異世界転生と『天賦（ギフト）』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる！

第15章：帝国の実験場

第94話：第三の選択

「――ボクを殴りますか？ それとも、そこにいるあなたの仲間を殴りますか？」

　狂気の笑みを浮かべた道化師ピエロ、クラウンの言葉が、張り詰めた空気に突き刺さる。

　その声は、ただの問いかけではない。
逆らうことのできない、絶対的なルールの宣告。

　俺の《物語の観測者ストーリー・ウォッチャー》が、その天賦ギフトの本当の恐ろしさを告げていた。

《道化師の選択肢クラウンズ・チョイス》。

　どちらを選んでも、待っているのは不利益な結果だけ。

　この悪魔のゲーム盤の上で、最初の駒として選ばれたのは、俺たちの最強の「剣」、ルナだった。

◇ ◇ ◇

「……なんだと……？」

　ルナの琥珀色こはくいろの瞳が、憎悪と混乱に揺れる。

　彼女の獣としての本能が、目の前の道化師ピエロを八つ裂きにしろと叫んでいる。
だが、その選択肢の先にある罠を、彼女もまた感じ取っていた。

「ひゃっはは！ 
悩んでる、悩んでる！」

　クラウンは、心底しんそこ楽しそうに手を叩いた。

「いいかい、狼のお嬢さん。ルールを教えてあげよう！
もし、ボクを殴ることを選んだなら……その攻撃はボクに一切届かず、代わりにボクが君の大切な仲間の一人を、君の二倍の力で殴ることが許される！」

　その言葉に、俺たちの背筋が凍る。
なんて、悪質なルールだ。

「そして、もし君が仲間を殴ることを選んだなら……ふふっ、そのままさ！
君自身のその手で、仲間を傷つけることになる！
さあ、どちらを選ぶ？
どちらを選んでも、君の物語は絶望に染まるのさ！」

　その声は、まるで甘い毒のようにルナの心を蝕むしばんでいく。

「……てめえ……！」
ルナが、低い声で唸うなる。
その拳が、怒りに白く染まっていた。

（……動くな、ルナ！）
俺は、心の中で強く叫んだ。

（そいつの挑発に乗るな！
これは、罠だ！）

　俺の思考が、彼女の魂に届いているはずはない。
だが、俺は祈るような気持ちで彼女の背中を見つめる。

　このゲームのルールは、俺がすでに観測し終えている。

[制約・ルール]：質問は自分にも関わる内容でなければならず、自分もその結果のいずれかを必ず受け入れなければならない。
[攻略の糸口]：【論理】：彼のゲームのルールは「二者択一」。
ならば、そのどちらも「選ばない」という第三の選択肢が、ルールそのものを崩壊させる可能性がある。

　そうだ。
この天賦ギフトの穴は、ただ一つ。
提示された二つの選択肢の、どちらも「選ばない」こと。

　だが、それをどうやってルナに伝える？

　言葉で言えば、その時点で俺もゲームに参加したとみなされるかもしれない。

　下手に動けば、隣で無表情に佇たたずむもう一人の追手、リバースが何を仕掛けてくるか分からない。

　俺にできることは、ただ一つ。
仲間を、信じることだ。

「さあ、どうしたんだい？
早くしないと、ボク、飽きちゃうよ？」
クラウンが、子供をあやすようにルナを挑発する。

　ルナの肩が、小刻みに震えている。
彼女は、戦士だ。
戦うことでしか、自分を表現できない。

　「戦わない」という選択肢は、彼女にとって死ぬことよりも屈辱的なのかもしれない。

　彼女は、一度だけ俺の方を振り返った。
その瞳に宿るのは、「どうすればいい」という魂からの問い。

　俺は、ただ静かに首を横に振った。
そして、その瞳をまっすぐに見つめ返す。

（――信じろ、ルナ）

（俺たちの絆を。俺の分析を）

　俺の魂の叫びが、届いたのだろうか。
ルナは、ハッと息を呑のんだ。
そして、ゆっくりと俺に背を向けると、再び道化師ピエロと向き直る。

　だが、その全身から殺気は消えていた。
代わりに宿っていたのは、嵐の前の海のような、不気味なほどの静寂せいじゃく。

　彼女は、動かなかった。
ただ、そこに佇たたずんでいるだけ。

「……ん？」
クラウンが、怪訝けげんな声を上げた。

「どうしたんだい？
早く、選びなよ」

　だが、ルナは答えない。
ただ、無言むごんで彼を見つめ返しているだけだ。

「……おい、聞いてるのかい？
ボクを殴るか、仲間を殴るか。
さあ、どっちだ！」

　クラウンの声に、焦りの色が滲にじみ始める。

　彼の天賦ギフトは、相手がどちらかを選ぶことで初めて成立する。
この「沈黙」という名の第三の選択肢は、彼のルールブックには存在しないのだ。