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第11章:敗者の塔と魂のディーラー
第52話:敗者の塔のグランド・チャレンジ
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帝国の追手、道化師との戦いは俺たちの勝利に終わった。
俺たちは気を失ったピエロを縛り上げ、宿の主人である羊の獣人のお婆さんに預けた。
彼女はこの街の裏社会にも顔が利くらしく、「面白い玩具を手に入れたよ」と不敵な笑みを浮かべていた。
ピエロが今後どうなるかは、俺の知ったことではない。
帝国の追手を一人退けたことで、俺たち《アケボシ》の名は、この街の裏社会で密かに囁かれるようになった。
だが俺たちは、その名声を利用するつもりはなかった。
俺たちの本当の仕事は、この街の歪んだ物語を解放すること。
ピエロとの戦いで得た情報と、街の住民たちへの聞き込み、そして何より俺の《物語の観測者》による分析。
それらを組み合わせ、俺たちは『敗者の塔』の絶対的支配者である謎のディーラーの正体と、その天賦の弱点を暴き出すための戦いに、今まさに身を投じようとしていた。
◇ ◇ ◇
賭博都市カジノ・ロワイヤルの中心にそびえ立つ、黒曜石の巨塔。
『敗者の塔』。
その威容は、まるで天に唾する罪人の傲慢さを体現しているかのようだ。
俺たちは、その獣の顎のような入り口の前に立っていた。
「……ここが、全ての元凶か」
ルナが、忌々しげに呟く。
「中から、魂が腐ったような匂いがする」
「うむ……」
エルゴも、険しい顔で塔を見上げていた。
「儂の《未来への羅針盤》が、この先に巨大な『絶望』の未来が渦巻いておると告げておる。一歩間違えば、我らも飲み込まれるやもしれん」
「ああ。だが、行くしかない」
俺は、覚悟を決めて言った。
「この街の歪んだ物語を終わらせるために。そして、俺たちの仲間を見つけ出すために」
俺たちは、顔を見合わせると固く頷き、塔の中へと足を踏み入れた。
その瞬間、俺たちの全身をけばけばしい光と熱狂の渦が飲み込んだ。
内部は、金と欲望で飾り立てられた絢爛豪華な空間だった。
天井からは巨大なシャンデリアが下がり、床には血のように赤い絨毯が敷き詰められている。
壁という壁は黄金の装飾で彩られ、そこかしこで噴水が宝石のような飛沫を上げていた。
だが、その豪華さとは裏腹に、空気は奇妙なほどに冷たい。
そして、この場所にいる客たちの瞳。
そこには、ギャンブルを楽しむ者の持つ高揚感や遊び心は微塵もなかった。
あるのはただ、何かに取り憑かれたかのような狂的な熱気だけ。
誰もが何かに飢え、何かを渇望し、魂をすり減らしている。
ここは、カジノではない。
人の魂を喰らう、巨大な祭壇だ。
「――さあさあ、紳士淑女の皆様!
ようこそおいでくださいました!」
ホールに、司会者らしき男の甲高い声が響き渡る。
見ると、一階の中央に巨大なステージが特設され、そこにスポットライトが当たっていた。
どうやら、何か特別な催しが始まるらしい。
「年に一度のこの夜が、今年もやってまいりました!
この塔の支配者、我らがマスター・ディーラーに直接挑戦する栄誉が与えられる、グランド・チャレンジの開催でございます!」
その言葉に、客たちがうおおおっと熱狂の雄叫びを上げる。
俺たちは、互いに顔を見合わせた。
なんと、運がいい。
あるいは、悪いのか。
塔を登らずとも、この街の支配者に会えるというのか。
俺たちは情報収集のため、ステージがよく見える場所に陣取り、固唾を飲んでその様子を見守った。
ステージの中央に設えられた、黒檀のテーブル。
その向こう側に、一人の男が静かに座っていた。
顔の上半分は白銀の仮面で覆われているが、その口元には常に穏やかな笑みが浮かんでいる。
その物腰はどこまでも優雅で、紳士的。
だが、その魂から放たれる気配は、俺が今まで出会った誰よりも冷たく、そして貪欲だった。
あれが、この塔の主、マスター・ディーラーか。
「さあ、最初の挑戦者をご案内いたしましょう!
一代で莫大な富を築き上げた大商人、バルザック様だ!」
司会者の紹介と共に、一人の肥えた男が自信満々の足取りでステージに上がる。
その指には、これみよがしに宝石の指輪がいくつもはめられていた。
「ふん。
ディーラーよ、お前の不敗神話も今日で終わりだ。
この俺が、お前の全てを奪い取ってくれるわ!」
バルザックは、尊大に言い放った。
マスター・ディーラーは、その言葉にただ静かに微笑み返すだけだった。
ゲームは、シンプルなカードゲーム対決だった。
だが、その裏で繰り広げられているのは、人間の欲望を巧みに操る心理戦。
バルザックは、連戦連勝。
彼の前には、みるみるうちに金貨の山が築かれていく。
だが、それは全てディーラーが仕掛けた巧妙な罠だった。
勝利という麻薬で挑戦者の理性を麻痺させ、より大きな獲物を狙うように仕向けているのだ。
「―――オール・イン!」
ついに、バルザックはその時が来たとばかりに、テーブルの上の金貨を全て中央へと押し出した。
「俺の全財産だ!
この勝負、受けやがれ!」
その言葉を、ディーラーは待っていた。
彼は、その穏やかな笑みを崩さぬまま、絹を裂くような声で言った。
「……よろしいでしょう。
ですが、お客様」
「その程度の賭け金では、私を楽しませることはできません。
……もし、お客様が本当に『勝者』になりたいと望むのであれば、賭けていただきたいものが、もう一つございます」
「……なんだと?」
「お客様の、その魂に宿る最も強い『渇望』。
この街の誰よりも上に立ちたいという、その野心。
それを、この勝負に賭けてはいただけますまいか?」
その言葉に、周囲の空気が凍りついた。
魂を、賭ける。
噂は、本当だったのだ。
バルザックは、一瞬だけためらった。
だが、目の前の金貨の山と、勝利への欲望が彼の理性を完全に麻痺させていた。
「……面白い!」
彼は、狂的な笑みを浮かべた。
「いいだろう!
俺の野心だろうが何だろうが、くれてやる!
その代わり、俺が勝ったらお前の全てをよこせ!」
俺たちは気を失ったピエロを縛り上げ、宿の主人である羊の獣人のお婆さんに預けた。
彼女はこの街の裏社会にも顔が利くらしく、「面白い玩具を手に入れたよ」と不敵な笑みを浮かべていた。
ピエロが今後どうなるかは、俺の知ったことではない。
帝国の追手を一人退けたことで、俺たち《アケボシ》の名は、この街の裏社会で密かに囁かれるようになった。
だが俺たちは、その名声を利用するつもりはなかった。
俺たちの本当の仕事は、この街の歪んだ物語を解放すること。
ピエロとの戦いで得た情報と、街の住民たちへの聞き込み、そして何より俺の《物語の観測者》による分析。
それらを組み合わせ、俺たちは『敗者の塔』の絶対的支配者である謎のディーラーの正体と、その天賦の弱点を暴き出すための戦いに、今まさに身を投じようとしていた。
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賭博都市カジノ・ロワイヤルの中心にそびえ立つ、黒曜石の巨塔。
『敗者の塔』。
その威容は、まるで天に唾する罪人の傲慢さを体現しているかのようだ。
俺たちは、その獣の顎のような入り口の前に立っていた。
「……ここが、全ての元凶か」
ルナが、忌々しげに呟く。
「中から、魂が腐ったような匂いがする」
「うむ……」
エルゴも、険しい顔で塔を見上げていた。
「儂の《未来への羅針盤》が、この先に巨大な『絶望』の未来が渦巻いておると告げておる。一歩間違えば、我らも飲み込まれるやもしれん」
「ああ。だが、行くしかない」
俺は、覚悟を決めて言った。
「この街の歪んだ物語を終わらせるために。そして、俺たちの仲間を見つけ出すために」
俺たちは、顔を見合わせると固く頷き、塔の中へと足を踏み入れた。
その瞬間、俺たちの全身をけばけばしい光と熱狂の渦が飲み込んだ。
内部は、金と欲望で飾り立てられた絢爛豪華な空間だった。
天井からは巨大なシャンデリアが下がり、床には血のように赤い絨毯が敷き詰められている。
壁という壁は黄金の装飾で彩られ、そこかしこで噴水が宝石のような飛沫を上げていた。
だが、その豪華さとは裏腹に、空気は奇妙なほどに冷たい。
そして、この場所にいる客たちの瞳。
そこには、ギャンブルを楽しむ者の持つ高揚感や遊び心は微塵もなかった。
あるのはただ、何かに取り憑かれたかのような狂的な熱気だけ。
誰もが何かに飢え、何かを渇望し、魂をすり減らしている。
ここは、カジノではない。
人の魂を喰らう、巨大な祭壇だ。
「――さあさあ、紳士淑女の皆様!
ようこそおいでくださいました!」
ホールに、司会者らしき男の甲高い声が響き渡る。
見ると、一階の中央に巨大なステージが特設され、そこにスポットライトが当たっていた。
どうやら、何か特別な催しが始まるらしい。
「年に一度のこの夜が、今年もやってまいりました!
この塔の支配者、我らがマスター・ディーラーに直接挑戦する栄誉が与えられる、グランド・チャレンジの開催でございます!」
その言葉に、客たちがうおおおっと熱狂の雄叫びを上げる。
俺たちは、互いに顔を見合わせた。
なんと、運がいい。
あるいは、悪いのか。
塔を登らずとも、この街の支配者に会えるというのか。
俺たちは情報収集のため、ステージがよく見える場所に陣取り、固唾を飲んでその様子を見守った。
ステージの中央に設えられた、黒檀のテーブル。
その向こう側に、一人の男が静かに座っていた。
顔の上半分は白銀の仮面で覆われているが、その口元には常に穏やかな笑みが浮かんでいる。
その物腰はどこまでも優雅で、紳士的。
だが、その魂から放たれる気配は、俺が今まで出会った誰よりも冷たく、そして貪欲だった。
あれが、この塔の主、マスター・ディーラーか。
「さあ、最初の挑戦者をご案内いたしましょう!
一代で莫大な富を築き上げた大商人、バルザック様だ!」
司会者の紹介と共に、一人の肥えた男が自信満々の足取りでステージに上がる。
その指には、これみよがしに宝石の指輪がいくつもはめられていた。
「ふん。
ディーラーよ、お前の不敗神話も今日で終わりだ。
この俺が、お前の全てを奪い取ってくれるわ!」
バルザックは、尊大に言い放った。
マスター・ディーラーは、その言葉にただ静かに微笑み返すだけだった。
ゲームは、シンプルなカードゲーム対決だった。
だが、その裏で繰り広げられているのは、人間の欲望を巧みに操る心理戦。
バルザックは、連戦連勝。
彼の前には、みるみるうちに金貨の山が築かれていく。
だが、それは全てディーラーが仕掛けた巧妙な罠だった。
勝利という麻薬で挑戦者の理性を麻痺させ、より大きな獲物を狙うように仕向けているのだ。
「―――オール・イン!」
ついに、バルザックはその時が来たとばかりに、テーブルの上の金貨を全て中央へと押し出した。
「俺の全財産だ!
この勝負、受けやがれ!」
その言葉を、ディーラーは待っていた。
彼は、その穏やかな笑みを崩さぬまま、絹を裂くような声で言った。
「……よろしいでしょう。
ですが、お客様」
「その程度の賭け金では、私を楽しませることはできません。
……もし、お客様が本当に『勝者』になりたいと望むのであれば、賭けていただきたいものが、もう一つございます」
「……なんだと?」
「お客様の、その魂に宿る最も強い『渇望』。
この街の誰よりも上に立ちたいという、その野心。
それを、この勝負に賭けてはいただけますまいか?」
その言葉に、周囲の空気が凍りついた。
魂を、賭ける。
噂は、本当だったのだ。
バルザックは、一瞬だけためらった。
だが、目の前の金貨の山と、勝利への欲望が彼の理性を完全に麻痺させていた。
「……面白い!」
彼は、狂的な笑みを浮かべた。
「いいだろう!
俺の野心だろうが何だろうが、くれてやる!
その代わり、俺が勝ったらお前の全てをよこせ!」
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