴れた後。
俺たちは、ついに奈落の谷の出口である巨大な洞窟の前に立っていた。

 もう、そこには番人の姿も、魔物の姿もない。
ただ、外の世界へと続く暗く長い道が、俺たちを待っているだけだった。

​「……本当に、いいのかね」
 エルゴが、少しだけ不安そうな声で言った。

「……こんな、過去に縛られていた老いぼれが、お主たちの旅の仲間になどなって……」

​「ジジイが過去を見るなら、アタシが今を見る」

 ルナが、ぶっきらぼうに、だがどこか優しく言った。

「そして、こいつが未来を創る。
……だろ、ケント?」

​ その言葉に、俺は力強く頷いた。

「ああ。
俺たちの道しるべになってくれ、エルゴ。あんたのその《未来への羅針盤フューチャー・コンパス》が、俺たちには必要なんだ」

​ 最高の「頭脳」と最強の「剣」、そして頼れる「道標」。
俺たちの最初のチームが、この奈落の底で確かに結成された。

 俺たちは顔を見合わせると、固く頷き、そして一歩、また一歩と洞窟の中へと足を踏み入れた。

​ どれくらい歩いただろうか。
長い、長い暗闇のトンネル。
だが、俺たちの心は不思議なほど軽かった。
もう、独りではないからだ。

​ やがて、道の先に小さな光が見えてきた。
それは、徐々に、徐々に大きくなっていく。

 鼻をくすぐるのは、瘴気しょうきの匂いではない。
むせ返るような、土と緑の匂い。
生きている世界の匂いだ。

​ そして、俺たちはついにトンネルを抜けた。
目の前に広がったのは、どこまでも続く広大な大地。
空には、二つの太陽がさんさんと輝いている。

 俺たちが失った、当たり前の光景。
俺たちは、ついにこのゴミ箱から脱出したのだ。

​「……外だ……」

 ルナが、感極まったようにつぶやく。

 エルゴは、ただ黙ってその太陽の光を全身に浴びている。

 俺は、空を見上げた。
そこには、二つの太陽とは別にひときわ強く輝く星が、一つだけ見えた。

​「……明け星……」

 夜明け前の東の空に、最も強く輝く星。
長い夜の終わりと、新しい時代の始まりを告げる、希望の光。

​ 俺は、隣に立つ二人に向かって静かに、だが力強く宣言した。

​「俺たちの名は、今日から《アケボシ》だ」

 二人が、ハッとしたように俺の顔を見る。

​「リュウガが支配する、あの偽りの理想郷は長い夜だ。
俺たちは、その夜に終わりを告げ、本当の夜明けを連れてくる一番星になる」

​ その言葉に、ルナの瞳に決意の炎が宿った。
エルゴもまた、深く、静かに頷いてくれる。

​ 反逆のギルド、《アケボシ》。

 たった三人だけの、だが何よりも固い絆で結ばれた俺たちの物語が、今、この場所から始まる。

 俺たちの、本当の戦いが。
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