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第11章:敗者の塔と魂のディーラー
第59話:たった一度の敗北
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そして、俺は見た。
彼の物語の、始まりであり、そして終わりの光景を。
◇ ◇ ◇
そこは、絢爛豪華な塔ではなかった。
もっと素朴で、温かい光に満ちた小さな酒場。
若い頃の、まだ仮面をつけていないディーラーがそこにいた。
その顔には、今の彼のような冷たい笑みはない。
ただ、一人の女性を愛おしそうに見つめる、純粋な青年の顔があった。
彼の目の前には、柔らかな笑みを浮かべた美しい女性が座っている。
その指には、一輪の白い花。
『――ねえ、最後の勝負をしない?』
女性が、悪戯っぽく笑いながら言った。
『この花びらが、偶数か、奇数か。
もし、あなたが当てたら、私は一生あなたのそばにいる。
でも、もし私が勝ったら……私は、この街を出ていくわ』
それは、あまりにも無邪気で、残酷な賭けだった。
青年は、ためらった。
だが、彼女のことが好きだった。
彼女を手に入れられる万に一つの可能性に、彼は全てを賭けた。
そして、彼は敗れた。
たった一度の、シンプルな賭けに。
『……さようなら』
女性は、悲しそうな、それでいてどこかほっとしたような顔で笑うと、彼の前から永遠に去っていった。
彼女が残していったのは、一枚だけになった白い花びらと、彼の魂に刻まれた永遠に癒えることのない敗北の記憶だけだった。
彼の物語は、そこで終わっていた。
あの日以来、彼の時間は止まっている。
彼は、ただひたすらに「勝利」を渇望するようになった。
もう二度と、あのような敗北を味わわないために。
もう二度と、大切なものを失わないために。
彼が奪ってきた無数の魂の渇望は全て、あの日のたった一度の敗北の痛みを上書きするための、空しい代用品に過ぎなかったのだ。
◇ ◇ ◇
「―――ッッ!!」
俺の意識は、急速に現実へと引き戻された。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
肩で、息をする。
彼の悲劇を追体験したことで、俺の魂もまた深く傷ついていた。
「どうなさいましたかな、挑戦者様?」
ディーラーが、怪訝そうな声を上げる。
「私の勝ちで、決着がついたようですが」
テーブルの上では、俺の負けを示すカードがめくられていた。
俺の復讐心が、今まさに質草として奪われようとしている。
だが、俺はもう勝敗などどうでもよかった。
「……ははっ」
俺の口から、乾いた笑いが漏れた。
それは、絶望の笑いではない。
目の前の哀れな男に対する、深い、深い憐憫の笑いだった。
「……何がおかしいですかな?」
ディーラーの声に、初めて焦りの色が浮かんだ。
「いや、ようやく分かったんでな」
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
そして、彼の仮面の下にあるであろう、傷ついた魂に直接語りかけるように言った。
「あんたの、そのくだらない物語の正体が」
「―――ッ!?」
ディーラーの肩が、大きく震えた。
「この塔も、奪ってきた魂も、絶対的な勝者というあんたの立場も、全部が偽物だ。
あんたは、ただ一つの幻影に、今もなお怯え続けているに過ぎない」
俺は、立ち上がった。
そして、観測した彼の記憶を、一言一句違わずに、彼の目の前で再現してみせた。
「――小さな酒場。一輪の白い花。
そして、たった一度のコイン投げにも似た、愛する女との賭け」
俺の言葉に、ディーラーの体が凍りついた。
その仮面の下で、その瞳が信じられないものを見るかのように大きく見開かれているのが分かった。
「あんたは、あの日負けた。
たった一度の賭けに負けて、全てを失った。
違うか?」
俺は、最後の言葉を突きつけた。
彼の魂を、その根底から破壊するための、真実という名の刃を。
「お前は、絶対的な勝者なんかじゃない。
ただ、あの日の敗北を無数の勝利で上書きしようとしているだけの、哀れな敗者だ!」
その言葉は、呪いのようにホールに響き渡った。
ディーラーの全身から、オーラが急速に消えていく。
彼が使役していた「百年に一人の記憶力」が、忘れたいはずの敗北の記憶によって上書きされ、「絶対的な計算能力」が、愛という計算できない感情の前に意味をなさなくなる。
彼の力の前提である、「絶対的な勝者としての自信」が、今、ガラガラと音を立てて崩壊し始めていた。
(……今だ……!)
俺は、この一瞬の隙を見逃さなかった。
ここが、俺たちの唯一の勝機だ。
俺は、背後に控える仲間たちに向かって心の中で叫んだ。
(―――エルゴ殿!
ルナ!)
(奴の壊れた物語を、俺たちの本当の絆で終わらせる!)
彼の物語の、始まりであり、そして終わりの光景を。
◇ ◇ ◇
そこは、絢爛豪華な塔ではなかった。
もっと素朴で、温かい光に満ちた小さな酒場。
若い頃の、まだ仮面をつけていないディーラーがそこにいた。
その顔には、今の彼のような冷たい笑みはない。
ただ、一人の女性を愛おしそうに見つめる、純粋な青年の顔があった。
彼の目の前には、柔らかな笑みを浮かべた美しい女性が座っている。
その指には、一輪の白い花。
『――ねえ、最後の勝負をしない?』
女性が、悪戯っぽく笑いながら言った。
『この花びらが、偶数か、奇数か。
もし、あなたが当てたら、私は一生あなたのそばにいる。
でも、もし私が勝ったら……私は、この街を出ていくわ』
それは、あまりにも無邪気で、残酷な賭けだった。
青年は、ためらった。
だが、彼女のことが好きだった。
彼女を手に入れられる万に一つの可能性に、彼は全てを賭けた。
そして、彼は敗れた。
たった一度の、シンプルな賭けに。
『……さようなら』
女性は、悲しそうな、それでいてどこかほっとしたような顔で笑うと、彼の前から永遠に去っていった。
彼女が残していったのは、一枚だけになった白い花びらと、彼の魂に刻まれた永遠に癒えることのない敗北の記憶だけだった。
彼の物語は、そこで終わっていた。
あの日以来、彼の時間は止まっている。
彼は、ただひたすらに「勝利」を渇望するようになった。
もう二度と、あのような敗北を味わわないために。
もう二度と、大切なものを失わないために。
彼が奪ってきた無数の魂の渇望は全て、あの日のたった一度の敗北の痛みを上書きするための、空しい代用品に過ぎなかったのだ。
◇ ◇ ◇
「―――ッッ!!」
俺の意識は、急速に現実へと引き戻された。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
肩で、息をする。
彼の悲劇を追体験したことで、俺の魂もまた深く傷ついていた。
「どうなさいましたかな、挑戦者様?」
ディーラーが、怪訝そうな声を上げる。
「私の勝ちで、決着がついたようですが」
テーブルの上では、俺の負けを示すカードがめくられていた。
俺の復讐心が、今まさに質草として奪われようとしている。
だが、俺はもう勝敗などどうでもよかった。
「……ははっ」
俺の口から、乾いた笑いが漏れた。
それは、絶望の笑いではない。
目の前の哀れな男に対する、深い、深い憐憫の笑いだった。
「……何がおかしいですかな?」
ディーラーの声に、初めて焦りの色が浮かんだ。
「いや、ようやく分かったんでな」
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
そして、彼の仮面の下にあるであろう、傷ついた魂に直接語りかけるように言った。
「あんたの、そのくだらない物語の正体が」
「―――ッ!?」
ディーラーの肩が、大きく震えた。
「この塔も、奪ってきた魂も、絶対的な勝者というあんたの立場も、全部が偽物だ。
あんたは、ただ一つの幻影に、今もなお怯え続けているに過ぎない」
俺は、立ち上がった。
そして、観測した彼の記憶を、一言一句違わずに、彼の目の前で再現してみせた。
「――小さな酒場。一輪の白い花。
そして、たった一度のコイン投げにも似た、愛する女との賭け」
俺の言葉に、ディーラーの体が凍りついた。
その仮面の下で、その瞳が信じられないものを見るかのように大きく見開かれているのが分かった。
「あんたは、あの日負けた。
たった一度の賭けに負けて、全てを失った。
違うか?」
俺は、最後の言葉を突きつけた。
彼の魂を、その根底から破壊するための、真実という名の刃を。
「お前は、絶対的な勝者なんかじゃない。
ただ、あの日の敗北を無数の勝利で上書きしようとしているだけの、哀れな敗者だ!」
その言葉は、呪いのようにホールに響き渡った。
ディーラーの全身から、オーラが急速に消えていく。
彼が使役していた「百年に一人の記憶力」が、忘れたいはずの敗北の記憶によって上書きされ、「絶対的な計算能力」が、愛という計算できない感情の前に意味をなさなくなる。
彼の力の前提である、「絶対的な勝者としての自信」が、今、ガラガラと音を立てて崩壊し始めていた。
(……今だ……!)
俺は、この一瞬の隙を見逃さなかった。
ここが、俺たちの唯一の勝機だ。
俺は、背後に控える仲間たちに向かって心の中で叫んだ。
(―――エルゴ殿!
ルナ!)
(奴の壊れた物語を、俺たちの本当の絆で終わらせる!)
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