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第14章:鋼鉄の都と忘れられた歌姫
第80話:鉄鋼都市ヴァルハラ
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帝国の刺客団『チェックメイト』との激闘を終え、俺たち《アケボシ》は傷ついた仲間を救うという、ただ一つの目的のために北を目指していた。
芸術都市アリアでの戦いは、俺たちに勝利と新たな仲間をもたらした。
だが、その代償もまた大きかった。
俺の身代わりとなってザイムの天賦、《終わりの延滞料金》を受けたノクスは、今もなお意識の闇をさまよっている。
リラの《記憶の修復師》の力がかろうじて彼の砕け散った魂を繋ぎ止めてはいるが、それは対症療法に過ぎない。
日に日に、リラの顔には疲労の色が濃くなっていく。
残された時間は、多くはなかった。
◇ ◇ ◇
旅は、過酷を極めた。
自由都市連合の温暖な気候を離れ、北へ進むにつれて景色はその色彩を失っていった。
豊かな緑は枯れ果てた木々に変わり、地面は凍てつく永久凍土に覆われる。
空は常に鉛色の雲に覆われ、二つの太陽の光すら届かない。
肌を刺すような冷たい風が、容赦なく俺たちの体温を奪っていった。
「……見えてきたぞ」
旅を始めて、十日が過ぎた頃。
先導していたエルゴが、かすれた声で言った。
地平線の彼方に、黒い染みのようなものが見える。
近づくにつれて、その染みは巨大な城壁のシルエットへと姿を変えていった。
「……あれが、鉄鋼都市ヴァルハラか」
俺は、馬車代わりの荷馬車の御者台からその光景を睨みつけた。
空気が、違う。
鼻を突くのは、石炭の燃える匂いと、鉄の錆びた匂い。
空は、街から立ち上る黒い煙で、よどんだまだら模様を描いていた。
芸術都市アリアが自由な生命の息吹に満ちていたとすれば、この街は死と労働の匂いに満ちている。
まさしく、リュウガが創り上げた「仕組み」を支える巨大な心臓部。
そして、その心臓を守る鎧のように、街は黒光りする鋼鉄の壁で完全に要塞化されていた。
「……どうやって、中に入る?」
ルナが、低い声で尋ねる。
城門は固く閉ざされ、その上には帝国の紋章を掲げた兵士たちが蟻のように動き回っているのが見えた。
警戒レベルは、帝都に匹敵するだろう。
「力ずくでの突破は不可能だ。俺に、考えがある」
答えたのは、ジンだった。
彼は、荷馬車の幌の中からいくつかの汚れた麻袋を取り出した。
「俺たちは、帝国軍に物資を納入する商人になりすます。
これが、帝国軍の下級兵士が着る予備の軍服だ。
俺がかつて使っていたものを、隠し持っていた」
元帝国暗殺部隊。
彼の持つ知識と経験は、こういう時にこそ最大の武器となる。
俺たちは、それぞれ兵士と商人の従僕に変装し、ヴァルハラの城門へと向かった。
ジンの完璧な受け答えと、偽造された身分証。
そして何より、彼が発する元帝国軍人としての淀みないオーラが、門番の兵士たちの疑念を打ち消した。
重々しい鉄の扉が、きしむような音を立てて開かれる。
俺たちは、ついに帝国の兵器生産を担う鉄鋼都市ヴァルハラへの潜入に成功した。
◇ ◇ ◇
街の中に広がっていたのは、俺の想像を絶する光景だった。
そこには、生活というものが存在しなかった。
あるのは、ただひたすらに続く巨大な工場と、労働者たちを収容するためだけの無機質な居住区画だけ。
道行く人々の顔には、何の表情もなかった。
喜びも、怒りも、悲しみさえも。
彼らは、ただ虚ろな目で前を見つめ、決められたルートを、決められた速度で歩いているだけ。
まるで、ベルトコンベアの上を流れる部品のようだった。
「……ひどい……」
リラが、か細い声で呟いた。
「……みんな、魂が眠っているみたい……」
彼女の言う通りだった。
これは、リュウガの《絶対王の勅令》による直接的な精神支配とは違う。
もっと陰湿で、根深い何か。
彼らは、感情そのものを奪われているのだ。
生産性を下げる「不要なもの」として。
俺は、近くを通り過ぎた一人の若い労働者に意識を集中させた。
もはや、ためらいはない。
この街の歪んだ物語を、俺は知る必要があった。
(お前の物語に、何が起きている――《物語の観測者》!)
芸術都市アリアでの戦いは、俺たちに勝利と新たな仲間をもたらした。
だが、その代償もまた大きかった。
俺の身代わりとなってザイムの天賦、《終わりの延滞料金》を受けたノクスは、今もなお意識の闇をさまよっている。
リラの《記憶の修復師》の力がかろうじて彼の砕け散った魂を繋ぎ止めてはいるが、それは対症療法に過ぎない。
日に日に、リラの顔には疲労の色が濃くなっていく。
残された時間は、多くはなかった。
◇ ◇ ◇
旅は、過酷を極めた。
自由都市連合の温暖な気候を離れ、北へ進むにつれて景色はその色彩を失っていった。
豊かな緑は枯れ果てた木々に変わり、地面は凍てつく永久凍土に覆われる。
空は常に鉛色の雲に覆われ、二つの太陽の光すら届かない。
肌を刺すような冷たい風が、容赦なく俺たちの体温を奪っていった。
「……見えてきたぞ」
旅を始めて、十日が過ぎた頃。
先導していたエルゴが、かすれた声で言った。
地平線の彼方に、黒い染みのようなものが見える。
近づくにつれて、その染みは巨大な城壁のシルエットへと姿を変えていった。
「……あれが、鉄鋼都市ヴァルハラか」
俺は、馬車代わりの荷馬車の御者台からその光景を睨みつけた。
空気が、違う。
鼻を突くのは、石炭の燃える匂いと、鉄の錆びた匂い。
空は、街から立ち上る黒い煙で、よどんだまだら模様を描いていた。
芸術都市アリアが自由な生命の息吹に満ちていたとすれば、この街は死と労働の匂いに満ちている。
まさしく、リュウガが創り上げた「仕組み」を支える巨大な心臓部。
そして、その心臓を守る鎧のように、街は黒光りする鋼鉄の壁で完全に要塞化されていた。
「……どうやって、中に入る?」
ルナが、低い声で尋ねる。
城門は固く閉ざされ、その上には帝国の紋章を掲げた兵士たちが蟻のように動き回っているのが見えた。
警戒レベルは、帝都に匹敵するだろう。
「力ずくでの突破は不可能だ。俺に、考えがある」
答えたのは、ジンだった。
彼は、荷馬車の幌の中からいくつかの汚れた麻袋を取り出した。
「俺たちは、帝国軍に物資を納入する商人になりすます。
これが、帝国軍の下級兵士が着る予備の軍服だ。
俺がかつて使っていたものを、隠し持っていた」
元帝国暗殺部隊。
彼の持つ知識と経験は、こういう時にこそ最大の武器となる。
俺たちは、それぞれ兵士と商人の従僕に変装し、ヴァルハラの城門へと向かった。
ジンの完璧な受け答えと、偽造された身分証。
そして何より、彼が発する元帝国軍人としての淀みないオーラが、門番の兵士たちの疑念を打ち消した。
重々しい鉄の扉が、きしむような音を立てて開かれる。
俺たちは、ついに帝国の兵器生産を担う鉄鋼都市ヴァルハラへの潜入に成功した。
◇ ◇ ◇
街の中に広がっていたのは、俺の想像を絶する光景だった。
そこには、生活というものが存在しなかった。
あるのは、ただひたすらに続く巨大な工場と、労働者たちを収容するためだけの無機質な居住区画だけ。
道行く人々の顔には、何の表情もなかった。
喜びも、怒りも、悲しみさえも。
彼らは、ただ虚ろな目で前を見つめ、決められたルートを、決められた速度で歩いているだけ。
まるで、ベルトコンベアの上を流れる部品のようだった。
「……ひどい……」
リラが、か細い声で呟いた。
「……みんな、魂が眠っているみたい……」
彼女の言う通りだった。
これは、リュウガの《絶対王の勅令》による直接的な精神支配とは違う。
もっと陰湿で、根深い何か。
彼らは、感情そのものを奪われているのだ。
生産性を下げる「不要なもの」として。
俺は、近くを通り過ぎた一人の若い労働者に意識を集中させた。
もはや、ためらいはない。
この街の歪んだ物語を、俺は知る必要があった。
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