異世界転生と『天賦(ギフト)』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる!

月影 朔

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第12章:記憶の美術館と影の暗殺者

第64話:記憶泥棒を追え

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 賭博都市での戦いを終え、俺たち《アケボシ》は西へと向かっていた。

 新たなる仲間、ジンが持つ帝国の情報。
そして、エルゴの《未来への羅針盤フューチャー・コンパス》が指し示した、次なる仲間がいる場所。

 芸術都市、アリア。

 数日間の旅路の果て、その街は俺たちの眼前にその姿を現した。

◇ ◇ ◇

「……すげえ……」

 思わず、そんな声がれた。
目の前に広がる光景は、俺が今までこの世界で見てきたどんな街とも違っていた。

 リュウガが創り上げた帝都の、どこか冷たい幾何学的きかがくてきな美しさではない。
賭博都市の、けばけばしい欲望の色でもない。

 アリアの街並みは、まるでそれ自体が一つの巨大な芸術作品のようだった。
建物は、それぞれが全く違う個性的なデザインで、歌うように空へと伸びている。

 道端には、名もなき芸術家が作ったであろう彫刻が置かれ、壁という壁には色鮮やかな絵が描かれていた。

 どこからともなく、心地よい楽器の音色が風に乗って聞こえてくる。

「……空気が、違うな」
隣を歩くジンが、珍しくわずかに目を見開いてつぶやいた。

「帝国の管理された静寂せいじゃくとも、カジノ・ロワイヤルの欲望の熱気とも違う。
……ここは、生きている」

 その言葉に、俺は静かにうなずいた。
リュウガが、この街を嫌う理由がよく分かる。
ここは、彼の『仕組み』では決して管理できない、自由な魂の息遣いに満ちていた。

 俺たちは、街の活気に引き寄せられるように、中央広場へと足を運んだ。
そこで、俺たちは最初の異変に気づくことになる。

 広場の中心にある噴水の周りで、一人の老婆が泣き崩れていたのだ。
その周りには、心配そうに人々が集まっている。

「どうしたんです、お婆さん」

「……分からない……分からないんだよ……」

 老婆は、涙に濡れた顔で首を横に振った。

「……今朝、目が覚めたら、隣にいるはずの爺さんの顔が……どうしても、思い出せなくなっていたんだ……。
五十年間、ずっと連れ添ってきたはずなのに……」

 その言葉に、周囲の人々がざわめいた。

「またか……」

「最近、多いらしいな。そういう奇妙な物忘れが……」

「呪いなんじゃないのか……?」

(……物忘れ……?)

 俺の脳裏を、嫌な予感がよぎる。
それは、ただの老化による症状などではない。
もっと作為的で、悪意のある何かの匂いがした。

 俺は、泣き崩れる老婆に意識を集中させた。

(あんたの物語に、何が起きている――《物語の観測者ストーリー・ウォッチャー》!)

(脳内に、冷たい情報の奔流ほんりゅうが流れ込む。)

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名前:???
状態:深い悲しみ、精神的混乱
​魂の物語:
【起源】:夫と共に、この街で小さなパン屋を営んできた人生。
【喪失】:夫と過ごした、五十年間分の『幸福な記憶』が、ごっそりと抜け落ちている。
渇望かつぼう】:思い出したい。忘れたくない。あの人の温もりを。
天賦ギフト
陽だまりのパンサニー・ブレッド
能力概要:彼女が焼いたパンを食べた者は、ほんの少しだけ心が温かくなる。
[制約・ルール]:彼女自身が、幸福な気持ちで作らなければ効果はない。
​攻略の糸口:
【記憶】:魂から記憶が消されたわけではない。何者かによって、一時的に「抜き取られている」状態に近い。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

「……なんだ、これは……」
俺は、思わず声を漏らした。

 魂の物語に、ぽっかりと穴が空いている。
まるで、美しいタペストリーの一番大事な絵柄だけを、綺麗に切り取られたかのように。

「どうした、ケント?」

 俺の異変に気づいたルナが、心配そうに顔をのぞき込む。

「……これは、病気じゃない」
俺は、低い声で言った。

天賦ギフト能力による、記憶強奪だ。
何者かが、この街の人々から特定の記憶だけを盗み取っている」

 俺の言葉に、仲間たちの顔が強張こわばった。

「記憶を、盗む……?」

 エルゴが、険しい顔でつぶやく。

「なんのために、そんなことを……」

「分からん。
だが、この街で起きていることは間違いない」

 俺は、広場を見渡した。
陽気な音楽、人々の笑い声。
だが、その光景の裏側で静かに、そして確実に人々の魂がむしばまれている。

「……放ってはおけないな」

 ジンが、冷たい声で言った。

「帝国の仕業である可能性も、捨てきれない。
リュウガが嫌うこの街を、内側から混乱させるための破壊工作……」

「ああ。
いずれにせよ、俺たちの目的の邪魔になる」
俺は、頷いた。

「仲間を探すためには、まずこの街の歪みを正す必要がある。
……この、忌まわしい記憶泥棒を、俺たちの手で探し出して止めるぞ」

 俺がそう宣言した、その時だった。

 スッ、と。
俺たちの足元に落ちていた影が、まるで生き物のように不自然に伸びた。
そして、その影の先端が俺たちの靴に、ぴたりと張り付く。

「―――ッ!?」

 その瞬間、俺たちの体が石になったかのように動かなくなった。

 金縛り。
いや、それ以上の絶対的な拘束感。

「……な……んだ、これ……!」

 ルナが、驚愕の声を上げる。

「……体が……動かねえ……!」

 俺たちの影が、地面に縫い付けられている。
そして、その影を縫い付けているのは、すぐ近くの建物の壁から伸びる、もう一つの不気味な人影だった。

 俺は、咄嗟とっさにその人影の主を探した。

 建物の屋根。
そこに、音もなく一人の男が立っていた。

 全身を黒い装束で覆い、その顔は不気味な仮面で隠されている。
その手には、奇妙な形をした短剣が握られていた。

 その男の魂から放たれる気配は、俺が今まで感じたことのないほどに希薄で、まるで影そのもののようだった。

 だが、その希薄さの中に凝縮された殺意だけが、針のように鋭く俺たちの肌を刺す。

(……追手か!)

(賭博都市のピエロに続く、第二の刺客……!)

 男は、何も語らない。
ただ、その仮面の奥から冷たい視線で俺たちを見下ろし、ゆっくりと俺たちの影を踏みしめた。

 その一歩が、俺たちの体をさらに強く地面に縛り付ける。

 俺たちの、新たな戦い。
それは、あまりにも突然、そしてあまりにも静かに始まろうとしていた。
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