81 / 150
第14章:鋼鉄の都と忘れられた歌姫
第81話:鉄くず置き場の歌声
しおりを挟む
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名前:労働者 #B-774
状態:無感情、極度の肉体疲労、思考能力の低下
魂の物語:
【起源】:かつては、妻と幼い娘を愛する心優しい木こりだった。
【抑制】:帝国の方針により、生産性を下げる『不要な感情』を薬と思想教育で抑制されている。
【渇望】:[微弱] - 眠りたい。ただ、安らかに眠りたい。
天賦:
《大樹のささやき》
能力概要:木の声を聴き、その成長をわずかに促すことができる。
[状態]:完全に休眠状態。
攻略の糸口:
【精神】:彼らの魂は死んではいない。ただ、深い眠りについているだけ。強い『感情』の揺さぶりがあれば、目覚める可能性がある。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「……名前すらないのか……」
俺は、奥歯を強く噛み締めた。
この街では、人間は名前ではなく管理番号で呼ばれている。
彼らは、人間ではない。
帝国の戦争機械を動かすための、生きた歯車。
それが、この鉄鋼都市ヴァルハラの真実だった。
俺たちは、労働者たちが住む区画の、さらに奥まった場所にある薄汚い酒場へと身を隠した。
酒場といっても、そこで出されるのは酒ではない。
味も素っ気もない、灰色の栄養ペーストだけだ。
労働者たちは、仕事が終わるとここに集まり、無言でそのペーストを口に流し込み、そしてまた無言で自らの寝床へと帰っていく。
会話も、笑い声も、そこには一切存在しなかった。
俺たちは、どうにかして「伝説の素材」の情報を手に入れなければならない。
だが、この感情を失った街で、どうやって情報を?
俺は、カウンターの奥で黙々と食器を洗う、年老いた店主に声をかけた。
「親父さん、少し聞きたいことがあるんだが」
店主は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、この街の他の者たちと同じように濁り、何の光も宿していない。
「……なんだ」
「この街に、どんな傷も癒すというような、特別な鉱石か何かがあるという噂を聞いたことはないか?」
俺の問いに、店主は何も答えなかった。
ただ、首を横に振るだけだ。
その瞳には、面倒事に関わりたくないという、わずかな拒絶の色が浮かんでいるだけ。
(……ダメか)
俺は、懐から小さな干し肉を取り出した。
それは、旅の途中でルナが狩った獣の肉だ。
そして、それを無言でカウンターの上に置いた。
店主の目が、ほんの少しだけ見開かれた。
彼は、恐る恐るその干し肉に手を伸ばし、その匂いを嗅いだ。
そして、かすかに眉をひそめる。
その表情の変化は、この感情のない街に来てから俺が初めて見た、人間らしい反応だった。
「……お前たち、帝国の人間じゃないな」
店主が、初めてまともな言葉を発した。
その声は、ひどくかすれていた。
長い間、まともに話すことすらなかったのだろう。
「……ああ」
俺は、短く答えた。
店主は、しばらく黙り込んだ。
そして、意を決したように声をひそめ、俺にだけ聞こえるように囁いた。
その瞳には、恐怖と、そしてほんのかすかな希望の色が浮かんでいた。
「……そんな、おとぎ話のような鉱石があるかどうかは知らねえ」
彼は、一度周囲を見回し、誰も聞いていないことを確認する。
「だがな……この街には、一つだけおかしな噂がある」
俺は、身を乗り出した。
「……この街は、地獄だ。
誰もが心を失って、ただ働かされるだけのな」
店主の声は、震えていた。
「だが……時々、聞こえるんだよ。
夜中に、な」
「……何がだ?」
「……歌が、聞こえるんだ」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
歌?
この、感情を失った街で?
「どこからともなく、聞こえてくるんだ。
美しくて、そしてどうしようもなく悲しい歌声がな。
……鉄くず置き場の、奥の方から……」
店主は、そこで一度言葉を切った。
そして、俺の目をじっと見つめて、最後の言葉を紡ぎ出した。
それは、この凍てつく街に灯った、たった一つの希望の光だった。
「……みんな、言ってる。
その歌を聴くと、ほんの少しだけ……
何かを、思い出すような気がするんだと」
「……忘れてしまっていた、温かい何かをな」
名前:労働者 #B-774
状態:無感情、極度の肉体疲労、思考能力の低下
魂の物語:
【起源】:かつては、妻と幼い娘を愛する心優しい木こりだった。
【抑制】:帝国の方針により、生産性を下げる『不要な感情』を薬と思想教育で抑制されている。
【渇望】:[微弱] - 眠りたい。ただ、安らかに眠りたい。
天賦:
《大樹のささやき》
能力概要:木の声を聴き、その成長をわずかに促すことができる。
[状態]:完全に休眠状態。
攻略の糸口:
【精神】:彼らの魂は死んではいない。ただ、深い眠りについているだけ。強い『感情』の揺さぶりがあれば、目覚める可能性がある。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「……名前すらないのか……」
俺は、奥歯を強く噛み締めた。
この街では、人間は名前ではなく管理番号で呼ばれている。
彼らは、人間ではない。
帝国の戦争機械を動かすための、生きた歯車。
それが、この鉄鋼都市ヴァルハラの真実だった。
俺たちは、労働者たちが住む区画の、さらに奥まった場所にある薄汚い酒場へと身を隠した。
酒場といっても、そこで出されるのは酒ではない。
味も素っ気もない、灰色の栄養ペーストだけだ。
労働者たちは、仕事が終わるとここに集まり、無言でそのペーストを口に流し込み、そしてまた無言で自らの寝床へと帰っていく。
会話も、笑い声も、そこには一切存在しなかった。
俺たちは、どうにかして「伝説の素材」の情報を手に入れなければならない。
だが、この感情を失った街で、どうやって情報を?
俺は、カウンターの奥で黙々と食器を洗う、年老いた店主に声をかけた。
「親父さん、少し聞きたいことがあるんだが」
店主は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、この街の他の者たちと同じように濁り、何の光も宿していない。
「……なんだ」
「この街に、どんな傷も癒すというような、特別な鉱石か何かがあるという噂を聞いたことはないか?」
俺の問いに、店主は何も答えなかった。
ただ、首を横に振るだけだ。
その瞳には、面倒事に関わりたくないという、わずかな拒絶の色が浮かんでいるだけ。
(……ダメか)
俺は、懐から小さな干し肉を取り出した。
それは、旅の途中でルナが狩った獣の肉だ。
そして、それを無言でカウンターの上に置いた。
店主の目が、ほんの少しだけ見開かれた。
彼は、恐る恐るその干し肉に手を伸ばし、その匂いを嗅いだ。
そして、かすかに眉をひそめる。
その表情の変化は、この感情のない街に来てから俺が初めて見た、人間らしい反応だった。
「……お前たち、帝国の人間じゃないな」
店主が、初めてまともな言葉を発した。
その声は、ひどくかすれていた。
長い間、まともに話すことすらなかったのだろう。
「……ああ」
俺は、短く答えた。
店主は、しばらく黙り込んだ。
そして、意を決したように声をひそめ、俺にだけ聞こえるように囁いた。
その瞳には、恐怖と、そしてほんのかすかな希望の色が浮かんでいた。
「……そんな、おとぎ話のような鉱石があるかどうかは知らねえ」
彼は、一度周囲を見回し、誰も聞いていないことを確認する。
「だがな……この街には、一つだけおかしな噂がある」
俺は、身を乗り出した。
「……この街は、地獄だ。
誰もが心を失って、ただ働かされるだけのな」
店主の声は、震えていた。
「だが……時々、聞こえるんだよ。
夜中に、な」
「……何がだ?」
「……歌が、聞こえるんだ」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
歌?
この、感情を失った街で?
「どこからともなく、聞こえてくるんだ。
美しくて、そしてどうしようもなく悲しい歌声がな。
……鉄くず置き場の、奥の方から……」
店主は、そこで一度言葉を切った。
そして、俺の目をじっと見つめて、最後の言葉を紡ぎ出した。
それは、この凍てつく街に灯った、たった一つの希望の光だった。
「……みんな、言ってる。
その歌を聴くと、ほんの少しだけ……
何かを、思い出すような気がするんだと」
「……忘れてしまっていた、温かい何かをな」
20
あなたにおすすめの小説
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
家族と魔法と異世界ライフ!〜お父さん、転生したら無職だったよ〜
三瀬夕
ファンタジー
「俺は加藤陽介、36歳。普通のサラリーマンだ。日本のある町で、家族5人、慎ましく暮らしている。どこにでいる一般家庭…のはずだったんだけど……ある朝、玄関を開けたら、そこは異世界だった。一体、何が起きたんだ?転生?転移?てか、タイトル何これ?誰が考えたの?」
「えー、可愛いし、いいじゃん!ぴったりじゃない?私は楽しいし」
「あなたはね、魔導師だもん。異世界満喫できるじゃん。俺の職業が何か言える?」
「………無職」
「サブタイトルで傷、えぐらないでよ」
「だって、哀愁すごかったから。それに、私のことだけだと、寂しいし…」
「あれ?理沙が考えてくれたの?」
「そうだよ、一生懸命考えました」
「ありがとな……気持ちは嬉しいんだけど、タイトルで俺のキャリア終わっちゃってる気がするんだよな」
「陽介の分まで、私が頑張るね」
「いや、絶対、“職業”を手に入れてみせる」
突然、異世界に放り込まれた加藤家。
これから先、一体、何が待ち受けているのか。
無職になっちゃったお父さんとその家族が織りなす、異世界コメディー?
愛する妻、まだ幼い子どもたち…みんなの笑顔を守れるのは俺しかいない。
──家族は俺が、守る!
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
「元」面倒くさがりの異世界無双
空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。
「カイ=マールス」と。
よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
異世界おっさん一人飯
SILVER・BACK(アマゴリオ)
ファンタジー
サラリーマンのおっさんが事故に遭って異世界転生。
秀でた才能もチートもないが、出世欲もなく虚栄心もない。安全第一で冒険者として過ごし生き残る日々。
それは前世からの趣味である美味しいご飯を異世界でも食べ歩くためだった。
推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる
ケイちゃん
ファンタジー
ゲームに熱中していた彼は、シナリオで現れたラスボスを好きになってしまう。
彼はその好意にラスボスを倒さず何度もリトライを重ねて会いに行くという狂気の推し活をしていた。
だがある日、ストーリーのエンディングが気になりラスボスを倒してしまう。
結果、ラスボスのいない平和な世界というエンドで幕を閉じ、推しのいない世界の悲しみから倒れて死んでしまう。
そんな彼が次に目を開けるとゲームの中の主人公に転生していた!
主人公となれば必ず最後にはラスボスに辿り着く、ラスボスを倒すという未来を変えて救いだす事を目的に彼は冒険者達と旅に出る。
ラスボスを倒し世界を救うという定められたストーリーをねじ曲げ、彼はラスボスを救う事が出来るのか…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる