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第13章:帝国からの刺客団「チェックメイト」
第72話:盤上の駒遊戯
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夜明けの星は、もう孤独ではない。
その事実が、俺たちに明日へ進むための力を与えてくれていた。
だが、俺たちの存在がリュウガの創り上げた偽りの夜にとって、決して見過ごすことのできない脅威となりつつあることを、俺たちはまだ本当の意味では理解していなかった。
◇ ◇ ◇
芸術都市アリアの朝日が、俺たちの新たな拠点を照らし出す。
そこは、かつて彫刻家のアトリエだったという、天井の高い広々とした石造りの建物だった。
俺たちは、リラが持っていたわずかな金でこの場所を借り受け、ギルド《アケボシ》の最初の作戦基地としていた。
「――以上が、この街の裏社会を牛耳る組織の勢力図だ」
ジンが、壁に貼り付けた巨大な地図を指し示しながら、淡々と報告を終えた。
彼の帝国暗殺部隊として培った情報収集能力は、まさに本物だった。
「なるほどな……」
俺は、腕を組んでその地図を睨みつける。
「つまり、俺たちが仲間に引き入れるべきは、どの組織にも属さない『はぐれ者』の天賦持ち、ということか」
「うむ。
儂の《未来への羅針盤》も、その可能性を強く示しておる」
エルゴが、静かに付け加えた。
「アタシとリラが美術館の美術品に残された記憶を調べたところ、有力な候補が何人か見つかったわ」
ルナが、リラの隣で自信ありげに胸を張る。
リラもまた、その言葉にこくりと頷いた。
彼女の《記憶の修復師》の力は、情報分析において絶大な効果を発揮していた。
最高の「頭脳」である俺。
最強の「剣」であるルナ。
頼れる「道標」であるエルゴ。
全てを支える「影」であるジン。
そして、失われた物語を「修復」するリラ。
意識を失ったままのリラの恋人、ノクスはアトリエの奥の部屋で静かに眠っている。
俺たちのチームは、確かに機能し始めていた。
リュウガの支配を覆すための、小さな、だが確かな歯車が回り始めた。
そう、確信したその瞬間だった。
空気が、変わった。
風が止み、音が消え、光がその色彩を失っていく。
俺たちがいたはずのアトリエの石の床が、まるで蜃気楼のように揺らめき始めた。
「―――ッ!?」
俺たちは、とっさに身構える。
だが、敵の姿はどこにもない。
これは、物理的な攻撃ではない。
空間そのものが、何者かの力によって書き換えられていくような、異様な感覚。
やがて、床の石畳は完全にその姿を消した。
代わりに俺たちの足元に広がっていたのは、白と黒のマス目が交互に並ぶ、巨大なチェス盤だった。
「……なんだ、これは……!」
ルナが、警戒の声を上げる。
その時、アトリエの中央。
何もないはずの空間から、まるで最初からそこにいたかのように、一人の男がすっと姿を現した。
燕尾服にシルクハット。
その手には、王笏のような杖を持っている。
まるで、時代がかった舞台に登場する手品師のような出で立ち。
だが、その男の魂から放たれる気配は、俺が今まで出会った誰とも違っていた。
それは、狂気でも憎悪でもない。
ただ、この世界の全てをゲーム盤の上の駒としか見ていないかのような、絶対的なまでの知的傲慢さに満ちていた。
「――ようこそ、盤上へ」
男は、芝居がかった仕草で恭しくお辞儀をした。
「我が名は、ガリ・カスパロフ。
神聖ロゴス帝国皇帝リュウガ様が誇る、最強の刺客団『チェックメイト』が一人。
……あなた方の物語を、ここで終わらせるために参りました」
チェックメイト。
その言葉が、俺の脳裏に突き刺さる。
やはり、来たか。
リュウガが放った、次なる追手が。
「さて、ゲームを始めましょうか」
カスパロフは、楽しそうに両手を広げた。
「我が天賦、《盤上の駒遊戯》へようこそ。
この盤面に囚われたあなた方は、もはやただの人間ではない。
私が定めた役割を持つ、『駒』です」
その言葉と同時に、俺たちの体を奇妙な感覚が襲った。
魂に、見えない役割が強制的に割り当てられるような感覚。
「なっ……!?」
ルナが、一歩前に出ようとして、よろめいた。
「……体が……思うように、動かない……!」
彼女の動きは、まるで馬のようにL字にしか動けなくなっていた。
「くっ……!」
ジンもまた、前後にしか動けないことに気づき、驚愕の表情を浮かべている。
「その通り」
カスパロフは、満足そうに頷いた。
「銀狼の嬢ちゃんは『騎士(ナイト)』。
暗殺者の兄さんは『飛車(ルーク)』。
賢者殿は『僧正(ビショップ)』。
記憶の嬢ちゃんは『女王(クイーン)』。
そして、軍師である君が、我がゲームの主役たる『王(キング)』だ」
俺は、試しに一歩横に動こうとした。
だが、見えない壁に阻まれるかのように、体が言うことを聞かない。
俺に許された動きは、前後左右斜めに、ただ一歩だけ。
チェスの、王の動きそのものだ。
「そして、このボク自身もまた『王(キング)』として、このゲームに参加しなくてはならない。
それが、この能力の唯一のルールにして、美学なのですよ」
なんという、厄介な能力。
物理的な戦闘能力を完全に無効化し、相手を自らの定めたルールの土俵に引きずり込む、強制参加型のゲーム。
「さあ、始めましょう。
ボクの最初のターンです」
カスパロフは、チェスの名手のように優雅に一歩、横に動いた。
そして、その杖をルナに向ける。
「――『騎士(ナイト)』よ、動きなさい」
「―――ッ!?」
ルナの体が、彼女の意思とは無関係に勝手に動き出した。
L字の軌道を描き、俺のすぐ近くへと強制的に移動させられる。
それは、俺という「王」を守るための動きではない。
明らかに、俺を孤立させ、追い詰めるための布陣だった。
(……まずい……!
こいつ、俺たちの駒を自由に動かせるのか!)
これでは、勝負にすらならない。
俺たちは、ただ彼の筋書き通りに踊らされ、チェックメイトを待つだけの哀れな駒でしかない。
(……落ち着け、俺)
俺は、焦る心を必死に抑えつけた。
どんな天賦にも、必ず穴はある。
俺は、この絶望的な盤面の中から、たった一つの勝ち筋を見つけ出さなければならない。
(《物語の観測者》!)――発動!
その事実が、俺たちに明日へ進むための力を与えてくれていた。
だが、俺たちの存在がリュウガの創り上げた偽りの夜にとって、決して見過ごすことのできない脅威となりつつあることを、俺たちはまだ本当の意味では理解していなかった。
◇ ◇ ◇
芸術都市アリアの朝日が、俺たちの新たな拠点を照らし出す。
そこは、かつて彫刻家のアトリエだったという、天井の高い広々とした石造りの建物だった。
俺たちは、リラが持っていたわずかな金でこの場所を借り受け、ギルド《アケボシ》の最初の作戦基地としていた。
「――以上が、この街の裏社会を牛耳る組織の勢力図だ」
ジンが、壁に貼り付けた巨大な地図を指し示しながら、淡々と報告を終えた。
彼の帝国暗殺部隊として培った情報収集能力は、まさに本物だった。
「なるほどな……」
俺は、腕を組んでその地図を睨みつける。
「つまり、俺たちが仲間に引き入れるべきは、どの組織にも属さない『はぐれ者』の天賦持ち、ということか」
「うむ。
儂の《未来への羅針盤》も、その可能性を強く示しておる」
エルゴが、静かに付け加えた。
「アタシとリラが美術館の美術品に残された記憶を調べたところ、有力な候補が何人か見つかったわ」
ルナが、リラの隣で自信ありげに胸を張る。
リラもまた、その言葉にこくりと頷いた。
彼女の《記憶の修復師》の力は、情報分析において絶大な効果を発揮していた。
最高の「頭脳」である俺。
最強の「剣」であるルナ。
頼れる「道標」であるエルゴ。
全てを支える「影」であるジン。
そして、失われた物語を「修復」するリラ。
意識を失ったままのリラの恋人、ノクスはアトリエの奥の部屋で静かに眠っている。
俺たちのチームは、確かに機能し始めていた。
リュウガの支配を覆すための、小さな、だが確かな歯車が回り始めた。
そう、確信したその瞬間だった。
空気が、変わった。
風が止み、音が消え、光がその色彩を失っていく。
俺たちがいたはずのアトリエの石の床が、まるで蜃気楼のように揺らめき始めた。
「―――ッ!?」
俺たちは、とっさに身構える。
だが、敵の姿はどこにもない。
これは、物理的な攻撃ではない。
空間そのものが、何者かの力によって書き換えられていくような、異様な感覚。
やがて、床の石畳は完全にその姿を消した。
代わりに俺たちの足元に広がっていたのは、白と黒のマス目が交互に並ぶ、巨大なチェス盤だった。
「……なんだ、これは……!」
ルナが、警戒の声を上げる。
その時、アトリエの中央。
何もないはずの空間から、まるで最初からそこにいたかのように、一人の男がすっと姿を現した。
燕尾服にシルクハット。
その手には、王笏のような杖を持っている。
まるで、時代がかった舞台に登場する手品師のような出で立ち。
だが、その男の魂から放たれる気配は、俺が今まで出会った誰とも違っていた。
それは、狂気でも憎悪でもない。
ただ、この世界の全てをゲーム盤の上の駒としか見ていないかのような、絶対的なまでの知的傲慢さに満ちていた。
「――ようこそ、盤上へ」
男は、芝居がかった仕草で恭しくお辞儀をした。
「我が名は、ガリ・カスパロフ。
神聖ロゴス帝国皇帝リュウガ様が誇る、最強の刺客団『チェックメイト』が一人。
……あなた方の物語を、ここで終わらせるために参りました」
チェックメイト。
その言葉が、俺の脳裏に突き刺さる。
やはり、来たか。
リュウガが放った、次なる追手が。
「さて、ゲームを始めましょうか」
カスパロフは、楽しそうに両手を広げた。
「我が天賦、《盤上の駒遊戯》へようこそ。
この盤面に囚われたあなた方は、もはやただの人間ではない。
私が定めた役割を持つ、『駒』です」
その言葉と同時に、俺たちの体を奇妙な感覚が襲った。
魂に、見えない役割が強制的に割り当てられるような感覚。
「なっ……!?」
ルナが、一歩前に出ようとして、よろめいた。
「……体が……思うように、動かない……!」
彼女の動きは、まるで馬のようにL字にしか動けなくなっていた。
「くっ……!」
ジンもまた、前後にしか動けないことに気づき、驚愕の表情を浮かべている。
「その通り」
カスパロフは、満足そうに頷いた。
「銀狼の嬢ちゃんは『騎士(ナイト)』。
暗殺者の兄さんは『飛車(ルーク)』。
賢者殿は『僧正(ビショップ)』。
記憶の嬢ちゃんは『女王(クイーン)』。
そして、軍師である君が、我がゲームの主役たる『王(キング)』だ」
俺は、試しに一歩横に動こうとした。
だが、見えない壁に阻まれるかのように、体が言うことを聞かない。
俺に許された動きは、前後左右斜めに、ただ一歩だけ。
チェスの、王の動きそのものだ。
「そして、このボク自身もまた『王(キング)』として、このゲームに参加しなくてはならない。
それが、この能力の唯一のルールにして、美学なのですよ」
なんという、厄介な能力。
物理的な戦闘能力を完全に無効化し、相手を自らの定めたルールの土俵に引きずり込む、強制参加型のゲーム。
「さあ、始めましょう。
ボクの最初のターンです」
カスパロフは、チェスの名手のように優雅に一歩、横に動いた。
そして、その杖をルナに向ける。
「――『騎士(ナイト)』よ、動きなさい」
「―――ッ!?」
ルナの体が、彼女の意思とは無関係に勝手に動き出した。
L字の軌道を描き、俺のすぐ近くへと強制的に移動させられる。
それは、俺という「王」を守るための動きではない。
明らかに、俺を孤立させ、追い詰めるための布陣だった。
(……まずい……!
こいつ、俺たちの駒を自由に動かせるのか!)
これでは、勝負にすらならない。
俺たちは、ただ彼の筋書き通りに踊らされ、チェックメイトを待つだけの哀れな駒でしかない。
(……落ち着け、俺)
俺は、焦る心を必死に抑えつけた。
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俺は、この絶望的な盤面の中から、たった一つの勝ち筋を見つけ出さなければならない。
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