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第16章:囚われの叡智とキメラ
第99話:境界線と覗き穴
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俺たちは、覚悟を決めて「忘れられた神々の眠る谷」へと、その第一歩を踏み出した。
その先で、リュウガが用意した次なる悪夢が待ち受けているとも知らずに。
◇ ◇ ◇
谷の空気は、死んでいた。
瘴気とは違う。もっと根源的な、生命の営みが完全に停止したかのような絶対的な静寂。
天を衝くほどの巨大な岩壁が、まるで古代の神々の墓標のように俺たちを見下ろしている。
「……ひどい場所じゃな」
エルゴが、その手に持つ古びた傘を杖代わりに、慎重に足元を確かめながら呟いた。
「儂の《未来への羅針盤》ですら、この谷の未来は深い霧に包まれておる。
それだけ、この地の因果が歪んでおるということじゃ」
「ああ」
俺は、短く頷いた。
俺の《物語の観測者》もまた、谷の奥から放たれるおぞましい魂の気配を感じ取っていた。
それは、ただ一つの強大な魂ではない。
無数の魂が無理やり一つに縫い合わされたかのような、歪で冒涜的なキメラの気配。
「エリアーナ、リラ。
あんたたちが感じた、古い記憶の断片はどの方角だ?」
「……あちらです」
エリアーナが指さしたのは、谷の最も深い場所。
霧が渦を巻き、まるで谷そのものが呼吸をしているかのように見える場所だった。
「あの子たちが残してくれた記録によれば、あの霧の中心に古代の祭壇があり、帝国はその上に偽装する形で施設を建設した、と……」
「よし」
俺は、仲間たちの顔を見渡した。
「ジン、先行してくれ。
罠の有無と、警備体制を可能な限り探れ」
「承知」
ジンは音もなく闇に溶け、獣のように岩肌を駆け上がっていく。
俺たちは、息を殺してその場で待機した。
数十分が、永遠のように感じられる。
やがて、ジンが影の中から滑るように戻ってきた。
「……あったぞ、ケント」
その声には、わずかな興奮と強い警戒の色が浮かんでいた。
「谷の奥、巨大な滝の裏側に隠されるようにして、施設の入り口があった。
警備は、思ったより手薄だ。
入り口に二人、内部に数人の気配があるだけ」
「手薄すぎる……」
俺は、眉をひそめた。
「罠だ、と考えるべきだろうな」
「ああ。
だが、行くしかない」
俺たちは、頷き合った。
そして、ジンの先導で滝の裏側にあるという秘密の入り口へと向かう。
滝の轟音を背に、俺たちは湿った岩肌に偽装された鋼鉄の扉の前に立った。
ジンが、帝国暗殺部隊の技術で音もなくその錠前をこじ開ける。
重い扉が、かすかな音を立てて開かれた。
その向こう側に広がっていたのは、どこまでも続く無機質な白い廊下だった。
俺たちは、息を殺して内部へと侵入する。
廊下には、等間隔で魔晶石のランプが設置されているが、その光はひどく冷たく、まるで手術室の無影灯のようだった。
「……誰も、いないな」
ルナが、低い声で囁く。
ジンの報告通り、警備兵の姿はどこにも見当たらない。
それが、逆に俺たちの警戒心を極限まで高めていた。
俺たちが、最初の角を曲がろうとした、その時だった。
「―――ッ!?」
先頭を歩いていたルナが、咄嗟に後ろへ飛び退いた。
彼女がいた場所のすぐ前の床に、白いチョークで描かれた一本の線が、まるで生き物のように這いずり回っていた。
「……なんだ、ありゃ……!」
チョークの線は、蛇のようにうねると、俺たちの目の前で一つの完璧な円を描き上げた。
そして、その円の中から、まるで最初からそこにいたかのように、一人の警備兵がすっと姿を現す。
感情のない、ガラス玉のような瞳。
奈落の谷で見た、あの魂のない兵士たちと同じだ。
「――侵入者を確認。
これより、排除を開始する」
平坦な声が、廊下に響き渡る。
兵士は、その手に持っていたチョークを俺たちに向かって投げつけた。
それは、ただの投擲ではなかった。
チョークは、放物線を描きながら俺たちの周囲の床に次々と円を描いていく。
「――《境界線の内と外(インサイド・アウト)》」
その言葉が、引き金だった。
ゴウッ!
俺たちが立っていた床の重力が、完全に消失した。
「―――うわっ!?」
「きゃあ!」
俺たちの体は、まるで木の葉のようにふわりと宙に浮き上がる。
無重力。
兵士が描いた円の内側だけ、物理法則が書き換えられたのだ。
「くそっ……!」
俺は、近くの壁を蹴って無理やり体勢を立て直そうとする。
だが、無重力空間では思うように力が入らない。
俺たちの動きは、完全に封じられてしまった。
その、絶好の的と化した俺たちに向かって。
廊下の壁に設置されていた、一枚の大きな姿見。
その鏡の中から、もう一人の警備兵が音もなく飛び出してきた。
「―――なっ!?」
鏡の中から、人が!?
そいつは、空中で身動きの取れない俺たちに向かって、その手に持った電磁警棒を振りかぶる。
「――《第四の壁の覗き穴(フォースウォール・ピープ)》」
「―――ルナッ!」
俺は、叫んだ。
ルナは、俺の指示を待つまでもなく、近くの壁を蹴ってその身を回転させる。
そして、遠心力を利用して強引に軌道を変えると、奇襲してきた兵士の前に立ちはだかった。
ガキンッ!
電磁警棒と、ルナの爪が激しく火花を散らす。
「……ちっ!」
奇襲に失敗した兵士は、舌打ちすると再び近くの鏡の中へとその姿を消した。
俺たちは、かろうじて床に着地する。
だが、状況は最悪だった。
最初の兵士が、次々と床に円を描き、俺たちの足場を奪っていく。
そして、もう一人の兵士が壁や天井、床にさえある金属製のパネルを「出入り口」にして、神出鬼没に現れては奇襲をかけてくる。
《境界線の内と外》と《第四の壁の覗き穴》。
二つの天賦が、完璧な連携で俺たちを追い詰めていく。
「くそっ!
これじゃ、連携が取れない!」
ジンが、忌々しげに呟く。
俺たちは、完全に分断されてしまった。
ルナとジンが、無重力空間で奇襲に対応する。
エルゴとエリアーナ、リラが、その後方で防御に徹する。
そして俺は、この最悪のコンビネーションを打ち破るための策を、必死に探していた。
(こいつらの物語を、丸裸にしてやる――《物語の観測者》!)――発動!
俺の意識は、二人の兵士の魂へと同時に伸びていく。
だが、その魂は異常だった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名前:警備兵A / 警備兵B
状態:命令の遂行、思考の同期
魂の物語:
【観測不能】:二つの魂が、リュウガの《天賦移植》によって強制的にリンクされているため、個別の物語を読み解けない。
天賦:
《境界線の内と外(インサイド・アウト)》/《第四の壁の覗き穴(フォースウォール・ピープ)》
能力概要:[観測情報混濁]
[制約・ルール]:[観測情報混濁]
攻略の糸口:
【論理】:二つの天賦の連携を断ち切ること。
【時間】:二つの能力の発動には、コンマ数秒のタイムラグが存在する。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「……なんだ、これは……!」
俺は、愕然とした。
魂が、混じり合っている。
リュウガは、ただ二つの天賦を移植しただけじゃない。
二人の人間の魂そのものを、無理やり一つに繋ぎ合わせてしまったのだ。
だから、これほどの完璧な連携が可能なのか。
そして、だからこそ俺の《物語の観測者》ですら、その物語を正確に読み解けない。
情報が、ノイズだらけだ。
これでは、具体的な弱点など見つけようがない。
その先で、リュウガが用意した次なる悪夢が待ち受けているとも知らずに。
◇ ◇ ◇
谷の空気は、死んでいた。
瘴気とは違う。もっと根源的な、生命の営みが完全に停止したかのような絶対的な静寂。
天を衝くほどの巨大な岩壁が、まるで古代の神々の墓標のように俺たちを見下ろしている。
「……ひどい場所じゃな」
エルゴが、その手に持つ古びた傘を杖代わりに、慎重に足元を確かめながら呟いた。
「儂の《未来への羅針盤》ですら、この谷の未来は深い霧に包まれておる。
それだけ、この地の因果が歪んでおるということじゃ」
「ああ」
俺は、短く頷いた。
俺の《物語の観測者》もまた、谷の奥から放たれるおぞましい魂の気配を感じ取っていた。
それは、ただ一つの強大な魂ではない。
無数の魂が無理やり一つに縫い合わされたかのような、歪で冒涜的なキメラの気配。
「エリアーナ、リラ。
あんたたちが感じた、古い記憶の断片はどの方角だ?」
「……あちらです」
エリアーナが指さしたのは、谷の最も深い場所。
霧が渦を巻き、まるで谷そのものが呼吸をしているかのように見える場所だった。
「あの子たちが残してくれた記録によれば、あの霧の中心に古代の祭壇があり、帝国はその上に偽装する形で施設を建設した、と……」
「よし」
俺は、仲間たちの顔を見渡した。
「ジン、先行してくれ。
罠の有無と、警備体制を可能な限り探れ」
「承知」
ジンは音もなく闇に溶け、獣のように岩肌を駆け上がっていく。
俺たちは、息を殺してその場で待機した。
数十分が、永遠のように感じられる。
やがて、ジンが影の中から滑るように戻ってきた。
「……あったぞ、ケント」
その声には、わずかな興奮と強い警戒の色が浮かんでいた。
「谷の奥、巨大な滝の裏側に隠されるようにして、施設の入り口があった。
警備は、思ったより手薄だ。
入り口に二人、内部に数人の気配があるだけ」
「手薄すぎる……」
俺は、眉をひそめた。
「罠だ、と考えるべきだろうな」
「ああ。
だが、行くしかない」
俺たちは、頷き合った。
そして、ジンの先導で滝の裏側にあるという秘密の入り口へと向かう。
滝の轟音を背に、俺たちは湿った岩肌に偽装された鋼鉄の扉の前に立った。
ジンが、帝国暗殺部隊の技術で音もなくその錠前をこじ開ける。
重い扉が、かすかな音を立てて開かれた。
その向こう側に広がっていたのは、どこまでも続く無機質な白い廊下だった。
俺たちは、息を殺して内部へと侵入する。
廊下には、等間隔で魔晶石のランプが設置されているが、その光はひどく冷たく、まるで手術室の無影灯のようだった。
「……誰も、いないな」
ルナが、低い声で囁く。
ジンの報告通り、警備兵の姿はどこにも見当たらない。
それが、逆に俺たちの警戒心を極限まで高めていた。
俺たちが、最初の角を曲がろうとした、その時だった。
「―――ッ!?」
先頭を歩いていたルナが、咄嗟に後ろへ飛び退いた。
彼女がいた場所のすぐ前の床に、白いチョークで描かれた一本の線が、まるで生き物のように這いずり回っていた。
「……なんだ、ありゃ……!」
チョークの線は、蛇のようにうねると、俺たちの目の前で一つの完璧な円を描き上げた。
そして、その円の中から、まるで最初からそこにいたかのように、一人の警備兵がすっと姿を現す。
感情のない、ガラス玉のような瞳。
奈落の谷で見た、あの魂のない兵士たちと同じだ。
「――侵入者を確認。
これより、排除を開始する」
平坦な声が、廊下に響き渡る。
兵士は、その手に持っていたチョークを俺たちに向かって投げつけた。
それは、ただの投擲ではなかった。
チョークは、放物線を描きながら俺たちの周囲の床に次々と円を描いていく。
「――《境界線の内と外(インサイド・アウト)》」
その言葉が、引き金だった。
ゴウッ!
俺たちが立っていた床の重力が、完全に消失した。
「―――うわっ!?」
「きゃあ!」
俺たちの体は、まるで木の葉のようにふわりと宙に浮き上がる。
無重力。
兵士が描いた円の内側だけ、物理法則が書き換えられたのだ。
「くそっ……!」
俺は、近くの壁を蹴って無理やり体勢を立て直そうとする。
だが、無重力空間では思うように力が入らない。
俺たちの動きは、完全に封じられてしまった。
その、絶好の的と化した俺たちに向かって。
廊下の壁に設置されていた、一枚の大きな姿見。
その鏡の中から、もう一人の警備兵が音もなく飛び出してきた。
「―――なっ!?」
鏡の中から、人が!?
そいつは、空中で身動きの取れない俺たちに向かって、その手に持った電磁警棒を振りかぶる。
「――《第四の壁の覗き穴(フォースウォール・ピープ)》」
「―――ルナッ!」
俺は、叫んだ。
ルナは、俺の指示を待つまでもなく、近くの壁を蹴ってその身を回転させる。
そして、遠心力を利用して強引に軌道を変えると、奇襲してきた兵士の前に立ちはだかった。
ガキンッ!
電磁警棒と、ルナの爪が激しく火花を散らす。
「……ちっ!」
奇襲に失敗した兵士は、舌打ちすると再び近くの鏡の中へとその姿を消した。
俺たちは、かろうじて床に着地する。
だが、状況は最悪だった。
最初の兵士が、次々と床に円を描き、俺たちの足場を奪っていく。
そして、もう一人の兵士が壁や天井、床にさえある金属製のパネルを「出入り口」にして、神出鬼没に現れては奇襲をかけてくる。
《境界線の内と外》と《第四の壁の覗き穴》。
二つの天賦が、完璧な連携で俺たちを追い詰めていく。
「くそっ!
これじゃ、連携が取れない!」
ジンが、忌々しげに呟く。
俺たちは、完全に分断されてしまった。
ルナとジンが、無重力空間で奇襲に対応する。
エルゴとエリアーナ、リラが、その後方で防御に徹する。
そして俺は、この最悪のコンビネーションを打ち破るための策を、必死に探していた。
(こいつらの物語を、丸裸にしてやる――《物語の観測者》!)――発動!
俺の意識は、二人の兵士の魂へと同時に伸びていく。
だが、その魂は異常だった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名前:警備兵A / 警備兵B
状態:命令の遂行、思考の同期
魂の物語:
【観測不能】:二つの魂が、リュウガの《天賦移植》によって強制的にリンクされているため、個別の物語を読み解けない。
天賦:
《境界線の内と外(インサイド・アウト)》/《第四の壁の覗き穴(フォースウォール・ピープ)》
能力概要:[観測情報混濁]
[制約・ルール]:[観測情報混濁]
攻略の糸口:
【論理】:二つの天賦の連携を断ち切ること。
【時間】:二つの能力の発動には、コンマ数秒のタイムラグが存在する。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「……なんだ、これは……!」
俺は、愕然とした。
魂が、混じり合っている。
リュウガは、ただ二つの天賦を移植しただけじゃない。
二人の人間の魂そのものを、無理やり一つに繋ぎ合わせてしまったのだ。
だから、これほどの完璧な連携が可能なのか。
そして、だからこそ俺の《物語の観測者》ですら、その物語を正確に読み解けない。
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これでは、具体的な弱点など見つけようがない。
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