異世界転生と『天賦（ギフト）』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる！

第15章：帝国の実験場

第96話：天邪鬼な翻訳機

「――だから、お願い。私を、攻撃しないで」

　その言葉は、あまりにも穏やかで、あまりにも無防備だった。 

　まるで、戦う意志がないとでも言うように。
俺たちの前に立つ黒いドレスの女、リバースは、その人形のように無表情な顔で静かに両手を広げていた。 

　だが、その言葉が俺たちの魂に届いた瞬間。
その意味は、真逆にねじ曲げられていた。

『――さあ、来なさい。
私を、攻撃して』

　魂に直接響く、悪魔のささやき。
俺たち《アケボシ》は、まだその天賦ギフトの本当の恐ろしさを知らなかった。 

◇　◇　◇

「……はっ、面白いこと言ってんじゃねえか！」

　最初に反応したのは、やはりルナだった。
彼女の獣の本能が、目の前の女の言葉を「挑発」として正確に（あるいは、不正確に）受け取っていた。

　道化師ピエロとの戦いで折られかけた牙を取り戻した彼女は、今や自信に満ち溢あふれている。

「望み通り、一瞬で切り刻んでやるよ！」

「待て、ルナ！」
俺の制止の声は、彼女の耳には届かない。

　銀色の閃光せんこうが、床を蹴った。
一直線に、リバースの心臓めがけて突き進む。

　だが、リバースは避けなかった。
その無表情な顔を、ほんの少しだけ訝いぶかしげに傾けただけだ。

　ルナの爪が、その喉元のどもとを正確に捉えようとした、その刹那せつな。

　リバースは、まるで背中に目があるかのように、最小限の動きでひらりとかわしてみせた。

「なっ……！？」

　ルナが、驚愕きょうがくの声を上げる。
渾身こんしんの一撃が、まるで子供の遊びのようにあしらわれたのだ。

「……おっと、いけない」
リバースは、初めてその口元にかすかな笑みのようなものを浮かべた。

「少し、動きが良すぎたかしら」

　その言葉と同時に、彼女はわざとらしく、よろめいてみせる。

　まるで、ルナの攻撃が本当に効いているかのように。
完璧な、演技だった。

「――ジン！エルゴ！
手を貸すな！」
リバースは、俺たちの仲間へと視線を移し、叫んだ。

「こいつは、私一人で十分だ！」

　だが、俺たちの魂が受け取ったのは、全く逆の命令。

『――ジン！エルゴ！手を貸せ！』

『こいつは、私一人では手に余る！』

「承知！」

「うむ、任せろ！」

　ジンが影の中から躍り出て、リバースの背後を取ろうとする。

　エルゴもまた、その手に持つ傘を構え、《未来への羅針盤フューチャー・コンパス》で気象を操ろうとした。

「―――まずい！」
俺は、叫んだ。

「罠だ！手を出すな！」

　だが、俺の声は彼らには届かない。
届いたとしても、その意味は逆転してしまうだろう。

　案の定、俺の制止は彼らの攻撃をさらに加速させただけだった。

「―――全員、逃げろ！」
リバースは、まるでパニックに陥おちいったかのように、今度は俺たち全員に向かって叫んだ。

「私に構わず、ここから逃げるんだ！」

『―――全員、突撃しろ！』

『私に構わず、一斉にかかれ！』

　その言葉が、引き金だった。
ルナが、ジンが、そしてエルゴまでもが、リバースという一点に向かって同時に襲いかかる。

　だが、その動きには統率が全くなかった。

　ルナの爪が、ジンの進路を塞ぐ。
ジンが投げたクナイが、エルゴの天候操作の邪魔をする。

　俺たちが奈落の底で築き上げたはずの完璧な連携が、たった一言の命令でぐちゃぐちゃになっていく。

「はは……っ」

　リバースは、その混沌カオスの中心で、楽しそうに舞っていた。
彼女は、攻撃らしい攻撃を一切していない。

　ただ、俺たちの攻撃をひらりひらりとかわし、時折、絶妙なタイミングで言葉を発するだけ。

「――ルナ！もっと速く動け！」
（――ルナ！もっとゆっくり動け！）

「――ジン！もっと近づけ！」
（――ジン！もっと離れろ！）

　彼女の言葉が、俺たちの魂を攪乱かくらんし、その動きを完全に掌握しょうあくしていく。

　俺たちは、まるで彼女が指揮するオーケストラのように、滑稽こっけいな不協和音ふきょうわおんを奏でながら同士討ち寸前の状態にまで追い込まれていた。

（……なんだ、これは……）

　俺は、その異常事態の中心でただ一人、呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた。
俺の頭脳が、この不可解な現象を前にして完全にフリーズしている。

　彼女の言葉には、リュウガのような絶対的な強制力はない。
だが、仲間を信じれば信じるほど、その言葉に素直に従えば従うほど、俺たちの連携は崩壊していく。

　なんという、悪質な天賦ギフトだ。

　俺は、確かめなければならなかった。
この悪魔の指揮者コンダクターの、本当の物語を。

（言葉を操る、悪魔……その物語、丸裸にしてやる――《物語の観測者ストーリー・ウォッチャー》！）