異世界転生と『天賦(ギフト)』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる!

月影 朔

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第9章:奈落からの脱出

第43話:新たなる旅立ち

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​ 反逆のギルド、《アケボシ》。

​ たった三人だけの、だが何よりも固い絆で結ばれた俺たちの物語が、今、この場所から始まる。

​ 俺たちの、本当の戦いが。

​◇ ◇ ◇

​ どれくらい、その場に立ち尽くしていたのだろうか。

​ 奈落の谷を背に、俺たちはただ、目の前に広がる広大な世界を呆然ぼうぜんと見つめていた。

​ 頬をでる、生きた風。
鼻をくすぐる、むせ返るような土と緑の匂い。
全身を包み込む、二つの太陽の温かい光。

​ 瘴気しょうきと絶望に満ちていたあのゴミ箱では、決して感じることのできなかった「生」の実感が、乾ききった俺たちの魂を潤していく。

​「……すげえ……」
​ 隣で、ルナが感極まったようにつぶやいた。

 彼女の琥珀色こはくいろの瞳は、生まれて初めて外の世界を見る子供のようにキラキラと輝いている。

​ 無理もない。
彼女は物心ついた頃から、銀月の森かこの奈落の谷でしか生きてこなかったのだから。

​ エルゴは、何も言わなかった。
ただ、その皺の刻まれた顔を天に向け、目を閉じて静かに太陽の光を浴びている。

 失われた誇りを取り戻した老賢者は、まるで植物が光合成をするかのように、未来の光をその魂に蓄えているようだった。

​ そして、俺は。

​(……独りじゃない)

​ その事実が、じわりと胸の奥を温めていくのを感じていた。

 奈落の底で、俺は獣になった。
復讐心だけを糧に、孤独に牙を研いできた。

 だが、今の俺の隣には仲間がいる。

​ 最強の「剣」となってくれる、相棒が。
進むべき道を示してくれる、頼れる「道標」が。

​ 孤独な復讐者の物語は、もう終わったのだ。

​「さて、と」

 俺は、大きく息を吸い込むと、二人に声をかけた。

「感傷に浸るのは、ここまでだ。俺たちの戦いは、まだ始まったばかりなんだからな」

​ 俺の言葉に、二人がハッとしたようにこちらを向く。

《アケボシ》の、最初の作戦会議の時間だ。

​「まず、目的を再確認する」

 俺は、地面に落ちていた木の枝を拾うと、地面に大きく大陸の地図を描き始めた。
奈落で生き延びるうちに、この世界の地理も頭に叩き込んでいた。

​「俺たちの最終目的は、リュウガが支配する神聖ロゴス帝国、あの偽りの理想郷の仕組みを根底から破壊することだ」

​ 俺は、地図の中央に位置する帝国を、木の枝で強く突き刺した。

​「だが、今の俺たち三人だけでは、象に挑む蟻のようなものだ。
力で押し通せば、返り討ちに遭うだけ。
俺たちがやるべきことは、リュウガと同じ土俵で戦わないこと。
そして、彼の仕組みを内側から崩壊させるための『仲間』を集めることだ」

​「仲間……か」

 ルナが、期待と不安が入り混じったような顔でつぶやいた。

 人間への憎悪は消えたが、まだその心には根深い不信感が残っているのだろう。

​「どこへ行けば、そんな者たちが見つかるというのじゃ?」

 エルゴが、静かに問うた。

「帝国の支配は、今やこの大陸のほとんどを覆っておる。
リュウガに逆らう者など、そう簡単には……」

​「だからこそ、帝国の支配が及ばない場所へ行くんだ」

 俺は、地図の東側を指し示した。

「エルゴ、あんたの力で示してくれ。
俺たちが進むべき、最初の道を」

​ 俺の言葉に、エルゴは静かに頷いた。
彼はゆっくりと目を閉じ、その手に持つ古びた傘をコンパスのように掲げる。

​《未来への羅針盤フューチャー・コンパス》――発動。

​ 彼の魂から、かすかな光が放たれる。
それは、風の流れを読み、大気の揺らぎを感じ、星の運行を計算しているかのようだった。

 やがて彼は、ゆっくりと目を開けた。

​「……見えるぞ」

 その声には、かつての帝国気象院長官としての誇りが確かに宿っていた。

「この道の先、東に。
帝国の支配を良しとせず、独自の文化と法を持つ自由の地がある。
様々な種族が入り乱れ、欲望と活気が渦巻く場所……自由都市連合。
そこなれば、我らが如き『はぐれ者』たちも、息災に暮らせるやもしれぬ」

​ 自由都市連合。
その言葉の響きに、俺たちの心は決まった。

​「よし。最初の目的地は、そこだ」

 俺は、宣言した。

「俺たち《アケボシ》と同じように、リュウガに全てを奪われた者たちが必ずいるはずだ。
そいつらを探し出し、仲間に引き入れる。
俺たちの、最初の仲間をな」

​ こうして、俺たちの新たなる旅は始まった。
奈落の谷を背に、俺たちは東へと向かって歩き出す。

 孤独だった復讐者の隣には、もう最強の相棒と頼れる道標がいた。
その事実が、これほどまでに心を強くするとは、俺は思ってもみなかった。

​ 旅の道中は、驚くほど順調だった。
ルナは、その獣としての鋭い感覚で周囲の危険をいち早く察知し、食料となる獣を狩ってくる。

 エルゴは、その《未来への羅針盤フューチャー・コンパス》で天候の急変を予測し、最も安全で効率的なルートを示してくれる。

 そして俺は、二人が集めた情報を元に全体の行動計画を立て、指示を出す。

​ 完璧な、役割分担。
たった一人で、飢えと渇き、そして魔物の脅威に怯えながら生き延びてきた奈落での日々が、まるで遠い昔のことのように感じられた。

​◇ ◇ ◇

​ 旅を始めて、三日目の夜。
俺たちは、小さな森の中で野営をしていた。

 パチパチと、穏やかな音を立てて燃える焚き火。
その火で、ルナが仕留めてきた大トカゲの肉をあぶる。

​「……ほれ、できたぞ」
 俺が焼き上げた肉の塊を、木の葉の皿に乗せて二人に手渡す。

 エルゴは、懐から取り出した薬草の粉を振りかけて、その風味を豊かにした。

​「……うまい」

 肉にかじりつきながら、ルナがぽつりとつぶやいた。
奈落で俺が焼いた肉を食べた時とは違う、心の底からの言葉だった。
その横顔は、炎に照らされて穏やかだった。

​「儂が気象院にいた頃は、こうして野外で食事をすることも多かったわい」

 エルゴが、遠い目をして語り始める。

「各地の気候を調査するため、何ヶ月も旅を続けてな。
あの頃は、未来を予測することが楽しくて仕方なかった……」

​ 俺たちは、自然とそれぞれの「物語」を語り合っていた。

 エルゴが失った、誇りの話。
ルナが失った、故郷の森の思い出の話。
そして俺が、前世で失った「自分の人生」の話。

​ 互いの傷に触れ、互いの過去を知る。
そのたびに、俺たちの絆はより強く、より確かなものへと変わっていく。

 俺たちはもう、ただの寄せ集めのチームではない。
互いの物語を尊重し合い、その未来を共に創ろうと誓った、本当の仲間なのだ。

​ 食事を終え、三人で揺れる炎を見つめる。
奈落の夜とは違う、生きている森の夜。
虫の声が、心地よいBGMのように響いていた。

​「……なあ、ケント」
 不意に、ルナが俺に問いかけた。

「アタシたちは、本当に勝てるのか?
あの、リュウガに」
その声には、かすかな不安がにじんでいた。

​ 俺は、燃え盛る炎を見つめながら静かに答えた。

​「分からない。
正直、五分五分ですらないだろうな。
だが、一つだけ確かなことがある」

 俺は、隣に座る二人を見つめた。

​「俺はもう、独りじゃない。
……お前たちがいる。
それだけで、負ける気がしないんだ」

​ その言葉に、ルナは少しだけ驚いたように目を見開き、そして嬉しそうにうつむいた。
エルゴもまた、静かに頷いてくれる。

​ そうだ。
もう、何も怖くない。

​◇ ◇ ◇

​ それから、さらに数日が過ぎた。
俺たちは、神聖ロゴス帝国の国境を越え、ついに自由都市連合の領域へと足を踏み入れていた。

​ 目の前に、巨大な城壁が見えてくる。
帝国のそれとは違う、どこか雑多で、様々な文化が入り混じったような活気に満ちた城壁。

その門の上には、サイコロとコインをかたどった奇妙な紋章が掲げられていた。

​「……あれが、最初の街じゃな」

 エルゴが、少しだけ疲れたような、それでいてどこか楽しそうな声で言った。

「《未来への羅針盤フューチャー・コンパス》が告げておる。
この先には、大きな『運命の揺らぎ』があると。
吉と出るか、凶と出るか……」

​ 街の中から、けたたましい音楽と人々の歓声、そして鐘の音がごちゃ混ぜになったような喧騒が聞こえてくる。

 夜だというのに、空はあやしいネオンのような光で明るく照らされていた。

​「賭博都市、カジノ・ロワイヤル」

 俺は、その街の名をつぶやいた。

「さて、どんな物語が俺たちを待っていることやら」
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