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第14章:鋼鉄の都と忘れられた歌姫
第84話:赤錆の聖痕
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(……まずい……!)
俺の魂が、最大級の警鐘を鳴らす。
こいつの天賦は、今まで出会った誰よりも厄介で、そして破壊的なものだ。
希望の歌声が響くこの場所で、俺たちの新たな絶望の物語が、今まさに始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇
「――そこまでだ、ドブネズミども」
鉄がこすれるような不快な声。
背後の暗闇から現れたのは、帝国軍の紋章を刻んだ重装鎧を身にまとった大柄な男だった。
その顔には深い傷跡が走り、その瞳には獲物を見つけたかのような残忍な光が宿っている。
「俺様の名は、ラスティ。
『チェックメイト』が一人よ」
ラスティと名乗る男は、獰猛な笑みを浮かべながらゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
カツン、カツン、と彼の履く鉄の靴が地面の鉄板を踏みしめるたびに、その足元から赤黒い錆が伝染病のように広がり、分厚い鉄板をボロボロの塵へと変えていく。
遠くから聞こえていたはずの美しい歌声が、この男が放つ不吉なオーラの前にかき消されてしまったかのようだ。
「……てめえ……!」
最初に動いたのは、やはりルナだった。
彼女は、仲間を守るというただ一つの本能に従い、地を蹴った。
銀色の影が、一直線にラスティの懐へと突き進む。
その両手には、黒曜石の短剣が逆手に握られ、月明かりを反射して鈍く輝いていた。
「ひゃっは!
元気がいいじゃねえか、狼娘!」
ラスティは、迫りくるルナの刃を避けるそぶりすら見せない。
それどころか、その鋼鉄の鎧で覆われた腕を広げ、まるで彼女の攻撃を歓迎するかのように前に突き出した。
「―――喰らいやがれぇぇぇっっ!!」
ルナの絶叫と共に、二本の短剣がラスティの胸の鎧めがけて深々と突き立てられる。
ガキンッ!という甲高い金属音が響き渡るはずだった。
だが、俺たちの耳に届いたのは、全く別の音だった。
サァ……ッ、という。
まるで、乾いた砂が崩れるかのような、虚しい音。
「……え……?」
ルナが、信じられないといった声を上げた。
彼女の手の中にあったはずの黒曜石の短剣が、ない。
いや、違う。
ラスティの鎧に触れた瞬間、あの鋭利で美しい刃が、まるで数千年の時を一瞬で駆け抜けたかのように赤黒い錆の粉と化し、風に吹かれてサラサラと消えてしまったのだ。
「なっ……!?」
「アタシの……剣が……!」
ルナは、呆然と自らの空っぽになった手を見つめている。
彼女が奈落の谷で生き抜くための、唯一の牙だったはずの武器が、一瞬にして塵と化した。
(……まずい!
「黒曜石の短剣」は、あくまで通称だ!
奈落の谷で手に入れた、黒曜石のように硬く、ガラス質の輝きを持つ特殊な金属……!
だが、本質は金属であることに変わりはない!
こいつの天賦は、その金属としての性質そのものを狙い撃ちしているのか!)
俺の脳裏を、瞬時に分析結果が駆け巡る。
その隙を、ラスティは見逃さなかった。
「―――おせえんだよッ!」
ラスティの鋼鉄の拳が、ルナのがら空きになった胴体を打ち据える。
ゴッ、という鈍い音。
ルナの体は紙切れのように吹き飛ばされ、鉄くずの山に叩きつけられた。
「ぐ……はっ……!」
「ルナッ!」
俺は、叫んだ。
ルナは、苦痛に顔を歪めながらも、すぐに体勢を立て直そうとする。
だが、ラスティは追撃の手を緩めない。
彼は、近くにあった巨大な鉄骨の柱にその手を置いた。
「お前たちのようなネズミには、鉄の墓場がお似合いだぜ!」
その言葉と同時に、ラスティが触れた箇所から錆が津波のように広がり、巨大な鉄骨を根本から腐食させていく。
ミシミシと、鉄が悲鳴を上げる音。
次の瞬間、俺たちがいたビルを支えていた鉄骨がバランスを失い、ガラガラと音を立てて崩壊し始めた。
「―――うわあああああっ!」
俺たちは、雪崩のように崩れ落ちてくる鉄くずの山から、必死に身を投げて逃れた。
すさまじい轟音と振動が、あたり一帯を支配する。
「……くそっ……!」
俺は、瓦礫の中で身を起こした。
幸い、仲間たちは全員無事なようだ。
だが、俺たちの状況は一変していた。
ラスティは、俺たちがいた廃ビルだけでなく、周囲の鉄塔やクレーンの残骸を次々と錆つかせ、崩壊させていく。
俺たちの退路は、巨大な鉄の瓦礫の山によって完全に塞がれてしまった。
ここは、もはやただの鉄くず置き場ではない。
ラスティが作り出した、鉄と錆の迷宮。
そして、俺たちはその中心に閉じ込められた、袋の鼠だ。
(……まずい……!
この街そのものが、奴の武器だ!)
鉄鋼都市ヴァルハラ。
その名の通り、この街は鉄でできている。
建物も、道も、武器も、その全てが。
その全てが、奴の天賦の前では無力と化す。
なんという、最悪の相性。
「さあ、どうする?
牙を失った狼と、役立たずのジジイと、ガキども」
ラスティは、瓦礫の山の上に立ち、俺たちを見下ろしていた。
その姿は、まるでこの鉄の墓場の王のようだった。
「この街にいる限り、お前たちに逃げ場はねえんだよ!」
俺は、この絶望的な状況の中で最後の武器を行使した。
(鉄を腐らせる怪物……その物語、こじ開けてやる――《物語の観測者》!)
俺の魂が、最大級の警鐘を鳴らす。
こいつの天賦は、今まで出会った誰よりも厄介で、そして破壊的なものだ。
希望の歌声が響くこの場所で、俺たちの新たな絶望の物語が、今まさに始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇
「――そこまでだ、ドブネズミども」
鉄がこすれるような不快な声。
背後の暗闇から現れたのは、帝国軍の紋章を刻んだ重装鎧を身にまとった大柄な男だった。
その顔には深い傷跡が走り、その瞳には獲物を見つけたかのような残忍な光が宿っている。
「俺様の名は、ラスティ。
『チェックメイト』が一人よ」
ラスティと名乗る男は、獰猛な笑みを浮かべながらゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
カツン、カツン、と彼の履く鉄の靴が地面の鉄板を踏みしめるたびに、その足元から赤黒い錆が伝染病のように広がり、分厚い鉄板をボロボロの塵へと変えていく。
遠くから聞こえていたはずの美しい歌声が、この男が放つ不吉なオーラの前にかき消されてしまったかのようだ。
「……てめえ……!」
最初に動いたのは、やはりルナだった。
彼女は、仲間を守るというただ一つの本能に従い、地を蹴った。
銀色の影が、一直線にラスティの懐へと突き進む。
その両手には、黒曜石の短剣が逆手に握られ、月明かりを反射して鈍く輝いていた。
「ひゃっは!
元気がいいじゃねえか、狼娘!」
ラスティは、迫りくるルナの刃を避けるそぶりすら見せない。
それどころか、その鋼鉄の鎧で覆われた腕を広げ、まるで彼女の攻撃を歓迎するかのように前に突き出した。
「―――喰らいやがれぇぇぇっっ!!」
ルナの絶叫と共に、二本の短剣がラスティの胸の鎧めがけて深々と突き立てられる。
ガキンッ!という甲高い金属音が響き渡るはずだった。
だが、俺たちの耳に届いたのは、全く別の音だった。
サァ……ッ、という。
まるで、乾いた砂が崩れるかのような、虚しい音。
「……え……?」
ルナが、信じられないといった声を上げた。
彼女の手の中にあったはずの黒曜石の短剣が、ない。
いや、違う。
ラスティの鎧に触れた瞬間、あの鋭利で美しい刃が、まるで数千年の時を一瞬で駆け抜けたかのように赤黒い錆の粉と化し、風に吹かれてサラサラと消えてしまったのだ。
「なっ……!?」
「アタシの……剣が……!」
ルナは、呆然と自らの空っぽになった手を見つめている。
彼女が奈落の谷で生き抜くための、唯一の牙だったはずの武器が、一瞬にして塵と化した。
(……まずい!
「黒曜石の短剣」は、あくまで通称だ!
奈落の谷で手に入れた、黒曜石のように硬く、ガラス質の輝きを持つ特殊な金属……!
だが、本質は金属であることに変わりはない!
こいつの天賦は、その金属としての性質そのものを狙い撃ちしているのか!)
俺の脳裏を、瞬時に分析結果が駆け巡る。
その隙を、ラスティは見逃さなかった。
「―――おせえんだよッ!」
ラスティの鋼鉄の拳が、ルナのがら空きになった胴体を打ち据える。
ゴッ、という鈍い音。
ルナの体は紙切れのように吹き飛ばされ、鉄くずの山に叩きつけられた。
「ぐ……はっ……!」
「ルナッ!」
俺は、叫んだ。
ルナは、苦痛に顔を歪めながらも、すぐに体勢を立て直そうとする。
だが、ラスティは追撃の手を緩めない。
彼は、近くにあった巨大な鉄骨の柱にその手を置いた。
「お前たちのようなネズミには、鉄の墓場がお似合いだぜ!」
その言葉と同時に、ラスティが触れた箇所から錆が津波のように広がり、巨大な鉄骨を根本から腐食させていく。
ミシミシと、鉄が悲鳴を上げる音。
次の瞬間、俺たちがいたビルを支えていた鉄骨がバランスを失い、ガラガラと音を立てて崩壊し始めた。
「―――うわあああああっ!」
俺たちは、雪崩のように崩れ落ちてくる鉄くずの山から、必死に身を投げて逃れた。
すさまじい轟音と振動が、あたり一帯を支配する。
「……くそっ……!」
俺は、瓦礫の中で身を起こした。
幸い、仲間たちは全員無事なようだ。
だが、俺たちの状況は一変していた。
ラスティは、俺たちがいた廃ビルだけでなく、周囲の鉄塔やクレーンの残骸を次々と錆つかせ、崩壊させていく。
俺たちの退路は、巨大な鉄の瓦礫の山によって完全に塞がれてしまった。
ここは、もはやただの鉄くず置き場ではない。
ラスティが作り出した、鉄と錆の迷宮。
そして、俺たちはその中心に閉じ込められた、袋の鼠だ。
(……まずい……!
この街そのものが、奴の武器だ!)
鉄鋼都市ヴァルハラ。
その名の通り、この街は鉄でできている。
建物も、道も、武器も、その全てが。
その全てが、奴の天賦の前では無力と化す。
なんという、最悪の相性。
「さあ、どうする?
牙を失った狼と、役立たずのジジイと、ガキども」
ラスティは、瓦礫の山の上に立ち、俺たちを見下ろしていた。
その姿は、まるでこの鉄の墓場の王のようだった。
「この街にいる限り、お前たちに逃げ場はねえんだよ!」
俺は、この絶望的な状況の中で最後の武器を行使した。
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