82 / 150
第14章:鋼鉄の都と忘れられた歌姫
第82話:沈黙のオーケストラ
しおりを挟む
「……みんな、言ってる。
その歌を聴くと、ほんの少しだけ……
何かを、思い出すような気がするんだと」
「……忘れてしまっていた、温かい何かをな」
店主の囁きは、凍てつくような静寂に満ちた酒場の中で、あまりにも大きく響いた。
それは、この感情を失った街に灯った、たった一つの希望の光。
俺は、その光を見逃さなかった。
◇ ◇ ◇
宿に戻った俺たちは、テーブルを囲んで重い沈黙の中にいた。
窓の外からは、鋼鉄都市ヴァルハラの無機質な夜景が見える。
巨大な工場のシルエットが、瘴気を吐き出す竜のように黒々と横たわっていた。
「……歌、ねぇ」
最初に沈黙を破ったのは、ルナだった。
彼女は、腕を組みながら懐疑的な表情を浮かべている。
「そんなもんが、本当にあの鉄クズみてえな連中の心を動かせるのかよ。
それに、アタシたちの目的はノクスを救うための『伝説の素材』を探すことだろ?
歌なんか探してる暇はないはずだ」
ルナの言うことは、もっともだった。
俺たちの時間は、限られている。
リラの疲労は日に日に色濃くなり、ノクスの魂の灯火は今にも消えそうだ。
だが。
「……いや」
俺は、静かに首を横に振った。
「俺たちの最優先事項は、変更だ」
俺の言葉に、仲間たちが怪訝な顔でこちらを向く。
「まず、この歌声の主を探し出す。
それが、この街を攻略するための、そしてノクスを救うための最短ルートだと俺の魂が告げている」
「ケント……?」
リラが、心配そうに俺の名を呼んだ。
俺は、自分の胸に手を当てた。
《物語の観測者》が、あの店主の言葉を聞いた瞬間からずっと、奇妙な反応を示しているのだ。
それは、新たな天賦持ちに出会った時の反応とは違う。
もっと巨大で、深遠な「物語」の始まりを予感させる、魂の共鳴。
「考えてもみろ」
俺は、仲間たちに語り始めた。
「この街の人間は、帝国によって感情を抑制されている。
俺が観測した限り、彼らの魂は深い眠りについている状態だ。
そんな彼らの心を、ほんの少しでも動かすことができる歌声。
……それが、ただの歌であるはずがない」
「……天賦……ということか?」
ジンが、低い声で言った。
「ああ。
それも、リュウガの精神支配にすら干渉しうるほどの、極めて特殊で強力な天賦だ」
俺は、立ち上がった。
そして、窓の外に広がる、魂のない街を見下ろす。
「この歌声の主は、帝国にとって最も不都合な存在だ。
リュウガが築き上げた、感情を不要とする仕組みを根底から揺るがす、危険因子。
……つまり、俺たち《アケボシ》にとって、これ以上ないほどの最高の『仲間』となり得る可能性がある」
俺の言葉に、仲間たちの顔色が変わった。
特に、リラの瞳に強い光が宿る。
彼女の《記憶の修復師》の力もまた、人の心に働きかける力。
彼女は、この街の住民たちの眠れる魂に、誰よりも強い共感を覚えていたのだろう。
「それに、この歌が本当に人々の心を癒す力を持っているのなら……」
俺は、奥の部屋で眠るノクスへと視線を移した。
「ノクスの、砕け散った魂を修復する手がかりにもなるかもしれない」
その一言が、決定打だった。
ルナの瞳から、懐疑の色が消える。
代わりに宿ったのは、仲間を救うための猛るような決意の炎。
「……分かった。
あんたがそう言うなら、アタシは信じる」
彼女は、力強く頷いた。
「で、どうするんだ?
その歌とやらが聞こえるのは、夜中なんだろ?」
「ああ。
それまで、俺たちは息を潜めて待つ」
俺は、再び地図を広げた。
店主が言っていた、「鉄くず置き場」。
それは、街の北西の端に位置する広大な区画だった。
廃棄された兵器や、使い古された工場の部品が、巨大な山のようになっている場所。
「夜になったら、この鉄くず置き場が見渡せる、この廃ビルに潜んで待機する。
歌声が聞こえたら、すぐにその発生源を特定し、接触を試みる」
俺たちの新たなミッションが、決まった。
それは、伝説の素材を探す旅から、忘れられた歌姫を探す旅へと、その姿を変えようとしていた。
その歌を聴くと、ほんの少しだけ……
何かを、思い出すような気がするんだと」
「……忘れてしまっていた、温かい何かをな」
店主の囁きは、凍てつくような静寂に満ちた酒場の中で、あまりにも大きく響いた。
それは、この感情を失った街に灯った、たった一つの希望の光。
俺は、その光を見逃さなかった。
◇ ◇ ◇
宿に戻った俺たちは、テーブルを囲んで重い沈黙の中にいた。
窓の外からは、鋼鉄都市ヴァルハラの無機質な夜景が見える。
巨大な工場のシルエットが、瘴気を吐き出す竜のように黒々と横たわっていた。
「……歌、ねぇ」
最初に沈黙を破ったのは、ルナだった。
彼女は、腕を組みながら懐疑的な表情を浮かべている。
「そんなもんが、本当にあの鉄クズみてえな連中の心を動かせるのかよ。
それに、アタシたちの目的はノクスを救うための『伝説の素材』を探すことだろ?
歌なんか探してる暇はないはずだ」
ルナの言うことは、もっともだった。
俺たちの時間は、限られている。
リラの疲労は日に日に色濃くなり、ノクスの魂の灯火は今にも消えそうだ。
だが。
「……いや」
俺は、静かに首を横に振った。
「俺たちの最優先事項は、変更だ」
俺の言葉に、仲間たちが怪訝な顔でこちらを向く。
「まず、この歌声の主を探し出す。
それが、この街を攻略するための、そしてノクスを救うための最短ルートだと俺の魂が告げている」
「ケント……?」
リラが、心配そうに俺の名を呼んだ。
俺は、自分の胸に手を当てた。
《物語の観測者》が、あの店主の言葉を聞いた瞬間からずっと、奇妙な反応を示しているのだ。
それは、新たな天賦持ちに出会った時の反応とは違う。
もっと巨大で、深遠な「物語」の始まりを予感させる、魂の共鳴。
「考えてもみろ」
俺は、仲間たちに語り始めた。
「この街の人間は、帝国によって感情を抑制されている。
俺が観測した限り、彼らの魂は深い眠りについている状態だ。
そんな彼らの心を、ほんの少しでも動かすことができる歌声。
……それが、ただの歌であるはずがない」
「……天賦……ということか?」
ジンが、低い声で言った。
「ああ。
それも、リュウガの精神支配にすら干渉しうるほどの、極めて特殊で強力な天賦だ」
俺は、立ち上がった。
そして、窓の外に広がる、魂のない街を見下ろす。
「この歌声の主は、帝国にとって最も不都合な存在だ。
リュウガが築き上げた、感情を不要とする仕組みを根底から揺るがす、危険因子。
……つまり、俺たち《アケボシ》にとって、これ以上ないほどの最高の『仲間』となり得る可能性がある」
俺の言葉に、仲間たちの顔色が変わった。
特に、リラの瞳に強い光が宿る。
彼女の《記憶の修復師》の力もまた、人の心に働きかける力。
彼女は、この街の住民たちの眠れる魂に、誰よりも強い共感を覚えていたのだろう。
「それに、この歌が本当に人々の心を癒す力を持っているのなら……」
俺は、奥の部屋で眠るノクスへと視線を移した。
「ノクスの、砕け散った魂を修復する手がかりにもなるかもしれない」
その一言が、決定打だった。
ルナの瞳から、懐疑の色が消える。
代わりに宿ったのは、仲間を救うための猛るような決意の炎。
「……分かった。
あんたがそう言うなら、アタシは信じる」
彼女は、力強く頷いた。
「で、どうするんだ?
その歌とやらが聞こえるのは、夜中なんだろ?」
「ああ。
それまで、俺たちは息を潜めて待つ」
俺は、再び地図を広げた。
店主が言っていた、「鉄くず置き場」。
それは、街の北西の端に位置する広大な区画だった。
廃棄された兵器や、使い古された工場の部品が、巨大な山のようになっている場所。
「夜になったら、この鉄くず置き場が見渡せる、この廃ビルに潜んで待機する。
歌声が聞こえたら、すぐにその発生源を特定し、接触を試みる」
俺たちの新たなミッションが、決まった。
それは、伝説の素材を探す旅から、忘れられた歌姫を探す旅へと、その姿を変えようとしていた。
20
あなたにおすすめの小説
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
家族と魔法と異世界ライフ!〜お父さん、転生したら無職だったよ〜
三瀬夕
ファンタジー
「俺は加藤陽介、36歳。普通のサラリーマンだ。日本のある町で、家族5人、慎ましく暮らしている。どこにでいる一般家庭…のはずだったんだけど……ある朝、玄関を開けたら、そこは異世界だった。一体、何が起きたんだ?転生?転移?てか、タイトル何これ?誰が考えたの?」
「えー、可愛いし、いいじゃん!ぴったりじゃない?私は楽しいし」
「あなたはね、魔導師だもん。異世界満喫できるじゃん。俺の職業が何か言える?」
「………無職」
「サブタイトルで傷、えぐらないでよ」
「だって、哀愁すごかったから。それに、私のことだけだと、寂しいし…」
「あれ?理沙が考えてくれたの?」
「そうだよ、一生懸命考えました」
「ありがとな……気持ちは嬉しいんだけど、タイトルで俺のキャリア終わっちゃってる気がするんだよな」
「陽介の分まで、私が頑張るね」
「いや、絶対、“職業”を手に入れてみせる」
突然、異世界に放り込まれた加藤家。
これから先、一体、何が待ち受けているのか。
無職になっちゃったお父さんとその家族が織りなす、異世界コメディー?
愛する妻、まだ幼い子どもたち…みんなの笑顔を守れるのは俺しかいない。
──家族は俺が、守る!
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
「元」面倒くさがりの異世界無双
空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。
「カイ=マールス」と。
よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
異世界おっさん一人飯
SILVER・BACK(アマゴリオ)
ファンタジー
サラリーマンのおっさんが事故に遭って異世界転生。
秀でた才能もチートもないが、出世欲もなく虚栄心もない。安全第一で冒険者として過ごし生き残る日々。
それは前世からの趣味である美味しいご飯を異世界でも食べ歩くためだった。
推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる
ケイちゃん
ファンタジー
ゲームに熱中していた彼は、シナリオで現れたラスボスを好きになってしまう。
彼はその好意にラスボスを倒さず何度もリトライを重ねて会いに行くという狂気の推し活をしていた。
だがある日、ストーリーのエンディングが気になりラスボスを倒してしまう。
結果、ラスボスのいない平和な世界というエンドで幕を閉じ、推しのいない世界の悲しみから倒れて死んでしまう。
そんな彼が次に目を開けるとゲームの中の主人公に転生していた!
主人公となれば必ず最後にはラスボスに辿り着く、ラスボスを倒すという未来を変えて救いだす事を目的に彼は冒険者達と旅に出る。
ラスボスを倒し世界を救うという定められたストーリーをねじ曲げ、彼はラスボスを救う事が出来るのか…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる